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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
19/34

近づく戦いの終わり

2018,2,19  改行作業、微修正を行いました。

 蝋燭の火が突如聞こえた轟音によってゆらりとゆれる。

 大方、薫が派手に暴れているのだろう。そう思い、煜は薄暗い道を壁に手をつきながら進む。


 人を殺す覚悟はしていた。それでも、未だ殺した時の瞬間が脳内で繰り返されている。岩の槍がその首を穿った瞬間の感触が、その手にまだ残っている。

 薫も、千尋も人を殺した後は特に動揺した素振りはなく、それほどまでに心身への負担は強いものではないと勝手に思い込んでいた。

 それはただ、あの二人が強靭な精神力を持っているだけだ。それを今になってようやく理解する。


「……吐きそうやわ」


 思えば、千尋は何かあったとしても、自分の内に抱え込んでしまう性質なために仕方がないかもしれない。

 薫に至っては単に感覚が麻痺しているだけか、それとも、本当に何も感じていないかのどちらかだろう。

 純粋に羨ましく思う。人としてどうかとは思うが、人一人殺してこれなのだ。それを何度も繰り返していると、余程の精神力でもない限り身がもたない。

 それとも、そのうちに人を殺す感覚に慣れてしまうのだろうか……。

 それはそれで、煜は遠慮したいことだった。


 胆力に関して、あの二人ほどでないにしても、災厄の世界でかなり鍛えられたと思っていた。

 当たり前だ。死人が生きた人を襲い、挙句には生きたままその肉を貪り食うそんな生き地獄。そこの二週間のサバイバル生活は、ある程度の命の危機に遭遇しても全く動じなくさせたのだ。


 当時は人を殺しはしなかったが、戦いはした。バイオ実験の被害者だったか、実験体だったかの少女とだ。

 後に、そのバイオ実験に関わった研究者を根こそぎ追い詰め、その全員を薫とその少女が皆殺しにした。

 そのおかげで人間の死は身近なものになり、目の前で誰かが死んだとしても全く動じない自信があった。

 だがそれも、自身が傍観者となり、自分で手を下さないという前提が成り立った場合の話だが。


「これでホンマに復讐出来るんか……?」


 思わず自嘲気味に笑う。


 不意に煜が立ち止まる。目の前に分かれ道があるからだ。

 今まで直感を信じて進んできたのだが、全く辿り着かないことに内心苛立ちを感じていた。せめて、矢印ぐらい書いて欲しかったものだ。


「……右、左、右、右、左ときて、それじゃ次は左で」


 再び直感を信じ、分かれ道を左に曲がる。突如、むせ返るほどの濃密な血臭に気づき思わず足を止める。そして、目に入った光景に絶句した。


「なっ!?」


 そこには二十体前後の人の死体が転がっていた。先ほど自分の手で人を殺した為、今はあまり見ていたくはないのだが、一応調べておくことにした。

 先ずは、一番近場の死体から確認していく。そこで、煜の目が驚愕に見開かれた。


「何や……これ……!」


 顔が歪に歪み、口の端に血が滲んでいる。それだけなら――身内に同じことをする者がいるため――特に驚きはしない。問題は腹部だった。

 まるで内側から弾け飛んだかのように内臓が外気に晒されていたのだ。

 それだけではない。他の死体も調べてみると、まるで腹部から背中に貫通したような巨大な穴があったり、頭の上半分が千切り取られていたり、果てには大きく陥没した壁一面に真っ赤な血の跡と潰れた内臓が張り付いており、その真下の地面にも腸らしいぶよぶよとしたものが転がっていた。


 死体の傷から見て、拳銃などの銃火器の類ではないように見える。かと言って刀傷でもない。

 矢なんてものは論外だ。それなら、周辺に血糊のついた矢が転がったり突き刺さったりしているだろう。だが、それがどこにもない。


「菅ちゃんやない、他の誰かもここにおるんか……?」


 普通の傷ではない。それはすべての死体に共通していることで、まるで化物が食い散らかした後のようにさえ見える。

 その惨状があの世界を彷彿とさせる。壁一面に飛び散った血飛沫、頭が潰れ、腹部に穴の空き、うつ伏せに倒れた肉塊まで続く引きずったような跡。腹を抉られてもまだ息があり、懸命に生きようと、襲撃したものから逃げようと身を引きずったのだろう。

 詳しいことは素人の煜にはてんでわからないが、恐らくどれもまだ死後一時間も経ってなさそうだった。


「ここで何があったんや――ん?」


 ふと、何か聞こえた気がして、耳を傾ける。

 こつん、と小さな音が聞こえる。それが誰かの足音だと認識するまでにそれほど時間はかからなかった。


「ええと、確かここを左か」


 低く野太い声が聞こえ、反射的にそちらに目を向ける。

 今自分が曲がってきた曲がり角。そこから、身の丈二メートルはありそうな巨漢の男がのそりと姿を現した。


「まったく、これだけ広いと嫌になるな……おっ?」


 男と目が合った。それだけで、二人は対照的な表情になった。

 煜は顔を強張らせ、双眸を鋭く細める。対する男は懐かしい顔に会ったことを喜ぶかのように表情を和らげた。


「これをやったのはお前か?」


 男は周辺の現状に目を向け、クツと小さく笑う。しかし、煜は何も応えない。

 煜にとって因縁のあるこの男を相手に、普段通りの応対をとってやる義理はない。それ以前に、この男に少しでも隙を見せれば殺される危険性がある。


 先ほどのダッサムなんて話にならないほどの絶対的な強者。そんな風格を醸し出す余裕のある表情だ。

 何故この男がこんな場所にいるのだ。まさか、この男もライオネル・ソウルの関係者?

 そんなはずはない。この男は、自分から人間組織に関わりを持とうとして近づくような男ではない。実際、この男の手によって潰された組織が数多く存在するのだ。

 どれだけ考えてもわからない。いや、この男を理解しようとしても出来るはずがないのだ。

 それに思わず歯噛みする。


 その様子を愉しむように一瞥し、小さく肩を竦めた。


「まぁ、それはありえないな。こんなもの、ただ速いだけの人間が出来るはずがない。……いや、その壁のは出来なくはなさそうだ。そこのところどうだ、煜?」

「――名を呼ぶな!」


 煜は刺々しく語気を荒げて吼える。それを見て、やれやれと苦笑した。


「久しぶりに会ったというのに、ご挨拶だな」

「なんでお前がここにおんねん!」

「ちょっとした調べ物だよ。もう終わったがね」


 男はポケットに手を突っ込み、死体のひとつひとつに目を向けていく。薄暗い中で見えているのかと思うだろうが、この男にそんな疑問は浮かばない。

 ふと、男の視線が煜の足下に転がっている腹部に巨大な穴の空いた肉塊に止まる。しばらく観察していたかと思うと、納得したように息を吐いた。


「なんか知ってるみたいやな」

「多少はな。さっき言った調べ物のおまけだろう。まぁ、あいつらしいといえばあいつらしいな」

「つまり、お前の仲間がやったってことで間違いはないんか、獅童誠(しどうまこと)……!」

「あぁ。その通りだ」


 悪びれもなくそう言う。

 なんと言う男だ。この男は煜の師を殺した(・・・・・・・)だけでなく、仲間が人を殺しても咎める様子は見せていない。

 それが煜の堪忍袋の尾が切れさせた。ただでさえ師の仇が目の前にいるにも関わらずに飛びかかるのを我慢していたのに、ここに来てこの態度では怒りを我慢しろと言うのが無理な話だ。


 煜は「ハッ」と乾いた笑みを見せ、腰の小太刀に手を伸ばした。


「流石はあのクソみたいな会社の関係者や。道徳心はとっくの昔に肥溜めにでも捨てたみたいやなぁっ!!」

「待て。少しは人の話を――」

「問答無用じゃボケッ!!」


 煜は神速の踏み込みを持って開いた間合いを詰め、ふた振りの小太刀を同時に鞘走らせた。




 誰もが言葉を失う。巴とリムは唖然として固まってしまっており、レイラも目の前の光景を見て表情が青ざめてしまっている。

 レイラは薫の化物のことは知ってはいるが、それは全て簡単な知識だけのこと。詳しいことを教えてはいないし、目にするのも今回が初めてだ。

 だからこそ、想像以上の力を見せた姿に呆然とするしかないのだろう。


 その中でも和希は背後に立つ女に視線を向け、無言のままに威圧する。

 続きをしようという意思表示だった。


 のそりと薫が動き出す。返り血で赤く染まりながらも、その口は三日月に歪んでいた。

 足下に転がる肉塊にはもう興味を示さず、意識は既に隠れている敵に移っていた。


 それは薫だけではない。千尋もまた、意識は本来の目的であるライオネル・ソウルの殲滅に移している。


「千尋、残りを狩るぞ。そのアバズレ以外にもまだいやがる。全部で五人だ」

「居場所は?」


 千尋はぐるぐると肩を回し、強張った筋肉をほぐしながら問う。

 それに、待て、と手を挙げると、魔術を展開。魔力が薫の内で脈打ち、左手に収束される。


 相手の居場所は既にわかっている。暗殺者として気配を遮断させることは出来てなくてはならない。薫の目から見ても、及第点が三人。それ以外は不合格である。

 居場所を悟っているのは薫だけではない。九老もまた、ふっくらとした唇を舌でなぞりながらそれぞれに視線を向けていく。

 そこに警戒の念はない。絶対的な強者である九老にとって、隠れた暗殺者達は虫ケラも同然。故に、警戒しようという考えすら浮かばないのだ。


「出ないのなら、先制させてもらおう。それで死んだとしても、仕方のないことだ。寧ろ、喜ばしいことだろう?」


 最後の部分に関しては誰に言ったわけでもない。ただの独り言だ。だが、その考えを称賛するように九老が甲高い哄笑を上げた。


 薫は左手に集まるどす黒い光を頭上に射出。光は天井近くまで登ったかと思うと、五つに別れる。

 そして、五人それぞれが隠れている箇所全てを襲う。

 爆音。爆風が空間に鞭を打ち、強烈な衝撃波が広がっていく。それによってモッズコートをなびかせ、和希の張った結界が震え、近衛が小さな悲鳴をあげる。同時に、そこに隠れていた五人が姿を見せた。

 直撃は避けたが爆風に巻き込まれた者が二人、なんとか避けた者が三人。薫の予想通り、先ほどの合格者と不合格者で分かれていた。


 それを見て、それぞれが赤崎からの情報にあった特徴と一致することを確認した。


「――再封印(キュマリナ)


 小さく唱えると、悪魔王の力を封じる最高位の封印術式が発動。解放されていた膂力が無理やり押さえ込まれ、多少の倦怠感を感じながらため息を吐いた。


 薫は人間を相手にする時は、あまり悪魔王の力を使おうとはしない。それは、その力が強力過ぎるが故に、人の力では対処しきれないのだ。

 それは四天王であっても例外ではない。


 しかし、人類存続戦争において悪魔王の力を用いて戦った薫を倒した実績があるのは事実。

 言い訳をさせてもらえば、当時の薫の肉体では悪魔王の力を完璧に使い切ることが出来なかったのだ。無論、今もまだそうである。

 その証拠として、馴染みつつある――封印によってその速度は遅いが――今の肉体は、完璧ではなくても当然当時よりも力の行使を容易にしている。だが、まだ完全に馴染んだわけではないため、その力は更にその先があるのだ。

 もし、完全に悪魔王と同化してその力を引き出した時、千尋達が戦ってもその勝算は万にひとつもない。それは彼ら自身もよくわかっていることだ。

 それでも、そんなことを大声で公言したところで、誰も信じるわけがない。どころか、敗者の戯れ言として笑い者にされることは目に見えている。

 そもそも悪魔王という存在すら認識されていない――これから公言するつもりもない――今では、ただ目下の目標に向かって進むだけである。


 姿を現した相手に千尋は視線を向け、すぐさま身構える。

 レイラも未だ青ざめながらもするべきことを理解し、立ち上がってこちらに近づいてくる暗殺者達を睥睨する。


「ふむ、どれも退屈そうよのぅ」

「当たり前だ。俺でも手を抜いてやらなければならないような連中だぞ。それでも、あの黒髪の女は一番マシだな。恐らくは三桁クラスか」

「その認識ではよくわからん。しかし、あの娘が一番マシであるという見立ては吾と同じ。流石は吾と多くの化生達の主人よな」


 九老は愉快げに笑う。だが、それは本心から笑っているわけではないのは明らかだ。

 相手に不足がありすぎて、笑うしかないのである。前提条件として、最低でも四天王と肩を並べられ、尚且つ足を引っ張らない実力者でなければ鬼の相手は無理だ。

 暗殺者でそれに届こうと思うのなら、少なくともアサシンランキング十位代、もしくは一桁クラスでなければならないのは確実だろう。


 薫はこちらに警戒心を露わに近づいてくる五人を睥睨しつつ、九老に声をかける。


「九老。お前はここで終いだ」

「……ぬぅ?」


 意味がよくわからないと言いたげに首を傾げる。


「コイツを相手にしたことである程度は楽しめただろう? 今日の戦はこれにて終い。あとは俺らで片付ける」


 それでようやく理解が追いついたらしく、嫌そうに顔を顰める。


 九老が嫌がるのも当然だ。

 彼女にとってこの戦いは消化不良であることは間違いない。薫のように異形としての力を封じ、少しレベルが高いとしても、人間レベルの戦いが出来ればよかった。

 しかし、彼女はそんなことが出来ない。それこそ、彼女に不快な思いをさせることは目に見えているのだ。


「断る。貴様が戦うというのなら、吾も戦おう。それが式として当然のことだからよ。それは貴様もわかっていよぅ?」

「無論だ。だが、これ以上やったところで消化不良で終わることに変わりはないだろう?」

「バッサリ言うな……。なんだか、相手が可哀想になってきたな」

「事実だもんね。しょうがないよ」

「外野は少し黙ってもらおう」


 薫に諌められ、千尋は苦笑混じりに肩を竦める。


「菅ちゃん、巴は任せる。見ている限り、もう一人の方は俺をご所望のようだからな」


 千尋の視線はリムに向けられている。

 その千尋の考えは当たりらしく、嬉しそうに破顔したリムは巴からゆっくりと離れていく。


「リム!」

「ちー、厳しいかもしれないけど、頑張って。ここから先は、誰が倒れてもおかしくないもの」


 リムの表情は巴からは見えない。しかし、対峙している薫達には見える。嬉しさ半分、これから戦う相手への恐怖が半分といった顔だった。


「アロン! 私と組んで。氷崎千尋を相手にする!」


 リムは声を張り上げ、それに筋肉質な男が頷き小走りにその後を追う。


「スカル、あたし達は『魔王』よ」

「仕方ないな」

「そんじゃ、俺らは舞姫だ」

「あまり傷つけんなよ? 終わった後も楽しむんだからよ」

「わーってるって」


 各々声を掛け合って二人一組になり、各々の標的へと向けてやってくる。

 レイラに向かっていったのはどちらも不合格組であり、その上でレイラに対してあのような舐めた態度をとるのは滑稽でしかなかった。それと同時に憤りを感じた。


「ふむ、よかったのぅ。マシなのが向こうから来た」

「じっくりと、その力を見てやる」

「では、吾はあの男よ」

「終わりだと言ったはずだ。撤退しろ」


 それを聞き、未だ嫌そうに顔を顰める。尚も文句を口にしそうだった九老だが、不意に自分の左肩に目を向け、次にその上の方に目を向ける。

 まるで、誰かに肩を叩かれたような反応だった。


 そこに誰かの姿があるわけでもない。初めはパティンかパイモンだと思ったが、それなら一言ぐらいは何か言ってくるはずだ。

 それ以外で今こちらにいるとすれば……。


「……フェンリル。後の説得は頼む」


 フェンリルはあまり口を開かない。だから返答は期待していない。


 パシッパシッ、と二度弾指を弾く。

 すると、九老の姿が歪み、陽炎のように揺らめき、そして消えた。

 それは側から見てのものだ。事実、姿を隠したままのフェンリルは別だが、九老は薫の目ではしっかりと視認出来ている。

 薫に忠誠を誓う魔族にしか視認出来ないようにされたものだ。そして、千尋にも簡単には見破られないように何重にも偽装を施してある。


 横目で二人にも視線を向ける。

 レイラは少しは余裕を取り戻したのか、泰然とした様子で向かい合う二人を睥睨している。

 千尋は対峙した二人を引き連れていき、場所を変えるために移動していく。

 それを見送り、薫は再び目の前の二人に向き直った。


 フードを目深にかぶった陰鬱そうな男――スカルは、フードの奥から鋭い視線を向け、黒髪の女は引きつった笑みを浮かべながら刀に手を伸ばす。

 どちらも然程強くはない。それでも油断はできない。


 そのように判断していると、スカルが口を開いた」


「初めまして、『魔王』。我々は『獅子のレオーネ・ミスト』という」

「レオーネ……あぁ、グウィンの爺さんの組織か」


 それを聞き、スカルが驚きに目を見開いた。


「我々のことを知っているのか……?」

「無論だ。とは言っても、七年前に暗殺組織の集まりに参加したからこそわかったのだがな」


 薫が身を置いていたデス・ブレットは暗殺者たちの中では知らない者はいないと思われる組織だ。アサシンランキングの上位者が集まり、中でもトップスリーである三人がいる場所である。


 いや、今は「いた」と表現した方が正しい。

 第二位はもう既に死に、第三位は離反。第七位も離反していることを見ると、家族内で今も所属している人物は母親だけになっているわけだ。


「それなら話は早い」

「ボスから、四天王――特にあなたの鼻を明かしてやれ、って指示よ」

「ふん、そいつはくだらないジョークだ」


 薫は小さく、馬鹿にしたように笑う。


 レオーネ・ミストは数ある暗殺者組織の中で見ると、かなり小さな組織だ。実績も少なく、そこのボスでさえランキングも三桁止まりというもの。

 もちろん、何万人もいる暗殺者の中で三桁になっていることは凄いことだ。そこを否定するつもりはない。


 薫の態度に男はムッとした様子だったが、女の方は納得した表情をしている。


「慢心とは、自信過剰は早死にするぞ?」

「ほざくな。貴様は眼中にない。俺が興味があるのは、そっちの女だ」


 薫は女を正面に見据える。


 一番注意を向けていた方がいいのはこの女だ。佇まいからある程度力をつけてることはわかる。先ほど九老にも言ったように、ランキングではおそらく三桁クラス。

 三桁になれるだけの強さともなれば、慢心して勝てる相手ではない。

 だからこそ、この女を一番危険視しているのだ。

 しかし、何を勘違いをしたのか、女は少し顔を赤らめている。


「私に興味がある……? 表面上で? それともやっぱり男だから、体目的?」


 この女はいったい何を言っているのか。場違いにもほどがあるだろう。

 薫自身は己の容姿について何も思っていない。自分では冴えない方だという認識だからだ。

 顔だけでいえば――千尋に及ばずとも――かなり整った方であることを、薫はわからない。そのため、突然の突拍子も無い発言には首を傾げるしかない。


 疑問に思いながらも、改めて女を上から下まで眺める。

 服装に関しては目立つものはないが、僅かに覗ける範囲で見える肉体はよく鍛えられていることがわかる。

 手を見ると剣だこがあり、それも何度も潰れた形跡がある。よほど刀を振っているらしい。

 薫はそう思いながら、無意識に自分の手の剣だこを指で撫でた。


 側から見れば、薫の様子は女の体を値踏みする男のように見えただろう。

 見られている女もそう思ったらしく、恥ずかしそうに僅かに体を隠すような仕草をする。


「――何点?」

「八十二点」


 聞かれたため、正直に答える。

 暗殺者として、それ以前に殺しの道を歩む人間として至らないところも多少は見受けられる。

 それでも、鍛えられた肉体に関してはかなりいい部類だ。特に無駄に肉をつけていないところに好感を持てる。

 筋肉というものは見てくれはいいかもしれないが、脂肪よりも重量があるものだ。その為、つけすぎるとその重さが仇となり、その速度を少し遅くさせてしまう。喩えそれが少しのことであっても、殺し合いという場では命取りなのだ。

 それが高得点の理由だ。


 なのだが、何を勘違いしたのか女は耳まで真っ赤にしてしまっている。


「控えめが好きなのか」

「何の話だ?」


 唐突な言葉に薫は小首を傾げる。


 何か間違った返答をしただろうか?


 ――今度、煜に聞いてみよう。


 女はまだしばらく顔を赤くしていたが、


「い、イリカよ。よろしく」

「はぁ……?」


 何故か自己紹介をしてきた。

 脈絡なくそんなことになった為、状況の整理が薫には出来ていない。曖昧な返事を返すのが限界だった。


「イリカ」

「……わかってる」


 スカルに何かを諌められたイリカは表情を改め、表情を鋭くさせた。しかし、その中にも恐怖の感情が見え隠れしている。

 先ほどの化物。それを倒したことで、薫に対して勝てるかという疑問が明確に変わった為なのだろう。

 薫はそう判断し、僅かに左足を退げ、前足を小さく沈ませた。


「我々は敵対者。貴様の首を貰い受け、依頼を同時に完了させる。そうすれば、我々にはメリットばかりだ」

「だが、それが現実に叶うかどうかはわかっているのか?」

「……チッ」


 スカルが鋭く舌打ちをする。その様子を見るに、薫が一筋縄ではいかないと悟っていることを雄弁に物語っていた。

 それさえわかっているのなら、薫はもう言うことはない。


 狙いとして、危険でない方を狩る。

 狙いは首。それを視界に入れつつ、言葉を紡ぐイリカに視線を向ける。


「相手に不足なし、この時を夢見て鍛錬してきた。青春を、親兄弟を、全てを捨てて鍛えてきた!」


 イリカが腰を落とし、臨戦態勢になる。スカルもそれに倣い、懐のグロック17に手を伸ばす。


「どこまで届くかはわからない。それでも、私は暗殺者として――あんたを殺す」


 直後、イリカが地面を蹴る。刀に伸ばした手を鞘走らせ、弾丸の如き速度で肉薄する。

 しかし――


 そこには既に薫の姿はない。


「なっ――!?」


 イリカが目を瞠り、すぐにその姿を探す。

 その時、ズルリ、という変な音が聞こえ、鼻に届く酸っぱい臭い。


「残念ハズレ。そこに俺はいねぇよ」


 声を掛けると、弾かれたように薫の方に振り向いた。


 そこはスカルの後ろ。首と胴体の二箇所を両断され、大量の血を噴出させながら崩れ落ちる肉塊の後ろで、妖刀を手にした薫が佇んでいた。

 とある師匠の歩法を用いてイリカが突出したと同時にスカルの背後に移動。そこから流れる動作で抜刀。

 レイラが薫との組手で見せた技、阿久根流飛雪抜刀術――


「――豹閃」


 おそらくスカルは何が起こったのか納得することも出来ずにその意識を手放しただろう。


 だが、これでイリカにはいい警告になる。

 少しでも隙を見つければ、スカルのようにいつでも殺すことは可能だという証明になるからだ。

 イリカもそれを理解し、刀を正眼に構えながらも表情を引きつらせている。


 これで薫に対して抱いていた恐怖心がより一層強まったことだろう。構えた刀が僅かに震えてしまっている。

 それを見て、薫は柔らかい微笑みを浮かべる。その場違いな表情に、更にイリカの恐怖心を助長させる。


「さて、お前はすぐには殺さない。少し興味があるのでね。どこまで出来るかを試してみろ。全て正面から受けて立ってやる。暗殺者としては失格だが、たまにはいいだろう。好きに打ってこい。剣術でも――」


 そこで一度口をつぐみ、膨大な魔力を全身から放出させる。


「――魔術でも、な?」


 イリカが絶句する。

 放出された魔力を身に受けて全身を思わず強張らせた。


 彼女も一応魔術師の端くれであり、だからこそ薫の放つ魔力の奔流がどれほどのものかを理解出来るのだ。そして、理解出来るからこそ、戦意を根こそぎ奪われ棒立ちにさせる。

 もしかすると、同じ魔術師である巴もそれを感じて愕然としているだろう。

 格が違う。それをわからせるには充分過ぎた。


 それでも、イリカは全身に鞭を打ち、震えながらも構えた。

 その姿は怯えながらも主人のために立ち向かおうとする忠義を持った犬のように薫には見えた。

 そして、その姿は薫に好感を持たせた。殺すかどうかは未だ決めかねるところだが、それは愉しみながら考えるとしよう。


「……それじゃ、嫌ってほど味わってもらう!」

「あぁ、そうしろ。実に、愉しみだ」


 そう言って薫はニヒルな冷笑を浮かべた。




 放出される魔力の余波。それを鋭敏に感じ取った巴は思わず青ざめ、一歩、二歩と後退る。

 今までに見たことがないほどの魔力量。魔術の道を歩む者にとって、今感じたその魔力は否応なしに重圧をかけてくる。まるで、丸腰で重戦車と対峙しているかのようだ。


 正面から打ち据えられたわけではないのに関わらずこれだ。もし、自分に向けて放たれていたなら今頃は卒倒しているだろう。

 そして、対峙していた和希もその魔力を感じ取り、横目でそちらに視線を向ける。


 狙おうと思えばいつでも狙えただろう。しかし、あんなのと日頃から共にいる人物も、もしかすると同じほどの魔力を有しているかもしれない。

 そう思うと、攻撃しようとする意識も自然と躊躇われる。


「……こんなの、どうやって勝てっていうの?」


 魔術を扱う者にとって、保有している魔力量は一種のステータスだ。魔術師は各々産まれた時から保有しているものだが、皆同じぐらいの魔力というわけではない。

 スタート地点から既に魔力量を多く持っている者とそうでないものがいる。そこからどれだけ増やしていくかで、その魔術師のその後を決定づけることになる。

 魔力を増やし、そうしてようやく使用できる魔術の幅を広げる土台となるのだ。

 その点で見れば、巴の魔力量は平均よりも少し高い部類だ。


 一般的な魔術師の平均保有量を百だとすると、巴の保有量は百二十ほどだろうか。

 そして、感じる魔力はイリカではない。イリカの保有している魔力量は巴よりは少し低い。

 そうなれば、消去法で『魔王』のものとなる。


 もし、先ほどの平均を百で喩えると、『魔王』の放出している魔力は七千ほどだろうか。本気かどうかはわからない。

 つまり、最低でもそれぐらいの魔力を有しているということになるのだ。


「…………」


 思わず対峙する男の様子を盗み見る。

 和希は横目で薫の様子を眺めていたが、すぐに破顔した。


「人の悪い奴だよ。あぁやって楽しんでる」


 和希の声音は達観しているような軽いものだ。それでも、非難している風ではない。


 刹那、一陣の風が吹き、巴の頬に鋭い痛みが走る。その直線上の壁にも大きな傷を作る。まるで、何か鋭利な刃物で切りつけられたかのようだった。

 頬に触れてみると、赤い雫が流れていることがわかる。今のは、イリカの魔術である真空の刃だ。


 それを横目で眺めていた和希は、


「……今のは薫のじゃないね。となると、あの子のものか」


 和希はまるで他人事のような気楽さで口にする。

 つまり、あの程度なら和希も驚くことではないということだ。

 慄然とする。すごい相手だとは思っていたが、これを身に受けても平然としていられるのは異常でしかない。


「あんたたちじゃ、これが普通なの?」


 思わず問い掛けていた。ちょっとした好奇心と、なんとかこの状況を打破する考えを模索するための時間稼ぎとしてだ。しかし、それを聞いて後悔するのはすぐだった。

 和希は再度『魔王』とイリカの剣戟に目を向け、暫しの黙考。時折飛来する魔術の流れ弾を片手間に防ぎ、そして首を横に振った。


「俺たちの普通ならもっと先があるよ。一瞬しか視せないから、魔力を限界まで込めて結界を張った方がいい」


 じゃないと意識が飛ぶよ、と宣われ、癪ではあるが仕方なく結界を張る。


 直後、全身に先ほど以上に空気が重くなった錯覚を覚える。一言で言えば、それは到底人の到達出来る領域ではないように思えた。喩え到達出来たとしても、それはもっと歳をとった人でないと出来ないと思われた。

 放たれている膨大な魔力の所為だろうか? 本人はいつも通りの優しい笑みを見せているだけなのかもしれない。だが、魔力の奔流を受けていると、悪鬼の表情に見えた。

 全身から汗が噴出し、力がどんどんと抜けていく。フラフラとしながら懸命に立つが、少しでも気を抜けば押しつぶされそうだった。


 不意に和希が魔力の放出を止める。同時に今まで襲ってきていた重圧から解放された。

 現在の自分の姿は無様でしかないだろう。そんなことは自分でもわかる。

 だが、示されたその戦力差は抗いようのないものだ。蟻が象に勝てる道理はない。


「なによ……これ……?」


 なんとか呟いた言葉は、声にはなっていたのだろうか? まるで消え入りそうな小さな言葉だった。


「勝てるわけない……!」


 それが純粋な想いだ。認めたくはないが、認めるしかない戦力差に茫然自失となる。

 今の巴の姿は笑われてもおかしくはないだろう。それでも、和希は黙ったまま眺め、


「これは、師匠に任せた方が平和的に解決しそうだ」


 頼めば殺さないでくれるし、と呟いた。

 言葉の意味はよくはわからない。しかし、その次に発した詠唱によって反射的に身構えた。


影の国へご招待(ケミカ・ルーン)


 和希が唱えると薄紫色の霧がその場を包む。毒かと思い吸い込まないように口を手で覆うが、何かが違う。結界がまるで意味をなさないのだ。

 遠くの方から「俺の許可なしに使うなッ!」という絶叫が聞こえたが、誰のものかはわからない。


 巴は魔力を練り上げ、地面に得意とする光魔術の爆風を放つ。一気に霧を吹き飛ばし、その目に映る光景に絶句した。


 そこは先ほどいた薄暗い空間ではない。いや、ここもまた薄暗いというのは確かだ。

 だが、天を見上げれば見慣れた岩の天井はなく、そこには不気味な紫色の雲が流れ、蝙蝠の羽を生やした異形が飛んでいくのが見える。

 周囲を見渡すと、枯れたような草がまばらに生えた平地だった。所々に何かの戦闘があったのか、巨大な爪痕がそこかしこに目に入った。


「なに、これ……!?」


 先ほどと同じ言葉。だが、その意味合いは少し異なる。

 自分の見知ったアジトではない。いつの間に、自分は外に出たのか。


「――誰だお前は?」


 突然背後から声をかけられ、反射的に振り返る。見ると、そこに立っていたのはスラリとした細身の女だった。

 艶のある黒の長髪を風になびかせ、黒いマスクで顔を隠した女だ。顔を半分隠していても、晒された目と柳眉、長いまつ毛、そして綺麗な肌だけで美しいと直感した。

 黒い外套を身に纏い、肌にぴっちりと張り付くような服はそのプロポーションの良さを浮き彫りにさせ、少し大きめの胸に自然と目がいく。

 無表情にこちらを見る目は感情を感じさせない。それが目には見えない圧力をかけられているようで、ごくりと唾を飲む。

 掛けられた声は若々しいが、口調にどこか歳食った印象を与えられた。


「まったく、何かが飛んできたと思えば、見たこともない人間ではないか。一瞬、あの(ぼん)が来たのかと思ったが……」


 巴には何も答えられない。自分が一番混乱していて思考が定まらないのだ。


 だが、不意にその女は何かを悟ったらしく、チラリと巴の横に目を向けた。

 その視線を追ってみると、何故か隣に『魔王』が立っていた。もちろんギョッとした。

 彼はイリカと戦っていたはずではないか。それ以前に、この二人はどうやって音もなくこんな平地のど真ん中に――それも、どちらも各々の殺傷圏内に入ってさえも巴に気づかせることなく近づいたのか。


 そんな疑問は何処吹く風、『魔王』が親しげに女に手を挙げた。それに応えるように――どこか嬉しそうに女はマスクを外した。

 ふっくらとして柔らかそうなピンクの唇に、少し高めの鼻。自分よりも綺麗な顔をしている女性を見ると自然と嫉妬してしまう性格の巴だったが、それすら忘れるほど美しい顔立ちをしていた。思わず息を呑んでしまうほどに。


「おう、来たか坊」

「その呼び方はやめろ」


 ぴくっ、と女が一瞬驚いたような顔になったが、すぐに納得したように微笑を浮かべる。


「何だつれない奴め。久しぶりに来たのだ。ゆっくりしていくがいい」

「残念だが、俺は今戦闘中だ。コイツらとな」


 女がそれを訊いた次の瞬間、女を中心におぞましいものが吹き荒れる。


「うっ……!?」


 巴を襲ったものは殺意だ。いや、もしかするとそれに属するものと言ったほうが正しいかもしれない。巴の心臓を一瞬で握り潰したのではないかと思えるような気配が、怒涛の如く押して寄せてくるのだ。

 それは人間のできるものではない。もっと恐ろしく、そして強力な存在が起こすような、そんなものだった。

 自身を襲うドス黒い濁流。それによって、巴の意識がどんどんと遠くなってくるのが感じられる。

 少しでもその重圧から逃れようとして、意識を手放そうとしているのだ。


「これでか?」

「あぁ。これで統率者なのが驚きだがな。コイツをここに飛ばしたのは和希だ。奴には後でゲシュタポが泣いて逃げ出すようなドギツイお灸を据えてやる」

「ふん、ほどほどにな。それにしても、あの小僧がこの影の国へと繋がる冥界の門を開くとはな」

「容易に教えたのが仇になった。呪詛を吐いてくれても結構だ。それで本題だが、コイツが意識を失えば、これは放っておいてくれ」

「一定時間であの小僧めが戻すのか?」

「流石、言わずともわかるか」


 その会話が遠く聞こえる。


 何故『魔王』がこれを前にしても悠然と話をしていられるのかは甚だ謎だった。

 それでも、手放しかけていた意識がゆっくりと戻りつつある。決して気を失うわけにはいかないとでも言いたげに。


「スカアハ、後は任せる。ダンスの相手を待たせてあるんでね。また今度、うちに来てくれ。その時は部下総出で歓迎しよう」

「歓迎は必要ない。それに、実はそろそろ行こうとはしていてな。鈍ったと聞いていてもたってもいられなくてな」

「稽古をつけてくれるのか? ……あー、うん。ありがたい。ありがたいな……ははっ。その時は是非とも。――では、これの扱いは任せる」


 戻りつつあった意識の中から薫の気配が消える。

 それと同時に、眼前に赤い刃物が据えられる。女が直立の状態で手に持っていることを見て、ナイフの類ではなさそうだ。


 この後に起こること、それを無意識に認識――直感する。自分は、この女に殺されるのだ。

 悔しくないといえば嘘になる。だが、どこか納得した自分がいるのもまた事実だった。


 ――あぁ、短い人生だったなぁ……。


 そう思うことで、意識を手放すことは一瞬だった。女――スカアハの呆れたような声が聞こえた気がしたが、もうどうでもよかった。



 その後、すぐに巴の身体は傷ひとつなく和希の前に送り届けられ、


「無事に終わってよかったよ」


 と和希一人だけにこやかな笑みを浮かべていたのだった。


 それからしばらく経って、和希は彼女から厳しくしごかれることになるのだが、今はまだ知らない。




「さて、まだやるか?」


 そういう千尋の前では、リムと筋肉質の男が苦悶の表情で悶絶していた。


 その激しい攻防は一般人が見れば言葉をなくしただろう。リムの剣技や男の体術は的確に千尋を倒し得るポイントを狙い、時折フェイントを交えながら、意識がそれた瞬間に他方からの急所を狙った一撃が飛ぶ。

 千尋はそれをひとつひとつ受けきった。薫との暗殺者を想定した模擬戦を繰り返していたおかげか、焦ることなく対処することを可能とした。


 それで終わりではない。

 薫との模擬戦。それによって培われた観察眼は、最適なタイミングで、最適な距離で、無理をせずに相手を穿てるものを見定めた。

 もちろん、ただ打っただけではない。こちらの攻撃も何度も逸らされ、何度もカウンターを狙われたのだ。

 それを持ってして尚、千尋は圧倒してしまった。


 リムと呼ばれていた女が小さくむせながらも太々しく笑ってみせる。


「流石、というべきなんだろうね……。暗殺者を前にしても、下がることなく戦うなんて……」

「だが、俺たちはまだ立てる。だから、戦える……!」


 二人の目からまだ戦意が窺える。それなら、千尋がどれだけ止めようとしても、それは野暮というものだろう。


 千尋は構える。相手がまだやるというのなら、最後まで付き合う。それが、千尋の流儀でもあった。ただし――

 それがお互いに万全の状態だったならの話だ。


「アロン、無理そうならやめてもいいよ?」

「バカを言うな。この程度、造作もない……!」


 アロンと呼ばれた男は口の端に血を滲ませ、フラフラになりながらも千尋に向かって殴りかかる。

 そこに戦闘が始まった時のような冴えはなく、それを避けるのは造作もない。そこにリムの剣が肉薄する。

 しかし、それも慌てずに距離を開けることで難を逃れた。


「いったいどうなってる……?」

「少し考えればわかるわ。彼らの仲間には黒狼(ヴォルフ)がいるのよ? 大方、あの男がそんな風に訓練したんでしょ」

「ご推察の通りだ」


 千尋がそこに口を挟む。


「正直、あいつがこれだけの経験を積んでるからこそ出来たことだと思っているよ。そのおかげで、二人の狙いもだいたい読めるからな」


 アロンが憎々しげに表情を顰める。

 彼らは今までの攻防の中で、毎度急所を狙って攻撃してくる。つまり、急所を守ればある程度防ぐことが出来たのが事実だ。


「そうか……よッ――!」


 アロンが神速の踏み込みと共に手刀を放つ。その狙いは今までとは違い、急所ではなく相手の体力を削ぐことを目的としたものだ。

 千尋はそれも読んでいた。手刀を正面から受け、懐に潜り込み、一気に背負い投げた。なんとか受け身を取るアロンだが、その直後に千尋の蹴りが腹部を襲う。


「がはぁっ!」


 蹴り飛ばされ、何度も地面を転がりながらもなんとか立ち上がる。


「――チィッ!」


 アロンが舌打ちし、リムも初めて表情を強張らせた。それを見て、「まだまだだな」と千尋が笑う。


「薫の奴によく言われていたのさ。『スポーツをやってるわけじゃねぇんだよ。馬鹿正直に急所ばかり狙うな、すぐに勘付かれて終いだ』ってな。まさにその通りだったな」

「よく、わかってる……なっ!!」


 跳躍。ボロボロの体に鞭を打ち、標的を倒すためだけに間合いを詰める。


 アロンの近接戦闘は大したものだ。それでも、千尋にはいまひとつ届かない。


「ぬぅあぁっ!!」

「ガラ空きだぞ」


 アロンが右拳を振るうが、千尋は涼しい顔で払い、ガラ空きになっている喉仏を抜き手で突いた。

 ゴリッ、と骨が押し込まれる感触に、アロンが険しい顔で一歩下がる。それを許さず、下がった分千尋も距離を詰め、水月に向けて最短ルートで拳を突き入れた。


「ぐぬぅっ!」


 アロンが大きく吹き飛び、壁に背中から叩きつけられる。反射的に受け身を取ったようだったが、すぐに起き上がれそうにはなかった。


「怪我人には退場願おう。今までの攻防で腕でも折ったか? さっきから右腕を庇っていることは、数回打ち合えば嫌でもわかるぞ」


 アロンが表情を憎々しげに歪める。同時に、右肘へと左手を移す。

 それを見て、千尋が双眸を細める。


「なんにせよ、怪我人を相手に本気を出しては大人気ないだろ? 確かにこの場に置いて、俺の命を狙っている者にとっては無礼な行いかもしれないな。だがな、俺は武道精神以前に、フェアプレイを望む」


 リムが動く。縦に、横に。鍛え上げてきたのだろう剣技を使ってその命を奪おうとする。

 それを全て捌く。刀身を手の平で払い、相手にとって一番詰めて欲しくないであろう場所にその身を入れる。


「お互い万全な状態での戦闘しか、俺は望まない!」

「立派な心がけだこと!!」

「その時の状況、相手によって変わる責任感のかけらもないものだけどな!!」


 リムは懐に潜り込まれたことを認識すると、すぐに体術に打って出た。千尋の体に突進し、千尋が回り込んで避けた瞬間に地面を蹴り、その距離を開け、態勢を整える。

 そして剣を下段に構え、すぐさま間合いを詰めた。


 剣技においては自身のあるリムだが、一般人、それも素手で対峙する男のその強さに歯噛みする。


 もちろん、千尋が日本という国でどのような立場にいるかは知っている。そんな人物を『一般人』と分類するのは間違いなのだろう。

 だが、だからとはいえ彼女達側の人間かと問われれば、答えは否。その手も汚れなどなく、綺麗なままだ。

 だからこそ、リムの中で千尋は『腕の立つ一般人』と分類されている。


 振るう。体に染み込ませたその技術を持って、その首を落とさんとする。

 突き――身を捻って流される。

 逆袈裟――リムの体の側面に移動して避けられる。

 上段からの一閃――手の平で受け流される。


 この男は刃物が怖くないのか?


 リムは無意識にそう思う。誰もが怪我をすることを恐れて逃げ腰となり、ここまで落ち着いて対処していくことはない。

 だが、そこで先刻の会話でもあった『黒狼』の存在だ。いや、それがなかったとしても、彼は武術家だ。素手での対人戦闘において――それだけでなく刃物を持った人物との戦闘において必要以上の知識がある。

 その為、薫に何かを教わる以前に、その戦闘での心構えが完成されているのだ。


 千尋の心掛けを訊いて、「はっ」と馬鹿にしたように笑う。状況や相手によって変わる? 当たり前だ。


「お互い万全な状態での戦闘? 飛んだお笑い種ね! 殺し合いに万全な状態なんてない! 今だってそう。あなたは今現在、絶好調なわけじゃない! 目の下の隈が何よりの証拠よ!」


 千尋は右に左へと受け流しながら、指摘された事に歯噛みする。


「暗殺者ってのはみんなそうなのか!? この戦いが始まる前にも、薫とレイラの二人から指摘されたぞ!」


 千尋はこの二日間あまり眠れてはいない。先日襲撃された際に殺した人々の幻を見るようになった。その所為で、悪夢に魘されてしまっている。

 薫とレイラからは、やめておけばどうだ、と言ってもらっていたが、無理を言って自分からこの戦場に来た。その言葉の裏には、「邪魔になるから来るな」という思いが見え隠れしていたが、それは無視した。


 そもそもこれは依頼された仕事だ。無碍にできるはずがない。

 だが、それがまさか敵からも同じ指摘を受けるとは思ってもみなかった。


「暗殺者は相手の不利を見出したり、一瞬の隙も見逃さないように目を光らせているの。だからこそ、この観察眼は自然と身につくものよ!」

「なるほど、だから薫もあれほどの観察眼を持っているわけか! 勉強になった――!」


 リムの腹部を押し飛ばすような横蹴りを襲う。半身を捻らせて流される。流した勢いをそのままに、遠心力を用いて千尋を袈裟懸けにしようと振るう。


「せぇやぁぁっ!!」

「フッ――」


 鋭く呼気を吐き、地面と水平になるように身を伏せ、足を払う。可愛らしい声を上げながら一瞬の浮遊感に襲われる彼女目掛け、片膝をついたまま――


「――ハァッ!」


 正拳突き。相手が女性ということもあり、本人にとっては軽く加減してある。

 それでも、それは人間一人の体を大きく吹き飛ばすことを容易としていた。


「くっ!?」


 咄嗟に持っていた剣を盾にする。激突。その重みに奥歯を噛み締め、宙に浮いたままだったリムの身体は後方へと大きく飛ぶ。


「――あっ」


 リムの口から悲痛な声が漏れる。その視線は手に持った剣に向けられている。

 見ると、千尋の一撃を受けた箇所が放射状に亀裂を上げていた。亀裂はそのままみるみると広がっていき、次の瞬間砕け折れた。

 それを哀しげに眺め、ワナワナと唇を震わせる。直後、転落防止用の腰まである壁に背中から叩きつけられ、胃の中の空気が全て吐き出される。


「かはっ!?」


 それで終わらない。

 それでもまだ勢いが殺しきれなかったらしく、リムの体が中央の広場に向かって投げ出された。


「リム――!」


 アロンが叫ぶ。しかし、位置取りとしては間に千尋を交えた対角線上。そこから今リムがいる場所まで二十メートル近くある。

 先ほど千尋が確認したところ、目測で約十メートルほど。あのまま転落すれば、命を落とす危険性がある。


「クソッ!」


 急いで駆ける。薫なら冷たい顔で見捨てたことだろう。それはレイラもおそらくは一緒だ。

 しかし、聖職者もびっくりの聖人と仲間内で罵られている千尋にとって、目の前で救える命は見逃せない。

 自分に危険を及ぼす行為かもしれない。それでも、医者として、それ以前に人として、これだけは見逃せない。


 リムが背中を打ちつけた場所を飛び越える。


「――なっ!?」


 後ろでアロンが驚いた声を上げたようだが、構ってはいられない。


 ――見えた!


 距離はおよそ四メートル先。自然落下のままでは間に合わないかもしれない。


「集え!」


 魔力を練り上げる。少しでもその速度を速める為に、詠唱――主にそのキーとなる部分だけを唱える。それを足に集め、緻密に形を組み替えた。

 リムが地面に叩きつけられるまで、残り四メートル。


 ――速く、迅くっ!


 こういう時ばかりは自分の魔力の扱いの技量を呪う。これが魔力を得意とする薫と和希ではこうはならないだろう。


 ようやく完成。薄い膜のようなものが足の裏に作られ、それを足場にして大気を蹴る。空気抵抗を出来るだけ少ないように体勢を変え、進行方向に向けて一直線に進む。


 地面まで残り二メートル。その時にリムの隣へ到達。リムは意識を手放しているらしく、脱力して瞼を閉じている。

 千尋はリムの肩に手を伸ばし、抱き寄せる。空中で受け身を取り、腕の中に眠るリムをお姫様抱っこに持ち替えた。

 足から着地。全身のバネをつかって衝撃を吸収。出来るだけリムを揺らさないように意識する。


「……ふぅ」


 ようやく一息つく。気が張って仕方がなかった。地面には着地の衝撃で小さく陥没し、千尋を中心に放射状に亀裂を作っている。


 リムを見る。見た所、先ほどの攻防で生じたもの以外には深刻なものは見受けられなかった。


「……ん」


 リムが小さく声を出す。その顔を覗き込む。朧げに、ゆっくりと瞼が開き、虚空を見つめる。そして、ようやく千尋に目を向けた。


「…………? …………っ!?」

「やぁ、元気そうでよかった。怪我はないか?」

「……え、えぇ」

「それは何より。どこか痛いところは? ……背中以外にない? そりゃよかった」


 リムは近くにある千尋の顔をまじまじと見つめ、どんどんと顔を赤くしていく。首を巡らせ、ようやく現在の自分の状況が思い至ったらしい。


「このまま続けるか? 俺としては、もうお前を傷つけたくないんだが」


 千尋はリムに微笑む。非常によく整った顔立ちに、女性を虜にする魅力を兼ね備えた男がそんなことをすればどうなるだろうか?

 答えは、『虜になる』だ。

 元々彼女は既に千尋に魅了されつつあった。そして、今のこの出来事が引き金になり、リムの心は完全に奪われてしまったのだ。

 そのことに千尋は気づかない。


「どうする? やるか、やらないかだ」


 同じ質問を投げかける。

 まっすぐに見つめられる視線から逃げるようにリムは視線を逸らし、千尋はそのまま見つめ続ける。

 しばらくその状況が続いていたが、やがて根負けしたようにリムが息を吐いた。


「……わかった。私たちの負けよ。もう手を出さない」


 千尋は嬉しそうに微笑む。リムは恥ずかしそうに視線を逸らしたままだった。



 それを――戦闘を他人任せにして――遠目から眺めていた和希は呆れるように息を吐いた。


「これで千尋の虜がまた一人増えた」


 そう小さく嘯いたのだった。




「そろそろ本気になってもいいんじゃない?」


 レイラは刀を肩に担ぎながら腹立たしそうにそう宣う。

 その視線の先には二人の男だ。ラッパー風の男とチャラ男の男だ。二人共血に濡れながらもまだ息はあり、堅気では出来ないような眼光で睨みつけてきている。

 ただ、それもレイラは怖気付く様子はない。


 その理由として、鈍る前の薫や母親の本気の威圧を見たことがある身としては、お遊びにしか見えないのだ。


 それと、今のお互いの立場の問題である。

 レイラは眼下の二人を殺意を込めて見据えている。側から見れば見下しているような状況だ。

 そして、傷だらけでうつ伏せになり、頭だけを上げて睨まれたとしても怖くもなんともない。

 しばらくの間そうしていたかと思うと、チャラ男が血のあぶくを吐きながら太々しく笑ってみせた。


「へっへへ……、こ、こっからだ……!」

「お、応よ……! 俺らはまだまだ元気バリバリ、ガンガンいくぜ……!」


 そう言って、レイラの手によって何度も肉を削がれている腕を地面につき、起き上がろうとする。今や動かすだけでも辛いだろうものをだ。

 その根性だけは認めなくもないが、正直もう見飽きてきた。


 格下を相手に戦うのはもう慣れたものだ。もしかすると、薫もいつもこんな気持ちで襲撃者たちを撃退しているのかもしれない。

 そう思うと、薫に近い考えが出来るようになったという思いが芽生え、人知れず喜ぶ。

 もちろん、それを表情に出すほど未熟者ではない。表面上では仏頂面で眼下の二人を睥睨しているようにしか見えないだろう。


「レイラ!」


 ふと、あらぬ方向から声がかけられる。その声に、嬉々として反応する。


「な〜に〜?」

「余計なリスクを負う必要はない、とっとと片付けろ!」


 薫はそう宣いながら対峙するイリカの怒涛の猛攻を凌ぐ。しかし、容易く殺せるような人物がそうしないのを見ると、あまり説得力はない。


「盛大なブーメランを投げてるようにしか見えないんだけど〜?」

「フン、違いない――ッ!? ほぅ、予想よりやる。いいからとっとと片付けちまえ。俺の相手は、そこで地面とキスをしているような奴らとは違い、ある程度は出来る奴だからな」

「うわ〜ハズレを引いちゃったわけか〜」

「そういうことだ。そら。後ろ、来てるぞ」


 言われるまま背後の男達が攻撃を仕掛けて来るのを刀身で弾きつつ、その裏に位置取る。そして、刀を横薙ぎに振るう。

 チャラ男の首が飛び、無気力にその身体が崩れ落ちた。赤い水溜りが形成され、レイラは一度もそれに視線は向けなかった。


「わかってるって〜! ウィルほどじゃなくても、それなりに気配は察知できるから」

「ほぅ、そいつは失敬。なら、俺はもう何も言わねぇよ」


 薫はそう言うと、イリカの袈裟懸けを受け、そのまま受け流した。懐に入り身し、強烈な踏み込みと同時に肩からの突進。踏み込みの際に生じた頸の爆発力はその威力をも増大させ、イリカの身体をやすやすと吹き飛ばした。


 レイラもそれを尻目に、残るもう一人を横目に見やる。


「ぐっ……!」


 綾人が思わず半歩下がる。それを見て、ニヤリと嗜虐的な笑みを見せる。


 先ほどの化物に比べると、彼らは赤子も同然。理性や知恵がある分厄介だとよく言われるが、それを有用に扱えていない者達が相手なら、それは脅威にはなり得ない。


 ――折角だし、初の実戦投入してみよ!


 レイラは刀を鞘に戻さず、そのすぐ脇に添え、刀身に左手を軽く当てる。左足を下げ、腰を落とす。


 ここまでは――鞘に戻しているのといないのとの違いはあるが――通常の居合の構えだ。

 だが、レイラはそこで右足を少し沈ませた。上半身も少し前かがみになり、今から走りだそうかと言う姿勢に見える。


 本来、居合というのは待ちの一手に徹するものだ。敵が間合いを詰め、それをひたすらに待ち続け、必殺の射程に入った瞬間、溜めに溜めた一閃を爆発させるもの。

 今レイラが取っている姿勢は、まさに真逆のものだった。

 綾人もそれに違和感を覚え、呆然とこちらに目を向けている。


「おいおい、何しようってんだ? まさか、『青雷の舞姫』の真価を見せるってか?」

「あんた程度にそんなの見せると思ってんの? ばっかじゃない!? 私が今からしようとしてるのはね――試し切りよ」


 それを訊いた瞬間、綾人は身動ぎし、苦痛に表情を歪めながらも携帯していたブローニングハイパワーに手を伸ばした。

 どうやら、『試し切り』というワードによって、近づかれれば終わりと判断したようだ。飛び道具で一気に終わらせる魂胆だろう。

 その判断は悪くない。だが、遅かった。


我流(・・)飛雪抜刀術――」


 刹那、レイラの姿が搔き消える。

 足の裏に自身の得意とする青い雷を発生させ、それによって速度を極限まで上げているのだ。


「なっ――!?」


 綾人が瞠目し、ブローニングハイパワーに伸ばした手が不意に止まる。

 その時には背後にいたレイラが一閃。左手を鞘に見立てて当てていた箇所が離れていくと、刀身が不気味な赤黒い焔を纏う。


「――Purgatory(パーガトリー)!」

「がっ――!?」


 これはレイラと薫が母親に教わった抜刀術にはない技。レイラ本人しか使わない我流の技。

 構えた際の刀身に手を当てている動作。この時に魔力を流し込み、擦った際に生じる摩擦熱を呼び水として煉獄の焔を纏わせる。謂わば、魔術と抜刀術を混合させた技術である。

 後は教わった技術――薫が一気に大人数を屠った『五月雨』を使うだけ。


 摩擦を呼び水にしていると言っても、それで焔を出すのには余程の熱を必要とする。そんなことをしていれば、擦ったレイラの左手も火傷を負うことになる。

 しかし、それは自然現象ではなく、レイラの魔術を使って生じる焔であるため、必要な動作であるというだけのものだ。

 この技を知っているのは世界広しといえど母親だけ。そして、使える人間も――薫は原理を認識すれば出来そうだが――自分だけ。自身の会心の出来にまで仕立て上げ、胸を張って見せたのだ。

 その時に、千秋は驚いたような表情になり、そして嬉しそうに言っていた。



「――血は繋がってなくても、やっぱり兄妹だな」



 その言葉の真意はレイラにはわからなかった。

 薫が同じような技を編み出していたのか、それとも、レイラのように独自の技を創り出したのか。何も知らないレイラはいくら考えてもわからない。


 レイラは煉獄の業火によって燃え盛る綾人だったものを一瞥し、納刀する。

 そして一度大きく伸びをして、薫に視線を向ける。

 薫はまだイリカと刃を交えていた。他の皆はもう既に終わったらしく、それぞれがそれぞれの行動に移っている。薫の戦闘を眺めている者もいれば、敵の治療をしている者もいる。


「ん〜っ! それじゃ、私は三葉ちゃんと話してこよーっと!」


 そう言って、そちらに足を向ける。


 その時、大きなインパクト音が轟き、その場にいる皆がハッと周囲に警戒を向ける。

 今のと同じ音をレイラは聞いたことがある。レイラだけではない。それはかの戦争を生き抜いた薫達四人全員にも言えること。

 ただの人間同士の戦いには起こるはずもないが、絶対的強者であり圧倒的な力量差のある人外が、相手をある程度力を込めて殴り飛ばす音だ。


 咄嗟に刀に手を伸ばし、持ち前の空間把握術を用いて現状の確認に移る。


 千尋や和希も同じように身構え、いつでも戦闘に移れるようにしていた。それは千尋が対峙していた二人の暗殺者も同じ。息を小さく吐き、呼吸を整え、小さな変化も見逃すまいと意識を集中させる。

 それは薫とイリカにも言えることだった。

 先ほどまで続いていた剣戟音がぴたりと止み、互いに互いを見据えながらも距離をとって周囲に意識を向けていた。


 不意に、ごう、という思い風切り音の音が小さく聞こえ、その直後に和希のすぐ近くにある扉からひとつの人影が飛び出した。

 和希がそれを察知し、弓に矢を番えながらそちらに振り向く。そして、思わず目を見開いた。


「ひ、煜――っ!?」


 飛び出したのは、血だるまとなりぐったりとした煜だった。

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