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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
13/34

慈悲無き黒狼

受験の所為でなかなか投稿出来ず、執筆出来ず。うぅ……受験なんか嫌いだ!

ちくせう……ブクマしてくださっていた読者様も二人減ってしまったし、このまま評価が減っていきそうで怖い……。もともと酷い作品だから仕方ないけど……。



2018,2,16  改行作業、微加筆修正を行いました。

 陽も西の空へと沈み、ネオンサインが一層彩っていく。

 東京の街も昼の姿から夜の姿へと変貌し、行き交う人々も目的を仕事から娯楽へとシフトしていく。


 薫はそんな幻想的な空が全く見えない空間で東京プラザホテルのセキュリティに侵入し、ハッキングを現在進行形で試みている。

 ネットワークが普及している今日では、監視やデータの管理も何から何まで持ち前のサーバーに記録されている。その所為か、近年のサイバー犯罪の回数はうなぎのぼりに増えてしまっている。

 薫はそういった現状にさしたる興味も沸かないが、利用するには丁度良いと考えている。

 和希のように機械に強いわけではないが、ハッキングのスペシャリストにハッキングのノウハウを教わった経験がある。おかげでこういった事象にはよく利用するようになっていた。


 先述の通りサイバー犯罪件数が増えてしまっても国は何の手も打っていないわけではない。厳重なロックも掛けられていたり、ウイルスを駆除するためのソフトも年々増えてはいるのだが、それをも破ってしまうハッカーが後を絶たない。


 薫は赤崎から「何かあった時に使っときな」と手渡されていた飛ばし携帯の画面を何度かタップしてハッキングを進めていく。

 あらかじめ柾が用意してくれていた映像をひっきりなしに流し続けるように設定し、ハッキングも最終段階まできていた。


『一応避難誘導は終わったけど、そっちはどう?』


 左耳から口元にかけて装着されているインカムから、この二日間ですっかり聞き慣れた女の声が聞こえてくる。


 現在薫がいる場所は、東京プラザホテルのセキュリティルームだった。通風口から音もなく潜入し、気配を悟られる前にその場にいた警備員全員の意識を闇の中に沈めた。

 こういった潜入技術や掃討技術はアサシンランキング第三位である薫の面目躍如といったところだろう。


「お疲れさん。こっちも丁度終わったところだ。今偽の映像が流れている」

『じゃ、ここからは――』

「予定通り、ブービートラップを仕掛けてくれ。準備が出来たら報告、作戦を遂行する」

『少なくても五人程度は()ってくれないとめんどくさいからね? 勘弁して欲しいよ、傭兵相手に無双する自信はないから』

「その実力はあるがな。奴らの頭の顔、覚えたか?」


 薫は来たのと同じように通風口の中を匍匐前進で移動していく。人が入るように設計されているわけではないため、薫の体格では狭く、またかなり埃っぽい。


『覚えた。私が頭を殺ればいいんだよね?』

「あぁ、雑魚は俺に任せて喰っちまえ」


 うん! と元気な返事をインカム越しに聞き、薫は僅かに口の端を上げた。


 少し時間が経ち、やっと侵入した屋上に戻ってこれた。煤と埃まみれになったコンバットコートをはたき、いくらか汚れを落とす。

 そのまま隠しておいたガンケースを背に担ぎ、チラと手すりの向こう側に見える東京プラザホテルの道路を挟んだ対面に位置する建物に視線を向ける。その距離、目測二十メートル前後。

 このぐらいの距離なら、薫の脚力ならどうにかなる。


 背負ったガンケース越しに背を壁に当て、そして地面を蹴る。眼前に手すりが近づき、それを大きく飛び越えた。

 助走を利用した薫の大ジャンプは二十メートルの距離を軽々と越え、そこからさらに四メートル程先の地面に着地。しかし、そこから止まることなく次の建物を目指して跳ぶ。

 まるで障害がないかのようにいくつもの建物に跳び移っていく。

 ようやく落ち着いた時には、東京プラザホテルから約一キロ程離れた位置にあるビルであり、そこは昼間赤崎が暴れた建物だった。

 少し見回せば、氷崎極真館が小さく見える。


 思えば、意外と近くに傭兵たちが宿を構えていたことに驚きがあった。

 本来なら、他の人間も滅多に近づかないような場所に腰を落ち着けるはずだ。使われていない雑居ビルであったり、廃工場であったり。

 当初、彼らは雑居ビルにいた。だが、薫の仕掛けた発信機の存在に気付かれ今に至る。

 せめてもう少し気付かれない場所に取り付けておけば面倒な巻き添えを考えなくても済んだのだが、そこは薫の落ち度でもある。


「人間なんぞ何人死のうがどうでもいいってのに、千尋の奴め」


 そう愚痴りつつも準備に取り掛かる。

 担いでいたガンケースからメカニカルな細く長い狙撃銃を取り出す。

 レミントンMSR。

 同じくガンケースに入っていたマガジンを確認し、MSRに取り付け、薬室に弾薬を送り込む。338ラプアマグナム弾。

 銃身に二脚(バイポット)を取り付け、立っているビルの屋上の南東側に伏せる。

 久しぶりの銃の感触。肩に当たる銃床、スコープを覗く時に当たる頬骨への圧迫感。


 実に懐かしい感触だ。整備を怠ったことは一度もないが、愚図る時は面倒な女のようにイライラとさせられる。


「愚図ってくれるなよ。さぁ、喰おうぜ……!」


 薫は可変倍率スコープを八倍に設定し、標的のいる部屋を覗く。


「カーテンが閉まってやがるな」


 舌打ちをひとつ、それからすぐに呼吸を眠るように落ち着かせる。


 これは予想通りではある。殺しのプロがそんな初歩的なミスを起こしてはくれない。


 一度目を離し、視界の隅に映ったビル側面の巨大テレビ映像の端に映る電子時計を見やる。

 今頃、和希が篠原に手料理を振舞っている頃合いだろう。千尋ほどではないとはいえ、彼の手料理も美味いからきっと篠原も満足するはずだ。


『準備完了』

「心の準備はどうだ?」

『万端!』

「最終確認しとくか?」

『ううん、必要ない。じゃあ、始めるよ!』

「はいよ。せいぜい楽しもうぜ!」




 東京プラザホテル一室――


 この部屋はベッドがふたつ、ソファを持ち寄せて使った仮初めのベッドがふたつ。ベッドに離れた壁際にはポットや小さいテレビが置かれてあるだけの一般的なものだった。


 窓のカーテンを全て閉め切ったその部屋のひとつに、巨漢で禿頭の男が携帯を片手に何やら話し込んでいる。

 部屋の中には、他にも三人の武装した部下たちがおり、ある者はニュースで新しい情報が流れてはいないかを確認。またある者は装備していた拳銃の整備に勤しみ、またまたある者は窓の傍らにある仮初めのベッドに腰掛け精神統一をしている。


「わかった。全員帰投せよ」


 禿頭の男は通話を切り、傍らに置く。その時に小さな嘆息が漏れ出た。


 彼が傭兵達を率いる隊長だった。名をダグラス・シュトリーといい、軍人時代には少佐という階級にまでのし上がった男だ。


 今日は朝から面倒ごとが続き、多くの部下を失ってしまった。部下を率いる者として不甲斐ないばかりだ。

 相手に四天王のうち三人が集結して標的を守っていると報告を受け、多くの部下を向かわせたのだが、あろうことか一人として帰ってきた者はいなかった。

 しかも、昨夜の標的の引き渡しに向かわせた部下が返り討ちに遭い、そのうちの一人が気になることを話していた。



 ――アメリカの人間兵器が標的の警護につきました――



 昨夜一人の部下が放ったその一言は、あらゆる戦場を歩いてきた碌でなしたちを動揺させるには充分過ぎた。

 勿論、あの“死を呼ぶ黒狼”のことはアメリカ人であったり、元であっても軍人ならその名前を知らない者はいない。

 八年前の『イスラム国ゲリラ掃討作戦』を境に、ぱったりとその消息を絶ってしまった彼だったが、一ヶ月前の西ヨーロッパの紛争に派遣されたことから再びその知名度が広がった伝説の軍人だ。


 そんな男が、どうしてこんな異郷の地で、赤の他人の警護になったのかと聞いた当初は思ったが、少し考えてみれば簡単なことだった。

 アメリカにUSBメモリに入った情報を知られたのだ。そして、こちらの思惑を阻止するためにあの男を派遣した。そう考えるのが妥当だ。


 もしそうだとするなら、どうにかして士気の下がった部下たちを奮い立たせ、今まで以上にじっくりと作戦を練る必要があった。


 幸い、部下の半分以上は強い相手と殺し合いたいという戦闘狂が占めていたため、前者はまだ比較的簡単だった。だが、後者となるとあまりうまくいかない。

 様々な逸話が伝えられるウィリアム・A・ブラウンは、“死を呼ぶ黒狼”とは別に、第二の魔王と目されている筋金入りの超人だ。一時『魔王』本人であると噂も流れたほど。

 そんな男は、我々が知っている殺しは全て知っているし、それを我々よりも遥かに上手くやってのける。標的の傍らで武器を手に立っており、気配を悟らせることなく命を奪う。

 まさしく人間の皮を被った化物だ。

 簡単にまとめると、我々の個人の力量よりも遥かに強く、気配を悟ることもかなり難しい。


 そんな相手が出て来れば、そう簡単に作戦も浮かぶはずもなく、昨日今日とずるずる引っ張った結果、連携を乱すな――としか伝えられていない。

 そんな案しか浮かばない自分は隊長として失格だ。


 潜伏場所を変えたのは、発信機が見つかり、居場所がバレたことを悟ったからだ。そこに何人か残しておき、他の皆はこの安ホテルに移動した、というわけだ。


「隊長、どうです? 一杯でも」

「いや、遠慮しておこう。お前もほどほどにしておけよ」


 こんな時に酒とは、随分と肝が座っているのか、酒で恐怖心を拭いたいのかはわからない。

 だが、相手が相手のためにあまり酒を入れるわけにはいかない。相手がいつ襲撃してくるかもわからないのだ。


 驚くべきことに、ウィリアムただ一人の存在だけで他国への抑止力になっている。

 実際に、彼の取り計いでアメリカとロシアの国交が友好的になっていたりと、その力を上手く使われている。


「おっ、酒か? 俺にも一杯くれよ!」

「しょーがねーなぁ。ほらよ」

「ヘッ、ありがてえ! へぇ、テキーラか」

「お前の好みはジンだったか? 悪いが、ここにゃねーぞ」

「テキーラもそれなりに好みだっての! じゃ、乾杯!」


 その言葉を合図に、二人はグラスを傾けた。


 直後、異変が起きた。

 不意に窓の外――テーブルと椅子が置かれている場所――から何やらカンッという金属が地面に落ちたような音が聞こえた。


 ダグラスは不審に思い、左脇のホルスターに入ったベレッタに手を伸ばした。

 しかし、それをホルスターから抜き取る前に爆発が起こった。

 窓ガラスは甲高い破砕音を轟かせながら飛び散り、カーテンもその衝撃によってズタズタに引き裂かれ、部屋の中心へと吹き飛んでしまっている。


「グゥッ!?」


 咄嗟にベッドを盾にするように伏せて事無きを得たのだが、爆発が起きた場所にはついさっきまで酒に口をつけていた部下がいたはずだ。


「全員無事かっ!?」

「ホンス、無事です!」

「ダグ、無事です!」


 しかし、残りの一人の返事が返ってこない。


「隊長! クラッチが殺られました!」

「何!?」


 薬室に弾薬を装填しつつ、わずかに顔を出して確認。

 窓際に座っていた男が裂傷だらけで倒れている。傍に共に酒を飲み、少し爆風を受けたのか右腕から少量の血を流したダグが脈を取り、首を横に振った。


「クソッ! どこのどいつだ!?」

「おそらく、タイミングを考えてもウィリアム・A・ブラウンで間違いないだろう。だが、一体どこから手榴弾を……? ここは五階だぞ!?」

「隊長、下を見下ろしても敵影はありません。こちらを見上げて騒いでいる民間人だけです!」

「隊長、指示を!」


 ウィリアムがどこに隠れたのかはわからないが、それほど遠くには行っていないだろう。

 つまり、すぐ側に隠れているということになる。

 だが、こちらがビクビクと怯えていても何も変わらない。何かアクションを起こさなければ……。


「他の部屋にいる全員と合流! 済み次第非常階段を使ってここを離れる!」

「了解――っ!」


 直後、破砕した窓から見える風景。その名で約一キロほど離れたビルの屋上、その一角がチカッと一瞬光った気がした。

 見間違いでなければ、あれは――


「伏せろっ!」


 思わず絶叫し、その直後にホンスの頭が吹き飛び、ドチャッと脳漿が床一面にぶちまかれる。


「スナイパー!?」

「くっ!」


 すぐさまベッドの上に置かれていた電子双眼鏡を覗く。

 そして、光った場所を見ると――

 いた。跳ね回った黒髪に特徴的な身体中の傷痕。伏射(プローン)姿勢で髪をなびかせながら、こちらに向けられた近未来的な形状の銃を持つ青年。


 あれがウィリアムか――


 あれが“死を呼ぶ黒狼”か――


『魔王』本人という噂が流れた理由も頷ける。まさしく、『魔王』鬼桜薫に瓜二つ――いや、彼そのものではないか。


「敵影視認! その距離、約一キロ!」

「――超遠距離狙撃(オーバーロングレンジ)!」

「そうだ。あの男、この一瞬の間にどうやってあそこまで行った!? 手榴弾をあんな場所から投げて、届くわけがない!」

「得物はなんですっ!?」

「レミントンMSRだ。不味いな。距離で見ればまだ〇.五キロ離れても俺たちは撃たれるぞ」


 幸いなことに、スナイパーは遮蔽物の多い市街戦にはあまり向いていない。裏路地に逃げ込めば、移動されない限りは逃げることは出来る。

 先ずは、その「逃げる」という動作を行うところから始めなければならない。


「さっきの手榴弾のことを考えて、まだもう一人、奴の仲間がいるとみて間違いない! 周囲に警戒しつつ、全員と合流し脱出する。行くぞ!」

「はっ!」


 部下の返答を聞き、動き出した刹那――

 ダグの頭が吹っ飛んだ。真っ赤な血の華を咲かせながら、無気力にその場にくずおれ、再びカーペットを真っ赤に染めた。


「畜生!」


 悲しみに浸っている暇はない。今は他の仲間たちと合流しなければならない。

 待機させていた部下もこちらに戻ってくるようには言っていたため、この騒ぎについてはわかるだろう。何かあれば救援に来てくれるはずだった。


 急いで手近な荷物だけを手に取り、扉を蹴破るようにして飛び出した。




「――M4カービン持ちに、ナイツSR-25持ちが……計六人か。コイツは、レイラに楽にさせてやれそうだ」


 薫は不敵な笑みを浮かべながら呟いた。


 先ほどの作戦開始の狼煙を上げるために、魔術で強化した膂力に物を言わせてグレネードを放り投げ、投擲されたグレネードは音速の域を突破し、直線距離で東京プラザホテルの標的のベランダに到達。その時に魔術を用いてその運動エネルギーを強制的に消し飛ばし、ベランダに自然落下した直後に起爆した。


 こちらに向けて撃ってくる連中の一人に向けて照準を合わせ、引き金を引く。瞬間、338ラプアマグナム弾が騒動になっている東京の夜に迸った。

 MSRが震える。メカニカルなデザインの大きなストックは、当てている肩から衝撃を体に円滑に伝え、地面に根を下ろしたような下半身から屋上へと逃がす。

 薫はすぐにボルトハンドルを握り、長い薬莢を排出。同時に次弾を装填する。着弾を確認し、次に狙いをつけ、再び引き金を引く。


 嘗ては幾度となく繰り返してきたこの動作が、随分と懐かしく思える。これだけ離れているのにも関わらず、敵の流した血の香りを感じる錯覚すら覚えた。

 それだけ、薫が戦に飢えている証明だろうか。


 あらかたのライフルを持った連中は撃ち殺した。が、武器は転がったままだ。相手に拾われて、また使われるかもしれない。


「ついでだ」


 薫は転がっている銃に照準を合わせ、そして撃つ。

 一度マガジンを交換し、薬室に弾薬を送り込んで再び銃口から火を噴かせる。


 スコープに映り込んだ敵の姿を観察する。

 皆一様に慌てふためき、何やら絶叫しているのがわかる。こちらからは距離があるために何を喚いているのかはわからないが、パニックになりかけているのは手に取るようにわかる。


 ――騒ぎを聞きつけて、誰か来たか。


 薫は意識を一瞬だけ離れた場所にある屋上へと続く扉に向け、ガンケースにMSRを収納し、魔術で家へと転送。

 代わりに、腰に妖刀を差し、レッグホルスターにガバメントロングカスタムを装着する。


 視線を一度騒ぎの渦中であるホテルに向け、薫はそのまま虚空に身を投げた。

 その数瞬後、ヒュイッと指笛の音が、その直後に馬の嘶きが東京の街に響いた。




 ホテル内は現在大騒動だ。

 薫の作戦通りに仕掛けたトラップが次々に発動。武装をして飛び出した傭兵たちに猛威を振るった。


 騒ぎを聞きつけてホテルの従業員は他のフロアの客を避難させ、しかしエレベーターが動かなくなっているため、なかなかに難航しているようだった。

 この五階にも無事な客がいないかと従業員が声を張り上げたが、敵がどこにいるのかもわからない所為でパニックになりかけている傭兵たちがいるこの状況で、それはやってはいけない行為だった。

 戦場で敵の姿が見えないというのは、兵士たちにとっては相当のストレスになる。いつもなら気にしない些細な音にも過剰に反応してしまう。

 結果、従業員はベレッタで蜂の巣にされてしまった。


「あーぁ、出てきちゃった」


 レイラは相手とは反対側の非常階段の物陰に隠れていた。時折相手の様子を窺い、隙を見てはトラップと一緒に仕掛けておいたC4を起爆させる。

 爆風と爆熱がレイラのいる場所まで届き、うっすらと額に汗が浮かんでくる。


「意外に親玉が出てこない……」


 レイラの目的は、隊長を務めている男だ。それをおびき出すための工夫をしているのだが、なかなか姿を現さない。

 やってる手口は暗殺者というよりは、軍隊のソレに近い。だからか、相手の隊長は意外と冷静を保てているのかもしれない。

 薫の作戦破れたりだ。


「ここで膠着状態っていうのもなぁ」


 今この状況でも火の手はどんどんと広がっている。スプリンクラーが作動して時折鎮火させてはいるが、それでもその度にC4を起爆させたり、相手がトラップに引っかかったりとで再び火の手が上がってしまう。

 その所為で、レイラもこのままここにいるのも危険なのだ。

 せめて、相手の首を落とせたのなら今すぐにでも退散するのだが、こうも戦いが長引けばそういうわけにもいかない。

 相手にとってもここで事切れるのは望ましくないだろうし、かといって有象無象のトラップがあれば動くこともままならない。


「ウィルはどういう目的でこんなに罠を仕掛けさせたんだろ?」


 実際のところ、薫は「適度に仕掛けろ」としか言っておらず、明らかにレイラが適度以上に仕掛け過ぎただけだ。


「……!」


 レイラが隠れている側の非常階段。

 その下の階から足音が聞こえ始めた。その数、およそ六人程度。

 回り込まれたのか、それとも別働隊なのはわからないが、敵であることに変わりはなさそうだ。


 咄嗟に上の階に続く階段にしゃがみ、相手が現れるのを待つ。

 しばらくすると、六人の武装をした男たちが駆け上がってきた。先頭の男はダブルバレルショットガン。二人目はM870。

 きっとショットガンが好きな人達なのだろう。

 三人目はブローニングハイパワーと軽装で、四人目はRPK。五人目はAK-47となんともバラバラな装備だった。


 取り敢えず、やることは決まっている。

 一切の躊躇なく殺す。


 レイラは地面を這うようにして床を蹴り、殿(しんがり)である六人目の男目掛けて鯉口を切る。


 ――阿久根流飛雪抜刀術、氷雪!


 レイラの居合いをまともに受け、男の両腕が切断される。切断面から血の瀑布が溢れ出し、男が絶叫を上げる前に首を落とされる。


「敵襲っ!」


 それに気づいたAK-47を持った男が叫び、銃口を向ける。だが、既に引き金を引くよりも近接戦闘の方が早く達する位置にまで詰めていた。


「ヒュッ」


 レイラは鋭い呼気を吐き出しつつ、横薙ぎに一太刀。真っ赤な噴水が噴き出す横を通り過ぎ、三人目、四人目とその場に斬り伏せていく。


「このアマァっ!」


 M870を持った男が激昂し、銃口をこちらに向けた。だが、レイラは臆することなくそれまでの動作を続けていく。

 男の引き金にかかる指に力が入る。が、動作を止めなかったことにより、それよりも早くに懐に潜り込むことに成功。

 しかし、刀を振るうには些か狭い。

 そうなると、必然的に体術になる。相手はまだ後ろにもいるが、その男も得物はショットガンのために簡単に打てない。


「オラァ!」


 男はM870の銃身を持ち、レイラ目掛けて振り下ろす。それを男の手首の位置に腕を置いて受け、男の背後に回り込むように身体を移動させ、受けた腕で男の片手を、刀を一度手放し空けた手で首筋に手を当て、一気に転倒させた。合気道の天地投げだ。

 転倒させたところでそれは相手のダメージにはならない。すぐさま追撃に移る。

 受け身を取り、すぐに起き上がろうとしている男の手からショットガンを蹴り飛ばし、その手を空にする。


 純粋な肉弾戦なら苦戦する。そんな事はレイラは百も承知だ。男と女という時点で力の差は大きい。

 それに負けないように、今まで厳しい指導にも耐え、死線を潜ってきた。

 それこそ、薫が抜けた後の組織のナンバースリーになるほどまで。薫に追いつくという目標を立て、薫が今までに行ってきた訓練を受けて男にも負けないぐらいに力をつけた。

 だが、そんな事のためにレイラは強くなったわけではない。血のつながりもなく、赤の他人だった自分を迎えてくれた家族と会うために、少しでも追いついて「手を貸して欲しい」と言ってもらえるようになるためにだ。

 そして、今がまさにその時。


 腹部に下段突きを打つ。「うっ」と小さく呻くもまだ決定打ではない。すぐに男が距離を開けようと腹部を押し飛ばすように蹴り飛ばされる。


「くっ!」


 その力に為す術なく蹴り飛ばされ、思わずたたらを踏む。

 男は起き上がると、傍らに転がっていたレイラの刀を手に取り、上段に掲げて地面を蹴った。


 ――もらった!


 そんな確信を持ってレイラも距離を詰めた。


「うおぉおおっ!!」


 裂帛の気合いもさながらに男が刀を縦に振るう。男の手に伝わる感触。何かが手に当たった。

 だが、レイラに刃が当たらない。どころか、その手から刀が消えた。


「せやぁぁあっ!!」


 レイラが吼える。刀を下から蹴り上げ、男の手から抜けて宙を舞っているそれを掴んで叩き斬る。


 斬られる瞬間、男の目には明らかな狼狽があった。レイラと同じように、男も勝利を確信していたのだ。

 だが、これはレイラの読み勝ち。それも、ひとつの賭けだった。


 もっと他にも安全で手っ取り早い方法はあった。

 簡単に男から刀も取り戻すことも出来たし、素手のままであの一瞬の交錯で殺すことも可能だった。

 だが、そうはしなかった。

 武器を持って次に臨めれば異論はないが、抜刀術というそれに、彼女なりに思い入れがあるのだ。

 だからこそ、最後に刀に執着してしまった。運が悪ければ死んでいた危険な行為。ここに母親がいれば、間違いなく説教モノの行動だった。


「畜生! よくも仲間を――っ!」


 男は絶叫しながらこちらに銃口を向ける。だが、すぐに違和感を感じた。

 それはすぐにわかった。

 銃身が切断されているのだ。それも見事に、切断面にも窪みや欠けがなかった。


「ど、どうなって――っ!?」


 直後、男の胸から黒光りした妖しい刀身が生えてきた。肋骨の間から心臓を貫き、左胸から覗く切っ先から血が滴る。


「あ……あぁ……?」


 男は何が起こったのかわかっていないのだろう。虚ろな眼差しで目の前に立つレイラと、胸から伸びる黒刃とを何度も見比べている。


 スッと黒刃が引き抜かれる。今まで自分の体を立たせていた支えがなくなり、男の身体がその場に崩れ落ちた。


「――レイラ」

「何?」


 薫はレイラに呼びかけながらレッグホルスターのガバメントを抜き取り、スライドを引き、引き金を引いた。

 その目は嫌に冷たい。感情の一切合切を排除したその瞳から覗ける彼の狂気。ドス黒い闇を抱えたその瞳が、鈍った今でも健在なのは嬉しかった。


「無茶苦茶やりやがって。後で説教な。関節のひとつやふたつは覚悟しろ」

「えぇーっ!? それはホントに勘弁してよ〜!」

「バカ言うなよトンチキが! お前が今やった馬鹿な行いにはほとほと呆れたぜ! お袋はお前に何を教えた? 絶対におかんむりになる行為だ、それは!」

「わかってるよ〜。でも、ここには――」

「いねぇから怒られない、か。馬鹿か? いねぇから、代わりに俺が怒るんだろ?」

「怒ってくれるってことは大切に思ってくれてるってことだよねぇ?」

「……」


 思ったことを言っただけで、薫の怒りの言葉がピタリと止まり、更には顔も少し赤くなってなにやら口ごもってしまう。

 こういう可愛い一面も残っているのはギャップ萌えというものだろう。これにはかなりグッとくる。


 だが、その様子もすぐに失せ、炎の見える廊下――正確にはダグラスがいるであろう曲がり角――を横目で見やる。


「今回の仕事はそんな時間はかけられねぇからな。明朝にまた別の仕事がある」

「あっ、忘れてた」

「だろうな」


 薫はまた呆れたようにため息を吐き、後ろ頭をかく。


「下に消防隊と警察(サツ)が集まり出してやがる。かけられる時間は十分かそこらだ」


 外の様子は確認していなかったため、今そのことを教えてもらえてありがたい。

 ダグラスを十分以内に殺し、そのまま撤退すれば薫達の勝ちなのだ。


 薫は曲がり角まで移動すると、壁に背を当て、気付かれないようにダグラス達の様子を確認する。そして、指を四本立てた。


「配置は?」

「一番手前にダグラス。そのひとつ奥に二人。更にその奥に一人だ。少し厄介だな」


 唯一幸いと言えることは、ダグラスが一番近くにいるということだろう。レイラは、自然と腰のホルスターに入っているジュニア・コルトに手を伸ばす。

 今まで薫が出て行ってから再開するまでの間に使い続けた薫のお下がりだ。もうひとつ、薫から渡されたオートマチック拳銃があるが、なぜかもったいなく思えて使えていない。


「どうするの?」


 なかなか動かない薫に痺れを切らし、思わず問いかける。すると、薫は行動で答えた。

 腰に差していた妖刀を鞘ごと抜き、それをあろうことか転送魔術で家に送ったのだ。

 自分から武器を手放す。母親から習った抜刀術もこれでは使えない。

 いや、むしろ彼は必要としていないのだろう。たったひとつの戦術に固執し過ぎず、多彩な技術をフルに用いて相手を圧倒する。

 彼の目的はレイラとは違い、容赦のない殺戮、ただ一方的な殺しなのだ。


 力を証明しようとしていた自分とは違い、淡々と当初の目的のみを見据えて事を進める。一切合切の興味関心を持ち得ない薫の利点であり、薫の最も誇ることの出来ることだ。

 ただし、殺し屋という人殺しを仕事としている狭い枠組みのみでだが。


「……こいつに血を吸わせるのは明日へ持ち越しだ。時間は俺が稼ぐ。お前は頭を、俺は三人相手にしてやる」

「それを持ってた意味は……」

「さっき少し血を吸わせた。それだけで意味はあった」

「まぁそうだけど」


 これから薫が何をしようとしているのかは訊かなくてもわかる。

 白兵戦。それも、多対一の足止めを買おうとしているのだ。先ほど行った自分の行いを、目標を提示することで、失敗を取り返せと語っている。


 ――呼吸を整える。


 昂った感情を一気に落ち着かせる。まるで眠るように、ゆっくりと呼吸を整え、纏う空気を変えていく。


 ――絶対に、殺る!




 相手の得物はどれもベレッタ。対し、刀を戻した薫の得物はガバメント一丁。マガジンはあとひとつ。

 主に体術で攻めていき、隙を見て鉛玉をぶち込む。または、敵の持っている武器を奪うか、体術で息の根を止めるか。

 とにかく、一人で三人を相手取らなければならないが、それは薫の得意分野。対多人数は現役の頃から毎日のように起こり、それにより手馴れたものだった。


 問題は、相手をどのようにして近接戦に持ち込むかだ。

 相手は銃を持ち、数もいる。簡単な隙は現れないだろうし、一人が隙を突かれてもすぐにカバーに入られる。かといって撃ち合いになれば数で押されるかもしれない。


 ――撹乱するしかねぇか。


 嘗てから戦場での自分のスタイルは、縦横無尽に駆け回り、殺戮を繰り返して勝利をもぎ取っていくもの。得物は小さくても大きくても変わりはない。駆け、狙いを定め、そして喰い千切る。

 薫の『黒狼』の異名はそこから来ている。

 三年前の厄災も、それを用いて戦ったのだ。そのスタイルに、絶対とは言わなくても自信はある。


 肩にレイラの手が置かれ、二度指で軽く叩かれる。準備が完了した合図だ。


 彼女には何も言わなくても通じる。

 共に仕事に出たのはたった一年という短い期間だったが、その一年の間で得た信頼関係は二人を会話なしで意思疎通を可能としたのだ。


 薫はもう一度だけ相手の様子を確認。

 火に包まれた空間の中。

 その中で、彼らは変わらず銃を手に周囲の様子に注意を向けつつ、これからの指針を簡潔に議論し始めているようだった。

 薫はそれを一目見て取ると、その姿を彼らの目に晒す。気配を出来るだけ殺し、音を立てず迅速に彼らとの距離を詰める。


「隊長ッ!」


 一人が薫に気づき、絶叫を迸らせる。

 それを聞き、薫はすぐに歩法でその距離を詰める。

 縮地。瞬間的に相手との間合いを詰め、先ずダグラスに近づいた。


 二人の現在の距離は、拳銃を抜くよりも拳で殴り合った方が早い近接戦闘(CQC)の間合いだ。


「よぉ、隊長殿。なんで俺が来たかはわかるよな?」

「……あぁ、わかっているつもりだ」

「何人かは復帰を望んでいるようだが、貴様はどうなんだ? 祖国を守る連中を脅して、何を得たい? 祖国を裏切ってまで、何を求める?」


 千尋が昼間に確認した男は軍への復帰を望んでいた。

 それは、薫も煜もその場で聞いたものだ。だが、千尋が行った透視魔術の上位型を使える薫は別の傭兵の思惑をも覗いた。

 その男の目的は金。千尋が見た男とは違うものを得ようとしていたのだ。

 この男も、軍への復帰か、または金か。はたまた別の何かを得ようとしていることに間違いはないだろう。


 ダグラスは少しの逡巡の後、太々しく笑ってみせた。


「我々はそんなことを話すような間柄ではないはずだ」

「そうだな。喩え貴様の目的を訊こうとも、最終的に死の運命に変わりはない」

「貴様の仲間はどこに隠れているか知らないが――」


 刹那、薫の拳がダグラスの腹部に叩き込まれた。ダグラスはその一撃を受け、僅かに後退り口の端に血を滲ませる。


 一見すると極真空手の突きのようにも見えたが、薫はその突きに――昼間煜が使った――中国拳法に用いられる浸透頸と呼ばれる技術を混ぜ合わせて打ったのだ。

 極真空手の高威力の突きで表面的なダメージを与え、浸透頸で内面的――内臓に直接ダメージを与える。

 言葉で説明するのは簡単だが、実際に成功させるのはかなり難しい。

 数ある体術を収め、それらを混ぜ合わせたり、バラバラにして戦う薫だからこそ出来る技術だろう。

 各々の武術を収めている二人は口を揃えて、「普通は出来ない」と言っていたが。


 薫はダグラスが後退った瞬間、同じようにまた距離を詰め、サイドアームのコンバットナイフを奪い取る。


「貰ってくぜ」


 すぐさま回し蹴りを側頭部に食らわせる。

 ダグラスは咄嗟に腕を盾にしたが、それでもその威力に耐え切れずに壁際に叩きつけられる。


「野郎ッ! 構やしねえ! 撃ち殺せっ!」

「おうよ! 祖国なんぞ知ったことかよ!」

「俗物が売国奴にまでなったか」


 薫は三人を冷たい眼差しで見据え、僅かに足を開いた。

 直後、三人の一斉放射。三つの銃口からいくつもの九ミリ弾が何度も轟音を轟かせながら肉薄する。

 薫はそれを、身軽な身のこなしで全て躱してみせた。


「まぁ、そうは言いながらも、俺も祖国はどうだっていいんだがな。所詮は、政治家も人間。くだらねぇ俗物共の集団であることに変わりはねぇからな。今は、従ってやってるだけだ」


 縮地。弾丸を全て躱すという離れ業をやってのけたことにより呆然としている男の懐に忍び込み、奪い取ったナイフでの一閃。

 肉を裂く確かな感触を味わいながら、首から毒々しい赤い液体が溢れ出す男を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた先にいる男は、ハッとしてすぐに飛ばされてくる男を躱す。

 だが、躱した先には逆手に持ち替えた薫のナイフによる刺突が待っていた。

 狙いは頭の骨の接続面のひとつ、こめかみ。

 ナイフは男の側頭部をやすやすと貫き、脳をも貫いた。だが、薫はまだ力を抜いておらず、突き刺さったままのナイフをそのまま壁に叩きつけ、男を壁に縫い付けた。


「クソッタレめ!」


 残り一人がナイフを手に、今まさに一歩を踏み出そうとしていた。

 薫は一旦姿勢を低くし、地面を、壁を、天井を蹴り、男の後ろを取る。


「俺に白兵戦を挑むにはまだまだだったな」


 薫は乾いた声音で吐き捨てる。


 昼間の道場では千尋達や門下生という周囲の目があったために過激に過ぎる技術を使えなかったが、今ここでは違う。

 この場にいるのは、事情を知っている者と、正体を知っている者のみ。

 手加減するつもりはない。今までの通り、殺戮を行うだけだ。


 不意に薫の視線の中で動きがあった。

 ダグラスだ。

 ベレッタを手に、今まさに立ち上がり、戦闘に介入しようとしている。

 そして、それと同時にその時が来るのを待ち構えていた妹が動く。

 全力で床を蹴り、驚くべき速度でその距離をどんどんと詰めていく。


「隊長っ! 後ろ!!」


 どうやら薫が相手取っている男がそのことに気づいたらしい。ダグラスに注意を促した。

 ダグラスもハッとして背後を振り返る。その時にはレイラはもう既に宙を舞い、飛び蹴りを繰り出していた。


「ヌウゥッ!」


 バチィッ――と音が聞こえ、レイラの蹴りはベレッタを握る右手に直撃した。

 ダグラスの手からベレッタが離れ、痛む手を意識しながらも空いた左手を元々ナイフのあった場所へと伸ばす。

 レイラはそれを見てクスッと馬鹿にしたように嗤った。

 薫が既に奪い取っていることに気づかず間抜けを晒している様子が滑稽でしかない。

 対峙していた男がこちらを振り向き徒手での攻防に移っている最中、それを見て薫も嘲笑う。


 何度か左手が空を掻いた時、ようやく薫を驚愕の表情で振り向いた。

 薫はそれを体さばきや獣のように俊敏な動きで翻弄し、片手で男の攻撃をいなしながら、一度わかるように壁を指差してやった。


「キョォッ!!」


 必死に怒涛の猛攻を繰り出していた男が、不意に上段回し蹴りを繰り出した。

 薫は反射的に身を沈め、潜るようにしてそれを躱す。

 そのまま男の回転に合わせて、男を中心に半回転。男の一連の動きが終わればそこにはもう薫の姿はない。


「ピャッ!」


 すぐに背後を取られていると察したのか、ナイフを逆手に持ち振り向きながらに振るう。

 だが、薫は先ほどからずっとしゃがんだままだったため、せっかくの攻撃も空振りに終わった。


「し、下だと!?」

「随分と滑稽な声を出すなぁ、お前。俺を笑い殺す腹積もりか?」


 そういう割には薫は全く笑っていない。

 先ほどから変わらず、底冷えのする鋭い眼差しで男を見据えるだけだ。


 薫にとって、確かにそれは面白くはあるのだが、大笑いをするほどではない。

 それ以前に、薫にとって大笑いするということがなかなか出来ずにいる。

 心が壊れているからか、まだ心の奥底で人間に対しての嫌悪感が残っているのか、それは定かではない。

 だが、唯一言えることがあるとすれば、契約した化物が関係しているということだ。


「うるっせぇ! 気にしてんだよ!」

「そうか。まぁ、そんなことはどうでもいい。今ここで殺されるか、自分の手で天界の連中――いや、お前の場合は地獄か。地獄の連中の元へ行くか選べ」


 薫は冷たく乾いた声で吐き捨てる。

 だが、薫の物言いが可笑しかったのか、男が少し吹き出した。


「天界の連中? 地獄の連中? お前、馬鹿か? そんなのいると思ってんのかよっ!?」

「無知だからこその反応だな。まぁ、当然と言えば当然だが。俺は地獄の連中とは何度も会っている。馬鹿げた話だがな」


 事実、魔界にも家を持つ薫は数多くの悪魔や化物などと面識がある。

 その所為で、馬鹿にしたように笑っている男のような反応が取れなくなってしまっているのが現状だ。

 しかも、薫自身が化物と取引をしているため、尚更のこと信じる他ない。


 チラリとレイラの方を見ると、こちらと同様に徒手での攻防に移っていた。

 見事に洗練された連撃。それを捌き、隙あらば反撃していくレイラ。

 ここでレイラに倒してもらいたいのは山々だが、さすがに時間も迫ってきている。

 無論、手を出すつもりなど毛頭ない。ただ、時間が迫っている事だけは示してやらなければならない。


「そろそろ終いにしようか」


 そう提案すると、対峙している男からも笑みが消えた。


 戦況で見れば、有利なのは拳銃を持っている薫の方だ。それ以前に、スペックに差がありすぎた。

 薫にとってはあくびが出そうになる相手ではあるのだが、それは相手側にとってはかなりの強敵であるということ。

 それでも、油断大敵という言葉があるように、油断が敗北を招く結果も稀にある。

 それをわかっているため、己を戒め、常に最後まで気を引き締めてかかるのだ。

 その手段がどれだけ汚れていようとも。


 二人はしばらくの間無言で睨み合う。

 耳に入ってくるのはレイラとダグラスの戦闘音と燃え盛る炎の音。

 既に空気中にも二酸化炭素や一酸化炭素が充満しており、このままでは――薫はともかく――レイラに影響を及ぼしてしまう。

 だが、それでも二人は動かない。

 互いに絶好のタイミングを待つ。確実に、相手を屠るその瞬間を――


 その時、小さな爆発が起こった。

 場所は薫の後方。少し離れた位置で炎が何かに燃え移ったのだろう。


 その直後、二人が音に反応して地面を蹴った。

 男は薫に対して上体を低くして体当たりを仕掛けてきた。

 薫はそれに対し、前転を行い地面を転がる。足を伸ばし、男の顔面に目掛けてのカウンターを狙った。

 だが、それを受けるほど男も馬鹿ではない。

 低くしていた上体を少し上げ、蹴り足の軌道上から逃れた。

 男が不敵に笑う。

 だが、男は薫の目的に気付けてはいなかった。

 薫は一度転がった後、右足を大人の股の間に、左足を男の右足の後ろに当てて固定する。

 そして、起き上がる。その時、右膝で男の足を押すようにしてバランスを崩し、当てている左足によってそのまま後方に倒れた。


「うおっ!?」


 即座に薫はマウントを取り、繰り出される無慈悲な拳の連打。

 男は必死に抵抗するも、防御すればそれによって生じた死角から強烈な一撃が。反撃しても容易くいなされてしまう。

 時折、グシャッ、ゴシャッといった歪な音が聞こえ、拳に鼻や頬骨を砕いた感触が伝わってくる。

 次第に男が鼻血を流し、それでも殴り続けているために顔が血だらけになった。


「んにゃろ!」


 男がマウントを取られた状態から足を跳ね上げ、薫の背中を蹴る。


「チッ──」


 一瞬そちらに意識が向いたところで防御の手を緩め、拳を放ってくる。

 しかし、薫は特に焦った様子もなく拳をすくい受けて軌道をずらし、男の手を取って彼の体を操ってうつ伏せにして脇固め。


「いっ――!?」


 固めた腕を容赦なく破壊した。

 バミャリ、と歪な音と共に男が悲痛な呻き声を漏らすが、未だ戦意は喪失していない。

 それどころか、太々しい笑みを浮かべ始めている。

 嘗ての自分がそうであったように、この男もまた戦いに悦びを感じているのだ。


「――(たの)しいか?」

「あぁ、楽しいね! こんなに楽しいのは生まれて初めてだ!」

「そうか。だが、生憎と俺は退屈だ。俺の普段の戦闘訓練の相手に比べりゃ、貴様は奴らの足下にも及ばねぇよ」


 千尋達でも氣櫻組でもない、薫のもうひとつの仲間。悪魔のような出で立ちのものもいれば、巨大な動物であったり。

 その中での何人かが頭の中に思い浮かぶ。

 しかし、今この場では関係のないことなので、すぐに頭の隅に押しやった。


 左膝で男の背中の中心を圧し、身動きを取れないように固定してレッグホルスターに入ったガバメントに手を伸ばす。

 ダブルアクション式に改造されているために必要がないのだが、敢えて撃鉄を起こし、その銃口を後頭部に押しつける。


「さぁ、終いだ」


 引鉄に指がかかる。


「おいおい、もうおしまいかよ」

「当たり前だ。退屈なものに好き好んで付き合い続けるほど俺は優しくない」

「最後に言い残すことも、訊かないのか?」

「映画だと、その手の命乞いを訊いて死ぬ間抜けが多い。それにさっきも言ったが、訊いてやるほど俺は優しくもねぇし、訊いていても時間の無駄だ」


 薫は無感情に吐き棄てると、男の頭に45ACP弾を一発撃ち込んでやった。


 硝煙の香りが布の焼け焦げた臭いに混ざって漂い始める。

 薫はゆっくりとした動作で立ち上がり、動かなくなった肉塊に冷めた眼差しを向けた。

 そして、本人にしかわからない程度の小さな声で、ボソッと呟いた。


「――またひとつ、身代わりが増えた」


 誰に向けられた訳でもないその言葉。

 それがいったいどのような意味を持つのか、薫以外にはわかるはずもない。




 一発の銃声。

 それだけで何を意味するのか、その場にいる二人には容易に判断出来ることだった。

 ダグラスの仲間、その最後の一人の敗北。

 タイムリミットを告げる、終局の音。

 これ以上、ダグラスが戦っても意味はない。

 喩えレイラが倒されたとしても、後に控える薫が確実にその首を落とす。

 無慈悲に、何の躊躇いもせずに行うことだろう。

 これは決定事項だ。

 ただでさえ、レイラを相手に四苦八苦しているような男が、世界中に知れ渡っているような兄に勝てる道理がない。


 二人は銃声を聞いたその瞬間に動きを止めていた。

 そして、数秒の後にダグラスがゆっくりと膝を着いた。


「……殺れ」


 ダグラスは静かに、レイラに告げた。


「何か言い残すことは?」

「ない。元々、俺には何もない。家族も、数年前に主の元へと旅立った。思い残すことはない」


 ダグラスは一度、ゆっくりと息を吸い、ただ、と言葉を続けた。


「部下達の願いは、可能な限りは叶えてやりたかったな」


 ――この人……!


 先ほどの薫とダグラスの会話。お前は何を求める、という問い。

 その回答は、仲間のためだったのだ。

 それこそが、彼の戦う理由だったのだ。

 家族のためでも、国のためでもなく、自分と一緒に戦う仲間の為に彼は戦っていた。

 そして、その戦いも目的も、途絶えてしまった。終わってしまったのだ。


「……そう」


 レイラは一度深呼吸した後、腰を落とし居合の構えを取った。

 斬首の際やここぞというときに使えと教わった、抜刀術の基本でありながら奥が深い居合斬り。一刀斬殺剣。

 お世辞にも極めたとは言えないレイラだが、それでもその練習をおろそかにしたことはない。


 相手にどのような事情があっても、それに臆さず、そして同情せず。

 それが母の教えだ。

 だから、同情はしない。しかし、その十字架の重みは一身に背負う。

 どれだけ甘いと罵られようとも構わない。

 人がそれぞれに戦う理由や負けられない理由があるように、たまには殺した相手のことを思う暗殺者もいてもいいはずだ。


 ――阿久根流飛雪抜刀術、一刀斬殺剣!


 腕ではなく、腰を使って刀を鞘から抜き、遠心力を利用して渾身の一太刀を繰り出す。

 白刃が炎色に煌めきながら、ダグラスの首に深々とその猛威を振るう。

 肉を裂き、骨を断ち、首を跳ね飛ばす。鮮血が噴き出し、返り血を顔に浴びながらも残心を行う。

 その時のダグラスは、笑っているようにも見えた。


「……ふぅ」


 刀身に付着した血糊(ちのり)を払い飛ばし、静かに鞘に収める。

 そこでやっと息をこぼした。


 いつになっても人を殺す重みに慣れることはない。

 表面上は慣れた風を装っていても、罪悪感がないわけではない。一体いつになれば慣れることが出来るのか。


「甘いな」


 薫が不意にそうこぼした。

 怒っているかと視線を向けるが、その瞳には咎めようといった様子が微塵も感じられなかった。


 レイラの隣にまで歩み寄ってくると、ポンポン、と優しく頭を撫でてくれた。


 ――え?


 突然のことに思わず呆然としてしまう。

 薫のことだから、酷い罵りの言葉をたくさん吐かれるかと思っていたため、何が起きているのか容易に理解出来ない。

 でも、頭を撫で続けるその手のくすぐったさと、同じくらいの幸福感が胸中で暴れまわる。


「だが、たまにはそういう奴がいてもいいだろ」


 薫の口から出てくるとは思ってもみなかった言葉が出た。

 レイラの在り方を肯定したのだ。

 どうして、などと今はどうでもいい。

 今はそれがただ、嬉しかった。


「だが、いつまでもそのままでは、身がもたない。たまには、吐き出して楽になっちまえ」

「――うん!」


 薫はレイラの満面の笑みを見て、フッと口角を上げた。

 撫で続けていた手を止め、肩に手を置き、さて、と囁いた。


「ひとつの仕事を片付けた。篠原(クライアント)にそのことを伝えて、明日に備えよう」


 うん! と再び満面の笑みで応え、薫に寄り添いながらその場を後にする。

 いつもなら歩きにくいと言ってひっつかせない薫が、今回は何も言わずにいたのだった。

次回の更新は、おそらく受験が終わるまで投稿出来ないと思います。ご容赦をお願いします。

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