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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
1/34

最凶最悪の男

どうも、初めましての方は初めまして。今まで書いていたのを更に多少の編集を加えて投稿しました。

最新話まで追加編集を完了しました。


2017,8,13

行間空けと多少の加筆をしました。



2018,3,4  微修正と冒頭のカットを行いました。

 そこで、少年が一人で佇んでいた。右手には禍々しい刀を持ち、とても子供とは思えない恐ろしい目をして土砂降りの大雨の中を立っていた。

 手や服は、血で真っ赤に染まり、雨で洗い流れないほどこびりついている。


 周囲に視線を向けると、先ほどまで立って動き回っていた筈の沢山の肉塊が、無残な姿で転がっていた。

 あるものは首から上がなく、またあるものは四肢を引き千切られ、またあるものは食い千切られた痕がある。


 それらを睥睨する少年の目は、とても冷たく、残酷な目をしていた。

 更に、その肉塊の山を見て、ニィッ、と嗜虐的に笑った。瞳はどんどん血のように赤黒く染まっていき、不気味な高笑いを上げた。


 その様は、とても人間には思えないようだった。血の池を快なりと愉しみ、煉獄の炎を涼しと悦ぶそんな魔性の笑顔だった。


 不意に、少年の体の周りにどんどんと黒い靄が集まってくる。黒い靄は少年の身体を完全に包み込み、その姿を見えなくした。




 現在、四月一五日。池袋。


「!!」


 青年は、目を覚ますと勢いよくその身を起き上がらせた。

 呼吸は荒く、額からは滝のような汗が流れ続けていた。


「……夢か」


 とても嫌な夢を見た。

 身体が重く、気だるさが残っている。キーンと耳鳴りが起こり、更には頭がガンガンと痛む。本当に最悪の夢だった。


 青年の過去、十年前に起こった悲劇。


 彼は、そんな悲劇を起こした張本人だ。


「……水」


 青年は、喉の渇きを覚えて布団からのそりと立ち上がる。


 寝室は和室で、隣の部屋に続く襖を開けるとリビングに入る。キッチンに置かれた食器棚に入ったコップを取り、水道で水を入れ、水を口に含む。


 チラリと時計を見ると朝の八時を指している。

 青年は欠伸を噛み締め、パンをトースターで焼き始める。


「……今日は食欲もねぇし、パンだけでいいな」


 パンが焼けるまではボーッと朝のニュース番組を見ている。

 ニュースのキャスターが何か言葉を発しているが、青年の耳には何も入ってこない。

 テロップには『謎の集団、日本政府へテロ予告!!』と、大きく書かれている。


 青年は再び大きな欠伸を噛み締め、チャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばした時、チン、という音が鳴り響き、青年の意識をそちらに向けさせる。


 青年は重い腰を上げてキッチンに入る。食器棚から皿を取り出し、その皿にパンを乗せテーブルの上に置き、服を着替えてからもそもそと朝食のパンを食べ始めた。


 肩甲骨辺りまで伸びた長めの跳ね回った髪に、服は胸元の開いたカットソーにジーンズ。整った顔立ちをしており、特徴的な左眼の傷痕。首筋にもひとつ、カットソーから見える胸元にも、左胸にふたつ、右胸にひとつの傷痕がある。一八一という長身に、引き締まった筋肉がカットソー越しに浮き彫りになっている。


 青年の名は鬼桜薫(きざくらかおる)。十年前に『人類存続戦争』と呼ばれる悲劇を起こした張本人だ。

 その影響から、最凶最悪の男として、『魔王』という呼称で蔑まれている。

 以来、世間からは忌避の眼で見られ、街を歩けば行き交う人々に睨まれる。

 だが、薫はそれを受け入れて生活している。それだけのことをした自覚があるのだ。

 特に悪いとはこれっぽっちも思っていないが。


 食事を終えると、皿を流しまで持って行き、出かける支度をする。


「今日は……普通に出勤するか」


 薫は、コンバットブーツを履き、薄茶のモッズコートを羽織る。

 そして、チラリと玄関に立てかけてある写真を見て、玄関に置いていたバッジを手に取り家を後にした。


 薫が見ていた写真には、まだ十歳前後と思しき薫と、金髪の白人の少女。そして、その二人の後ろに黒髪ロングヘアの東洋人の女性が写っていた。




 薫は家から出ると、鳥のさえずりを耳に聞き、仏頂面で再び欠伸を噛み殺す。

 朝には弱いため、欠伸がなかなか止まらない。だからと言って、毎夜熟睡出来ているわけではないのだが。


 背後にチラリと視線を向ける。


 薫が出てきた家の裏には、小高い山がある。丘と言うには若干高く、山という程でもない微妙な高さの山だ。


 薫もこの世界に来たばかりの時は、池袋のど真ん中に山があることに、都会という偏見も相まって違和感が拭えなかったが、今の家に住み始めて二年と半年。今ではそんな違和感も感じなくなってしまっている。ちなみに、薫の敷地だ。


 視線を道路に戻すと、横を通る人がこちらを睨んでいるのが目に入った。目が合うと視線を外し、足早に去っていく。


「……チッ」


 薫は舌打ちをすると、ゆっくりと六本木にある会社に向かって歩き始めた。


 薫が出かけるあては大抵決まっている。ゲームセンター、貧民街、暴力団の本部、そして、災厄の世界。

 それと、薫が勤めている会社「氷崎グループ」である。


 氷崎グループとは、四天王最強と謳われる男、氷崎千尋(ひざきちひろ)が、災厄の世界から逃げ果せた三年前の春に建てた会社である。食料品から日常で使う消耗品や、電化製品も取り扱い、更には保険などをも取り扱っている。

 あまり知られてはいないが、契約先の会社の手伝いとして、その契約先の会社の仕事も一部引き受けている。その例として、借金の取り立ても行っている。

 ただし、闇金関係のものではなく、出会い系サイトやテレクラなどの支払いが滞っている者から集めている。

 一応は合法の範囲の仕事だ。

 これが、老人や体の不自由な人からの取り立てならば千尋は手伝いをせず、更にはその会社との契約を切っていただろう。薫は特に何も思わないが。


 大抵の仕事は千尋や他の四天王が行なっており、薫は肉体労働が多い。

 一例を挙げるとすれば、護衛任務だ。

 他に、新たな『ゲート』が感知された場合、その『ゲート』に繋がった世界の調査に向かっていた。


 そして、千尋以外の四天王は皆、幹部として働いている。




 普通なら池袋駅から電車に乗って六本木まで行くところだが、薫はそうはせずに歩いていく。

 理由は色々ある。

 だが、唯一挙げるとすれば、乗り物酔いするからだ。バイクでは酔ったことはないが、そこは健康を考えて乗らない。足が必要になった時は是非もないが。


 外は人通りも多く、車の通りも多い。

 それだけでなく、今は通勤ラッシュの時間帯だからか、スーツや制服を着た人々が辺りを行き交い、学生たちの喧騒が耳に入る。


 薫はポケットに手を突っ込み、仏頂面で周囲を睨みながら歩を進める。周囲の人々はこちらに気付くとやはり蔑むような目で睨んでくる。


「おい、『魔王』だぞ」「ホントだ。目を合わせるとヤバイぜ」「速く何処かに行ってくれないかな」


 そんな人々の言葉が耳に入ってくる。

 こんなことはいつものことだ。このことでいちいち腹を立てることもなく、池袋の街を歩いていく。

 恨まれているのはいつものことだ。海外にいれば撃たれることもある。


 実は仲間内でしか知られていないが、薫はアメリカで生活していた経験がある。

 その生活環境では、そこに行けばその日のうちに新しい尻の穴をこさえるのも当然のことだ。そのために、海外にいる時はとある手段を用いているのだが。


 その時、ふと数人の会話が耳に入った。


「おい、『魔王』にこれをぶつけてやろうぜ」

「馬鹿、よせよ。それで当たっちまったらどうするんだ」

「いいじゃねえか、俺は賛成だぜ」

「お前まで……」


 そんな会話を漏れ聞きながらも薫は無視して歩いていく。声の位置からして、まぁ近くにいる若い三人だ。


「あぁ、もうわかった。どうなっても知らないからな!」


 止めようとしていた青年も折れたようで、こちらに向かって何かを投げてこようとしているらしい。


 ──何をする気かは知らんが、当たれば容赦はしねぇ。


 薫はそう判断し、歩みを止めない。


 そんな後頭部に何かが当たった。カラカラと音を立てて当たったものは重力に従い地面に落ちる。


 当たったのはもう飲み終えた空き缶だった。

 先ほど会話をしていた青年たちが投げた空き缶が、薫の後頭部に当たったとすぐにそう判断した。


 周囲の人々は薫が空き缶を当てられた瞬間息を呑んだ。皆、どんどん青ざめていき、そそくさと足早にその場から離れる。

 周囲の賑わいが少しずつ収まっていくと同時に、薫の怒りがどんどん増していく。

 足下に転がっている空き缶を踏み潰し、青筋を浮かべた顔を、ゆっくりと背後の青年達に向ける。


 青年達は歯をガチガチと鳴らしながら、その場に立ち尽くしていた。

 薫の纏う不穏な空気に――その場が一斉に凍える程の空気の冷たさに慄然となっている。

 修羅場の勘働きを研ぐような修練とは無縁な筈の青年達ですら明確にそう察しがつくほど、薫の放つ殺気は凄烈だった。


「お、おい……! お前……な、なんで、何で当ててんだよっ!?」

「や、ヤバイ……! これは、ホントにヤバイ!!」

「と、取り敢えず……逃げんぞ!」


 青年達は、震える足でなんとか逃げ出そうと動かした。が、


「――待て」


 ドスの利いた、言葉だけで押し潰されそうなほどの圧力を含んだ声に再び身体を硬直させてしまう。その声音も恐ろしく冷たい。


 薫は青年達にゆっくり、ゆっくりと近づいていく。

 煮えくり返った怒りを隠そうともしない憤怒の形相を浮かべ、言葉を紡ぐ。


「お前ら、いい覚悟してんじゃねぇか。どうやら、死にたいらしいな」

「ひっ、す、スンマセン! あ、当たるなんて、お、思わなくて……!」


 言い出しっぺなのであろう青年が謝罪の言葉を口にするが、薫は止まらない。本人には止める必然性が浮かばない。

 取り敢えず、この連中は熔鉱炉に放り投げた方が早いだろう。


「そんなことは関係ねぇ。どんないきさつがあろうと俺にゴミを投げつけた事に代わりはねぇからな。だが、こう見えて俺は寛大だ。だから、選ばせてやる」

「え、選ぶ……?」

「あぁ。貴様らの処遇を貴様らに選ばせてやる。まったく、自分の優しさに反吐が出そうだ」


 薫の言葉に青年達は更に表情を恐怖に歪めていく。一心不乱に逃げ出したい思いはあるだろう。だが、思うように動けない。どうやってこの場を切り抜けようかと策を練り始めるが、争いとは無縁な彼らには、どうやっても薫に考えを改めさせることは出来ない。

 そんな彼らに対し、考えている処刑方法を提示していく。


「ひとつ、スタンダードに東京湾に沈める。──あぁ、安心しろ。生きたまま動けねぇように縛ってやる。浮かばねぇよう重りもサービスしてやろう。ふたつ、指先から肩まで細切れに。それが済めば今度は足。それも済めば今度は全身の肉を削ぐ。無論、麻酔はなしだ。貴様らにとってはご褒美だろう? 三つ、シンプルに鉄が溶けて煮えたぎる溶鉱炉の中に生きたままダイブ。両手両足を縛り上げ、苦痛を長く感じられるよう足からのダイブだ。そして最後の四つ──」

「に、逃げろォォォッ!!」


 止めようとしていた青年の言葉を合図に、青年達は一目散に駆け出していく。喩え彼らが平和ぼけしていても、薫は提示したことを本気で行おうとすることはわかっていた。


 薫の考えでは、彼らの行いはここが戦場なら自殺行為だ。不愉快極まりない。

 そんな青年達の後を追わず、携帯に手を伸ばし電話をかけ始める。

 三回コール音が聞こえると、すぐに相手が出た。


『もしもし』

「俺だ。お前ら今のを見てたか?」

『勿論です。鬼桜さん』


 薫はそれを聞き、よし、といった風に頷き、六本木に向かっての道を歩き始めた。


『あいつら、どうしましょう?』

「いつも通り、適当なタイミングで全員拉致って埋めろ。なんなら、俺が提示していたものを行使してくれてもいい。その場合、方法はお前らが決めろ」

『わかりました』


 そんな会話の後、通話を切る。

 そう、ここまでもいつも通りなのだ。毎日こんな馬鹿な連中が薫を怒らせ、毎日堅気ではない部下に拉致らせ埋めている。

 痛む心などは既に捨てている。今は人の命もなんとも思っていない。


 実のところ、薫は氷崎グループの幹部として働いている反面、暴力団にも所属している。

 そこでも武闘派幹部として働いており、時には組長から使い物にならない組を壊滅させるように言われることもある。

 そこでの仕事はそんな仕事が多い。他にもあるが、一番多いのはこの仕事だ。


 そんな時、携帯に着信が入った。画面をタップすると、携帯を耳に当てる。


「はい」

『もしもし、おいちゃんですよっと』

「あぁ、赤崎(あかさき)さんか」


 薫は親しげに通話相手の名前を呼ぶ。それと同時に町の喧騒も戻ってくる。

 どうやら、騒ぎが終わったことを見越して、先ほどまでの通りに人が入り込み始めたらしい。


「何だ? 何か用か?」

『いやいや、用ってわけじゃないけど……君もなかなか酷いことするねぇ、って思ってね』


 何のことかはすぐにわかった。


「何だ、今池袋にいるのか? 言っておくが、喧嘩を売ってきたのは向こうだ」

『いやいや、それぐらいはおいちゃんにもわかってるって』


 通話相手の軽い笑い声が携帯越しに聞こえてくる。それを聞いていると、通話相手のヘラヘラした顔が脳裏をよぎる。


 薫は苦笑しながらも周囲から感じる視線に意識を向ける。


 ――……何処かから見られているな。


 だが、敢えて気付いた素振りは見せずに喧騒の中を歩く。


 実際は先ほどの騒ぎの時から感じていた。それがたった今数がひとつ増えたのだ。


 第六感にひしひしと伝わる感覚に、一応は注意をしておいた方がいいだろう。

 ここがどれほどドンパチのやりにくい国だからといえ、実際は銃の所持は可能だ。それがどれほど稀有な事象だろうが、注意に越しておいたことはない。


『あぁ、そうそう。堅気の君に伝えたいことがあってねぇ』

「堅気じゃねえよ。赤崎さんと同じ、氣櫻組幹部だよ」


 赤崎の言葉に薫が即座に苛立たしげに吐き捨てる。


 薫が働いている暴力団は、氣櫻組という関東でも三本の指に入るほどの組織力を持った暴力団だ。

 名前の読み方が同じという軽い気持ちで気に入り、そこに入った。


 薫は過去に堅気ではない仕事をしていたため、堅気の仕事が性に合わないのだ。


 そして、今通話してる赤崎も氣櫻組武闘派幹部だ。しかも、かなりの武闘派だ。その筋の人間には広く知られている。


『まぁまぁ、そう怒るなって。でさ、伝えたいことなんだけどね、今日昼の三時から会議があるから』

「……会議? 今日はもともと無かっただろう?」

『まぁ、そうなんだけどねぇ。実は敦樹さんが会長の跡を継ぐって言い出してねぇ。それについての会議をするらしいよ』

組長(オヤジ)の? へぇ……」


 薫は感嘆の声を漏らした。


 ――親孝行なことだ。


 近年、実の息子に代目を継がせることはなくなったが、本人がなりたがっているなら仕方がないだろう。

 正直、上の人間が誰になろうとどうでもいいことだ。興味もない。


組長(オヤジ)は?」

『最初は継がせるつもりも無かったみたいだねぇ。どうなるかは、その会議で決まると思うさ』


 赤崎も現在の懸念事項であるその会議の心配をまるでしていないかのような飄然な口調が電話の奥から聞こえる。まるで他人事みたいな口調だ。


「堅気の仕事を辞めて、俺らの世界に来るとはな……折角娘さんの前でいい顔出来たってのに、もったいねぇな。……あァ?」


 現在、薫が歩いている豊島区の信号が赤になり、信号待ちの沢山の人が、周囲で信号が青になるのを待っている人がいる。

 その人混みの外側にふと視線を向けると、気になる一人の少女を見つけた。

 見た目高校生ぐらいの少女が、何かから逃げるように全速力で駆けてくるのだ。

 目測一五〇前半。髪の色は茶色。耳にピアスをつけ、シャツの上にパーカーを羽織り、スパッツにホットパンツを履いている。服は泥だらけ、髪も乱れ、息も大きく乱れている。


 少女は、人混みの中をかき分けて一心不乱に走り続けていた。

 周りにいる人達は不快そうな顔をしているが……。


『どうかしたのかい』

「いや、少し気になる奴が――痛っ!」


 少女が隣を通る瞬間、少女の肩が左腕にぶつかった時に少し刃物で切ったような傷が肩についた。


 薫は怒りを込めた眼光で睨んだが、少女は急いでいるようで、謝罪も無しに走り去っていく。無礼なガキだ。

 他人のことは言えないが。


『なんだい、あの子。とても急いでるみたいだねぇ』

「そうだな……って、あんたこの人混みの中にいるのか?」


 その時、先ほどから感じる視線の主に思い至った。


 ――なるほど。だが、もうひとつは……あの上か。


 薫は背後にそびえ立つ、他とは比較的低いビルに視線を向ける。その屋上に、ひとつの人影が目に入った。

 人影は、薫に居場所がバレたことに気付くと、すぐさま身を引いて姿を隠した。多少は訓練されているようだが、それでもまだ甘い。


『まぁねぇ、君もよぉく見えるよ』


 薫がそれを聞き、呆れのため息を吐きつつ、自分の居場所を悟らせない技量に驚いていた。


 その時――


「オラァッ! どけぇ!」

「待てゴラァッ!!」


 怒号を響かせながら、ライオンをかたどった装飾を付けた男が三人、少女が駆けて来た方向から駆けて来る。


「あァ?」

『あァ?』


 薫と赤崎は、全く同じタイミングで全く同じことを口にしていた。


 その男達は、人混みを押し飛ばしながら駆け抜ける。

 薫の隣を通る時、押し飛ばされ、薫の怒りはうなぎ登りに込み上げてくる。顔にも青筋が浮き上がり、鋭利な剣吞さが眼光に浮かび上がる。

 その虹彩が一瞬赤黒く染まるが、すぐに元の茶に戻る。

 その変化に気付いた者は一人もいない。誰も見ていなかったからだ。


 男達は、周囲の人たちなど気にせずにそのまま少女が走り去っていった方向へと駆け抜けていった。


『なんだい、最近の若いのは血気盛んだねぇ』


 赤崎の呆れの声が携帯越しに聞こえてくる。


「あんたもまだ若いだろ、赤崎さん。……俺、追いかけるわ」

『ん? あぁ、わかった。会議のこと忘れないでくれよ? それにしても、ただでさえ仏頂面なんだから……たまには笑ったほうがいいよ?』

「ほっとけ。じゃあな」


 薫は通話を切り、携帯をポケットに入れると、隻眼を鋭くさせ、人混みから抜けて少女と男達の後を追っていった。




 少女は町外れの廃工場へと逃げ込んだ。


 今日の朝、彼女はある組織の陰謀を阻止するため、脱退してここまで逃げてきた。

 しかし、すぐに見つかり後を追われて今に至り、しかもそれがまだ陽の上らない時間帯だったために、僅かながらに睡魔に苛まれている。


「ハァッ、ハァッ、ここなら隠れるところも多いし、何とかなるかな……?」


 少女は息を切らしながら、背後に視線を向ける。


 今のところは、追手の姿は見えない。出来れば撒いてくれていることを心より望むが、そこまで期待しない方がいいかもしれない。


「いざとなったらこれで……!」


 少女は肩に手を置く。

 そこには、仕込んでいた小刀がある。組織に入った時に支給された物であり、現在彼女が持つ唯一の得物とも言える。


 いつの間にか鞘が抜けて刀身が晒され、その切っ先に僅かに血が滲んでいる。誰かに刺さったのだ。


「だ、誰かに怪我させちゃったかな? うわ〜、悪いことしちゃったなぁ」


 だが、その小刀には毒を塗ってあり、掠っただけでも死に至る程の猛毒だ。

 組織から逃げ出す前に心許ないながらも努力して毒を手に入れ、僅かな抵抗だが出来るようにしておいたのだ。

 それを思い出した時、少女は青ざめた。


 ――もしかして、私、人殺しちゃった?


「ど、どうしよう……」


 申し訳なさからその場に膝をつくが、今はそんな場合ではない。

 なんとか追手を振り切って四天王に会わなくてはならない。謝罪は、そのあと亡くなった人の死因を調べて、その遺族にすればいい。


 その時、後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。


「いたぞ! あそこだ!」

「待ちやがれ!」

「ヤバッ!」


 少女はすぐさま逃げだし、近くにあったパイプの並ぶ場所へと身を隠した。


 怒号が工場の中を響き、そして足音がどんどん大きくなっていく。


 ――ここに隠れて奴らが通り過ぎるのを待とう。


 少女は息を潜め、追手が通り過ぎるのを待つ。

 その間にも心臓が大きく脈打ち、恐怖で歯がガチガチと鳴る。そんな自分に落ち着けと心で何度も何度も言い聞かせるが、一向に収まる気配はない。


 その目の前を、追手が通り、少女は身体を硬直させた。




 薫は気配を消しながら四人の後を追い、少女が逃げ込み、男達三人が追っていった工場の前で足を止めた。


「……ここは」


 薫は懐かしそうに目を細め、知らずのうちに声を漏らした。

 その時、一瞬だけだが視界がぼやけるが、すぐに元に戻った。

 薫は特に気にした様子もなく、工場を眺める。


「懐かしいな。俺がこの世界に来てしばらくの間生活をしていた場所だな」


 当時のことは、まるで昨日のことのように覚えている。

 あの時は大変だった。一人で生活をすることが、あれほど大変なものだとは、当時は思ってもみなかった。

 とある事情で追手に居場所をバレないように注意し、埃だらけの椅子に腰掛けて眠る。襲撃に備えて睡眠は浅く、いつも睡魔に襲われながら生活していた。


 今でこそ自分の家を持ち、追手が来る頻度も減ったことにより、存分に睡眠している――眠れないときも多い――し、氣櫻組の部下の構成員もいることから余裕を持って出歩くことも出来ている。


 だからこそ、そんな過去が今ではとても懐かしく感じる。


 そんな思い出に浸っていると――



「いたぞ!」



 工場から怒号が響き、少し経つと少女が血相を変えて工場から飛び出してきた。




 男達は、声を張り上げながら少女のいた場所を通り過ぎて行った。

 かなり奥まで逃げていると思ってくれているようで、隙間を確認されることもなかった。


 ――深呼吸、深呼吸。


 少女は何とか呼吸を整え、注意深く追手が離れるのを隙間から見る。

 そして、充分に離れたと思い、タイミングを見計らって出口へと走ったが、運悪く一人が背後を振り返り、見つかってしまった。


「いたぞ! 後ろだ!」

「逃がすな!」


 そんな声が、後ろから聞こえた。

 少女は息を荒げ必死に逃げる。恐怖で走る足がどんどん重くなり、もつれそうになる。そんな中でも必死に走る。前だけを見る。


 不意に出口が見え、急いで外へと飛び出た。

 先ほどまで暗い工場内にいたため、外の光に目を細め、立ち止まってしまった。


 ――こんな初歩的なミスをしてしまうなんて……!


 目が明るさに慣れていき、ゆっくり瞼を開ける。

 するとそこには、左眼に痛々しい傷痕が残る隻眼の男がこちらを見据えて佇んでいた。




 薫は飛び出して来た少女を見据える。その肩に仕込まれた小刀を見つけ、自分の左腕についた傷と、先ほどの視界のぼやけの理由がわかった。


 ――護身用にしては物騒な物を……。


「お前、さっきから追われていた奴か?」


 少女は、訝しげな様子でこちらを見てくる。

 呼吸を乱し、長い間走り続けていたのか、足がガクガクと震えている。手は埃まみれ。顔も少し黒くなり、滝のような汗が流れ、転んだのか膝を擦りむいている。


 一体この少女はなぜ追われているのだろうか?

 強姦目的だとしても、体つきは貧相だし、朝っぱらからそれだけのつもりで追いかけるのは流石にないだろう。


 チラリと少女の耳につけられているピアスを見て、大体のことを納得出来てしまった。


 先ほど見た男たちと同じライオンの装飾が施されていたからだ。

 大方、殺し屋と同じように抜けようとした存在を殺すための追手なのだろう。


 少女はしばらくの間迷っていたらしいが、キッと表情を鋭くして遂に口を開いた。


「助けて! 私はまだ捕まるわけにはいかないの! 四天王に、組織の野望を止めてもらう為に」


 それを聞き、薫は小さく溜息を吐く。


 ――また、碌でもないことになりそうだ。


 思わずそう思ってしまう。


 こういった騒動は、大抵下らない悶着があると経験上理解させられている。


 不意に気配を感じ、視線を工場の入り口に向ける。

 そこには少女と同じく息を荒くさせた男達が丁度工場から出て来るところだった。

 見るからに粗暴、低脳、煩悩まみれと三拍子揃った悪党面。映画に出ていれば、主役かその仲間にすぐさま叩きのめされる脇役にしか見えない。

 同情してやってもいいほどだ。

 そんな薫自身も周りから傍若無人な悪党と罵られているが。


 薫は小さくため息を吐くと、後頭部をワシワシと乱暴に掻き、少女に視線を戻す。


「詳しい内容を訊かせて欲しいところだが、そうもいかねぇな。取り敢えず、退がってろ。そこに居られると邪魔だ」


 少女は言われると薫の後ろに隠れた。


 そこに、追い付いてきた男達が薫を睨み、薫の後ろに隠れている少女に視線を向けた。


 そして、少女に近づこうとしたところを薫が阻む。


 男は苛立たしげにこちらを睨んで言葉を発する。


「貴様何者だ? 我ら『獅子の魂(ライオネル・ソウル)』の邪魔をするなら覚悟しろ」

「厨二病でもこじらせてんのか? 何ともまたふざけた名前だな」

「誰だと聞いているんだ! 早く答えろ!」

「馬鹿に名乗る名なんざ持ち合わせちゃいねぇよ」


 薫は無表情に挑発を返す。

 先頭の男はこめかみをひくつかせながら、苛立たしげに懐のトカレフに手を伸ばした。


「何だ? 正義の味方気取りか、若造が……!」

「ふざけた思考だな。お前の目は節穴か? 俺のどこが正義の味方に見える? 正義の味方なら今頃警察(サツ)に電話かけてるだろうよ」

「ふざけてるのは貴様だろう! その女をこちらに渡せ!」

「そいつは出来ねぇな」

「何だと? 貴様、一体その女とどういった関係だ?」


 男は警戒心を露わにして構えながら問うてくる。

 だが、薫はそれをせせら笑った。


「赤の他人だ。それがどうした? 人間同士の関係なんぞ所詮は上辺だけのものだろ? 恋愛? 何だそれ? そんなものは肥溜めに捨てちまえよ。まぁ、所詮お前らのような男ってのは、そうだな……娼婦とでもヤってるのしか想像がつかねえな。あと、強姦」


 薫はクツクツと嗜虐に嗤う。


「誰もそこまでは聞いてはいない! と言うか、お前は一体何を話しているんだ!?」

「テメェ! 良い加減にしやがれ! いいから、その女を渡せ!」

「黙ってろ。俺はお前なんかと話をしてねぇんだよ。わかったらそこらの野鳥でも眺めてろ」


 薫は先ほどからずっと挑発を返し続ける。


 薫の思考としては、面倒ごとは簡単に終わるのが手っ取り早くてありがたい。

 つまりは、殺しだ。


 だが、ただ殺したのであっては警察相手に面倒な問答を繰り返すことになる。

 だったら、男に手に触れている懐のトカレフを抜かせ、正当防衛を成立させればいい。殺せば過剰防衛になるという思考は彼にはなかった。


「もういい! 殺っちまえ! 一人ぐらいの被害が何だってんだ!」

「あぁ、そうだな! こいつはお前が撒いた種だ。恨むんなら馬鹿な真似をした自分を恨みな!!」

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」


 薫の最後の一言が効いた。

 男が遂に懐からトカレフを抜いたのだ。


 トカレフは安全装置(セイフティ)すら簡略化された拳銃だ。暴発の危険性もあったりして、好んで使おうとは全く思わない。


 今の薫は丸腰だ。拳銃どころかナイフ一本も持ち合わせてはいない。

 そうなると、必然的に体術で相手を倒さなくてはならない。


 幸いなことに、相手は傍目から見ても素人だということがわかる。簡単な訓練は受けているようだったが、まだまだ構えがなってない。


「死ねやぁっ!!」


 男が裂帛の気合いを露わに吼えた。


 だが、それよりも早くに薫は懐に潜り込んでおり、トカレフを持つ腕を下から押し上げていた。


「ほら、既に間合いだ」

「クゥッ!?」


 言われてようやく気付いた男たちは皆動揺している中、薫は次の一手に移っていた。

 ガラ空きになった腹部に、強烈な踏み込みの肘鉄を叩き込む。ズドンッ、と人体を殴ったとは到底思えない重い音が響き渡る。

 その威力に男は目を丸くし、驚愕の表情に歪んだ男の人中めがけて打ち込んだ肘から先の拳を跳ね上げた。


「ガァッ!!」

「そら、最後だ。噛みしめろ!」


 言うと、薫は上段回し蹴りを男の顎に叩きつける。

 その速度がやけに早い。予備動作があってからのほんの一瞬で、蹴り足は高々と跳ね上げられ、男の顎を捉えていた。

 その時、バギャッと骨の砕ける乾いた音が響き、その場にいた皆がハッと息を呑んだ。


 男は今の一撃で完全に意識を手放してしまっており、力の抜けた手からトカレフが重力に従って落ちる。


「終いだ」


 薫はそれを軽々と掴み取ると、後ろの男達に向けて男を蹴り飛ばした。

 慌てて男達がそれを受け止めたところに、スライドを引き、薬室に弾薬を送り込んだトカレフの銃口を向けた。


「なっ!?」

「ま、待てっ!」

「遅えよ」


 引鉄を引いた。

 乾いた発砲音が断続的に轟き、近くに止まっていたのだろう鳥が数羽空の彼方へ飛んでいった。




 戦闘が始まって、数分もかからずに終わってしまった。薫にとってこれほどつまらないことはない。手に握られたトカレフを捨て、誰も見ていないことを確認する。


 幸い、もう使われていない廃工場のため、人通りも少ない。

 この時間帯だと早朝ランニングで走り込んでいる人間もいない。まぁ、銃声を鳴らしたためすぐに警察が集まってきそうな為、早くトンズラしたい。


 薫は三つの肉塊に冷めた視線を向け、背後の少女を見やる。


「さて、それじゃ詳しいことは千尋のいるところで訊こうか。氷崎グループまでついて来い」


 薫はそう言うと、先導して歩き始めた。だが、少女は訳が分からずその場に立ち尽くしているだけだ。


「あ、あの!」


 呼び止められ、薫は不機嫌な態度を隠さず振り返る。


「何だ?」

「……助けてくれたことには感謝してます。でも、これ以上迷惑をかけるわけには――」

「何言ってやがる。これから俺らに迷惑かけようとしてるくせに」


 え? と少女は首を傾げた。どうやら、まだ現状を理解していないらしい。

 そういえば、まだ名乗っていなかった気がする。だから、少女は渋ったままだったのだ。


「自己紹介がまだだったな? 鬼桜薫だ。お前がこれから何か頼みごとをしようとしてる、あー……お前ら流に言えば、四天王。その一番悪い奴が俺だ」

「――えっ?」


 少女が急に目を瞬かせ、ポカンと口を開けたままになった。何と間抜けな顔だろうか。見ていて滑稽だ。


 その時、薫はもうひとつ言いたかったことを思い出した。

 腕の傷のことだ。毒の塗り込んだ物騒な物を無闇矢鱈に晒しておく必要はない。武器は何であれ人を簡単に殺すことの出来る道具だ。まだ幼い子供でも人を殺すことが出来る。

 たとえどんな悪党だろうと目的なく武器を晒すことをしない。

 知り合いのロシアンマフィアのボスでさえ、脇のホルスターに入れて隠している。


「えぇぇぇえええぇええっ!? あ、あのっ、『魔王』ですかっ!? 嘘ぉぉっ!!」

「五月蝿え。前歯叩き折られてぇか」

「は、はい! すみません!」

「お前にひとつ言わせてもらう」

「は、はい!」


 少女は、大声で悲鳴のような返事を返してくる。そして、あちゃー、といった様子で申し訳なさそうになる。

 これが俗に言う、あざとい、というものだろうか?

 その辺りのことはわからない為に判別は不可能だ。


「お前、護身用にしては物騒な物を持ってるな。俺じゃねぇと死んでいた。そんな物騒な物を晒したままにするな」

「……へ?」


 少女はよくわかっていないようで、小首を傾げる。


 薫はちょいちょいと指で肩を指し示した。

 自分の肩を見ろ、というちょっとした指摘なのだが、果たして少女は自分の肩に視線を移すでもなく薫の肩を見るだけだ。

 しかし、その視界の中に映ったのであろう、薫のモッズコートの切れた袖から見えた傷を見ると、「あっ」と小さく声を漏らした。


「あ、あの……すみませんでした。その……」

「あぁ、謝ってもらわないで構わねぇよ」

「そうですか。でも良かったです。解毒剤でも持ってたんですか?」


 少女は安堵の息を漏らしながら、薫が生きていることに不思議に思っている様子だった。


「解毒剤なんて持ってねぇよ」

「えっ……? じゃあ、どうして?」

「言っただろ? 俺じゃなきゃ死んでいた、ってな」


 薫はそう言って、そのまま足を早めた。




 薄暗闇の部屋の中、ろうそくの火がゆらゆらとたゆたう。小さいろうそくの火が、狭い部屋の中に薄明かりを灯し、部屋の中を彩る。


 その部屋は、とても質素な雰囲気で、デスクと壁にナイフで突き刺された四枚の写真。その写真には、四天王一人一人が写っている。

 その部屋を彩るろうそくの火によって照らされる四つの人影。一人の女と三人の男。


 一人目は赤い長髪。耳にライオンを模したピアスをつけ、口元には微笑を称えている。ローブのようなものを見に纏い、分厚い本を黙々と読みふけっている。


 二人目は黒髪。

 がっしりと鍛えられた筋肉を見せ、頬に切り傷がある。上半身は裸で、右上腕二頭筋、左脇腹にも切り傷が見える。ライオンを模したベルトを巻き、腕を組み、苛々とした様子で双眸を閉じている。


 三人目は水色の短く剃った髪。鎧のようなものを着込み、その背には巨大な斧を背負っている。身長は高く、一九〇はありそうだ。

 体格もよく、どれだけ鍛えているかが窺える。男が背負った斧に、ライオンを模したバッジが付いている。


 四人目は、黒髪のツインテールの女。控えめな胸に、小柄な体躯。首にライオンを模したスカーフを巻きつけ、双眸を閉じ、何か考え事をしている。


 四人は、ただ静かにその場で佇んでいる。

 静かに、何かを待っているように、ただ黙考している。その者たちに共通しているのが、身体のどこかにライオンの装飾をつけていること。


 その時、女が何かを察知したように、忽然とその姿を消した。だが、男達は黙考したまま、静寂が続く。


 その瞬間、扉が開き、その静寂が破られた。

 男達がそちらに視線を向けると、またもライオンの装飾をつけた一人の男が、片膝を地につけて、「報告します」と声を張り上げた。


「先ほど、見張りの報告によると、今朝、組織から逃亡を図った女が四天王に接触。その際、女を追跡していた三人の男達と戦闘になり、殺されました」


 それを聞き、黙考していた男達の一人が視線を向ける。


「誰だ?」

「『魔王』です」


 ガタイの良い、長身の男の低く、しかしよく響く声が男にかけられる。

 男は、そんな男の言葉に臆することなく淡々と言葉を返す。

 その報告を聞き、他の男達の視線も片膝立ちの男に向けられた。


「力の片鱗は見れましたか?」


 長髪の男の問いに、男はかぶりを振る。


「いえ、残念ながら……追跡していた男達では相手にならず、『魔王』は容易く蹴散らしました。

 更に、『魔王』は、見張りを一度視認しております。気配を極限まで抑えたのにも関わらずにです。殺そうと思えば、見張りの者も簡単に殺されていたでしょう」


 その報告に、三人の男達は苦悶の表情になり、しかし、何処か納得したような顔になる。


「……さすが、と言うべきか」

「『人類存続戦争の悪魔』との呼び声も高い彼が、わざわざ現れたのですから、四天王の力を見るためには出てみた方がいいのでは……?」


 男達は報告された『魔王』を称え、そして、策を模索する。

 体格の良い男が、片膝立ちの男に視線を向けると、


「報告ご苦労だった。下がれ」


 命を下された男は、その場で頭を下げ、立ち上がると、部屋から立ち去っていく。


 その気配が離れていくのを確認すると、姿を消したはずの女が姿を現した。


「ボス、どうします?」

「俺様なら、四天王だろうと一捻りだぜ!」

「貴様は以前、ロシアの女一人にボコボコにされただろう。そんな男の言葉を鵜呑みには出来んな」

「何だと? この堅物野郎」

「やめろ」


 二人の男の喧騒を、女が一喝してやめさせる。

 女は三人の男達を睥睨すると、大きく息を吸い、吐く。


 彼らはいつもこのように喧嘩をする。もう少し、お互い口を閉ざしてもらいたい。

 そして、キッと表情を戻すと、


「これより、ルーレンとグルタフの部隊に、氷崎グループに乗り込んでもらう」


 女の言葉に、長髪の男と、上半身裸の男が頷く。


「作戦は、四天王の殲滅。または、四天王の様子見。使えるものは何でも使いなさい」


 女の言葉に二人の男は頷く。女もひとつ頷くと、クスリと笑みを浮かべる。


「それじゃあ、行きなさい」


 その言葉を合図に、二人の男は部屋から消え、そしてろうそくの火が消えた。




 六本木。


 あれから一時間が経過した。

 警察が来た時、自分の指紋のついたトカレフを残しておけば自分に面倒な被害が及ぶ。

 それだけは避けたかったため、一度放り捨てたトカレフを拾い、すぐにその場から立ち去った。


 本来は電車に乗ることには躊躇うが、今回は一人ではなく、少女が一人一緒にいる。それも長い間走り続けた女を更に歩かせるほど鬼ではない。


『魔王』と呼ばれる生粋の悪党である薫も、これでも少しは丸くなっている。

 少し前ならそうさせたかもしれないが、今は四天王一の女好きから「女」についての話を聞いているため、女に対しての優しさは少しながらある。

 それにより、ホームで電車を待っている間も、椅子に座らせて自販機で水を買って少女に渡した。

 少女は、


「お金、払います」


 と財布に手を伸ばしたが、


「コーヒーを買ったついでだ」


 と薫は受け取らない。


 六本木に着くと、氷崎グループまではすぐだ。改札を出て少し歩くと見えてくる。

 氷崎グループは外見は超高層ビルだ。


 少女はビルを見上げて「ほえー」と呻き声を漏らした。


 中に入ると広大なエントランスホールが姿を現す。

 そこには社員である人々や、他の会社の社員が行き交う。エントランスホール内にはカフェもあり、そこで休憩している人々も多い。

 薫と少女はその中を真っ直ぐ奥へと進んでいく。すると大きなエレベーターが姿を見せる。そのエレベーターに乗り込み、五十階へと目指す。

 五十階に着くと、少し長めの廊下が姿を見せる。


 二人はエレベーターを降り、長い廊下を真っ直ぐ進んでいく。

 その横を人がすれ違うたびに、社員たちが薫を睨む。

 その様子に少女は小首を傾げながらも薫についていく。上司を睨むとは、何事だろうか? とでも考えているのだろう。


 そして、今まで通ってきた時に見た扉とは違い、一際大きな扉があった。


 薫はそこで立ち止まり、少女に振り向いた。

 少女は緊張した面持ちで、何度も深呼吸をしている。


「ここが社長室だ。なに、心配しなくても俺よりはいい奴だ」


 薫は少女の緊張をほぐすために軽口を口に出す。

 少女はそれに苦笑しながらも頷く。


「そういえば、名前を聞いてなかったな」


 薫はそこで思い出した様に口にした。


「お前、名前は?」

「あ、はい。近衛三葉(このえみつば)です」

「了解。それじゃ、開けるぞ」

「は、はい」


 薫はその言葉を合図に扉を開いた。




 社長室。

 中は広々としており、ソファーがふたつにテーブルが部屋の真ん中に設置されている。

 本棚もいくつか見られ、様々な資料が収納されている。その他に、所々に観葉植物が、飾られている。その光景は、何処かの王宮の一室にいるかのような錯覚を覚える。


 視線を正面に向けると、重厚なデスクに大量に積まれた書類に目を通している男がいた。

 ライダースジャケットに、腰にウォレットチェーンのついたジーンズ。整った顔立ちにがっしりと鍛えられた筋肉が、どこかスマートさを感じさせる。そして、女を虜にする魅力を持った男だ。見た目は自分より二、三歳ほど年上に見えるが、自分とは対照的にとても大人びて見える。


 ――この人が、四天王最強の……?


 薫はその男に近づいていく。


 男は薫が入って来ていたことには気づいていた様で、書類に目を通したまま口を開いた。


「なんだ? お前が普通に出勤するとは珍しいな」


 男は書類から目を離さずに軽口を叩く。

 薫もそれを聞いて、口元に微笑を浮かべる。


「気まぐれだ。それより千尋、今は暇か?」

「お前の目には今のこの状況を見て、どうしたら暇に見える?」

「安心しろ、見えねぇよ」


 男――千尋は、呆れの混じったため息を吐いた。


 ――やっぱり、この人が四天王最強の呼び声の高い氷崎千尋さん! じゃあ、本当に私、四天王に会えたんだ!


 三葉は、喜びで涙が溢れそうになる。


 四天王最強と謳われる氷崎千尋は、十五歳という若さで自分の会社を設立し、様々な事業に成功してきた。


 当初は、十五歳という若さにより、周囲から舐められていたが、次第に周囲の考えが間違いだと気付かせた。


 千尋は、世間の注目しているものや、人気な物に焦点を置き、それを更に改良して販売した。

 更に、他会社との契約の際の会議では、千尋を甘く見た相手が氷崎グループを我が社に吸収しようと、あの手この手で攻めるが、千尋はその全てを打ち破った。相手の話の矛盾点を突き、すぐに論破。

 他会社がこちらを陥れようとする行為にも即座に対応。相手の陥れようとする行為を逆に利用してその相手をどんどん衰弱させ、そして吸収した。

 それにより、千尋は四天王一の切れ者とされ、他会社からは恐れられ、世間からは一目を置かれる存在となった。


 これで、組織のことを頼める。


 だが、それと同時に少なからず不安もあった。


 三葉は週刊誌やネットでこの日の為に四天王についても少なからず調べていた。

 情報化社会と言われた現在では、ネットやSNSで調べれば何でも欲しい情報は得られる。

 そこには、『四天王は化物の集団だ』と、書かれていたり、『「魔王」がいなければ世の中は平和になる』とも書かれていた。

 つまり、そのほとんどは薫の罵倒ばかりだったのだが、少なからず他の四天王の罵倒もあった。

 氷崎千尋は女誑し、とか。誹謗中傷である。


「まぁ、忙しくてもその手を止めてもらわなければならねぇがな」


 薫の言葉に千尋はピクリと眉を動かした。そこで初めて書類の山から視線を外し、こちらをまっすぐ見据えてきた。


「……確かに気になっていたんだ。なんでここに女が? まさか、お前の彼女(コレ)か?」

「えっ!?」

「ねぇよ」


 千尋の小指を立てながらの言葉を聞いて三葉は驚きの声を漏らし、薫が即座に否定する。


 千尋はそんな三葉を見て微笑むと、「冗談だ」と、軽く笑った。

 どうやら、人当たりのいい人らしい。


「仕事の依頼人(クライアント)だ。俺らに伝えたいことがあるんだそうだ」


 薫がそう告げると千尋が、ほう、と感嘆の声を漏らした。


「お前が仕事の依頼人を連れてくるとはな。明日は吹雪かもしれないな」

「馬鹿言うな。天変地異だ」

「そっちの方が酷いな」


 千尋はそう言うと、立ち上がり、三葉の目の前までゆっくりと近づく。

 今まで座っていたためにわからなかったが、身長が高い。一八〇センチほどはありそうだ。

 だが、薫よりは少し低い。しかし、逞しい体型のおかげか、あまり薫との身長の差を感じさせない。


 薫は千尋とは逆に距離を取り、壁にもたれかかって腕を組んでいる。


「まぁ、取り敢えず座ろうか」

「は、はい」


 優しげな千尋の言葉に緊張して心臓の動悸が先ほどからずっと速く動いている。それを悟られないように小さく深呼吸する。


「し、失礼します」


 三葉は、千尋に一言告げてからソファーに腰を下ろす。


 正直、座れることにはありがたかった。

 今日は早朝から走りっぱなしだった為、膝がガクガクと震え、立っていることがやっとだった。


 千尋はそんな三葉に値踏みするかのような視線で観察し、「なるほど」と呟いた。


「良い子じゃないか。お前と違ってマナーをわかってる」


 千尋は横目で薫を見据え、そんな軽口を叩く。


 薫はそんな千尋に苦笑を見せる。


「俺もマナーは知っている。相手が格上と思わねぇとマナーを守ろうとしねぇだけだ」

「その格上ってのは経済問題か?」

「戦いの力量問題だ。経済問題だったらほとんどの奴が俺より格上だ」

「……ってことは、俺はお前より格下だと?」

「千尋は例外だ。ガキの頃からの仲だろ?」

「そんな仲は溝にでも捨ててやるよ」

「酷ェ奴め」


 千尋は口元に微笑を浮かべながら三葉と対面のソファーに腰掛ける。

 そして、三葉を見据えると――


「どうやら、朝から走りっぱなしのようだ。それも、追われていたな? ……それに、あまり寝ていないな。成長期なんだから寝なきゃ駄目だぞ?」


「――どっ!?」


 ――どうして!?


 目の前の男は、どうして見ただけでそこまで分かったのだろう。三葉にはその疑問が頭に浮かび、胸が不安でいっぱいになった。

 千尋は、そんな三葉に、クスリと笑いかけて疑問の答えを告げた。


「スニーカーに泥が付着しているのと、血が固まっているけど、左足の擦り傷。それと、膝が笑ってるし、目が赤くなってる。走り続けた証拠に、寝てない証拠だ。ここに来るのに公共機関を使えばそこまで汚れないし、そんなに泥がスニーカーに付着することも無かったし、眠らずに走ってくることも無かった筈だ。じゃあ、一体何故か? 何処かから逃げ出し、ずっと追われていたってことだろう。……と、俺は考えたんだがどうだ?」


 千尋は、さも当然のように淡々と告げるが、少し見ただけでそれだけのことがわかるのには驚きで目を瞠る。


「……その通りです」

「へぇ、よく見てるな。俺は何もわからなかった」


 薫は、飄然と答える。


 千尋はそちらに呆れの混じった視線を向けた。


「お前の場合は相手に興味を持ってないからだ。まず、相手のことを見ろ」

「嫌だね。人間を見たところで俺には何の得にもならねえよ」

「……はぁ。戦闘中にはよく相手のことを観察してるクセに、なんでこういう時には見ようとしないのか……」


 薫の言葉に千尋は深い溜息を吐く。

 そして、三葉の視線に気づいたのか、苦笑を浮かべてこちらに向き直った。


「すまない、話が脱線した。それじゃ、本題に入ろう」

「名を名乗れ」

「もうわかってるだろう?」

「そうか。じゃ、お前は初めて会う他会社の社長に向かって、『俺のことは知ってるよな? じゃ、名乗らなくても構わねぇよな?』的なことをお前は言うのか?」

「言わないな。どちらかというとそれはお前だ。ついこの間もそのせいで話が進まなくて──」

「それ以上はやめろ。あの後どれだけ正座させられたかわかっているのか」

「自業自得だろ」


 薫の指摘に、千尋は即座に反撃に出た。それにより、薫が押し黙ってしまう。


「すまないな。俺が氷崎グループ社長、氷崎千尋だ。よろしく」


 千尋はそう言うと、真剣な表情でこちらを見据える。


「それで、本題だが……ここには一体何の用で来た?」


 三葉は呼吸を整え、千尋の目をまっすぐ見る。


「実は――」




「……」

「……」

「……くだらねぇ」


 それは話を聞いた二人が共通して感じたものだった。

 三葉は真剣な様子で伝えてきたが、その内容を聞いた瞬間、薫と千尋の顔が呆れにより唖然とした表情になった。


「……俺も、今時『世界征服』なんてくだらない理想を掲げた連中がいることには驚いた」


 三葉が二人に伝えた依頼は、自分がいた組織、ライオネル・ソウルの野望を阻止すること。

 つまり、世界征服の阻止だ。だが、そんな漫画みたいな理想を掲げている人物が存在していることに、二人は呆れを隠せない。


「そういえば、昔は何処かの誰かさんもしようとしていたなぁ。世界征服」


 千尋は薫の方は見ずに、言葉を発する。

 その言葉を聞き、薫は視線を窓の外へと向けた。


「その誰かさんの狙いは『世界征服』じゃなくて『人類滅亡』だったがな」


 その言葉を聞き、三葉はゾクリしたようだ。腕を見ると、鳥肌が立っている。


 薫が何故人類滅亡を望んだのかは、至極単純だ。

 人間が嫌いだからだ。

 何故人間が嫌いになったか、それは聞けば誰もが笑うような子供の我儘だ。寧ろ、その我儘からどうしてそこまで嫌うようになったのかがわかっていない。


 千尋はそのまま、三葉の目を見て逸れた話から戻る。


「あぁ……つまり、世界征服ってつまらない野望を止めたいってことか?」

「そ、その通りです」


 三葉は首を縦に振った。


 薫はそれを聞いて素朴な疑問がよぎった。


「まず、本拠はどこだ?」

「千葉です」


 薫の問いに、三葉は即答する。おそらく聞かれることは予想していたのだろう。


「千葉のどこだ?」

「千葉の地下全土です。私がいた組織、ライオネル・ソウルは千葉の地下に基地を建てて生活しています」


 三葉の発言に、二人が目を丸くした。


 ――地下に基地を建てるとは、考えたな。それに、出入りする時に周囲に気を配っていれば、まず場所がバレることはない。


 薫は千尋に、チラリと視線を向けた。


 先ほどから千尋は何かを考えるように黙ったままだ。


「それほどの広さだとかなりの戦力がいると考えられるな……」


 薫は相手の力量や、大体の戦闘手段を思考していくが、どれも先ほど戦った三人が思い浮かび、滞ってしまう。


 薫は、未だ黙ったままの千尋に視線を向けると、


「――で? 千尋、どうする? この依頼、受ける(オア)受けない」


 薫は素っ気ない態度で尋ねる。


 千尋はキッと表情を引き締めた。


「もちろん、受ける。三葉だったな? もう少しわかる範囲でライオネル・ソウルの情報を教えてもらえないか?」

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