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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
10/34

招集

携帯が復活したのはいいんですが、Safariじゃなく安心アクセスになり、しかも簡単な設定が出来ない状況となりました。

結果、字下げが出来なくなったのでご了承ください。



2018,2,15  改行作業、微加筆修正を行いました。

 風が体を打つ。ビッグスクーターのエンジン音が周囲に轟き渡る。

 薫が去ってから三分程が経った。ようやく落ち着いてきた篠原をバイクに乗せ、ヘルメットを被せてレイラも乗り込む。アクセルを回し、言われた通りにガソリンスタンドを探す。

 少し道を戻ったところにひとつのガソリンスタンドが見えてくる。と、同時にガソリンが底をついた。プスン、と間抜けな音を鳴らし、遂にはその足を止めた。


「あとちょっとを保ってくれたらなぁ」


 レイラはそう一人ぼやきながらもビッグスクーターを人力で押し、ガソリンスタンドに入っていく。

 満タンまで給油すると、再び発進させて道場近くのコンビニを目指す。その間も、落ち着いた篠原との会話は欠かさない。

 篠原もレイラも空腹を覚え始めている。薫と合流すれば何を食べようか、などといった談笑を交える。


 道場が近くに見えてきた頃、目的としていたコンビニも姿を現した。

 駐車場には黒いセダンが止まっており、中からは見覚えのある顔が覗いている。

 助手席の窓が開き、そこからブロンドの髪を揺らし、ひらひらとヴァローナが手を振る。


「どうやら、無事に助けられたみたいね?」

「ヴァローナ姉! なんとか無事に」


 ロシア語で紡がれる言葉に篠原は首を傾げている。篠原は外国語は全般的に苦手なようだった。

 それに対し、レイラは英語、日本語、ロシア語、オランダ語、フランス語の五ヶ国語が話せる。幼い頃から頑張って勉強してきた。

 そのように語学に関してはなかなかに理解出来るのだが、残念ながらそれ以外の勉学はからっきしだ。中学も中退したほどだ。


「ウィルはどうしたの? やられてるわけじゃないわよね?」

「なんでか、どこかに行っちゃって。ここで合流するって言われたんです」

「ふぅん。――同志オブラソワ。お前が見ている時、何かあったか?」


 ヴァローナが口調を変え、運転席に乗っている男に問いかける。

 短髪に、筋骨隆々のスーツがはちきれそうなほどに膨張している頰傷の男。目を見ればその筋の人間であることはレイラにもすぐにわかる。纏っている雰囲気から堅気でないことはすぐに察される。


 オブラソワと呼ばれた男は、少し目を閉じた後、口を開いた。


「一人怪しい男がいました。おそらくそいつを追ったのではないでしょうか?」

「そいつ、出来る(・・・)か?」

兵士(サルダート)であることはまず間違いありません。ですが、彼にかかればどんな相手でも食い千切って(・・・・・・)しまいますよ」


 オブラソワのその言葉を訊き、レイラとヴァローナが同時に息を吐いた。


 薫のことだ。オブラソワの言う通りだとするのなら、薫はすぐに片付けて戻ってくるだろう。

 しかし、今の薫は足がない。レイラ達がビッグスクーターを使っているため、自然と動くスピードも遅くなる。


 そのことに気付けなかった自分に腹が立つが、仕方がなかったとも言える。

 目の前で人の死ぬ瞬間を見てしまった篠原が泣いていたのだ。それを落ち着かせることが必要だった。

 初めて人が死ぬ瞬間を見てしまえば、差はあれど傷付いてしまうのは仕方がない。レイラ自身でさえそうだったのだ。その時に、薫にどれほど救われたことか。


「まぁ、ウィルのことよ。心配は無用ね」

「ですね。……そういえば、ヴァローナ姉に訊きたいことが」

何かしら(シトー)?」


 ヴァローナは高級そうな葉巻を咥え、火を灯しながら聞き返してくる。


「ヴァローナ姉とウィルはどこで会ったんですか?」


 レイラが彼女の名を初めて聞いたのが十一歳の時だ。薫がアメリカを発つ四ヶ月ほど前だっただろうか。

 当時から薫はかなりの実力を持っており、そんな薫が様々な逸話を冗談交じりに話していたのを覚えている。


 その質問を訊き、ヴァローナは少し考える素振りを見せる。


「……そうねぇ。八年と一ヶ月ほど前かしら?」

「イスラム国ゲリラ掃討作戦の時ですな。確か、大佐が捕まる二日前でしたか?」

「あぁ、そうだったな。随分と懐かしい記憶だ」


 ヴァローナが紫煙を吐きつつ、懐かしそうに目を細める。


 薫とレイラが心を許し合うようになったのが七年前──互いに十一の五月だった。それより前に何をしていたかは、少しながら母親から聞いてはいた。

 なるほど、彼女らは軍人の時の知り合いのようだった。


「ちなみに、ウィルにサンボとシステマを教えたのは私よ。システマは、彼、ちょっと苦手みたいでね。失敗してばかりだったわ」


 システマはリラックスをしていることが何より大切なことであり、薫はそのリラックスを苦手としている節があった。脱力をするのならまだ得意なのだが、リラックスとなれば話は別だ。


彼女(・・)と比べ、どちらがものにしておりますか?」

「そうだな……贔屓しているわけではないが、ウィルだな。流石、兄弟子と言ったところか?」

「彼女って?」


 レイラは小首を傾げながら問う。

 関係ないことなので、教えてはもらえないと思っていたが、思いの外すんなりと教えてもらえた。


「『ロシア連邦軍軍備大破事件』の功績者よ。調べれば出てくると思うわ。あの日本人(ヤポンスキ)達とも、勝つまではいかなくてもいい線いくんじゃないかしら? ……あら?」


 ヴァローナがレイラの奥に視線をやり、それにつられてそちらを見る。篠原も同じようにそちらに視線を向ける。

 そこでは薫が携帯を耳に当てながら、こちらに歩いてきてるのが見えた。


 篠原が手を上げて居場所を伝えようとする。だが、それよりも先にレイラが先に手を挙げた。


「ウィル〜!」

「そうだ、裏を取れ。……いや、なんでもない。妹だ。こっちに来ていてな。……あぁ。連絡は携帯に」


 薫は僅かに微笑みながら片手を上げてそれに応じ、通話相手に軽く誤魔化す。


 通話を切り、何処かにメールを入れると足早にレイラ達に近づいてきた。ヴァローナに気付いたのか、破顔してセダンに近づく。


「あ、あの……」

「……一先ずは落ち着いたようだ。まだまだ脆いがな」

「?」


 篠原の呼びかけに、彼女にはよくわからないことを宣い、セダンの前で足を止めた。


「ウィル、遅かったわね」

「足がねぇからな。仕方がない」

「昔の貴方ならもっと早く帰って来れたはずよ?」


 薫がため息を吐いた。


「無茶言うな。そこまで俺は異常ではない」


 薫がそう言うと、ヴァローナが懐からメモ帳のようなものを取り出し、そこに書かれているのであろうことを朗読し始めた。


「アメリカとロシア合同で行われたイスラム国ゲリラ掃討作戦。その作戦において一個中隊程の敵兵を一人で壊滅させ、捕虜となっていた自軍の兵十人を解放させた」

「そうだな、間違いばかりだ。数は間違いではないが、そこにはあんたの部隊もいた筈だ。それも、途中からはあんた以外が撤退して、最終的には二人だった筈。それと、捕虜は五人だ」

「あらあら、それだけではないわよ? 先ずゲリラ戦になれば自兵の負傷はほとんどなく相手部隊を壊滅させ、電撃戦になれば行進間射撃の命中率は七割。それによって『現代のミハイル・ビットマン』なんて呼称で親しまれ――」

「――もういい。その辺りは事実だが、ゲリラ戦に関しては部隊の兵士が選りすぐりの凄腕なだけだ。それと、論点がヅレている気がするんだが」

「あら、本当ね」


 不敵な笑みで笑ってみせるヴァローナにため息を吐き、目頭を親指と人差し指で揉むようにする。


 そして、ヴァローナが何かを思い出したように「あっ」と口を開いた。目は相変わらず猛獣のようなギラついた眼光をしていた。


「あなた、あの日本人(ヤポンスキ)達に本名を名乗っていなかったの?」


 そして、薫も隻眼を僅かに鋭くさせた。徐々に剣呑な雰囲気が辺りを覆うが、不思議と一触即発という雰囲気ではなかった。


「あいつらに話したのか? 生憎、日本(ここ)ではこの名が本名でな」

「道理で。お前が連中を追いかけた時に問いかけてきたはずだ」

「何て言ったんだ?」

「私達の愛称だ、って言っておいた。それも半分は正解だからな」

「助かるぜ、姉貴。軍に所属していたのは黙ってるからな」

「その子には?」


 ヴァローナの鋭い眼差しがこちらに向いた。レイラは表向きは特に反応を示さず、しかし、内心ではぞくりとした。恐ろしいまでに冷え切った眼光が自分に対して一瞥をくれたのだ。自然と鳥肌が立ってくる。


「こいつは知ってる。お袋からいくつかを聞いているらしいからな」


 薫がそう言うと、ヴァローナの瞳がゆっくりと薫へと戻っていく。


「フフン」


 何故かヴァローナが鼻で嗤い、それからやおら手を伸ばした。淀みなく静かな動作で、レイラはその動作の意図を最後まで理解することが出来なかった。

 薫は理解していたのか、胸倉を掴まれた時、自分から体を寄せたようにも見えた。


「今回のこれは貸しにしておくぞ。今度仕事を手伝いなさい」

「貸しにされなくても仕事は手伝う。通訳か?」


 二人は声を潜めながら、お互いの顔がくっつきそうなほど近くで話し続ける。


 ――挨拶(・・)は済ませているし、大丈夫ね。


 レイラは何か聞いてはいけないものと感じ、後ろで棒立ちになっている篠原に近づいた。

 改めて見ると、足が震えている。視線は薫とヴァローナから離れない。


「圭子ちゃん? どうしたの?」

「いえ、あの人の目がさっき……私を見据えて……」

「あちゃー、気圧されちゃったか」


 レイラは首に手をやり、苦笑を浮かべる。


 堅気である彼女に筋者のあの目を見るのは――初めてなら尚更堪えるだろう。同じ筋者の自分でさえ気圧されかけた視線は、流石は特殊部隊の元大佐だと言える。


 話を聞いた当時、薫から聞いていることといえば、ロシアの特殊部隊にいる女が恐ろしく強い、ということだった。

 その存在は世界中に名を轟かせ、その部隊との衝突は避けたいと思っている部隊がほとんどだ、という話だった。

 他にも、部下を逃して一人だけで一個中隊と相手取り、何とか生きて帰ったといった話であったり。


 あまりに現実味がない話で、レイラは冗談半分に聞いていた。が、今日会ってみてそれが全て真実だと実感させられた。


 先ず、薫との戦闘。鈍っているとはいえ、薫を相手に互角の勝負を繰り広げたのだ。

 おそらく、レイラだと瞬殺されないにしても、もしかすると負ける可能性が高い。


「それと、二人の印象が一気に怖くなったんです」

「仕方ないね。あの二人の仕事上あぁじゃないとやっていけないから」


 かたやヤクザ。かたやマフィアという仕事をしている身だ。部下にも強く見せなければならないために、あの態度になるのは仕方のないことだ。


「それにしても、日本は平和だね〜」

「えっ?」


 篠原の表情が一気に強張った。今のこの状況が、どこに平和があるのだと驚いているのが表情でわかる。

 だが、レイラにとってはこの程度は日常茶飯事だ。


 アメリカでレイラが暮らしている場所なんて荒くれ者の街だ。そこに入ってしまえば一晩で用水路に浮かんでいるなんて稀ではない。いつもどこかから銃声が聞こえ、いつもどこかで死体が転がっている。

 そんな混沌の街で暮らしてきたからこそ、ここがどれほど平和なのか実感出来るのだ。


 その時、篠原のお腹が可愛らしい音を鳴らす。直後、顔を赤くしながらお腹を押さえる。

 それを見てクスリと笑い、薫に視線を向けた。丁度二人の話が終わったようだった。


「ウィル、何か食べに行こうよ。お腹すいた」

「ラーメン屋でも行くか? 一応、そこで残りの仲間と会う約束もしている」


 薫が横目でこちらを見、ヴァローナに一言、二言告げるとこちらに歩いてきた。


「美味しい?」

「こってりが大丈夫なら美味い」

「圭子ちゃんは大丈夫?」

「いけます!」


 篠原が先ほどと一八〇度変わった笑顔で頷いてみせる。


 薫はそれを見ると、切っていたビッグスクーターのエンジンをかけ、二人を乗せてアクセルを回した。




「大佐、自分は疑問に思っていることがあります」

「何だ? 同士オブラソワ」


 セダンの運転中であるオブラソワが唐突に口を開いた。

 辺りには、もう警察の交通規制も緩和されたのか、先ほどまで見当たらなかった車がポツポツと姿を見せはじめている。オブラソワが結果的に起こした事故の騒ぎも一通り収まり、爪痕は残しつつ、その場を歩く人がまばらにいた。


 ソフィアは視線を窓の外に向けたまま、頬杖をつきながら言葉を返す。


「大佐はどうしてウィルの妹にまで、姉と呼ばせたのですか? ……やはり、ウィルの妹だからでしょうか? 失礼ながら、私にはあの二人はとても兄妹とは思えません」

「どうしてそう思う?」


 横目で運転している部下の表情を見やる。別段変わった様子はないが、眉間に少ししわが寄っている。この男が何か疑問に思っている時に起こる癖だ。


「顔立ちが似ていません。それと、白人とアジア系です。いくら様々な人種が多いアメリカでも、こんなことはなかなかありません」

「父親が違うのかもしれないだろう?」


 ソフィアが可能性のひとつを挙げるが、いえ、とオブラソワはかぶりを振った。


 ソフィアにしてみればどうでもいいことであり、彼らの境遇を知っている数少ない一人でもある。だからこそ、この部下の疑問にも大した興味も見せない。

 だが、その境遇を知らない者からしてみれば、この反応も当然なのだろうと思う。


「喩え肉親が違っているとしても、アジア系の人間が片方である限りその共通点があるでしょう。ですが、彼らにはない。養子と言われれば納得は出来ますが、ウィルに養子である同い年の家族がいるなどということは聞いたこともありません」

「つまり、共通しているような部分もないから兄妹ではない、と?」

「はい」


 オブラソワは視線を前から離さず、しかしハッキリと返事を返した。

 ソフィアは少しの間黙考した後、ふん、と鼻で笑った。


 ソフィアは確かに彼らの境遇を知っているため、どのような関係の兄妹なのかも知っている。

 しかし、それでもあの二人に共通していることはしっかりとある。実の兄妹のように、似ている部分があるのだ。


「オブラソワ、貴様も観察力が鈍ったか? 私はあの二人の似ている箇所を見つけている。だからこそ、私はあの子に姉と呼ばせたんだ」

「似ている部分、ですか。そんな部分、あったでしょうか?」


 運転中の部下は小首を傾げながらそう呟く。


 ただあの二人が兄妹と言うだけなら、ソフィアも姉とは呼ばせなかっただろう。


 確かに、オブラソワの言う通りあの二人は顔立ちに関しては全く似ていない。

 それに人間の性格は千差万別。兄妹でも全然違ったりする。人間性や性格で言えば、薫とレイラは正反対だ。明るく活発に振る舞う妹と、仏頂面で殺気を四方八方に放出して他者を近づけない兄。

 しかし、ソフィアはひしひしと感じた。薫やソフィアと同じような、荒々しい肉食獣を彷彿とさせる獰猛性を秘めたその目。必要とあらば、容赦なく相手の肉を喰い千切るという意思表示。言葉にせずとも、そういった態度を纏い、ソフィアと接していた。

 周りから見ていてはそんなことはこれっぽっちも感じなかっただろう。それが彼女の凄いところなのだ。

 相当の実力者であれば、自分の発する殺気や諸々を隠しながら生活している。それを完全に隠しきるのには相当の時間がかかる。

 軍人でも数年はかかるし、そのほとんどは二十代以上という年齢だからだ。また、幼い頃からそのように育てられたというならこのようにするのは可能だろうが、薫から聞く限りはそんなことはなかったらしい。

 まさに、彼女の才能だ。


「それより同士オブラソワ、視線が消えたな(・・・・・・・)


 ソフィアが葉巻を咥え、火を灯しつつオブラソワに高圧的な態度で呟く。それに同意するように、優秀な部下も頷いた。


「えぇ、そうですな。結局、あの視線は何だったのでしょうか?」

「わからん。……ただ、元々はウィル達を見張っていたように感じる」

「そうなると、やはり昨日のニュースでも報道されていた件でしょうか?」

「おそらくな」


 ソフィアは葉巻の灰になった部分を灰皿に落とし、小さく息をこぼした。


「実力的に見れば彼らに勝てる相手などそうそういるものでもないが……」

「油断していると、足下をすくわれますからな。それに、ウィルは手を抜く癖があります」

「そこが少し心配だな。あれほど治せと言っておいたのに」


 薫の癖はまだ軍人だった時から既に起こっていた。その度に口煩く行ってきたつもりだったが、まだそれは改善されていない。

 しかし、先ほどの襲撃の際は手抜きなどは感じられなかった。容赦なく、襲撃者達を屠っている姿は、米陸軍の人間兵器と名を馳せた男のそれだった。

 それを思い出すと、一概に文句は言えなくなってくる。だからこそ、ため息がこぼれてしまう。


「大佐、これからどうします?」

「ホテルに戻る。そして荷物を纏めて、出国の準備だ」

「はっ!」


 ソフィアは紫煙を肺いっぱいに吸い込み、吐く。そうして短くなった葉巻を開いていた窓から放り捨てた。

 今までの思考を頭の隅に寄せ、これからのスケジュールを思い出し、自然と不機嫌な態度になり、今日何度目かのため息をこぼした。




 道場から約二キロ離れた場所にあるビル。その中に建てられたファストフード店の窓際。一角のテーブル席となっている、そこ。

 そこでは智恵子が一人で黙々と注文したハンバーガーを食べていた。安い値段で買える割には美味しい。しかも、注文してすぐに出てくるからこそ、そこは智恵子が毎日のように来る店だった。

 ただお腹が空いたというプライベートで来ることもあれば、仕事で来ることもある。


 今回は後者だ。

 相手が相手のため、提携先の殺し屋組織から優秀な人材を派遣してもらうのだ。

 今回の襲撃の結果はこちらも驚いた。幹部であるグルタフとルーレンの二人に襲撃させ、どこまで通用するかの、言わば確認のようなものだった。

 それがグルタフは死に、ルーレンは基地に戻ってきたと同時に意識を失うという有様であった。命に別状がないのが何よりの救いだったが、武器の提供先(・・・・・・)である会社の――下っ端とはいえ――社員をこうも痛めつけるというのはこちらの想定外だった。

 殺し屋組織にも相手のことは伝えてある。そして、この店で集合という形にしてある。


 だが、ここでふたつ目の想定外が起きた。

 ライオネル・ソウルに物探しの依頼をしてきているアメリカの傭兵達が四天王を襲撃したのだ。


 彼らの目的は、部下に捕らえさせた男が持っていたはずのUSBメモリだ。

 男に自白剤を投与してその在り処を喋らせ、男の娘が持っていることを知りその後を追わせたのだ。が、その部下が男の娘を捕まえたという一報の後、傭兵達に引き渡すことになった。

 そのまま部下達を待ち合わせ場所に待機させていると、今度はもう一方からの依頼である氣櫻組の組長の孫娘が現れたという一報を受けたのだ。

 智恵子は迷った末に、もう一人の三幹部であるダッサムという男に可能なら殺せ、という指示を出させた。

 その後、何の連絡もなくなったことから失敗したと判断したのだが、どうやら四天王がいたらしい。


 だが、今回の予想外は智恵子にとっては有難いことだった。

 今いる場所からは遠目で見ることになり詳しいことはわからないが、それでもザックリとは理解出来る。

 傭兵達の実力は、はっきり言って自分たちよりは上だ。だからこそ、彼らの襲撃の結果で、智恵子の心構えが決まってくるのだ。


 結果、襲撃は失敗。傭兵達が四天王達のいる道場から出てくることはなかった。

 少し経つと、ハンヴィーが現れ、息を殺しながら中に入り、一人の少女を抱えて現れたところで待機していたもう一人が発砲する。そうして少女をハンヴィーに押し込み銃を構えたところで一人が乗り込み発進。

 すると、その場に残った一人が『魔王』に殺され、一人の女と共にその後を追っていった。

 そこからラジオで何かわからないかと、携帯のラジオのアプリでずっと情報が流れないかを確認していた。

 そして、ついさっき速報で軍用車が歩道に乗り上げ多大な被害者が出たという報道があった。側には『魔王』がいたという目撃情報もあったらしいことから、十中八九先ほどのハンヴィーであり、作戦は失敗したということで間違いはないだろう。


 もちろん絶句した。

 確かに、今までも四天王は強い、と毎日のように言われてきたが、殺しのプロである傭兵をも圧倒してしまうとは思わなかった。

 被害状況がどのようなものかはわからないが、最悪の状態だと考える他ないだろう。


「ここまでとはね……」


 こうなったら、今回派遣されてくる殺し屋達の強さに賭けるしかない。


 今の時代の殺し屋の一人一人には、強さ順でランキングに登録されている。十万、百万人といる殺し屋達の中でも高い分類の者達を送るように頼んでいる。それが通用するかは、わからないが。


 不意に誰かが近づいてくる気配を感じ、背後を振り返った。

 そこには二人の男がこちらに歩み寄ってきていた。耳にピアスをつけたチャラ男と、サングラスをかけ、キャップを前後逆にかぶったラッパーといった装いの二人。


 向こうはこちらが気づいたことを悟ると、気軽な態度で手を挙げる。


「いよぉ。何ともやばい相手に喧嘩売っちまったなぁ。振り回される俺たちの身にもなれっての」

「ホントだぜ。折角ランク上がったばっかだってのに、いきなり死ぬ危険が出てきたなんて」

「それがあんた達の仕事でしょうが。で、上がったって言ってたけど、いくらになったわけ?」


 智恵子は不機嫌さを隠そうともせずに二人へ問いかける。

 すると、二人とも胸を張り、誇らしそうに笑みを浮かべた。


「聞いて驚け! 一万六千二百七十一位だ!」

「俺は二万九千五百三十四位になったぜ」

「弱いことに変わりはないわね」


 ラッパーは二万位代。チャラ男は一万位代半ばと、確かに一般的に見れば強い分類に入るのだろうが、求めているのはもっと高いものだ。

 智恵子が求めている人材は、ランキング一万位以上だ。


「あと二人が来るが、今は対象の観察に行っているぞ」

「面倒な仕事だな」


 髪の毛をキッチリと整え、鍛えた肉体が無地のシャツ越しから伺える強面の男と、フードを目深に被り顔をあまり見せない陰鬱そうな男だ。


「あんた達は何位なの?」


 横目で二人を見据え、なるべく圧を出すために声を低くした。


「アロンは五千五百八十四位。俺は九千二百五十七位だ」


 この二人は合格だ。実力は有難いものがある。

 後は残りの二人になるが、智恵子には当てがある。きっと予想通りで間違いがないはずだ。


「遅れてくるっていう二人は、リムとイリカね? ……やっぱり。二人は何位なの?」


 リムはブロンドヘアのセミロングが特徴的な女で、初めての仕事の依頼から気が合った女だ。

 もう一人のイリカという女もリムと同様気の合う女だ。黒髪を長く伸ばし、しかし邪魔にならないよう三つ編みに纏めている、右目尻の下にある泣きぼくろが特徴的な女だ。

 この二人とも実力も申し分なく、まず間違いなく一万位は軽く超えているはずだ。イリカはその組織最強と伝えられるほどだ。


「リムは千七百一位。イリカは遂に千越えして、九百二十五位になった」


 予想以上に有難い順位になっている。今回邪魔なのはラッパーとチャラ男ぐらいだろう。なぜこの二人が来たのだろうか?


「じゃあ、二人には悪いけど先に始めておくわ。先ずは知っての通り――」


 その後、その一角の不穏な雰囲気により、しばらくそこに近づく者は現れなかった。

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