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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
16/34

別行動

とりあえず一章最終話のひとつ前までは書き溜めしてるので、それまでは2、3日に一話ペースで投稿します



2018,2,18  改行作業、微加筆修正を行いました。

「い――!!」

「ぶっ殺――!」


 仲間に対して発する言葉は最後まで続かない。それよりも先に煜が間合いを詰め、全てを斬り伏せているからだ。

 しかも、その動作の全てが一瞬。煜が視界から消えたと思えば相手は直ぐに倒れていく。

 電光石火の早業なんてレベルではない。寧ろこれは人智を超越したと言っても過言ではないだろう。

 煜には剣道や剣術などの心得はない。自分の速度に合わせ、無我夢中に振るっているだけだ。それでも、ある程度の相手には通用する。

 行く手を遮る形で集まっていた人垣が気付けば肌色の絨毯に変わりゆく。

 だが、その要因は煜だけではない。


「しゃぁっ!! 見切ったぁ――ぐおっ!?」

「……タイミングを合わせるにしても、まだ遅いよ」


 和希の一矢は正確で、先程から百発百中である。しかも、全て急所を外している。

 ここに薫がいれば、とどめを刺してしまうだろう。だが、まだ和希には人を殺す覚悟は出来上がってはいなかった。

 どうしても、急所が狙えない。

 だが、それは和希だけではないらしい。倒れていくライオネル・ソウルの下っ端達は、皆気を失っているか、痛みによって悶絶しているだけに過ぎない。全員、峰打ちだった。


「次はどっちや!?」

「ひ、左です!」


 言われ、煜はまた先行していく。その直後にたくさんの悲鳴が聞こえる。


 三葉が肩越しに背後を振り返った。

 和希も横目で同じ方向を見やる。

 先程から後方からの襲撃はない。代わりに、数々の悲鳴や絶叫。金属同士のぶつかる甲高い音。銃撃音。

 その音がやけに反響して聞こえ、いやに耳に残る。


 薫達が相手取った者達はきっと、誰一人として三人に傷をつけてはいないのかもしれない。

 そう思うほどに、彼らの対人戦闘の技術は高いことが立証されている気がした。

 実際、昨日の傭兵の集団を相手取った時も、彼らは容易く壊滅させてみせ、更には薫とレイラの二人だけで本隊をも壊滅してみせたのだ。

 傭兵でさえ勝てない相手に、彼らが勝てる道理はない。唯一の違いはその人数であるが、それでも個々の技術を見るとあまり三人の心配は出来そうになかった。


「三葉ちゃん! 前を見るんだ!」


 和希は魔力を練り上げ、何本も魔力で複製した矢を(つが)え、射る。

 放った矢は射撃を試みようとした奥の男達の肩や足を射抜く。僅かに呻いた瞬間、煜がそこへ追撃に移る。


「こっち側に女のコが少なくて良かったわ!! 俺の流儀に沿ってる!」

「女子には手を上げない、だったっけ? 大した騎士道だと思うけど、いつかいいように利用されないか心配だよ!」

「そういう菅ちゃんも、あんまり女のコに手ぇ上げてへんやろ?」

「ケンカをすることがあまりないからね。でも、やらなきゃやられちゃうなら、戦うよ」


 誠実ながらに確固とした意思がその表情から窺える。普段は優しい性格をしていながらも、和希もまた、三年前の生き地獄を生き抜いた猛者だ。自分の命は自分の手で守り、それを脅かそうとするものに対しては容赦はしない。

 そう。願わくば冷徹に、時には残酷に状況判断をする薫のように。


「そういうもんか。次どっちや?」

「はぁ、はぁ……あっ、右です!」


 こんな乱戦状態であっても、普段通りの会話は絶やさない。いや、そうであろうとしているだけだ。


 三年前に比べると、和希達は強くなっている。当時の経験から、常に周りへの注意を絶やしていない。

 そのお陰で、先程から奇襲といえるものにはまだ遭遇していない。


 横目で三葉の様子を確認する。体力に自信のあるらしい彼女にも、二人のペースに合わせて動いていると息も絶え絶えになっている。

 肩から一点スリングで提げたM4カービンという重い物と予備のマガジンを持っているために、その苦労は余程のものだろう。

 しかし、それでも必死についてくる。依頼をした者ということで申し訳なさがあるのか、挫けないよう必死に足を動かし続けている。短い間でも一緒に同じ釜の飯を食べた仲間で出来た道を踏破した。


 ――この子は、強いな。


 チラリと視界に入り込んだ男にすぐさま矢を射る。それに煜が蹴撃を加えて昏倒させた。


 和希は人の絨毯を申し訳なく思いながらも踏み越える。どれだけ進んでも見える景色は変わらない。

 それでも、三葉の案内を頼りに進んでいくしかない。


「次にもう一度右で――っ!」


 直後、三葉が言葉に詰まった。

 その原因は和希の視界にも一瞬入り込んだ。

 次に進もうとしていた曲がり角。そこに一瞬だけ、棒のようなものが見えたのだ。

 何者かが息を潜め、待ち構えている。


「煜! そこの曲がり角っ!!」


 瞬間、煜の姿が搔き消える。三葉がそれに目を瞠った刹那、低いうめき声と同時に巨大な斧を持った男が曲がり角から転がり出てきた。


「ぐぅ……っ! おのれ、いつの間に越えられた?」


 和希は立ち止まり、矢を番える。三葉も同じように立ち止まり、銃口を向けるも、大きく息を荒げており狙いが定まらない。

 そして、曲がり角から煜が隙のない動きで姿を現した。


「応える義理はないはずやで?」

「クッ、確かに」


 男は苦笑混じりに呟くと、これまたゆっくりとした動作で立ち上がる。


 背が高い。更にかなり出来上がった体格に古風な鎧を纏い、巨大な斧を軽々と持ち上げ肩に乗せる。

 一言で言い表すなら、重騎士といったところだろうか。

 貫禄もさることながら、煜と和希の二人に注意を向ける双眸には部下達をまとめ上げる為に必須の重圧が帯びていた。


「なるほど。あなたが三幹部の残り一人ってことで間違いはないかな?」

「ふん、いかにも。そういう貴様らは、四天王の最速と優男。そして、裏切り者で間違いはないな」


 鋭い視線が三葉に向けられる。それによって三葉が身を竦め、一歩後退った。

 男はすぐに興味を失ったのか、今度は煜に視線を向ける。


「名前、聞いとこか」

「ダッサム。三幹部が一人、ダッサムだ」


 名乗りを終えると、斧を一度振り回し、煜の眼前で止める。

 煜は臆することなくそれを見据え、ひゅっと小さく息を吐いた。


「菅ちゃん。三葉ちゃん連れて先に行き。俺が相手するわ」

「勝算は?」

「神のみぞ知る」

「薫に怒られるよ。あいつ、あまり神様が好きじゃないみたいだし」

「んなら、悪魔王のみぞ知る」


 飄然とそう答えられると、どうしてか大丈夫なように思えてくる。

 それに、弓での遠距離戦を得意としている和希よりも、二振りの小太刀を用いた接近戦を得意とする煜に任せた方が良さそうだ。

 本来であれば、接近戦を試みる相手には遠距離からの飛び道具が有効である。しかし、そうなると三葉自身の護衛が出来なくなるのだ。

 煜は接近して戦うことしか頭になく、あまり誰かの護衛につけるのには向いていないのだ。

 これは偏見になるが、ダッサムは斧を使った高威力の一撃を出す人物である。その彼の使う斧と煜の小太刀とでは、リーチに差があっても手数の差で押し切れる可能性がある。


 幸い、煜はそんなパワーアタッカーの相手を得意としていた。


「じゃあ、任せたよ」


 和希は怯えてしまっている三葉の手を取り、先に進む。

 背後にも注意を向けつつ、三葉の言う通りに道を進む。


 ひとつめの曲がり角を曲がり、ふたつめの曲がり角も曲がった時、後方から鋼のぶつかり合う金属音が聞こえてきた。




「っしゃおらぁぁっ!」


 男の気合の雄叫びと共にいくつもの拳や刃物が肉薄する。


「ヒュッ――!」


 しかし、それらは千尋には届かず、次の瞬間には強烈な拳が叩きつけられる。


「喰らえ!」


 更に別の男が吼える。

 千尋はそれを回り込むと、右太腿部に下段蹴り。男は大きく悶え、蹴られた箇所を押さえて喚く。


「騒ぐなッ!」


 薫はそう吐き捨てると、呻く男の顔に慈悲のない蹴りを見舞った。

 直後、男の顔がひしゃげ、赤い体液を顔中の穴という穴から垂れ流し始める。


「死ねや、『魔王』ぉおおっ!」


 手斧を手に薫との間合いを詰めてくる男だったが、その瞬間薫の足が跳ね、男の顎を捉えた。

 その一撃で顎が外れ、だらりと下顎が揺れ動いてしまっている。

 薫はその側頭部に後ろ回し蹴りで強かに打ち据えた。


「ウィル!」


 レイラの一喝。すぐにその意図を察すると、上体を下げる。

 その背にレイラが右肩口から背中、左肩という流れの接触の後、今まさに飛びかかろうとしていた男の脳天に踵落とし。


 気が抜けない。張り詰めた空気感の中、次から次に殺到してくる人間を片っ端から返り討ちにしていく。


「随分と良いコンビネーションだな!」


 千尋が迫り来る六人の猛攻を捌き、冴え渡った手刀や猿臂をもって叩き伏せていく。


 ――やはり、甘いな。


 千尋が戦った相手は、全員死んでいない。とどめを刺してやりたい気持ちは山々だが、次々に来るライオネル・ソウルの所為でそうすることが出来ない。


「伊達に兄妹をやってるわけじゃねぇんだよ!」


 息つく暇もなく二丁のガバメントによる猛射。ある程度撃ったところに、状況のため仕方なくスピードリロード。


「リロード!」

「サポート!」


 阿吽の呼吸でレイラが突出し、腰の刀を抜き近接戦闘に動いた。剣閃が煌めき、松明の炎を反射して朱色に輝かせる。

 レイラの居合、剣術は迷いがなく、的確に頸動脈や首、関節部などを斬り捨て赤く染まる。それによって絶叫が起こるも、既にリロードを終えた薫が黙らせた。


 既に和希達と別行動をとって三十分になる。距離で言えば、大体六十メートル程は移動しただろうか。


 ――前に進めねぇ……!


 個々の武力が低い分、それを凌駕するほどの数が三人を襲う。絶え間なく続く人の波。敵意を持って攻撃を仕掛ける能無し達だ。


 ──とはいえ、槍を使うほどではないか。


 千尋の方にも絶え間無く敵の集団が肉薄する。

 即座に騎馬立ちになると、両手掌底突きで正面の相手を打ち据え、頭を押さえ下げる。次の瞬間、第二陣の男の顔の狙った蹴りを、両腕で防御。

 第三陣。両サイドからきた男と女の蹴りとナイフの突きを両手下段払いで払う。そのまま右手側の男の服に手を絡ませ、左手の肘を女の喉仏に打ち込んだ後、男を引き寄せ貫手で男の鳩尾を打つ。


「この野郎っ!」


 背後からの第四陣。そして正面から第五陣。

 背後の男の金的を踵蹴りで蹴り上げ、背を向けたまま猿臂を放つ。その威力のさることながら、まともに受けた男は大きく飛ばされ、その背後の仲間達を共になぎ倒した。


「せぃっ!!」


 気合の息吹と同時に、正面の男に正拳。その際に、即座に右両足立ちに立ち変える。


「このぉっ!」


 ナイフを上段に振りかぶるも、即座に左前屈立ちになり、男の手首の位置で受け、下から顎を狙って肘を打ち上げた。

 そのまま流れる動作で左後屈立ちになると右内受けで第六陣のブローを受け、右足を軸に半回転。騎馬立ちになり、前蹴りを下段払い。

 すぐに先ほどとは逆回転。再び騎馬立ちで第七陣のナイフを同じようにして払った。


 まるで普段からこなしているかのようで無駄がなく、乱れのないスマートな動きの数々。受け、払い、そして再び一撃を放つ。


 それも当然だ。あれは空手の形なのだ。

 形は本来試合での演舞のように見えるが、その実しっかりと相手をイメージされた――謂わば、見えない敵との戦闘である。

 普段から行っている動きの通りに千尋も動き、次々に吹き飛ばしていく。

 レイラも思わずそれに見惚れ、隙ありと対峙していた女がトカレフを構えた刹那、その顔面を薫の540度蹴りが捉えた。


「余所見してる場合か、間抜け」

「ご、ごめん! 千尋の、何あれ!?」

「今は目の前の雑兵に集中しろ。その後で、好きなだけ話に付き合ってやる」


 だが、暗殺者にとってはこれとないほど不利な状況には違いない。

 暗殺者は本来、標的に気取られずに近付き、その命を奪う者のこと。こんな乱戦などはあまり得意とはしていないのだ。

 だが、二人は母親にそれを想定された体術を学んでいる。表向きは暗殺術として。

 合気道をベースにした混ぜこぜの暗殺術。そこに対多人数戦も想定された技術もある。実際、レイラはその通りに動いている。


 マガジンが空になり、即座にリロード。マグポーチに触れ、最悪の状況に追い込まれていることを悟った。


「――ッ! ラストマガジン!」

「なに!? 他にないのか!?」

「生憎、グレネードはさっき目眩しに使ったスタングレネードでラストだ」


 千尋もそれを聞いて舌打ちをこぼす。

 流石の千尋もこれほどの乱戦は想像以上だったことだろう。言葉にすれば短いが、対峙してみるとその数にはほとほと呆れてしまう。


 ――底が見えない。


 道を覆い尽くさんばかりに広がる敵の群れ。それも、徐々に進みながら敵をなぎ倒している。

 だが、道の先に目を向けても、絶えることなく新たな人間が現れる。横道や、グループごとに分けられているらしい部屋からも飛び出してくる始末。

 薫も、これには苛立ちを募らせた。


「お主ら、どけぇい!」

「おまんら、どけ!」


 同じタイミングで人を掻き分けて白く立派な髭を蓄えた老人が薫の前に、筋肉質だがその実スマートさを感じさせる長身の男が千尋の前に立つ。


「『魔王』、その腰に差す刀。さぞかし優れた名刀なのだろう。いざ、我が剣と打ち合え!」

「四天王最強、おまんの噂はかねがね。言葉はいらん。拳で語り合いたい」


 などと言ってくる始末。


 心優しい千尋は構えなおし、男に向き合う。

 だが、薫はそれに付き合ってやるほどお人好しではない。


 老人の構えは見事なものである。刀を青眼に構え、真っ直ぐに薫の手に――正確には、弾丸の残っている右手の拳銃の引鉄にかかった指に――視線を向ける。

 薫は静かに左手のガバメントを脇のホルスターへ収め、改めて右手のガバメントを両手で構える。


「ウィル?」


 薫は無言で佇む。

 それに何かを察したのか、レイラは静かに他の者達に狙いを定めた。

 背後で拳が空を切る音が聞こえる。千尋と対峙している男の愉快そうな笑い声が聞こえる。

 だが、それも次第に聞こえなくなる。完全に聞こえなくなると同時に、その周りの者達がざわめき出した。


「あの戦闘馬鹿が!?」「マジかよオイ……!」「冗談じゃないわ!」


 それぞれ驚きの言葉を口にする。

 だが、それも次の瞬間には鈍い音と共に低い呻き声によって埋め尽くされていく。


「…………」


 静かに、濁りきった赤黒い瞳で老人を睨め付ける。


 ――残弾は四発。それを使い切れば徒手や刀、ナイフとまだある。なんなら奪えばいい。だが……。


 隙がない。お互いが一歩も動けず、周りの者達も近づけない。ただ静かな戦闘。レイラも少し心配そうに横目でこちらに視線を向ける。


 そして、ようやく邂逅の瞬間は訪れた。

 引鉄を引く。.45ACP弾が老人の眉間目掛けて発射される。しかし――


「むん!」


 老人が構えていた刀を迷いなく振るう。

 直後、甲高い金属音がしたと思えば、弾丸が真っ二つに切断されていた。


「!」


 思わず目を瞠る。その所為で生まれた僅かな隙。老人はそれを見逃さず、迷いなく間合いを詰めた。


「――ッ!」


 我に返り、三発の弾幕を張る。

 しかし、それらも全て一刀の元に斬り捨てられた。


「覚悟!」


 上段に構え、迷いなく懐に飛び込んでくる。転瞬、老人の目と鼻の先に薫の顔が近づけられた。


「ぬぅっ!?」


 虚を突かれ、すぐに刀を振るうもそこに先ほどの冴えはない。そして、薫もすでにその場にはおらず、


「興醒めだ、老剣士(ロートル)


 老人の右斜め後ろ。その場で片膝立ちになった薫の手には妖刀の鞘が握られており、黒刃はもう既に猛威を振るった後だった。

 チン、という刀が鞘に戻される音。

 老人が突如両断され、悲鳴と血飛沫が上がる。のみならず、共に斬られていたのだろう野次馬の数人までも両断。


 その場にいる誰もが、戦闘中ということを忘れて呆然と立ち尽くした。

 あれほどまでに騒がしかったものが、ものの一瞬で静謐な空間へと成り果てた。


「……殺戮者に、一騎討ちを求めるものじゃねぇよ」


 静かに吐き捨てると、薫は隻眼を獲物を追い詰める獣のように細め、僅かに口角を上げた。


「さぁ、出番だ。待ち侘びたろう? 恋い焦がれたろう? 吸わせてやる。喰わせてやる。ここは既に貴様の食事処。巨大なテーブルクロスの上だ」

「っ!!」


 その場で即座に我に返ったのは千尋だった。

 目の前にいるのは薫であって薫ではない。破滅と終焉を喚び招く殺戮の徒。化物との半動一体である。


「容赦など不要。悔恨など耳障りだ。それも、命乞いなどという下賎な行為は尚更だ。見るは一瞬、気付けば餌。脆弱な肉体に芽生えた軟弱な精神は、この一瞬にて骸と化す」


 こうなってはもう薫は止まらない。これでもまだ、理性が働いている方だ。寧ろ、これ以上先に進まれると、千尋とレイラだけでは止められないだろう。


 まだこれは本人があまり良しとはしていない同化の一歩目だ。唯一幸いと言えるのは口調を変えていない事ぐらいだろう。一人称が『私』になっていなければ、それはまだ普段の薫だという証明になる。精神的にも、立場的にもだ。

 とはいえ、高圧的な態度を取っているのもまた、配下の人外に威厳を示すものだというのも事実なのだが。その為に、一様に良しとすることができない。

 だが、今はそれをとやかく言っている場合ではない。


「レイラ、刀を構えろ。進むべき道は薫が切り拓く。俺達がするのは、事後処理だ」

「……えっ?」


 千尋が注意を促し、薫はそれを訊いて不気味に笑みを歪める。


「良いんだな? 残りカスすら喰えねぇぞ?」

「俺はここでこいつらを殺すつもりはない。寧ろ、生かして更正させたいぐらいだ」

「生温い。それなら、俺が全てを喰わせてもらう。情け容赦などない。せいぜい愉しませろよ、間抜けども。一瞬で終わっちまってはつまらねぇ」


 薫はサディスティックな動作で右手を広げる。左手はしっかりと鞘を持っているあたり、いつ襲われても良いように心がけている証明だ。


 薫は横目でレイラを見やる。

 レイラは視線に気づくと、曖昧に笑う。何が起こっているのか、あまり理解はしていないのだろう。


「レイラ、背中は任せても?」


 聞くと、レイラは表情を改めて頷く。


「ウェルカム! でも、しっかりエスコートはしてよね?」

「ついてこれるならな」


 薫は目的としている方向を見据える。

 道は既に頭に入ってある。銃撃音によって反響した音を聞き、そこまでの道のルートは頭に完成されていた。

 残る懸念事項は、それを阻もうと立ち塞がる烏合の衆。

 作戦は変わらない。メインアームを妖刀にして目に入る人間を餌にする。もちろんそれだけでは――相手にとっての――危険度は下がるため、己の技術、敵の武器など使えるものは全て使う。


 僅かに腰を落とす。それだけの動作に、烏合の衆は身構える。だが、その顔には恐怖の念があった。


 薫は一度刀に手を伸ばす。


 そして、一思いに抜刀――

 したかと思った次の瞬間、突如として爆裂音が洞穴内に轟き、薫の服や床の一面に真っ赤なものがぶちまけられる。

 むっとする血霧がたちこめ、千尋とレイラが呆然と立ち尽くした。

 ライオネル・ソウルの集団の最前列から目測十メートルほどまでに人間だったものが転がる。


 薫の瞳に剣呑な光が宿る。

 鎌鼬。自発的に鎌鼬を作り出す中距離の居合技。それを幾重にも繰り出した神速の剣技。

 見えた者は千尋をおいて他におらず、彼らに防ぐ手立てがない。


「……行け」



「――あぁ」



 薫はそれに応えるように疾走し、鞘走った妖刀の刀身が、光の尾を引き眼前に立つ者達へと斬りかかった。




「――おっ、やってるな」


 薫達がいるのとは正反対のとある一室。そこで、巨漢の男が嬉しそうに声を弾ませる。


 身長は一九〇メートル近くあり、バランスよく鍛え抜かれた見事な体躯を誇っている。

 短めの鮮やかな金髪。どこか異国の血を感じさせる面構え。野性的な凄みを裡に秘めつつ泰然とした物腰が、見る者にただならぬ緊張感と興味を与え、危険な魅力を醸し出していた。

 ノータイのスーツ姿で、スーツのボタンは全て開け、黒いシャツも第二ボタンまで開けている。


 今聞こえた音は間違いなく魔王と呼ばれるあの男が出したに違いない。

 いや、もしかすると彼らを統率している男かもしれない。


 ――まあ、そんなことはどうでもいいか。


 男は視線を正面に戻す。

 そこにいるのは特徴的な赤髪のルーレンだった。


 どうやら、薫に手酷くやられた傷が治っておらず、右腕にはギプスを巻かれ、耳には包帯が。顔にも幾重にも包帯が巻かれて半ミイラ状態となっていた。

 だが、今のルーレンはそれよりも悲惨な状態となっていた。

 ギプスを巻かれた右腕はギプスごとをへし折られ、無事だった左腕、両足までも折られていた。

 その上で顔はタコ殴りにされたのかパンパンに膨れ上がっており、包帯は既に真っ赤な染みが広がってしまっている。

 呼吸も荒く、もう虫の息と言っても過言ではないだろう。


「いい加減、貴様らの組織のことを話そうとは思わないか? いつまでもこんな目にあうのは嫌だろう?」

「だ、黙れ……! 俺は自分の命惜しさに組織を売るつもりはない……っ!」

「たいした忠誠心だ。今時珍しい。だが、いつまでそれが続くかな? 俺は別に構わないぞ? そうだ。どうせなら、次は折れた四肢を引き千切ろうか。せいぜい、謳えよ。フェイカー」


 針のように細められた男の目。その奥から、身も凍る眼光が飛び、ルーレンを貫いた。それは明らかに、人間の瞳ではない。

 更に、男の巨漢に見下げられ、ルーレンの恐怖心は既に限界にまで達している。それをわかりつつも、男は拷問を止めようとしない。


 ――先ずは、左腕。


 男は右手で左腕を取り、空いた左手を肩に置く。そして、力の限りルーレンの腕を引く。

 ぶちぶちっ、と肉の裂ける音と、その痛みによって生じるルーレンの悲鳴。

 男はひと思いに引き千切らないようにして、激痛が出来るだけ続くよう心がける。

 痛みが一瞬で終わってしまっては、することが少なくなってしまう。そうなっては、聞きたいことが聞けなくなる。それだけは避けたかった。


「ほら、一本。二本目にいくぞ」


 腕が千切れた事を認識すると、それをルーレンの眼前に掲げ、ゆらゆらと揺らす。明後日の方向に腕を投げると、今度はルーレンの右手に手を伸ばした。


「ぐぅ――ファルバスッ!!」


 ルーレンが唱えると、男の周囲に拳大の火球が生じ、そのひとつひとつがバラバラに男に飛来する。


 しかし、


「フン」


 男は意に介さず、殺到する火球の全てに向けて軽くジャブを打つ。

 拳は火球には触れていない。にも関わらず、その全てが霧散した。それだけにとどまらず、その直線上の壁に細かい亀裂が生じた。


「この程度の魔術でオレを傷つけられると思うな。『魔王』の魔術に比べれば、こんなもの、児戯同然だ」


 二の句の告げられないルーレンに向け、お返しにとばかりに猛烈な瘴気を叩きつけた。

 その重圧は重力をも支配したような錯覚を与え、室内の全ての家具にも影響を及ぼしているようにも見えた。

 腫れ上がる上からでもわかるほどルーレンの表情は青くなる。


「続きだ」


 男はニタリとほくそ笑むと、すぐに行動を取った。

 助けを呼ぼうにも、四天王の襲撃により部下は皆出張っており、今この周辺には人っ子一人いない。

 ルーレンがどれほど願ったところで、助けは来ないのだ。



 数十分後――

 部屋の中から絶え間なく続いた悲鳴は遂に聞こえなくなり、そこから男が悠然と姿を見せる。頬やシャツに少量の返り血を浴びて。



「――どうだった?」



 不意に声をかけられ、思わず身構える。しかし、それもすぐに解いた。


 闇に溶け込むようにして長身の女――千秋が壁に背を預けていた。

 殺気はおろか、気配すらも微塵も感じさせない。静かに近づき、静かに殺す暗殺者の極致。その全てを兼ね備えた女がそこにいた。


「二、三度ほどここの構成員じゃなさそうなのが来たぞ」

「何? 奴ら、外から何か別の人間を雇っていたのか」

「ありゃ、こっち側の人間さ。臭いでわかる」


 千秋は剣戟の音に耳を澄ませている。

 それを聞き、彼女が何を思っているのかは男にはわからない。だが、喜んでいるような、嘆息しているような、そんな複雑な表情だった。

 だが、再び横目で男の顔を見やると、


「それで、どうだった? 何か聞けたのか?」

「生憎、吐く前に事切れたよ。呆れた忠誠心だ。オレには、あそこまで忠誠を誓う奴らの考えがわからない」

「おやおや、鬼の一派だった男の言葉とは思えないねぇ」

「それを言うなら、お前もだろう?」

「アタシは有るか無しの契約の証さ。それも意味をなさなくなった以上、どちらにも属さず、自分の道を行く身」

「そして、人間を拾い、本当の家族として育てた、か」

「それはお前の真似事だ。でもまぁ、いいものさ。家族ってのは」


 言うと、千秋は壁から背を離した。腰間に差した刀が鞘越しに壁に触れ、チャキ、と金属の音がする。

 更に彼女はロングコートの内にも拳銃を忍ばせており、いつでも取り出せるように前は開けていた。

 結局は使わず終いになったが。


「せめて何かに繋がることは聞き出して欲しかったがねぇ」

「言うな。自分でもそこは悔いてるんだ」

「どうだか。アタシは先に戻るよ。暁美(あけみ)とチェスの約束があるんだ」


 こんな時間にか、と言ってやりたかったが、その言葉はそっと飲み込んだ。

 千秋は本当に踵を返した。来た道を静かに戻っていく。

 ゆらゆらとたゆたう手入れの行き届いた黒い髪に、黒いロングコートが相まって、深い闇に溶け込んでいくようだ。

 注視していなくては、その姿もすぐに見失ってしまいそうだった。


「息子には会っていかないのか?」

「また今度。今はまだ会うべきタイミングじゃねぇよ」

「鈍っているのにか?」


 彼女にとっても、そこは痛いところだったのだろう。歩く足をピタリと止めた。

 こちらに肩越しに振り返る。その刺すような視線は見るものを畏怖させる死神の眼光だ。だが、話は彼女の子供のことということもあり、その中には子供への愛が見え隠れしている。


「ウィルもそれを自覚してる。ゆっくりと、一歩ずつ、確実に戻り始めてる。あの女の腹心である二人の悪魔を相手に毎日模擬戦闘をやってんだ。どこまで巻き返せるか楽しみだよ」

「それで死んでしまっては元も子もないが?」

「その辺りは心配ない。なんと言っても、今はあの子が悪魔王だ。本人が求めても脅威の自己回復力でなんかなるし、奴ら自身、とどめの一撃は確実に急所を外すさ」


 少なくとも今は信頼できる、と彼女は言葉を締めくくった。

 言われて、確かに納得出来る。同化が進んでいる以上、その配下である悪魔達も無碍には出来るはずもない。

 今の『魔王』の言葉は、その異名がしっくりくるほど悪魔達に影響を及ぼすものとなっている。契約した化物と同じように、時折言葉に傲慢さが滲み出て来ているのが何よりの証明だ。


 ――その全てがいいこととは限らないんだがな。


 千秋は話は終わりだというように、音もなく静かに闇の中に姿を隠した。

 既に気配は察知出来なくなっており、今彼女がどこにいるのかまるでわからなくなっていた。


「……オレは軽く挨拶しておくか」


 男は千秋が進んだのとは逆方向の道を進んだ。

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