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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
12/34

情報屋

2018.2.16  改行作業、微加筆修正を行いました。


2022.5.19  設定の微修正を行いました。

「師匠! どうか、憎き男の討伐のためにご指導ください!」

「討伐って……」


 薫が襲撃者の後を追い、薫の知り合いでもあるロシア人も去った後からずっとこの調子だ。


 和希からのメールをもらい、無事に救出したこととこれからの方針を聞いた。


 千尋はそろそろ着替えて昼を食べるかしたいのだが、なかなか弟子が離してくれない。ずっと腹を空かせた三葉を待たせているのだが……。

 幸いなのは、煜が彼女の話し相手になっていることぐらいだろう。


 確かに、彼女にとって薫は憎しみの募る男だろう。親を眼の前で殺され、そのまま生き残った強運の持ち主だ。

 両親を殺されたことは同情する。だが、憎しみで力を得ても、それは更なる精進にはなり得ない……と、千尋は考えている。


 薫にとってみれば、“力は力だ”と一蹴しそうな考え方だ。しかし、暴力という力は憎しみの連鎖を生むだけ。

 あまり他人のことを言えた義理ではないが、実際暴力を用いて憎しみを生んだ経験もある。千尋でさえあるのだ――というより、千尋は復讐を遂げるために今の力まで鍛錬しているだけである。そして、これからもそうして力をつけていく。


 自分の自己満足のために。


 自分の復讐を遂げるために。


「……草薙、お前は何のために力を求めるんだ?」

「は?」


 わかりきった質問を訊き、素っ頓狂な声を上げる。一瞬だけ、馬鹿にしたように目を細めたのを、千尋は見なかったことにした。


「両親の仇を討つことです」

「まだ、両親を夢で見るのか?」

「はい」


 草薙は伏し目がちに頷く。


 千尋が草薙を弟子にして少し経った時、死んだ両親が夢に出る、と相談を受けたことがあった。いつもうわ言のように草薙に言ってくるらしい。仇を打て、と……。

 似たような経験は千尋もある。いや、もしかしたら聞いていないだけで、四天王は皆そうなのかもしれない。

 だが、敵討ちとは言ってしまえばただの自己満足だ。大切な人が殺された。だから、殺す。まるで子供のような考え方だが、実際にそれを行う人は世の中に大勢いる。

 そうでもしないと耐えられないのだ。その後に何が起きようと、何かにぶつけなければ耐えられない。


 ――その所為で俺はこうなったんだからな……。


 とにかく、敵討ちの為に力を使うのはオススメはしない。


「済まないが、俺はお前に力は与えてやれない」

「そんな!」

「武道、格闘技ってのは登山と同じだ。一歩一歩と進んでいかなければ、頂上まで辿り着けない。日々の努力が大事なんだ。よくゲームやメディア作品では何か技を教わったらすぐに強くなることが多いが、現実はそうじゃない」

「――よう言うわ」

「何か言ったか?」

「何も言ってませ〜ん」


 煜がボソッと何かを言った気がしたが、今は草薙を落ち着かせることに重点を置いておこう。


「まぁ、まとめると日々の積み重ねだ。それがお前を強くする。わかったな?」

「……はい」


 草薙は明らかに納得していない様子で渋々と頷く。それに小さく溜息をこぼす。

 だが、もう昼も回っているためにこれ以上近衛の胃袋を空にしておくわけにもいかない。なんたって、成長期だから。


 千尋は立ち上がり、ようやく更衣室に入る。それまで、背中に刺すような視線を感じていたが、敢えて無視し続けた。




 数時間後、都内某所。


「あの優男も来るなんて聞いてなかったなぁ……」

「生で篠原圭子に会えたんだ。それで差し引いてもまだプラスになってんだろうが、(まさき)

「いやいや、まぁ、確かにそうだけど。一緒に写真にも移ってもらっちゃったから今絶賛ウハウハ中で……ウヘヘ」

「気持ち悪ィ……」


 車の通りが少なくなり、まもなく夕方の五時を過ぎようかという頃合い。

 それでも尚人通りは途切れることなく続いている。よく人が待ち合わせなどに用いる公園のベンチに二人の男が座り、少し離れた場所で一人の男と二人の女性というグループが出来ていた。


 その男が菅峰和希というのだから、自然と人々の視線はそちらに動く。黄色い声で囁かれるその言葉に嫌な気持ちになることはなく、そちらに優しい瞳を向けては会釈で応じている。

 そんな彼の側にはレイラと篠原をつけており、目立ってしまうのではと考えられるが、そんな二人に対しては目立った反応が向けられていない。

 美女と顔を隠した美少女という出で立ちは、特に男の視線を自然と引きつけてしまう。

 それでレイラに向けられることは何度かあった。だが、篠原にだけは誰も、何も言わない。


「それにしても、魔法ってのは便利だなぁ。あの超国民的アイドルの篠原圭子にちょちょいと魔法をかけるだけで、誰も彼女に意識を向けなくなるってね」


 ベンチに座る二人の男のうち、冴えないメガネを掛け、ボサボサの髪の毛で少し長めの前髪が細い目を覆い隠しそうなほど。

 そして、手入れの施されていない無精ひげが特徴的な男――楠木柾(くすのきまさき)が呟いた。

 今話題になっているアニメのキャラクターが描かれたシャツにクロップドパンツを履き、膝の上には背中から下ろしたアニメのキャラクターの缶バッチが大量につけられたリュックサックを置いている。

 一見するとオタクにしか見えない――実際オタクだが――彼は、その筋ではかなり有名な情報屋だった。貧民街出身ということもあり、インドア派な見た目と打って変わり幼い頃からの窃盗生活で鍛えられた足腰を用いて動き回る男だ。


「俺のは魔術(・・)であって魔法(・・)じゃねぇよ」

「違いは何なの? 僕にもわかるように説明しておくれ」

「腹が立つ話し方だな。……簡単に言えば、神が使うとされる御業のことを総称して『魔法』と呼ばれている」

「神ぃ? 急に胡散臭い話になったな。それで、どんなのが魔法だってのさ? 空を飛ぶってのは魔法かい?」

「ちげぇよ。例を挙げるなら、『時間操作』がそうだ。一言で言っちまえば、人間じゃどう頑張ってもできねぇ現象を魔術で可能にしたものをひっくるめて『魔法』っていうんだよ」

「は~ん? わかったようなわからないような。それじゃ、逆にどんなのが『魔術』になるのさ」

「それこそさっきお前が言ったような、空を飛ぶってのがそうだ。他にも、火を出したり、無機物を浮かせたり――見せたほうが早いか」


 薫はそう言うと、ゆっくりと立ち上がって少し離れる。


 時間が時間だからか、子供連れの親子や小学生ほどの子供達が騒ぎあったりと混雑している公園内だが、実は人避けの魔術を施してあり、他者を近づけないようにしてある。

 薫は人の寄ってこない場所の中心に立ち、両手を広げて頭の中で術式を展開。

 すると、あたりの砂や小石が重力に逆らって浮き上がり、薫の掌の上で渦を巻く。


「うぉお……!」

「でもってこんなことも出来る」


 薫は一度掌の上で渦を巻いていた砂を払い、今度は両掌を下へ向ける。すると、先ほどと同じような原理で今度は風を操る。

 先ほどの砂や小石と同じような渦が掌の下に形成され、それが小さな竜巻を作り出す。

 すると、ふわり、と擬音がつきそうなほど柔らかに薫の体が浮かび上がった。


「ふぉおっ!?」


 それを見て、また柾が驚愕の声を漏らした。


 そんな非現実的なことが目の前で起こっているのにもかかわらず、周囲を歩く人々は和希にばかり気を取られて誰もこちらに視線を向けず、同じ公園内にいる人々も特にアクションを起こさない。


「とまぁ、こんな具合か」


 薫は魔術を解除し、軽やかに地面に降り立つ。


 魔術には必ず詠唱が必要なものと、そうでないものがある。

 薫が普段使っているのは後者だ。薫だけでなく、ほとんどの魔術師はそうだ。

 だが、前者も薫は使える――というより、薫が血反吐を吐きながらも指導されていた魔術はそっちだった。


 それは、魔界でのみ広まっている魔術だ。

 魔界とはなんとも飛躍した話のようにも感じるだろうが、実際に『ゲート』が存在するこの世には、魔界も存在する。そこに薫の家もあるぐらいだ。

 魔界で知られる魔術は先述の通り詠唱は必要不可欠。しかも、その言葉は魔界でのみ使われる言語を使うため、一般の人間には訳のわからない言葉を連ねているだけにしか聞こえない。

 だが、魔術師たちに広まっている一般的な魔術にはない種類の魔術もある。


 一例を挙げるなら、治癒魔術だ。


 一言でない、と言ってしまえば語弊はあるが、ほとんど存在しないと断じてもいいと薫は考えている。なぜなら、人間が行う治癒魔術は禁忌とされているからだ。

 禁忌とされている理由として、副作用が驚くほどに強いことが挙げられる。例えば擦り傷を負った人間に治癒魔術をかけてみると、傷は癒えても体に負担がかかり一週間は寝たきりになってしまう。ひどい場合は最悪死に至る。

 治癒魔術は、本来自然の理を反する魔術なのだ。

 そのような所以もあり、約二百年前に治癒魔術を禁忌として扱われ、その後の魔術師に教えられることは少なくなった。理由としてはまだ治癒魔術の術式は完成されていない中途半端な物だからだが、それを知っている魔術師は少ない。


 だが、魔界にある治癒魔術にはある対価を払えば(・・・・・・・・)そういった副作用も起こらない。

 身近にその治療を受けた人物がいるが、今は置いておこう。


「――そういえば、柾。お前、俺の昔のことを売ったな?」

「うげっ!」

「『うげっ!』じゃねぇんだよ。どういうことだ、あァ?」


 薫は柾の胸倉を掴み、グイ、と引っ張り寄せた。当の柾自身は大いに慌てふためき、弁解を許せとばかりに暴れている。


「し、仕事だったんだ! 教えなければこれからの仕事にも関わるし、情報屋ってそういうものって知ってるだろう!?」

「……」


 薫は無言を貫く。

 それを見た柾が更に慌て、その瞬間に手を離した。勢いよくベンチに座り込み、ビクビクとしている動作はまるで蛇に睨まれたカエルを彷彿とさせる様子だ。


「……で、だ。頼んでいた情報は?」


 柾はぜぇはぁ、と息も絶え絶えになりながら、リュックサックからファイルに挟まれた数枚の紙を取り出した。ファイルもアニメの物だったが、無視した。


 文面を流し読みしてみると、傭兵達の潜伏先、数、武器などといった諸々のことが書かれており、一枚めくれば一人の男の写真が写っていた。


「こいつが統率者か」

「そうさ。正攻法でも君ならなんとか出来そうだけど、一人じゃないんだろう?」

「まぁな。想像の通りだ」


 薫は視線を紙面から外さずにそうとだけ答える。


 相手の実力としては特に問題はない。レイラでも充分に相手取ることは可能だろう。

 相手の得物もベレッタであったりM4カービンであったりと様々だ。他にもナイツSR-25狙撃銃、M870と様々だが、気をつけていれば対処は可能だ。


 唯一厄介なことといえば――


「……ホテルか」


 紙面に書かれた潜伏先は東京プラザホテル五階、五二七号室。一部屋に三人から四人で腰を落ち着け、全部で四部屋に泊まっているらしい。

 薫の呟きを聞いた柾も、あぁ、と声を漏らした。


「昨日、移動したみたいだ。流石の僕も詳しいことまではわからなかったけど、相手に場所が悟られたとかなんとか。前の潜伏先は――」

「池袋の雑居ビル」


 それぐらいは知っている。昨夜確認した時はそこにいたからだ。

 柾も予想はしていたのか、それ以上は何も言わない。


「――さて、僕はそろそろ行かせてもらうよ」

「最後まで演技を続けやがったな。いつ元に戻るのかイライラしていたが……」

「篠原圭子の前では、これを貫くよ。――あぁ、お代はいつもの通りいらないよ。今後ともご贔屓に」

「あぁ、あと言い忘れてたが、お前が魔術を知ってるってこと隠し通せよ。知られたら普通に殺されるからな」

「別れ際にとんでもない爆弾を投下するのはヤメロォ!!」


 そう言って柾は立ち上がり、ヒラヒラと手を振りながら歩いていく。

 薫はその背が小さくなるまで見送り、自分も立ち上がった。


 これからすることは決まった。後は準備を済ませ、気取られる前に実行に移す。


「和希、これから数時間の間篠原を任せた」


 薫が声をかけると、話が盛り上がっていた様子の三人もこちらに視線を向けてくる。


「行くんだね?」

「あぁ」


 和希とはそのやりとりだけで終わった。お互い、それ以上は何も言わない。言う必要がなかった。


「レイラ、準備に取り掛かる。標的は、ダグラス・シュトリー、以下十四名の傭兵(マーセナリーズ)だ。頭はお前が()れ。雑魚は俺がある程度片付ける」

「わかった」


 簡単な説明だったが、話を聞いているうちにレイラの表情に笑みが浮かんでいた。昔のレイラには見せることのなかった好戦的な笑みを。


 薫はここで和希に視線を向け、一度頷き合う。

 それから全く同じタイミングで離れた。和希は篠原の背を押して引き連れていき、薫とレイラがビッグスクーターへと向かって。


「ウィル」

「ん?」


 和希達とある程度離れた時、レイラがアメリカでの名前で呼んできた。

 思えば「ここでは薫と呼べ」と言っておいたが、自然と四天王の前では呼べといった感覚になっている気がするが、気のせいだろうか。


「どうした?」


 ビッグスクーターに跨りつつ、フルフェイスヘルメットを手渡し、顔をもう一度合わせる。

 レイラは嗤っていた。幼く純粋であった頃には絶対に見せられなかっただろう嗜虐的な笑みを見せ、すぐに美女の見せる――見る者をドキリとさせる満面の笑みに変わった。


「絶対に、やり遂げるよ」


 ――あぁ、そういえばやっていたな……。


 薫はレイラの行動の意図を理解し、内心で苦笑しつつ、レイラの後頭部に手を回して引き寄せた。


「当然だ」


 そう言って、レイラの額に口付けをするのだった。

 その時のレイラの嬉しそうな顔を、薫は忘れることはなかった。

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