ー泉 和葉ー
プロローグからだいぶ時間が経ってしまいました。
それでもよければ読んでくださると嬉しいです。
『史緒~今日どこ寄ってく~?』
とある日の放課後。いつものように驚異のスピードで帰り支度を済ませた叶人が、満面の笑みで僕の席へとやってきた。そしてその10秒後くらいに永遠も僕の席へと近づいてくる。相変わらず二人は帰り支度が早い。
『ボウリングとかどうよ?』
僕に対しての叶人の問いに、ニヤニヤ顔で答える永遠。
『…それ、永遠の圧勝じゃん…分かってて言ってるでしょ』
ため息交じりに話す叶人に、『あ、バレた?』と未だニヤニヤしている永遠。
「運動系は永遠が強すぎるもんね。カラオケとかどうかな?」
ようやく帰り支度を終えた僕も二人の会話に参加する。僕の提案に二人は『いいじゃん♪』と賛成してくれたので、僕達は学校を出てカラオケボックスへと向かった。
夕暮れに近づいて行くこの時間。学校終わりに寄り道するのが僕たちの日課だった。カラオケ、ゲームセンター、ファミレスなどに行く日もあるし、逆にその辺を散歩したりっていう日もある。僕はこの時間がとても大好きだ。二人がいるだけで、どんなことでも楽しめる。初めて出来た僕の友達。
桜井 叶人。容姿端麗、成績優秀。とてもさわやかで人懐っこくて、何より誰に対しても優しい。まるで少女マンガに出てくる王子様みたいな人だ。
川嶋 永遠。こちらも容姿端麗で運動神経抜群。かなり細身なのになんだか色気があって、何よりとてもおしゃれ。色白で、きれいな容姿とは裏腹に喧嘩が強く、とても男気がある。
そんな二人は男女問わず人気がすごい。こんな学校中のアイドルである二人が僕の友達だなんて、今でもこれは夢なんじゃないかなって思うことがある。
そんな二人と話すようになったのは、入学式の後、教室で一人下を向いて座っている僕に二人が話しかけてくれたことがきっかけだった。中学まで全校生徒、教師から距離を置かれ、常に一人だった僕は人と話すことに慣れていない。環境が変わり、自分のことを知る人がいないはずとはいえ、恐怖心と不安感からもしものことを考えてしまう。
「もしもこの学校に僕のことを知っている人がいたら」「もしも僕は今まで、”聞こえる”から避けられていたのではなく、ただただ嫌われていたんだとしたら」
そんなことを考えていたら恐怖で人の顔など見ることが出来なかった。そんな時に話しかけてくれたのが叶人と永遠だった。ずっと下を向いている僕に『どうかしたのか?体調でも悪いのか?』と、とても優しく話しかけてくれた。何年ぶりだっただろう。人に話しかけられるのが久しぶりすぎてどうしていいか分からず、かなり戸惑ってしまった。きっと二人からしたら僕はかなり挙動不審に見えたんじゃないかな。二人に話しかけられた僕はゆっくり顔をあげる。ふいに合う目と目。
「あ…」
何も響かない。この二人は本当に僕のことを心配してくれてるんだ。僕は必死に冷静を保ちながら震える体を抑え「大丈夫。ありがとう」と答えた。人と会話をしたのはいつぶりだっただろうか。自分の声ですら久しぶりに聞いた気がする。その日から二人はよく話しかけてくれるようになった。とても緊張したけど自分からも話しかける努力をした。するといつからか自然と二人は僕の席に集まってくれるようになり、二人はいろんな話で僕を楽しませてくれた。そのおかげで、僕も二人とは自然に話せるようになった。まるで凍結してしまっていた心を、二人が優しく抱きしめてくれているような、二人と話しているとそんな温かい感情が全身に流れ込むような感覚になる。話しかけてくれただけで大げさかもしれないけど、ずっと独りだった僕にとって凄く大切な二人。僕は出来る限り、二人の心を聞いてしまわないように心がけた。本心とは、言わばその人の秘密。大切な人の秘密を勝手に覗くような行為を僕はしたくない。しっかり僕の目を見て話してくれる二人には申し訳ないが、極力二人と目を合わせないように気をつけた。
カラオケボックスを目指して学校を出たものの向かっている途中、ふいに叶人が『あ、今日発売日だった…』と呟いた。叶人より少し先を歩いていた永遠が振り返る。
『なんの?』
その問いに叶人はただ『小説』とだけ答えた。たったその一言で、『え、もしかしてお前がずっと欲しいって言ってたあれ?』と、叶人が欲しいと思っている小説を分かった永遠。二人はとても仲がいい。中学からの友達だと叶人が言っていた。ただ一言発しただけで相手が望んでいるものが分かる…二人みたいな関係を”親友”と言うのかな…。結局、たまたま僕と永遠も欲しい本があったので、カラオケはやめになり、本屋へと目的地が変更された。本屋に着くと叶人は小説を、永遠は雑誌を、僕は参考書を購入し、小腹がすいたのでファミレスへと向かった。そこで2時間ほどファミレスに居座った僕たちは、『じゃあまた明日』と、解散した。
二人と別れた僕は、自宅を目指し歩いていく。日がどんどん暮れていく。僕は夜が嫌いだ。独りだった時のことを思い出してしまう。あの頃の僕はずっと暗闇の中にいた。どこにいても自分は独り。何をしてても自分は独り。もはや自分の生きてる意味すら分からなくなるほど孤独だった。そんな僕にとって、叶人と永遠は太陽なんだ。真っ暗な場所で一人怯えている僕に、彼らは光を差して手を差し伸べてくれる。本当に大切な存在。でもきっと、二人も僕のことを知ってしまったら離れていってしまうだろう。当たり前だ。僕だったら、自分の思ってることを見透かせる奴となんか一緒にいたくない。あ…でも、もし叶人と永遠がそういう人だったとしたら…僕はどうするんだろう…んー…難しい…。なんてことを考えながら歩いていると、反対側から人影が見えた。ここは細い裏道。この時間にこの薄暗い道を僕以外にも選ぶ人がいるのか…。徐々にその人との距離が近づいていく。近づけば近づくほど、相手の人物像がはっきり見えてきた。え、女の人だ…。それも…同じ学校の制服?
女の子がこんな人気の無いとこを通るなんて危ないんじゃないかな…。どんどん近づき、とうとう顔を認識できる距離にまで近づいた。あれ?もしかして泉さん?
泉 和葉。僕と同じクラスで、ほとんど話したことはないけれど、大人そうという印象がある。なのによく一緒にいるのはクラスの中心にいるような人ばかで、最初はいじめられているのかなと思ってしまっていたが、たまに聞こえる話し声を聞く感じ、本当に仲が良さそうだった。だから勝手に自分と少し似ている人なのかなとか思ってしまっていたり…。泉さんも僕の存在に気づいたのか、小さく『あっ』という声を発した。若干下を向いて歩いていた僕だったが、彼女のその声に思わず顔を上げる。やはり泉さんはこちらを見ていた。相手も自分に気がついていることが分かってしまった以上、なんだかそのまま素通りすることが出来ず、僕は勇気を出して泉さんに話しかけた。
「こんばんは。泉さんも寄り道してたの?」
ぎこちなくないだろうか。ちゃんと自然に話せているだろうか…。だいぶ人に慣れてきたとはいえ、叶人と永遠以外の人と話すのはやっぱり緊張する。泉さんは僕の質問に立ち止まると小さく頷き、『友達とカラオケに行っていたの』と答えた。
『木村君も寄り道してたの?』
「うん、ちょっと本屋にね」
他愛のない会話。んー…なんだろう…泉さん、なんか元気ない?まぁ僕は彼女のことを全然知らない。僕は気のせいかなと思い「じゃあまた学校で。帰り気をつけてね」と、その場を立ち去ろうとした。外はもう割りと暗い。それにここは裏道なので特に暗く感じる。自分から話しかけたとはいえ、今から女の子一人でこの道を帰るのかと考えたら、一刻も早く帰してあげないとと思った。なのに何故か泉さんは一向に動こうとしない。「え?」と思い、僕は泉さんの顔を見ると、彼女も僕の顔をジッと見つめていた。そのことに動揺して僕は彼女から目を逸らそうとしたが、何故か彼女は僕から目を逸らそうという気配がない。なんだか思いつめたような表情の泉さん。
「…何かあった?」
僕の声で我に返ったのか『あ!ご、ごめん!』と、ようやく表情を緩ませた。
『カラオケでちょっと疲れちゃったのかな。何でもないから気にしないで!!』
(どうして知られてたんだろ…もしかして先輩が言っちゃったのかな…)
そう言うと泉さんは駆け足で僕の横を通り過ぎて行った。再び1人になった僕は、泉さんの聞こえた本心について考えていた。泉さんには申し訳ないけど、やはり聞こえてしまうと気になってしまう。彼女は一体誰に何を知られてしまったのかな。先輩って聞こえたけど、一体誰のことだろ…。
「はぁー…」
帰宅後。僕はまだ少し彼女のことを考えていた。あの思いつめた顔。よほど知られたくなかったことを知られてしまったんだろう。考えれば考えるほど気になる一方だったが、なんだか急に睡魔が襲ってきたので、とりあえず僕は考えることをやめて寝ることにした。
読んでくださりありがとうございました。
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