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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
2/34

襲撃

2017,8,31

行間空け、多少の加筆修正を行いました。

 三葉は組織の内部のことや様々な情報など、包み隠さず全て話した。全て話したと思ったからこそ、千尋は呆然としている。


「……結構色々知ってるな。組織に入ってどれくらいなんだ?」


 千尋は多少驚いた様子で三葉に問いかける。

 どうやら、こういった経験の乏しい千尋にはこの量の情報でも多いぐらいだと考えているらしい。


「一ヶ月ぐらいです」

「す、凄いな……。なぁ、薫。経験者の視点で教えてもらいたいんだが、そんな短期間でこれだけの情報を得ることが出来るものなのか?」

「可能だ。大したことのない情報の方が多いからな」


 殺し屋ということもあり、仕事に出る前に一通りの情報を得るのが定石だった。

 そのため、薫にとっては大して驚くような事ではなかった。どころか、先刻薫が言ったように特に重要な情報が少ないために嘆息する他ない。


 四天王とはいえ、未だ何処かに潜入してその組織を潰す、という経験は乏しく、三年前に一度、全くの情報なしで潜り込んだ事ぐらいだ。

 おかげで情報がなくても、即座に問題を察知し、迅速に対処するという技術を要したのだ。

 当時は、その全てを薫が一人で兼任していた。


「それは、四天王に詳しく伝えられるようにするために調べたんで……」


 三葉は困ったように苦笑いをした。このような反応をされることは意外だったようだ。だが、その一方で何処か傷ついた声音にもなっているようにも聞こえた。

 なぜだろうか?


 ――取り敢えず、得た情報をまとめるか……。


 三葉から得た情報は次のようになる。

 情報①入り口が複数あり、日によって開いている場所が違う。

 情報②入った後が、複雑な迷路になっている。

 情報③組織の人間はいつ戦闘になっても良いように武装されている。

 情報④総勢五千人超。

 情報⑤三幹部により統率が取られている。

 情報⑥三幹部個々に特殊な能力を持っているとの噂が流れている。

 情報⑦ボスの姿を見た者は三幹部以外にはいない。

 とのことだ。


 ――もう少し重要な情報を得たかったな。


 情報は数だけ多くても、重要性がなければ意味を成さない。もちろん、どんな些細な情報でも、時には重要な事になる。

 今回は敵の人数、内部構成が確認出来ただけで良しとしよう。


 もうひとつ、少し気になったこととすれば……。


「……三幹部ねぇ」


 千尋も同じことを考えたのか、苦笑を浮かべる。どうやら、三幹部のことが気になるのか、ボソリと声を漏らした。

 聞いている限りでは、その三幹部はライオネル・ソウルの指揮を取る三人の事で、それぞれひとつずつ部隊があるらしい。組織の兵士が十人がかりで戦っても勝てないと言われるほどだそうだ。

 だが、あの程度なら何百人だろうが何千人だろうが薫でも容易く倒せる。

 何といっても、かつての戦争で五億人も殺しているのだから。


 その時、薫はふとある事を思い出した。


「そういや千尋、煜と和希は?」

「仕事だ。煜は三宅コーポレーションに契約の会議、菅ちゃんは政府と会議。あの二人も忙しいからな、お前と違って」

「失敬な。惰眠を貪るぐらいには忙しい」

「全く忙しくないだろ、それ」


 千尋は呆れ混じりのため息をついた。だが、千尋は薫のことを理解しているからか、それ以上の文句を言う素振りもなかった。


 実は四天王は、かつての栄光によりまだ若い身空でありながらも政治に口出しが出来る存在だ。

 しかし、それが無能な人間だった場合、その者個人にとっての嬉しい内容をツラツラと並べ、それに反発した政治家と内輪揉めが起こる。その為、初めのうちは――薫はもちろんだが――あまり歓迎されてはいなかった。

 それも今となってはどうだ。皆笑顔で歓迎している。もちろん、薫は別だが。

 四天王一人一人の知識は高く、IQも一八〇は余裕で超えている。

 つまり、その知恵と個人の武力が認められたのだ。


 薫は速く戦いたいという衝動に駆られ、仏頂面に不敵な笑みを浮かべる。

 その姿は、周りから見れば少し不気味に映っただろう。


 だが、戦いの知識には大いに長けているので、的確な判断は出来る。攻め込むにしても、こちらは何の準備もしていない。


「いつ攻め込む? 今から攻め込むにしても……」

「簡単に対応される。そうだな、奇襲みたいに明朝五時にするか? ……いや、相手の様子を見てからの方がいいか……?」

「そうか。だったら、これから帰って寝る」

「させると思うか? それに、寝る理由を教えてもらおうか」

「朝が早いからに決まってんだろ?」


 薫のその言葉を聞いて、千尋の額に血管が浮き上がった。それを見た薫は、一瞬青ざめる。


「ふざけるな、まだ昼の十一時だ! 起きてもまだ夜だ!」

「指摘するポイントそこかよ!? まぁ、安心しろって。俺は十七時間寝ていたこともある」


 薫は、千尋の指摘に適当に言葉を返す。

 だが、流石に彼を怒らせるとなると薫であっても怖い。諸事情により膂力が恐ろしく高く、幼馴染という関係性からか怒れば鉄拳制裁が待っている。

 その威力の高いのなんの。誰にも気づかれずに、内心で般若心経を読み始めるほどのものだ。


 ――仏説摩訶般若波羅……。


 対する千尋は、デスクの引き出しを開き、ガサガサと何かを探し始めた。

 邪魔な書類やファイルを取り出し、デスクに置かれてある書類と判別がつくように地面に置く。


「取り敢えず、襲撃の時間は検討するとして……おっ、あったあった」


 そう言い、千尋が取り出したのは、ホッチキスで留められた書類の山だった。

 一番上の文面を読むと、「保険の種類」と書かれており、それだけで保険に関しての資料だと判断出来た。


 だが、何故今出されたのかがわからない。

 三葉もその書類の山を見てぽかんとしている。薫ならその意味するところをわかるかも、という考えからか此方を見てくる。


 ──やめてくれ、そんな目で見るな。わかるわけねぇだろうが。


「……何だそれ?」


 薫の言葉に千尋は顔を上げる。


「何って、保険の資料だ」

「いや、そいつは見ればわかる。俺が言いたいのは、何で今それを出してきた、って事だ」


 少なくとも、薫の仕事は荒業事担当だったはずだ。知識もあるが、繊細なことや人間とのコミュニケーションなど糞食らえだ。豚にでも食わせてしまえ。誰かを殺せと言われれば嬉々として動くかもしれないが。


「お前にも仕事を増やそうと思ってな」

「勘弁してくれ。動き回る時間がなくなるじゃねぇか」


 薫は不平を漏らすが、千尋は取り合わない。


「俺たちの中で一番仕事の量が少ないのはお前だぞ? これ以上あの二人にも手を焼かせるわけにはいかないだろ」


 それは薫が暴力団ということを隠しているだけであり、その仕事の量を含めると眠る時間がなくなってしまうほどだ。


 ただでさえ、暴力団以外の副業に千尋と同じ職を勤めているのだ。これ以上増やされれば溜まったもんじゃない。


「だからって、保険はねぇだろ。客足減るぞ」

「お前のイメージアップを図ってんだろ? それに、それだけの事じゃ客は減らねえよ。……少ししか」

「ほら見ろ! 減るんじゃねぇか! とにかく、俺はやらねぇぞ」


 薫は、ソファーにどかっと腰掛け、モッズコートの裏側に入れているタバコ(アメリカンスピリット)を取り出す。


 それを咥えようとした瞬間、身の毛もよだつ恐怖が薫を襲った。

 殺気が薫に向けて放たれているのだ。それも、数多くの修羅場を潜り抜いた薫を萎縮させてしまうほどの。

 視線をゆっくりと千尋を向けると、そこには怒気を含めた眼光でこちらを見据えた千尋と目が合った。


「……ここは禁煙だ。いくら体内に入った有害物質が除去されて肺が汚れないとはいえ、その辺のルールは守ろうか。なぁ?」


 薫は体質上、体内に入った有害物質は浄化され、無くなってしまう。タバコの一酸化炭素なども綺麗に無くなり、肺がタバコで汚れる事もない。経口で体内に毒が入っても意味を成さない。もちろん、経口じゃなくても意味がないが。

 しかし、何故かニコチンだけは除去されずにその影響は受けている。幸いなのは、軽度のものだということだ。

 やめようと思えばパッと止められる。


「わ、悪ィ」


 薫は謝罪の言葉を告げ、タバコを箱に入れ、それをモッズコートの懐に直す。正直、まだ震えが止まらない。


「まぁ、取り敢えずそれを読め。あぁ、あともうひとつ仕事は追加だ」


 千尋は淡々と言葉を告げる。その内容に、薫は目を剥いた。


 ――まだ追加するのかよ……。


 冗談じゃない。断固抗議させてもらう。

 そう思って口を開こうとしたが、千尋が先に言葉を続けて出来なかった。


「そうは言っても、あれだ。うちと業務提携してる会社の手伝いだ」


 千尋の言葉を聞き、薫は内心項垂れながら話の内容に耳を傾ける。


「テレクラとか、その辺の手伝いをしてやってくれ」

「意味がわからねぇ」


 テレクラとかって言われても薫はその辺のことは全くわからない。手伝え、と言われても何をしたらいいのかもわからない。


「簡単だ。テレクラとか出会い系の契約金とかの支払いが滞ってる連中から徴収したら良いだけだ。払わなければ何度でも出向いたら良いんだよ」


 それだけなら簡単そうだ。脅しなど得意分野。銃を向ければ誰もが金を差し出しそうだ。

 少し前に見たアニメでも、銃を空に向けて発砲し、「コッペパンを要求する!」と声高に告げていた作品があったぞ。


 日本人は肝っ玉がないから。というより、平和すぎる環境により耐性がないだけだ。


「脅しても良いのか?」

「限度を考えれば構わない」

「よし、それぐらいならやってやる」

「保険の方は――」

「やらねえ。……いや、待て。わかった、やれば良いんだろ? わかったから、その拳と今にも飛び出そうとしてる体勢を解いてくれねぇか」


 千尋は、薫の拒否の言葉を聞き咎めると、拳を硬く握り締め、いつでも動き出せるように椅子から腰を少し上げていた。

 それを見た薫がすぐさま仕事を受け、表情を青ざめさせた。

 そんな二人のやりとりを見ていた三葉がクスクスと笑っていた。

 何が面白いのだろうか。冗談じゃなく命の危機だ。ただでさえ鈍っている今の自分では、力を少し封印(・・)した程度の千尋に敵うわけがない。多分(メイビー)


「金の徴収は最初は煜を付いて行かせる。あいつが今の徴収係だからな。あいつから学べ」


 そう言いながら、千尋は薫の前に大量の資料を持ってくる。その量を見るだけで目眩がしそうだ。


「す、すごい量」

「……はぁ」


 その資料の山を見た瞬間、三葉は苦笑を浮かべ、薫は大きくため息を吐いた。




 三時間後。


 三葉は、この三時間の間に千尋に氷崎グループの中を案内されていた。

 広々としたエントランスホール。規則的なリズムで聞こえる足音が印象的で、社員たちの喧騒が耳に入ってくる。

 和やかな雰囲気のカフェ。所々にコーヒーを味わう人や、顧客に対し、親切丁寧に資料の説明をしている人が目に入った。このカフェのメニューは社員には知られてないが、薫の考えたメニューもあるらしい。


 二階、三階とどんどん上に上がっていくにつれて、オフィスが見えてくる。中を覗いてみると、沢山の人達が慌ただしく動き回り、喧騒が耳に入ってくる。


 十階になると、今度は電化製品の開発をしていた。社員の人々が、これはどうだ、あれはどうだ、とあれこれ意見を出しながら製品の会議をしている。


 三葉は、それを見学してみて、


 ――会社ってこんなことをしてるんだなぁ。


 と率直な感想が浮かんだ。


 会議の途中、出た案に千尋が具体的な説明を求め、それで得た内容のデメリットを提示し、それによって伴うメリットを尋ねたりと、千尋も積極的に会議に参加していた。

 社長として、皆に心から楽しめる事業をしてもらいたいらしい。


 部外者がいていいのかは疑問だったが、特に何も言われなかったため良しとしておこう。


 十三階には食堂がある。中は広々としており、窓からは六本木のビル群が見える。メニューも多彩で、それらも千尋と薫の二人で考えたらしい。何でも、副業で三ツ星レストランのオーナーをしているからだとか。

 食事中、千尋は「会議があるから」と席を立っていて、一人で注文したカツ丼を食べていた。とろとろの卵が炊きたてのお米の上に乗ったカツごとかけられており、とても美味しそうな香りがした。咀嚼すれば、これまた今までにない美味しさに驚かされた。

 ちょうど食べ終わった頃に帰ってきた千尋と共に席を立ち、食堂を後にした。


 それからも様々な部屋を覗いていき、元いた社長室に戻ってきた。そこでは、誰かと通話している薫が苛立ちを隠そうともせずに通話相手に怒鳴っていた。


「あァ? 知るかよそんなことは。そんなことでいちいちかけてくるな。貴様の蒔いた種だろう。…………くどい! 貴様の足ならそれぐらいどうにか出来るだろう。自分(テメェ)のケツは自分(テメェ)で拭け!」


 薫はそう冷たく吐き捨てると通話を切った。そして、深いため息を吐き、ソファに腰を下ろした。

 聞いていた通話の内容はよくわからなかったが、とても堅気とは思えない様なものだった。その剣幕に、人知れず恐怖の念があったのは否めない。


「また何かやらかしたのか? お前は……」


 千尋の言葉にピクリと眉を動かし、首だけをこちらに向けてきた。その様子は、さっきまで見ていた鬼桜薫とは違い、悪党として――人殺しとして名を馳せた化物のように見えた。

 纏っている剣呑な雰囲気が、明らかにこの場とは場違いなのだ。


「……俺じゃねぇよ。知り合いだ」


 薫は素っ気なく答えた。

 それ以上は何も言おうとはせず、千尋もそれ以上突っ込むこともなく、「そうか」と漏らしただけだった。そして、千尋の視線が薫の足元に動いた。

 ビニール袋に入れられた物体を、袋の口を縛って何かはわからないようにしている。しかし、ビニール袋越しに黒い色をしたガラクタが見えている。間違いない。トカレフだ。


「それは何だ?」


 千尋の意識がそちらに向いていることに気づいた薫が、「あぁ」と声を漏らして袋を拾い上げた。


「捨てておいてくれ」

「中身は?」

「分解したトカレフ」

「お前が捨てろ」

「かさばって邪魔なんだよ」


 薫は鬱陶しげに文句を口にする。もちろん千尋はそれに取り合わない。


 薫は仕方がなしに、社長室のゴミ箱に放り投げた。そして、素知らぬフリ。

 三葉は隣から強烈な怒気が肌に打ち付けられ、怯えから声も出ない。薫が青ざめるのも分かった気がする。


「それは覚えたのか?」


 千尋は机の上いっぱいに広がっている保険の書類を見て尋ねかけた。薫もその視線を追って、机の上の紙の山を見た。


「あ? ……あぁ、もう覚えた。五回ぐらい読み返したからな」

「これを、五回も……?」


 想像しただけで気が遠くなりそうだ。というか、分厚い辞書ほどもあるこの量を、たった三時間で読めるものなのだろうか?

 少なくとも、三葉には不可能だ。


「そういや、お前は読書好きだったからな」

「ただの趣味だ。ガキの頃趣味は何だ、とか書くやつあっただろ? あれに嘘で読書、読書って書いてたらマジで趣味になってただけだ」


 三葉もそれは書いたことがある。趣味といえるものがなく、適当に読書と書いていた覚えがある。まぁ、実際の趣味にはならなかったが。


「中学じゃ、授業中も読みふけっていたしな」

「面白くもねぇ授業を受けるよりも、本を読んでいた方が何倍も面白い」

「わからなくはないな」


 薫は立ち上がり、大きく伸びをした。

 その時、僅かに薫の腹が鳴った気がした。まだ何も食べていないのだ。今までずっと資料に目を通していた為に。


 本人は特に恥ずかしがる様子もなく、三葉と千尋に視線を向けてきた。


「……お前ら、飯は?」

「た、食べました」

「俺もだ」


 三葉は遠慮気味に答え、千尋は口元に笑みを浮かべながら答えた。


 薫は顔をしかめ、扉に向かって歩き出す。


「じゃ、俺も適当に買ってくるかな」


 そう言って、扉に手をかけた瞬間――隻眼を鋭く細め、小さく息を吐いた。

 そして、携帯に手を伸ばし何処かに電話をかけ始める。


「……あぁ、赤崎さんか? 俺だ。悪ィんだが、もしかしたら今日の会議は行けそうにない。……理由? そのうち報道されるだろ。……あぁ」


 その口調は強く、先ほどまでの薫よりは威圧的になっている。だが、そんな言葉遣いの中にも少なからず相手との親しみがあった。


「どこに電話をかけてらっしゃるんですか?」


 三葉は疑問に思って千尋に尋ねる。

 だが、千尋もかぶりを振るだけだった。


「さぁ? 俺たちにも何も言ってこないからな。私生活がホントに謎――」

「千尋」


 千尋が三葉に向かって声をかけていた瞬間、電話を終えた薫が千尋に声をかけた。


 千尋はそれを聞いた瞬間に何かに気付いたようで、双眸を鋭くする。

 三葉は、それを見て不安に思うが、薫の方を見た瞬間、腰が抜けそうになった。知らずのうちに小刻みに身体が震え、呼吸が荒くなる。ゾクリとし、背筋に何か冷たいものが走った。


 薫からは尋常じゃない程の殺気がにじみ出ていたのだ。それは、先ほど三人の追手と戦った時に見せたものとも一致するが、発されているものはそれ以上だ。

 そして、薫の隻眼の瞳の色が茶から禍々しい赤に変化し、呼吸も少し変化している。


 三葉は、先ほど話していた時とは一風変わった男に、更にその威圧感に恐怖し、気圧されてしまった。喉がカラカラになり、それに反して額から冷や汗が流れ出る。


 ――少し、息苦しい……。頭が、脳が直接握られているかのように、痛い。


 三葉は、薫が殺気を放出した途端に起きた体の異常に、奥歯を噛み締め必死に堪える。少しでも気を抜けば意識が持っていかれそうだ。


 薫はそのことに気付いていないのか、廊下側から視線を外さない。


「来客だ」


 薫がそう言葉を発した直後、爆音が鳴り響き、僅かにビルが揺れた。




「薫。その瘴気もどきの殺気と狂気を抑えろ。俺は構わないが、依頼人には耐えきれない」


 薫は千尋の言葉を聞き、廊下を睨んだまま抑える。


 ――数は、ひぃ、ふぅ、みぃ、……ざっと二百五十人程度か。


 薫は冷静に、状況を確認する。


 薫の予想では、敵は三階の会議室を爆破して侵入してきた。

 どうやって三階まで登ったのかはわからないが、全員武装している。微かに耳に届く騒ぎ声により、社員達は侵入者の持っている小銃を見て、慌てふためいていると判断する。


 次に薫は侵入者の力量を測るために発されている殺気や、その動作に意識を向ける。多少は訓練されているようだが、実戦慣れもしていなければ、動きもまだぎこちない。


 ――全員雑魚だが、他の連中よりはマシな奴が二人。少しは楽しませてくれればいいが……。


 そのように模索していると、千尋の机にある電話が鳴り響いた。

 千尋はすぐさまその受話器を取る。

 しかし、薫は廊下側を睨んだままだ。だが思考を中断し、背後の千尋の会話に耳を傾ける。


「俺だ」


 千尋が電話に出ると、受話器の向こうから爆音や銃撃音、悲鳴が微かに漏れ聞こえてくる。その中でも報告をするとは、なかなか肝が座っている。というか、普通は出来ないだろう。


「わかった。被害は? ……そうか。全員非常口から脱出してくれ。……あぁ、そっちは俺が行く」


 通話をしていると、千尋の表情が次第に和らいでいくのがわかる。どうやら、死者はいないようだ。


 千尋は通話を終え、受話器を元に戻すと、ふぅ、と大きく息を吐き出した。そして、真剣な表情で今得た情報を淡々と告げる。


「幸いにも死者はゼロ、負傷者は三十人ほど。しかし、十三階の食堂に何人か取り残されて動けないらしい。俺はそこに向かう。薫は――」

「出来る限りの敵の殲滅」


 薫は、自分が何をすればいいか理解しているため、千尋が言葉を言い終える前に、己の為すべきことを答える。

 千尋は、それを聞くと黙って頷いた。


「任せたぞ。ゴミ処理係」

「あの……私はどうすれば?」


 おずおずと、事を見守っていた――いきなりのことで何が起こっているのかわからなかった――三葉が口を開いた。


 千尋はハッとした様子で、三葉に視線を向ける。その目は相変わらず優しい。


「あぁ、忘れてた。津村さん」


 千尋がドアに向かって声をかけると、一人の女性がコツコツと足音を鳴らしながら入ってきた。


 女性はメガネをかけ、ハイヒールを履いている。見た目は若く、まだ二〇代の様にも見える。凛々しい佇まいで、大人の女性の気品をふつふつと感じさせる。


 女性は憎悪の目で薫を一瞥した後、千尋の前に立った。


「お呼びでしょうか、社長?」


 津村さんと呼ばれた女性は、深々と一礼してから口を開いた。その声音は、とても襲撃されているとは思えないほど落ち着き払っており、その言葉のひとつひとつもハッキリとしている。


 それを見た三葉が息を呑むのがわかった。おそらく、自分とは違うしっかりとした人物を見て、憧れを抱いたのだろう。


 それはあながち間違いではないのかもしれない。

 ましてや、憧れを抱くのは悪いことではない。誰かに憧れを持てば、それを目標の到達点にし、人間はその目標に向かって努力し、どんどん成長する。その目標に到達すれば、新たに憧れの相手を決め、それを目標にする。人間はその繰り返しだ。

 無論、例外もある。

 目標に到達すると、それを維持しようとして、それ以上の人間的成長をしない者。もしくは、目標に到達すると、新たな目標を作り、更には自分を周囲の人間たちの目標点となるようにして、さらなる成長を見せる者。そして、何も考えず、目標も立てずただ与えられたことを淡々と、機械的に行う。

 それでは人間は成長しない。

 今の薫がまさにそれだ。自分に与えられた仕事を淡々とこなし、依頼人とは必要最底限以上は関わろうとしない。まるで、それは自分の仕事ではないと言うかのように。


 ただし、薫には目標がないわけではない。

 薫は強さには貪欲だ。強くなるために、日々の鍛錬を欠かさない。

 そんな薫は、今まで倒せなかった強敵を目標の到達点として、修行をこなしている。

 越えられない相手を越えるため。

 己に渦巻く()に抗うため。

 その為に力をつける。それにより、立ち止まってはいられない。立ち塞がる壁は全て払いのける。その為に、どれほどの十字架を背負おうとも。


 千尋は女性にひとつ頷くと、三葉を親指で指し示した。


「彼女をシェルターまで案内をしてやってくれ。そこで、二人で待機だ」


 シェルターとは、地下にある監視室だ。そう簡単に突破されるような場所ではなく、外に出ることが出来ない状況に陥った場合はそこに避難するように社員にも指示を下しているほどだ。


 すると、津村は礼儀正しく一礼をして、


「かしこまりました」


 と答える。


 津村は、三葉へ視線を向けると、


「それでは、こちらへ」


 と三葉を誘導し始めた。


 三葉はチラリと薫と千尋に視線を向けた後、おずおずと津村に連れられて社長室から去っていった。


 千尋はそれを笑顔で見送る。だが、二人が部屋から出ると、双眸を鋭くさせ、烈火の如き眼光へと変貌させた。

 こうなると、彼はもう本気だ。彼はまだ人を殺したことはないため、殺すことはしなくても、経験から倒すという目的に関しては躊躇はしないだろう。

 薫も自然と隻眼が凍えるほど冷たくなっていく。


 薫は、二人の気配が遠のくのを確認すると、千尋を横目で見やる。


「新しい秘書か?」


 薫の問いに千尋は首肯で返す。それを見て短いため息を吐いた。


「また濃いのを雇ったな。毎回毎回睨まれる」


 と薫は愚痴をこぼした。


 仕方のないことだと割り切ってはいるが、正直あぁまで露骨過ぎると直ぐに手を下してしまいそうになる。


 千尋は、はは、と笑うと、


「それはお前の日頃の行いだな」


 と告げた。


「それよりも、まずは相手のことを知らないとな」

「相手のこと? 本気で言ってるのか? タイミングからしてまず連中で間違いねぇだろうよ」


 千尋の一言に、薫は馬鹿にしたように声を上げる。

 事実、三葉を保護し、四天王のリーダー格に会わせ、その数時間後にこの襲撃騒動だ。三葉以外に原因など考えられない。

 そうなると、自然と襲撃者はライオネル・ソウルだと判断される。


「まあ、そうだろうな。お前は雑兵の相手をする。俺は社員の救出。本当にそれでいいんだな?」

「社員も俺に救われたくねぇだろうよ」


 それでこの話は終わりといった様子で、薫は視線を廊下へと向け、千尋がその隣に立つ。互いに既に準備は万端だ。


「さて、それじゃあ作戦開始だ。処理は任せたぞ」

「あぁ」


 千尋のその言葉と、その返答を合図に、二人は社長室を後にした。




 薫と千尋は、階段で十三階まで降りてから二手に別れた。


 作戦は、簡単だ。先ほどの会話の通り、千尋は道中の敵を倒しながらまだ避難出来ていない社員の救出に。薫は、他の敵の殲滅に。


 幸いにも敵は十三階までしか上がって来てはいないらしく、それまでは敵の気配は全くしなかった。


 薫は二手に別れた後、道沿いに敵の気配がする場所へと向かう。


 今日の薫は獲物を所持していない。今現在の唯一の武器である体術――近接戦闘(CQC)で相手をする必要がある。

 薫は様々な武術を嗜んでおり、果てには軍人格闘術や暗殺術までも極めるとはいかなくても使いこなしている。果てには悪魔直伝の体術だ。

 おかげで戦闘手段には事欠かない。余程でない限りは敗北はありえない。


 ――こっちは少ねぇな。


 敵の気配は、千尋のいる場所から沢山感じられる。だが、それでもこちらにはいないというわけではない。その証拠に、既に骸に変えられた敵の死体が何体も薫の通った道に血の海を作りながら転がっている。


 皆、薫に気付く前に殺されたのだ。


 ――つまらねぇ。


 薫は心からそう思った。

 強い相手と戦いたい。より強力な力を得たい。人間を残らず皆殺しにしたい。血が見たい。皮膚を裂きたい。そんな思いが薫の中で渦巻く。


 薫は、ほとんど狂気に呑まれているといっても過言では無いだろう。薫に渦巻く狂気は常人ならすぐに発狂してしまう程の破壊衝動。


 その理由はふたつ。

 ひとつは、薫の体内で蠢く化物だ。

 薫は、その化物とある契約を結び、その力を得た。契約するに至っての条件に、薫を宿主とし、必要な時に力を分け与えるといったものがある。聞こえはいいかもしれないが、今はその支給される力に封印をかけているためにそこまでいいものではない。

 断片的であり、その封印のせいで今の化物はあまり協力的ではない。


 もうひとつの理由は、今は持ってきてはいないが、薫が所持している刀だ。ただし、ただの刀ではない。血を吸いたがり、更には持ち主を選ぶ妖刀だ。

 その妖刀は、意識があるかのようにカタカタと振動し、鞘から刀身を抜くと、禍々しく、妖しく黒光りした刀身が姿を現わす。

 すると、頭の中に直接女の声が聞こえ始め、選ばれた者は、それから妖刀の言葉が永遠と聞こえ続ける。



 ――血を吸わせて。血を吸わせて。



 と何度も何度も、囁く。


 ただし、選ばれなかった場合は、体の自由が奪われる。



 ――この子はダメ。私を使う器じゃない。



 ――器じゃない子には、死んでもらわないとね。



 そんな声が聞こえると、独りでに、意識したわけでもないのに、身体が勝手に動く。そして、己を貫き、命を落とす。


 薫は、最近はその妖刀に血を与えていない。だからこそ、家のクローゼットに収納し、使おうとはしていない。

 それも、もうおしまいだろう。このように敵が攻めているということは、死ぬ覚悟ができているということ。

 だったら、どれだけ残酷で、無残な姿になろうとも文句は言えない。いや、言わせない。どれほどの恐怖を感じても、それに怯え、逃げることがあっても、容赦はしない。必ずその命を刈る。


 薫はそんな破壊衝動を抑え、生活している。可能ならば、情けをかけず一瞬で狩る。だが、それでも戦いが一瞬で終わってしまっては薫もつまらない。

 それなりに戦えるのであれば、その者との戦いを楽しむ。


 ――まぁ、人外と化した俺と対等に戦える奴は少ねぇだろうがな……。


 薫は敵の気配のする方へと走る。自分は出来るだけ気配を消し、敵に悟られずに近づいていく。


 薫はこれでも元暗殺者、そして隠しているが元軍人でもある。気配を消すなど得意分野。ましてや殺しなど十八番(おはこ)だ。殺し屋にいた頃は、魔術などはあまり使わず自分の力で葬ってきた。その数は、ざっと数えても千人を超える。


「……そこを曲がったところに六人か」


 薫は敵の気配を探り、敵の位置や数を確認する。


 ――俺の姿を見せるか……?


 敵は実戦経験が少ないのか、気配がダダ漏れだった。未熟過ぎて涙が出そうだ。上官も胃の痛むことだろう。


 薫は、曲がり角を曲がる瞬間に思い切り踏み込む。

 そして、近くにいた二人を、壁際にいる一人は横から肘鉄を側頭部に叩きつけて潰し、もう一人は首を捻って骨をへし折った。


「!? 敵――」


 だ――と、男が言い終わる前に、瞬時に懐まで潜り込み、胸部に渾身の一撃を叩き込んだ。骨の折れる感触が伝わってくる。

 男は十五メートルほど先にある壁まで吹っ飛び、背中から激突。男は肺の中の空気を全て吐き出し、苦悶の表情で沈黙する。

 薫は今盗み取っておいたナイフを懐から取り出し、眉間を狙って投擲。

 放たれたナイフは、吸い込まれるように、一寸の狂いもなく男の眉間に突き刺さった。血が傷口から流れ、男の意識は一瞬にして刈り取られた。


「あと三人」


 薫は、視線を残りの男達へと向ける。

 すると、目に入ったのは男達が持っている銃の銃口を向け、僅かに顔を引きつらせながら構えている姿だった。


「う、撃て!」


 一人の男の合図に全員が引鉄を引く。銃口が火を噴き、轟音が廊下に響き渡り、空薬莢がカラカラと音を立てながら地面を転がる。

 薫は、向かってくる銃弾の弾道をすぐに見極めると、恐れることなく動く。銃弾を悠々と躱しながら、地面を蹴り、軽やかなステップで男達に近づいていく。


 薫の動体視力は人間のそれを大きく上回っており、飛来する銃弾の雨霰も簡単に見透かすことが出来る。だが、日頃の薫は銃口の向きから弾道を予測、加えて引鉄にかけた指の筋肉の機微を見て撃つタイミングを見計らっている。そうして弾丸を躱すのだ。

 これも、かつて自分を鍛えてくれた人間に感謝だ。人間ではなかったが。


 薫は一番近場にいる男に近づくと、顎に拳を叩き込んだ。殴られた男は、脳震盪を起こし、その場に崩れ落ちる。


「こ、この!」


 男が声を上げたと同時に、薫はその場に倒れこんだ男の襟首を掴み上げ、盾になるように前に突き出す。

 瞬間、廊下内に轟音が響き渡った。

 男が引鉄を引き、銃を撃ったのだ。だが、薫には一発も当たらず、全て薫が掴んでいる男に被弾する。


 ――こいつらがいくら防弾チョッキ(フラックジャケット)を着ているとはいえ、そろそろ弾が貫通するな。だったら……。


 薫は盾にした男を目の前にいる男に放り投げた。放られた男がのしかかる形になった瞬間に、地面を蹴り、手刀が二人の男を神速で貫いた。まるで豆腐のように男達の体を貫通させるという人間離れした事を平然とやってのけるも、本人はそれを喜ぶでもなく、当たり前だというように次の標的へと意識を移していた。


 ――残り一人。


 薫は貫いた手刀を引き抜き、残った男を見る。


 男はガクガクと震え、目を涙で濡らしていた。本当に今にも失禁しそうな状態だ。出来ればそうならないことを願う。


「ばっ、化物め!」


 男は驚愕の表情でナイフを取り出し、薫に振り下ろした。刹那、男の肘下から先が消えた。


「へ?」


 男はいきなりのことに思考が追いつかず、暫く呆然と無くなった腕を見ていた。


 薫はその身が凍りつくような眼光で男を睨めつける。右手は血で真っ赤に染め上がり、左手には毒々しい血が止まることなく流れているモノを握っている。それは、腕の形をしていた。


 ほんの一瞬のうちに何が起こったか。


 それは、薫が目にも留まらぬ速さでナイフを持った腕をへし折り、そのまま引き千切ったのだ。それはもう常人が理解できる速さではない。また、常人が成し得ることでもない。


 男はやっと腕が無くなったことに気づくと同時に、無くなった部分から思い出したかのように血が噴き出した。


「ぎゃああああぁぁぁぁぁっ!! おっ……俺の! 俺の腕がぁぁぁっ!」


 男は悶え苦しみ、叫ぶ。

 薫はそんな男を仏頂面で冷徹な眼光を浴びせながら観察する。


 男は涙でグチャグチャになった顔を上げ、薫を正面から呆けた顔で見る。

 その目に薫は映っているのだろうか。もう今まで見た出来事が夢なのではないかと、薫を見る焦点は合っていない。


「……は、ははは」


 遂には不気味な笑みを漏らす始末。


「ははは、はは、ははははははははははははッ! ふへへ、ふふ、はははははッ!」


 男が高笑いを上げ始めた。大量の涙を流しながら、嗤い続ける。


 ――壊れたか。


 現在の男の状況を見れば、そうとしか思えない。右腕の肘下から先が消え、その傷口から毒々しい血の瀑布を流す。表情は、ネジが外れたようで、普通の人間が見せる笑みではない。心が壊れた者の笑みだ。

 涙で顔をグシャグシャにし、口から流れるよだれを拭う素振りも見せない。無くなった腕を押さえ、ただ笑うだけだ。


 薫は左手に持っていた男の腕を背後に放り投げ、顔面を鷲掴みにする。

 そして、それを躊躇無く握り潰した。

 バギャッと骨が砕ける音を周囲に響かせ、無気力にその場に頽れる。男の顔はひしゃげ、見るに堪えない姿になっていた。


 薫は周囲に転がっている男達の死体を睥睨し、ライオンを象った装飾品を身に付けているのを確認する。


 ――雑魚はもういない。あとは千尋の方か。


 薫は、ふぅ、と小さく息を吐き、首をコキリと鳴らすと、自分の背後にある曲がり角を見据える。そこから感じられる殺気。


 薫はそこに敵が一人隠れていることに気がついていた。

 隠れている相手は、殺気を隠そうとせず、先ほどから傍観しているだけだった。

 つまり、仲間のピンチにも助けに入る様子がなかった。まるで、薫のことを観察しているかのように。

 それはあながち間違いでもないだろう。仲間を捨て駒にして相手の技量を図る行為は今までにも幾度となく見てきた。反吐の出そうなくだらない光景だ。自分も何度かしているために文句を言えた義理ではないのだが。


「……いつまで隠れているつもりだ? とうに気付かれていた事はわかってんだろ?」


 薫が恐ろしく冷え切った眼差しを向け、冷たく言い放つ。


 しばらくすると、そこから耳にライオンを模したピアスをつけた、赤い長髪の男が姿を現した。





 千尋は食堂を目指し走った――

 逃げ遅れた社員を助ける為に。邪魔をする相手は全て叩き伏せた。

 千尋が通った道には、身体の一部分がひしゃげている大量の骸が転がっている。


 初めて人を殺した。その感覚が嫌に千尋を蝕む。やけに精神的にダメージを与えられる。薫はよくこんなことを平然とやってのけるものだ。改めて感嘆の念が浮かぶ。


 もしかしたら、薫も本当は苦しんでいるのかもしれない。心のどこかでは、こんなことはしたくないと思っているのかもしれない。


 ――ないな。


 改めて、そう思考する。


 彼は、子供の我が儘が理由で人を殺すような男だ。そこに何の感傷もない。考えることなど何もない。

 あの男は言われれば殺す殺人機械(キリングマシーン)だ。それ以上でも以下でもない。


 骸と化した男達が持っている銃を漁り、弾倉も漁る。

 千尋は、敵兵装備していたナイフを懐に入れ、銃を手に取り残弾を確認する。それと同時に、その銃の名を少ない銃器の記憶の中から探る。


「M4カービンか」


 ――確か、米軍でも使われている銃だ。


 千尋は、男の胸ポケットから弾倉(マガジン)を三つ取り出し、着ているライダースジャケットの胸ポケットに入れた。カービンを三点バーストからフルオートに設定しておく。


 三年前の災厄の世界での戦いで、薫が巧みに操り魑魅魍魎や化物達を着実に動かなくしていく姿が脳裏を過ぎる。

 当時の戦いで、薫が使っていた様子を覚えていたため、カービンの扱いならなんとかわかる。

 銃の重みを改めて痛感するが、その思いに立ち止まっているわけにはいかない。


「さて、行きますか」


 千尋は思い切り地面を踏みしめ、駆け抜けた。敵を見つけては撃ち殺し、迫り来る銃弾を悠々と躱しながら一歩一歩確実に距離を詰め、一人一人を射殺していく。

 だが、


 ――遅い……。やっぱり薫みたいにはいかないか。


 正直、千尋は銃火器を苦手としている。狙いをつける事は出来るのだが、なかなか当たらない。訓練を受けていないために仕方がないのかもしれないが、その所為で焦りが生じてしまう。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、そんな思いを浮かべながら引鉄を引き続ける。


 それに比べ――どこで学んだのかわからないが――薫は仲間内では銃の腕はピカイチだ。迅速に、かつ確実に狙った相手を射殺する。

 更には、使える銃は様々。ハンドガンから、アサルトライフル。サブマシンガンにスナイパーライフルと武器を変えながら、距離を変えて相手の眉間を撃ち抜く。

 千尋にとっては薫が銃を使うのが一番上手いと思うのだが、薫は「俺より腕がいい奴はごまんといる」と認めない。


 そんなことを考えているうちに、なんとか食堂まで辿り着いた。千尋が通った道には、頭や胴体から血を流した男達の死体が転がっている。

 弾倉(マガジン)をふたつ消費し、残る弾倉(マガジン)はふたつ。しかも、そのうちのひとつは、残弾が残り僅かだ。十発もないかもしれない。


 千尋は食堂に向かってくるまでに違和感を感じていた。敵の数がやけに多いのだ。


「何でこっち側はこんなに多いんだ? 中は……敵が八人、逃げ遅れた社員……十二人か」


 ――こいつはなかなか手こずりそうだ……。


 千尋は残弾を確認。残り七発に弾倉(マガジン)ひとつ。

 この弾の数には少々心許ない。それでも文句を言うでもなく、ふぅ、と小さく息を吐き、表情を引き締める。


「よし、行くか」


 千尋は、なるべく音を立てずに中に入る。こちらから見える数は三人。

 息を殺し、中の様子を確認する。逃げ遅れた社員が怯え、肩を抱き合って震えている。怪我をしている者もいるが、どれも致命傷ではない。


 ――よかった。あとは、彼らを助け出すのみだ……!


 千尋は近くの三人に照準を向け、すぐにトリガーを引き、男達の頭を撃ち抜いた。すぐに当たったことに内心安堵するが、ここで終わりではない。


「何だ!? 敵か!!」


 敵はすぐさま戦闘態勢に移り、撃ち返してきた。銃声に驚いた社員達が更に悲鳴を挙げる。


 千尋はすぐさま柱の裏に隠れ、お返しとばかりに撃ち返す。しかし、生憎となかなか当たらない。

 一発撃つと弾切れを起こし、残った弾倉(マガジン)再装填(リロード)する。


 ――増援か!


 千尋は、食堂の外から感じる気配に気付き、そちらにも意識を向ける。

 扉が開かれ、敵の姿が見えた瞬間に引鉄を引き絞る。銃口が跳ね、排莢口から金色の温まった空薬莢が吐き出される。

 数は話し声からして六人程度。十人よりも少なかったことに、安堵のため息をこぼすが、楽な人数では断じてない。

 相手は自分よりは訓練を受けているようだが、それでもまだまだだ。今まで薫の動きを見てきた千尋にとってはお遊びにも見えてくる。


「手榴弾!」


 そんな警告と共に丸い物体が投げつけられる。


「チィッ!」


 即座にそれを拾い上げ、投げつけてきた連中に投げ返す。相手はピンを抜いて直ぐに投げてきたらしく、投げ返してもまだ二秒ほど余裕があった。


「しまっ……!」


 そこにいる敵の一人が悲鳴を上げようとしたが、直後の爆発音によって消えてしまった。

 爆風を受けて、腕を盾に目を庇う。その熱気に少し汗ばむが、もう少し判断が遅れれば自分がこうなることを思うと背筋がゾッとする。


 だが、やはりまだ終わったわけではない。背後の食堂内にいる敵兵がまだ残っているのだ。


 ――クソッ! 弾が……!


 何とか入り口から入ってくる援軍は全滅させたが、弾が無くなってしまった。柱の陰から覗き見ると、まだ五人残っている。


「……仕方ない」


 千尋は左手にナイフを持ち柱から飛び出した。

 敵は躊躇なく撃ってきているが、どれも擦りもしない。薫と同じように飛来する銃弾を見えるほどの動体視力と、それを余裕を持って躱す身体能力。しかし、千尋の場合は目にその仕掛けがある。身体能力は努力の賜物だ。


 本来、千尋の得意分野は接近戦。その為には相手に近づかなくてはならないが、その為の修行はつけている。

 迫り来る弾丸を、ナイフで弾き、顎を引き、上体を反らして躱していく。その動きもやけに俊敏であり、もしかしたら敵兵達も残像が見えているのではなかろうか。

 そして、近くの一人に近づき罪悪感と共に喉笛を斬り裂いた。


「がッ……!」


 男の首からはどくどくと赤黒い血が流れ出る。呻き声を漏らし、傷口を抑え、倒れこむ。それに悪寒がするが、これも仕方のないこと。

 千尋はそう割り切って、その男の頭を踏み潰した。


 薫に、頭を潰した方が自身としては安心出来る、と訊いた。

 何故か、と更に訊くと、頭や心臓以外を撃ったところでそう簡単に死ぬわけでもなく、ましてや心臓を撃った時には反射的に撃ち返されることもあるから、とよくわからないことを言われた。

 だが、確かに薫はいつも最終的には頭を潰すか撃ち抜いていた。又は、死体撃ち。


「あと四人」


 千尋は哀愁のこもった声を口にし、左手に持っていたナイフを離れた距離にいる男の眉間に向かって投擲。


 男は、咄嗟に動くことが出来ず、眉間に刺さり絶命した。


「撃ちまくれ!」


 一人の男の合図により食堂内に轟音が響き渡る。取り残されていた社員達も銃声に驚き悲鳴を挙げる。が、既に千尋はその場から離れ、突き刺さったナイフを抜き取り、近くにいる男の後ろを取っていた。


「これで、残り一人」


 ザクッと音を立ててナイフが刺さり、男が崩れ落ちた。

 残った男は、千尋に銃口を向け、頭を撃ち抜こうとしたが、嬉しいことに弾切れを起こしてくれている。


 これまた薫に訊いたことによると、銃は残弾が僅かになったタイミングでタクティカルリロードを行い、不意に弾切れを起こすのを防いだり、残弾を悟らせないようにするらしい。この男はそれをしなかったのだ。急いで腰にあるマグポーチに手を伸ばしているが、もう遅い。

 その隙に、一気に地面を蹴って男の懐まで距離を詰め、加減された正拳突きを男の胸部に撃ち込んだ。


「がはっ!」


 ドンッ――と人体を殴ったとは思えない音が響き、口から大量の血を吐き出しながら、男は四メートル後ろの壁に激突した。


 千尋の一撃を受け、身体を動かすこともままならない様子の男が、その目に恐怖の色を浮かべる。


 千尋は極真空手十段。池袋にある道場で、子供に空手も教えている。そんな千尋は四天王一の膂力の持ち主だ。

 蹴りの破壊力は薫が高いがそれでも全体的なパワーは圧倒的に千尋の方が高い。それにより、本気で人間を殴り飛ばせば、下手をすれば一撃で意識を奪ってしまう。

 そうならないよう、いつも加減をして拳を叩き込む。それは今回も同じだ。


 ――昔のようにはいかないか……。まぁ、当然か。


 千尋は怯えている男に近づき、炯炯とした眼光で男を見据える。


「さぁ、吐いてもらおうか? 何故ここを襲ったかを……。答えなければどうなるか、わかるな?」


 千尋はグッと拳を硬く握り締めてみせた。わかりやすい脅しだ。


 だが、その直後、眼前で閃光が迸り、千尋の視界が真っ白に塗りつぶされた。

 やっと見えるようになると、男が黒焦げになって事切れていた。

 脈を確認するが、


 ――……死んでいる。


 何が起こったかは見てわかる。

 人間を一瞬で黒焦げにする方法は限られてくる。更に、先ほど視界を塗りつぶした閃光。それが決定打だ。


「室内で雷とは、やってくれるな。何者だ?」


 千尋が隙のない動きで後ろを振り返る。


 そこには、黒髪で、がっしりと鍛えられた筋肉を見せ、上半身が裸の男が立っていた。頬と上腕二頭筋、左脇腹に切り傷がある。ライオンを模したベルトを付け、口元に下卑た笑みを浮かべ仁王立ちしている。千尋よりかは少し背が低く、そして千尋よりも十ほど歳が高そうだ。


 男は、対峙している男が千尋だとわかると更にニヤリと口角をあげた。

 それを見て、僅かに悪寒が走ったのは千尋だけのことだったろうか。


「俺様はライオネル・ソウル三幹部が一人、グルタフだ!」


 男が名乗る。

 その顔には不気味な笑みが浮かんでおり、チョイチョイと指を動かして「来い」という合図を送ってくる。


 千尋はそれを見て、僅かに半身になり、いつでも戦闘に移れるようにした。




 薫は目の前に現れた男を睨みつけると、少し違和感を感じた。先程までより周りの温度が跳ね上がっている。蒸し暑いというより、まるで火で熱されているかのようだ。


 ――なるほど。


「後手に回ってしまったか」


 薫はそうとわかるとすぐさまバックステップで後退。

 その直後、薫の立っていた場所が爆発を起こした。


 ――見た限りでは俺には効かねぇな。威力は微妙なところか……。


 そう判断して、ギロリと長髪の男を睨み付ける。


 男は感嘆した様子で微笑を浮かべている。その態度がいちいち癇に触る男だ。


「おや、避けられてしまいましたか。流石は四天王『魔王』ですね」

「何者だ?」


 男に向かって冷たく言い放つ。

 男は自分に興味を示されたことが嬉しかったのか、にんまりと不敵に笑い、そして仰々しい所作で体をくの字に折り曲げた。


「私は、ライオネル・ソウル三幹部が一人――ルーレンです。以後、お見知り置きを」


 ルーレンが名を名乗り、薫の目が鋭く鋭利な刃物を連想させるほどに細められ、強烈な殺気を放っていた。

ブクマ、感想等お待ちしてます。

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