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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
17/34

災厄の化物

ここ数話くどくなってる気が……


2018,2,18  改行作業、微加筆修正を行いました。

 腕が飛ぶ。指が飛ぶ。足が飛び、首が飛ぶ。

 視界に入るのは切断された肉塊と、毒々しい血を撒き散らす元凶だけ。

 息をするような自然な動作で刀を振るい、攻撃があると察知すればそれを受け流し、武器を奪い我が物にする。刀での戦闘に向かないと認識すれば、洗練された体術や、時には妖刀を逆手に持ち柄を用いての打擲。その姿はまさに一騎当千の兵の如し。

 それはメディア作品などでよく見る綺麗な戦いではなく、血を求めて暴れまわる獣のようだった。

 もちろん、薫一人に全てを任せていたわけではなく、千尋も、レイラもまた対峙する人の波に飛び込み、猛威を振るった。


 あれから数十分が経過した。ようやく人の波に終わりが見え始めた。後ろを振り返ってみれば、濃密な血臭が漂う不気味な空間がある。床も赤く染まり、ここまで駆け抜けた三人の足跡が残っている。

 その様は、あの生き地獄での光景と似たものだった。唯一の違いは、死体が動いていないことだけ。

 先程からずっと悲鳴を聞いているのもあり、余計に当時の光景が思い出される。死人が生者を襲い、死体や血液で埋め尽くされたあの道を。


「…………」


 目の前の光景を見まいとする自分が、千尋の中で形成されようとしていた。だが、そんな自分に喝を入れ、それを視界に焼き付けた。


 遠からず、千尋達は再びあの地に戻る。そして、一匹残らず殺し尽くす。彼らの全てを奪われたように、元凶達の全てを奪い尽くす。

 それが、今を生きる彼らの糧となるものだった。草薙に対して強く言えないな、と内心で自嘲した。


「――千尋」


 不意に薫が手を止める。


「何だ?」


 薫に問い返す。幸い、数の減ったライオネル・ソウルは残り二百人ほど。しかも、その全員が薫の勢いに呑まれ、動けないでいた。


「……何か来る。嗅ぎ慣れた――だが少し異なった獣臭だ」

「嗅ぎ慣れた? 名前の通りライオンでも飼ってるのか、こいつらは?」


 思わず軽口を返す。薫はそれを鼻で笑い、「言ったはずだ」と続けた。


「嗅ぎ慣れた、とな。これでわからねぇなら、こう言えばどうだ? 嗅ぎ慣れた、血と腐った肉の臭いを纏った獣臭だ」


 驚きに目を見開く。それはまさに、あの生き地獄の際に出現した化物の一匹ではないか。

 千尋は思わず眦が張り裂けんばかりに見開き、ギリッ、と音がするほど歯軋りした。


「ここに、あれがいるって言いたいのか?」

「お前も薄々勘付いていた筈だ。あの企業の人間がここにいるんだ。だったら、あの生物兵器もいくつか提供されていても、何ら不思議はない」

「だからと言って、奴らがそう簡単にあのウイルスを渡すとは思えない! もしそうなれば、奴らは自分達が行なっていることを声高らかに告げていることになるんだぞ!?」

「連中も馬鹿ではない。それぐらいのことは、自分達でもわかっているだろう」


 薫は眼前の人々を目で牽制しつつ、妖刀に滴る血を振り払った。


「その上で、奴らは自分達の足跡を残さねぇようにしてるのさ。もし武器の提供の際に書類の契約をしていたとする。だが、奴らはそれを処分するように言う筈だ。無論、口封じも兼ねて、相応の軍資金も渡してるんだろうよ」


 商談とはお互いが納得した時にようやく成り立つものだ。その相手が何かをして欲しいと求めれば、受けた側はそれを守る必要がある。

 そうしなければ、商談が成立しなくなってしまうかもしれないから。

 喩え誰がその商談に応じたとしても、そんなことがわからない馬鹿ではないはずだった。

 頭を抱えたくなる。


「ね、ねぇ。さっきから何の話? いまいちついていけないんだけど」


 レイラがおずおずと切り出す。

 そうだ。彼女はあの凄惨な現場を見ていないのだ。薫が自分から当時のことを話すとも思えないし、喩え話したとしても信じてもらえるとは到底思えなかった。


 なのだが、


「お前には話してなかったな。三年前に生き地獄があったんだ」

「生き地獄? 何それ。薫でもそう思うような酷いものだったの?」

「『災厄の世界』は知ってるか?」

「お母さんから何度か。確か、バイオテロが起きて、一日で壊滅した世界だって」


 ――驚いたな。


 どうやら、彼女の母親が既に少し話していたらしい。細かく言ってしまえは少し訂正を加える必要があるが、大体の部分はあっているためにことを見守る。


「俺ら四人は、そこの出身で、かつ生き残りだ。実に無残なものだった。一歩進めば化物が出て、二歩歩けば精神的に限界を迎えた人間に襲われる。三歩歩けば火の海で、四歩歩けば死体の山だ」

「……もう少し細かく教えてやってもいいんじゃないか?」

「そんな時間はねぇだろ。レイラ、今理解することはひとつ。たったひとつだ。猿でもわかる簡単な話だ。いいな?」


 ようやく対峙した人々のうち、先頭に立っていた男が手斧を手に地面を蹴った。

 その行動はほとんど自棄になったものだ。圧倒的な人数を有していたはずの彼らが、それを上回る圧倒的火力を持つ数人を前に劣勢になっているのだ。

 その気持ちは汲み取る事は出来るが、判断としては悪手であることは間違いないだろう。


 しかし、ピタリ、と今まさに薫の頭蓋を叩き割ろうとしていた刃が止まった。その距離は一センチほど。

 男が止めたわけではないだろう。かといって、薫が止めたわけでもない。

 その証拠に、今も薫は妖刀を右肩に担ぎ、つまらなそうに眉を顰めている。魔術を行使した形跡もない。

 だが、その赤黒い瞳は恐ろしく鋭い。安全装置を外した拳銃を彷彿とさせた。


「……術式、解除(クリア)


 薫が小さく唱えると、その傍らに長身の女が現れ、手斧を無造作に掴んでいた。

 スレンダーながらに着物を軽くはだけさせ、真紅の瞳を愉悦そうに細めている。


「ほぅ。よいのか? 吾の術を解除しても」

「それどころじゃねぇ」

「そうであろうな。なんだ、あの化生は?」

「見たのか?」

「まぁのぅ」


 九老はそう言いつつ、主を襲った男の水月に軽く拳を突き入れた。その細い見た目とは裏腹に、恐ろしく重い一撃。


 男は小さく呻き、体をくの字に曲げる。そのままその場に頽れ、予想をはるかに上回るその一撃を前に悶絶する。

 その頭部に薫が足を乗せ、ひと思いに踏み潰す。脳漿や肉片が飛散し、それを見ていたライオネル・ソウルの面々は、皆等しく吐き気に襲われたようだった。


 その中でも、レイラは普段と変わらない態度で――いや、若干怯えた様子で九老を指差した。


「あっ、あんたは!!」

「また会ったのぅ。貴様もな、人間の王」


 九老の呼び掛けに、千尋はため息をつく。


 千尋は彼女とは面識がある。薫の式神──魔術師風に言えば、使い魔──となった後、初めての顔合わせの際に会ったのだ。

 その時の、薫の彼女を「隠す」という呪いの術は凄まじかった。

 今彼女は立っているだけで圧倒的な威圧感と存在感で視線を集め、戦わずとも強いと断言できるほどの強者の風格がある。

 そして何より、千尋には不浄を払う目がある。それを持ってしても、彼女を完全に見ることは出来ず、そこにボヤけた何かがあるようにしか見えなかったのだ。

 それを呪文も詠唱もなく行ってしまうこの技術こそ、薫の真骨頂と言えるかもしれない。


「何度違うと言えばわかる。ただの人間だと言ってるだろう」

「謙遜せずともよいわ」


 クツクツと小さく笑うと、薫に正面から向き直った。


「で、どうする?」

「――頼んでいた物は?」

「貴様の懸念通りであろぅ。どこにも見当たらんわ」


 それを聞き、薫が――思わず千尋も――嘆息した。

 探し物をさせていた、ということは、おそらくあの企業絡みのことだろう。


「雑兵の相手は任せる。銃火器を持ってる奴からは、それを奪って俺に寄越せ。無論、予備弾倉もな」

「貴様らは、あの化生の相手か?」

「当然だろう。貴様らにとってみれば、あれの相手は容易かろう」

「ふん。あの娘の経験のためか?」

「あぁ。そうだ」


 薫は人々に背を向け、二人の元へ悠然とした足取りで戻ってくる。

 彼らはそれを黙って見送る。全員等しく動こうとしない。いや、動けない。

 そこに九老がいることが理由のひとつではある。だが、それだけではない。

 隙がない。近づけない。歴戦の兵士を彷彿とさせるその風格は、無言のままに相手を圧倒してしまうのだ。皆等しく、その格の違いが嫌でも理解してしまう。


「千尋、得物がないが……どうする?」

「当然、無い物ねだりは出来ない。この拳がある限り、俺は奴らを撲滅する。それに元々、俺の得物は形だけだっただろ?」

「そうかい。なら、俺は何も言わねぇよ」


 言うと、今度はレイラに振り向いた。先ほどの続きを話すためだ。


「それで、猿でもわかる話は?」

「これから目の前に立つのは、身の毛のよだつ外見をした化物だ。奴の攻撃――特に牙と爪を絶対に食らうな。食らえば、俺はお前を殺す。いいな?」

「何で攻撃を受けちゃダメなの? それで、何で私が薫に殺されなくちゃならないの?」


 何も知らない彼女がそんな疑問を浮かばせるのは、当然のことだろう。

 薫はそれを聞き、表情を強張らせた。こればかりは流石の彼も、真剣に説かねばならない。


「食らえば奴らの仲間入りだ。お前は生き残ったとしても、受けた傷からウイルスを貰っちまってる。そのウイルスは、白血球の作用も通じない。今のところ抗体物質すらねぇんだよ。体内でウイルスが暴れまわり、果てにはその命を刈り取る」

「……それで、死んだらどうなるの?」


 ゴクリ、とレイラが生唾を飲む。薫の目を見れば、それが真実だとわかる。


「死ねば、今度は意識がないまま立ち上がる。立ち上がり、空腹を補うために栄養を求め歩く。満たされることのない欲求のまま、満たされようとして生者に襲いかかるのさ」

「それって……よく映画で見るような?」

「そうだ。実物を目にしていなければ、俺だって馬鹿にして笑ったさ」


 だが、と薫は口を噤んだ。

 その時、ビチャッ、ビチャッ、と血の池を何かが渡る音がした。


「来たな」


 千尋は自分に言い聞かせるように告げる。そして、即座に構える。自然と脳裏に厄災の情景が過ぎり、知らぬうちに殺気立っていた。

 それを見たレイラが、僅かに竦んでしまう。殺気立つ千尋の姿に、彼のうちに燻る鬼の姿を見た気がした。


 不気味に響くその音が、不意に静かになる。


「……?」


 レイラが不思議そうにしながらも、汗ばむ手で刀を抜いた。


「我が主よ、始めてもよいのか?」

「始めろ。誰一人として逃すな。皆殺しだ」


 すると、九老は我が意を得たりとばかりに跳躍。着物の裾をなびかせながら敵の集団の中心地に降り立った。手近な男に手を伸ばし、軽々と持ち上げ、力の限り他の男達に向けて投げ飛ばした。


 同時に、こちらの火蓋も切って落とされた。

 闇の中から、突如として巨大な生物が飛びかかって来たのだ。


「散れ!」


 千尋はすぐに真横に飛び、軌道上から逃れる。

 すぐに体制を立て直し、襲いかかって来た化物を観察する。


「ヒィッ……!」


 レイラが思わず悲鳴をあげる。


 化物は見ていて吐き気を催す風貌だった。

 四足歩行で体長はおよそ二・六メートル。身体は血で真っ赤に濡れ、皮がないため皮膚がその目に飛び込んでくる。顔には口しかなく、小さく唸る低い声は、聞くだけで寒気を感じてしまう。全身に赤い体液を滴らせ、化物を形作る肉が時折脈動するように蠢く。


「コイツ……!」

「既に、何人か摂取してやがる!」


 千尋の呻くような声に、薫も続いた。

 レイラは明らかに表情が青くなっており、あまり戦闘が続行出来る状態とは思えなかった。


 ――だとしても……!


 酷ではあるが、ここは戦ってもらわなければならない。災厄の世界において、こういった変異種は数多く存在する。

 その中でもまだ力がない部類なのが、目の前の化物だった。


「薫。お前は異なった臭い、そう言ったな?」

「あぁ。どうやら、そいつは何人か摂取していたかららしい。ここまで巨大化したのは初めて見る……!」

「こんなの……どうやって倒せって言うの!?」

「グルルルァァアァアァッ!!」


 絶叫に近い悲鳴をあげるレイラだったが、すぐに薫に飛びかかられる。そして、二人で折り重なるように倒れた。

 その直上――つい先刻レイラの首があった場所――を化物が襲った。跳躍し、首があった場所に突進した。


「馬鹿かッ! 己の感情を捨てろ!! すぐに立て!」


 薫が恫喝し、すぐにレイラを引きづり距離を取ろうとする。

 そこに再び化物が猛威を振るい――


「ハァアッ!!」


 千尋の正拳突きが顔面を打つ。その威力に押され、まるで壁にスーパーボールが跳ね返ったように化物は吹き飛び、壁に叩きつけられた。


「薫!」


 名を呼ばれ、そちらから投げ渡されたトカレフとマガジンを取り、即座に応射。弾がなくなると直ぐにスピードリロード。間断なく撃ち続けた。

 弾は化物の皮膚を破り、肉を抉る。だが、数発撃ち込んでも効いた素振りをまったく見せない。


「――チィッ!!」


 体勢を立て直した化物は、直ぐに薫めがけて飛びかかる。

 薫も即座に反応し、横に飛び退く。回転受け身を取り、すぐさま立ち上がると――

 白刃が化物の肉を裂いた。幾重にも織り成す斬撃。勇気を振り絞ったレイラのものだった。

 その時、遂に化物が怯んだ。


「効いた!」

「九老ッ!」

「ほれ、新しく出たぞ!」


 薫は投げ渡されたそれを掴み取り、薬室に弾薬を送り込んで引鉄を引く。二発撃ったところで弾切れを示すホールドオープンが起こり、スピードリロード。


「レイラ、距離を取れ! 慣れないうちはヒットアンドアウェイが一番(ベスト)だ!」

「わかった!」


 薫の指示に素直に応じ、一旦距離を取る。化物はそれを追おうと意識を向けるが、させまいとその側頭部に数発の弾丸を被弾させる。


「来いっ、クソ野郎!! ミンチにしてやるよ!」

「セイッ!!」


 薫のリロードの際、入れ替わりで千尋が突出する。研ぎ澄ませた自身の一撃。それで化物の上体を打ち上げ、ガラ空きになった腹部に渾身の蹴りを繰り出した。

 ズドンッ――と蹴りでは出ないような鈍い音と共にその巨体が浮き上がった。


「首を落とせ!」


 薫が吼え、レイラが応えようとする。だが、すぐに思いとどまった。


「――ッ!」


 突如、化物が大喝を上げたのだ。真下にいた千尋は思わず耳を塞ぎ、残り数人となったライオネル・ソウルも、それを圧倒する九老も思わず振り返る。


 化物は僅かに後ろ足を退げる。それを見た時、千尋は頭で理解するよりも早く、その場から飛び退いていた。

 直後、鋭い鉤爪が千尋のいた場所を抉る。


 ――あっぶねえ!!


 ぶわっ、と冷や汗が噴き出す。もう少し動くのが遅ければ、今頃は八つ裂きにされていたことだろう。

 考えただけで寒気がしそうだった。


「ほらな。下手にやるとこうなるから気をつけろよ、レイラ!」

「わかった! 実演してくれるとは思わなかったよ!」

「嫌味かそれは!?」


 気を抜いてはいられない。化物はまだピンピンしているのだ。

 久しぶりの化物退治だが、昔よりは動けるようになっている。なにより、この個体は鉤爪を用いる時の予備動作が少し大きいのが特徴である。跳躍の際もよくよく観察していれば、なんとか反応することは出来る。

 油断なく戦えば、勝てる個体である。捕食した分、身体が大きくなり、強力になっていくのだが、まだ少し余裕が持てそうだった。それもこれも、奴がまだ本気になっていないおかげか。


 ――菅ちゃんは、大丈夫か……?


 そう考えるも、すぐにその思考を隅に寄せて構える。雑念はいらない。

 先ずは、現状の打破が最優先事項である。

 そして、再び千尋は跳躍した。




「ここです!」


 三葉の道案内に従い、今まで見た中で一際巨大な扉を開く。

 視界に入ってきたのは、だだっ広い空間だった。どうやらその空間にもさらに下があるらしく、下り階段がそこかしこに見て取れた。

 それだけでなく、いくつか小さい小屋があり、壁を見れば等間隔で扉がずらっと並んでいる。


 ――広い。


 ここに誰か敵がいようものなら直ぐに狙うことができる。だが、その逆もまた然り。


 和希は先導してその空間に足を踏み入れる。

 罠の類はない。そう理解すると、細心の注意を払いつつ奥へと進んでいく。

 和希の胸の辺りまでの高さの落下防止の壁があり、そこから見下ろすと、一人の少女がいるのが見えた。


 巴だ。間違いない。


 和希は直ぐに周囲を一望する。まだ、千尋達はたどり着いてはいないらしい。

 そして、不可思議なものが浮かんでいるのが目に入った。


 ――あれは?


 よく目を凝らしてみると、それが球状のものだということがわかる。


「あれは侵入者の存在を知らせるための警報機です」


 三葉が和希の視線を追って、そこにある物の正体を口にした。


「警報機?」

「はい。あれが、もし私たちに気がついたら、他に浮いてる物も含めて一斉に警報が鳴り響くようになってます」

「面倒だね」

「――最近の改造でさらに面倒になってね。今じゃ、この部屋の中にいて、インカムを装着した人にしか聞こえないようになってるんだ」

「へぇ、そうなんだ……えっ?」


 ハッとして振り返る。

 そこには先ほどまで下にいたはずの巴が既に目の前にまで来ていた。

 どうやら、警報装置に気を取られているうちに、近づかれていたらしい。


 直ぐに彼女の獲物を確認する。

 しかし、


「丸腰? 君、何も持ってないじゃないか!」

「あったり前じゃない! 私、武器なんか全く使えないもの!」

「威張っていうことではないよね」

「そうなのよね……気にしてるからあまり言及しないで」


 どうやら本心らしく、本当にしおらしくなってしまう。

 まぁ、特に弄って楽しむというサディスティックな思想は持っていないため、すぐにその思考は遠い彼方へと追いやった。


 ――問題があるとすれば……。


 周囲から感じる複数の視線だろう。居場所の特定は出来ないが、和希達三人以外にも他に誰かがいる。

 正確な数まではわからないが、十人よりは少ないようだ。


「昨日の人のお仲間かな」


 そうなると、必然的に隠れている人物達は暗殺者ということになる。

 暗殺者から狙われたことはないが、もし戦うことになった時のことは薫を相手に訓練してきた。それで少しは自分で切り抜けることが出来るかもしれないが、それで解決というわけではないだろう。


「新しく雇ったのかい?」

「あら、やっぱり気づいた? うーん。四天王を相手に隠し事って、やっぱり無理なのかしら?」

「どうかな。その辺りに関しては、優秀な友達がいるから、かな。あと師匠も」

「あぁ、『魔王』か。確かに、あの男がいれば並大抵のことは懸念して、その訓練をしそうね」

「ご明察だよ」


 和希はお喋りに付き合いつつ、魔力を練り上げる。頭の中で術式を作り上げ、対象の位置を補足。


 実は仲間内で薫の次に魔術を得意としているのは、千尋ではなく和希だった。

 薫に次いで膨大な量の魔力を有し、驚異の演算能力を持った男でもある。

 使える魔術は、付加術、爆炎術式、氷結術式等多岐に渡るが、その中でも特に得意としている魔術は複製魔術、投影魔術である。

 物質を無の状態から創り出し、その数を増やす。どういうわけか、その魔術が一番しっくりとくるのだ。

 事実、和希が使う弓も投影魔術によるものである。


 その時、対峙する巴の様子が変わった。明らかにこちらに警戒の念を――もともとあったが更に――抱き出した。


「何をしようとしてるの!?」

「あっ、君ってもしかして魔術師? それなら合点がいくよ。どうやら、魔力を視ることも出来るみたいだし、君が丸腰なのは、単に喧嘩術で戦うってだけじゃなくて、魔術も使えるからなんだね」

「くっ……!」


 巴の目が驚愕に見開く。こういう時、この性格――というよりかは口調――の和希が畳み掛けると決まって皆が恐怖を感じてしまう。

 単にわかったことを整理しているだけなのだが、どうしてだろうか?


 そして、ようやく術式が完成した。適度に急ぎ、丁寧に作ったおかげで思った通りのものが完成した。

 その時になって、巴もようやく魔力を練り上げ始めたのが視えた。


堅牢なる結界(ブロッカー)!」


 術式を展開。対象は三葉だ。

 三葉の周囲に青白い壁が囲み、他者を退ける防御術式。その基本的な結界だった。


 直ぐに巴も術式を展開させる。

 和希には構築途中の術式を見て、それを瞬時に判別する、なんて離れ業をやってのけることは出来ない。

 しかし、本来魔術師同士の魔術戦はそれがほとんどである。相手との駆け引き、手の読み合いが常なのだ。

 和希は咄嗟に、自分にも結界を張る。その直後、眩いばかりの光が和希を飲み込んだ。


「光の魔術!? そんな珍しい魔術を使うのは初めて見たよ!」


 光の魔術は薫曰く、使用者はほんの一握りであり、主に相手の目を眩ませることを主にしているらしい。もちろん、その威力も凄まじく、大地を抉ることも容易いとのこと。魔を払う浄化の力を持つ魔術。

 薫は忌々しげに、そう毒づいていた。


 そして、それは真実だと痛感した。

 結界を襲う魔術は凄烈で、衝撃の余波が辺りに牙を剥く。地は砕け、壁は残骸となって崩壊。

 和希自身、必死に堪えなければ結界ごと吹き飛ばされそうだった。

 衝撃の余波を受けた三葉が悲鳴をあげる。横目で確認してみると、どうやら無事のようだった。

 自分が張った結界よりも強固にしていて良かったと心から思った。


「凄いね。なかなかの威力だよ。これは予想以上だ」

「ふん。降参する?」

「まさか。そんなことをしたら、薫に顔向けできないよ。というよりも師匠が怖い」

「そんなに……? そ、それじゃあ、私に殺される道を選ぶのね」


 言うと、彼女は両手を地面と水平に掲げる。更に追撃しようとしているのだ。

 しかし、今回は和希の方が早かった。


「――っ!?」


 巴が弾かれたように頭上を仰ぎ見る。

 そこから、数多の矢が降り注いできたのだ。

 すぐさま後退。結界を張りつつ距離を開けるが、降り注ぐ矢の雨は止まない。それどころか、巴の後を追うように肉薄する。


「どうなってるのよ!?」


 巴が絶句しつつも結界に先ほどよりも魔力を通し、その猛威を阻む。だが、一本、二本と受けていく度に結界が悲鳴をあげて軋む。

 あまり受けてはいけないと思ったらしく、徹底的に回避に徹し始めた。


「和希さん!」

「三葉ちゃん。そこから動かないでね。その結界、空間に設置してるだけだから、君の動きについてくるわけじゃないんだ」

「えっ、あの……! そうじゃなくて、後ろっ!」

「……っ!」


 言われるまま振り返ると、両刃の剣を振り被った女がいた。女は横薙ぎに剣を振り払った。

 咄嗟に手に持った弓を盾にして時間を稼ぎ、そのまま掻い潜るようにして避けた。


 ――いつの間に近づかれた!?


 これが暗殺者を相手取るということか。暗殺者の恐ろしさを味わった瞬間だった。


「やっぱり一筋縄じゃいかないか!」

「リムっ! これどうにかして!」

「ちー、それぐらいなんとか出来るでしょ!?」

「いやいや、見た目よりもこれヤバイから!」


 回避に徹しながら必死に声を張り上げる。リムと呼ばれた女も仕方がないといった様子で巴の元へ駆け寄っていく。

 その間に再び投影魔術でふたつ目の弓を創り出す。

 直ぐに周囲に目を向けるが、他の視線の主はまだ姿を見せようとはしていない。だが、つい先ほどの教訓もあり、常に周囲に気を配っておく必要がある。


「うわっ、なにこれ!? めっちゃくちゃキツイ!!」


 そんな声が聞こえ、二人に目を向けると、なんとリムが殺到する矢を弾き落としていた。彼女だけで防ぎきれないものは、巴が結界を張って防ぐ。


 和希は一度深呼吸。姿勢を正し、矢を番える。先ほどよりも更に魔力を流し込み、射る。

 その矢は先ほどよりも破壊力を有しており、巴の結界を紙同然のように破り、その直線上にある壁を陥没させる。

 間一髪それを躱した巴とリムは愕然とした表情でこちらに向き直った。


「何あれ……」

「……魔術師ってみんなあんな感じ?」

「……知らない」


 そこまで驚くことだろうか? この程度のことで驚かれては、薫と戦うと……驚く暇がなさそうだ。


 その時、和希から見て右手に見える扉が勢いよく開いた。

 その後の光景に、和希は目を剥いた。

 そこから、勢いよく――何故か後ろ向きで――千尋が飛び込んできたのだ。


「あっ、やっぱり好み!」


 などとリムは叫んでいるが、千尋本人はそれに気づいた様子もない。

 千尋はジャケットの袖の部分が何かに裂かれたかのような傷跡を残し、それでも本人には傷はない状態だった。


「野郎、遂に本気になりやがった!!」


 開いた扉の奥から薫のものらしい声が聞こえ、次いで数発の銃撃音が轟く。


「千尋!」


 呼びかけると、千尋はこちらに気づいたらしい。瞠目して、直ぐに自分がどこにいるのかを理解したらしい。


「菅ちゃん、煜はっ!?」

「途中で別れたんだ! 相手の幹部がいたから」

「なるほどな。それはいい。そんなことより、菅ちゃんはそこから援護してくれ!」

「援護? いったい何が――」

「――千尋ッ!」


 薫の絶叫。その直後、闇の奥から醜悪な化物が飛び出した。肉を外気に触れさせ、所々に弾痕のある化物。


 直ぐに千尋は横っ飛び。

 しかし、俊敏な動きで直ぐにその後を追った。


 ドクン、と鼓動が一瞬止まる。あれは、あの化物は――


 和希は無意識のうちに先ほどと同威力の矢を放つ。矢は千尋に飛びかかる化物の肩に激突。そのままの勢いで化物を壁に縫い付けた。

 化物は逃れようと悶えるが、そう簡単に抜けられるほど甘く射ってはいない。


「助かった!」

「…………」


 しかし、和希は応えない。血走った目で、化物を見据えるのみ。呼吸は少し荒れ、普段の温厚な姿はどこにも存在しなかった。

 まるで、親の仇を目の前にしているかのようだ。


「ちょっ、何であれが出てきてるのよ!? 監視員はどうしたの!?」


 巴が絶叫するが、それに応えられる人物はその場にはいない。


「ラストマガジン!」

「生憎、俺もだ畜生ッ!!」


 二人も後を追って飛び出してくる。薫は何故か愛銃ではなく、ライオネル・ソウルの持っていた拳銃だった。


 そんな薫とレイラも和希達に気づいたらしく――薫は隠れた暗殺者の居場所も察したようだった。

 薫と和希は一度頷き合い、レイラは三葉に声をかけた。


「九老、弾薬が無くなり次第俺と共に前に出ろ!」

「応よ」


 薫の指示に、聞き覚えのある女の声が聞こえてきた。どうやら、あの鬼も今は姿を見せているらしい。


 半ば理性の欠如している頭でそう判断し、矢を番える。

 その時には九郎が薫の背後に立ち、千尋も体勢を立て直して距離を取っている。


「ちょっ、あんたたち本気!? それを倒せるわけない!そんなこと、出来るわけがない!」

「お前達が何人か食わせたせいでな。おかげで骨が折れる。やけに頑丈で、恐ろしくタフだ」

「えっ、何? あんた達。まさか、戦ったことがあるの? そんな化物と!?」

「貴様らに答える義理はない」


 巴の驚愕の声を薫が冷たく突っぱね、全員に注意を促した。そんな薫の態度に、不本意ながら和希も同意だった。

 和希は当時の惨状を目の当たりにしているせいで、それと似たものを見ると理性が一気に瓦解するようになってしまっている。

 そして、その化物を所有していた組織の人間に、優しくしてやるほど和希は善人ではない。


 その時、巨大な破砕音がする。見ると、遂に化物が自由を取り戻し、低いうなり声をあげている。


 薫が即応。頭に狙いをつけ、引鉄を引く。

 しかし、化物は跳躍。壁をも足場として縦横無尽に駆け回る。

 その速度の素早いこと。今まで見た中で一番巨大なぶん、その自力もよほどのものらしかった。

 俊敏な動きで戦場を飛び回り、その中でも隙を見せることなく皆は武器を構える。

 普段なら薫も動きを誘導しようと弾をバラまく戦い方をするのだが、先ほど言ったように最後のマガジンのため、自然とそんな戦いもしなくなっている。


「薫……」

「気を抜くな。奴らとの戦いは根気が全てだ」


 レイラの縋るような言葉に、薫は事務的にそう返す。事実、薫であっても気の抜けない相手だからだろう。

 レイラもそれをわかってか、俯きがちになりながらも「うん」と呟いた。


 化物は、視線が外れたその瞬間を狙った。

 一声大喝を上げると、薫とレイラの後方十メートル程の場所に降り立ち、全身のバネを使って跳躍。


「ヒッ……!」


 レイラはその猛攻に腰が引けてしまい、薫がそのレイラを突き飛ばした。


「――間に合わない!」


 千尋が叫ぶ。和希も気を引かせようと何本も射つが、意に介さずに肉薄する。

 薫は残弾がなくなるまで撃ち、頭部にいくつもの弾痕を作る。しかし、向かってくる速度は衰えることはない。


 そして、化物は首筋に食らいつこうと牙を剥き――

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