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魔王、ついに


「なんてこと……やっぱりまた別の誰かに変身していたんだ。となると、一刻も早く見つけ出さないと!!」


 悪い方の予想が当たってしまった。せっかくずっと見張っていたのに肝心なところで見失ってしまったせいで!! とにかく早く魔王を見つけ出さないと、今度はこのホールが危ないかもしれない。


「私、少し野暮用があるのでこのホールにはまた後で来ますね!!」


「え、あ、あのお姫様!?」


 後ろの方で慌てている支配人を横目に私は来た道を駆け戻る。


 でも走ってどこに行こう。宛はあるの? 見つけたところでどうするの? 協力してくれる人は? 何も浮かんでこない。


 ……そうだ、隊長さん!!


「彼なら……まだ城内にいて、戦う力もある。もうワガママ言ってられない、あの人に全部話して助けてもらおう!!」


 私はあの隊長さんと会った辺りを目指して走る。でも普通に考えれば、あの隊長さんが一番危ない。一番魔王に命を狙われやすく、魔王が変身している可能性が一番高い。


 気付けば靴は脱げてしまい、ドレスの裾も汚れてしまっていた。焦る気持ちと流れる汗が首筋を伝って滴り落ちる。


 お父様を失って、隊長さんを失って、ホールのみんなまで失ってしまったらもう私は耐えられない。


「お願い……お願い、隊長さん!!」


 邪魔なドレスを近くにあった割れた壺の破片で引き裂き、腰から下を大きく削ぎ落とす。胸元の苦しさから解放されるために、大きな切れ目を入れる。


 もう足も痛いし、体はボロボロだけど、とにかく急がなきゃいけなかった。


 目尻に貯まる雫なんかに、構っている暇などなかった。



    ■ □ ■



 そのホールの視線を集める一人の少年は、辺りをぐるりと見回すと、我の方を見つめてこちらにゆっくり歩いてきた。


 よく見てみると、その姿は勇者ではないか。なぜここに、そしてなぜ我のもとへ近づいてくる。


 バレたのか? いや、そんなわけがない。我の変身は完璧なはずだ。ふと目に入った女であったが、その程度でもパッチリ変身することができる。バレるわけがない。


 しかし着実に歩みを進めてくる勇者。我を魔王と見破って攻撃を仕掛けてくる感じには見えないところから、何か探りでも入れる気なのだろうか。


 我の野望はもうすぐそこなのだ。もう更衣室からは着替え終わったメイドたちの姿がちらほら見えているのだ。我が魔王なのだから、我の正体が暴かれない限り今騒ぎが起こることなんてない。だからこのホールが喧騒に包まれるようなこともないのだ。


 放っておいてくれれば、放っておいてくれさえすればお互い幸せなのだ。


 だから変な行動をするんじゃない。もししようものなら、最悪この城ごと消さなければならないかもしれない。しかしそれは我の本望ではない。


 というか絶対にしたくない。してしまったら二千五百年はなんだったのだという話になる。


 お願いだ、変な真似はしないでくれ。お願いなんだ。


 いつしか我の目尻には、こぼれそうな程の雫が溜まっていた。


「やぁ、メイドさん。他のメイドさんは――」


「あ、あぁ、他の皆なら今着替え終わって出てくるところで……」


 努めて冷静に脱衣所を指差し、そっちの方に視線を動かす。そこには着替え終わったメイド達が続々と更衣室を後にしている姿が見て取れた。


 あぁ、ついに我の望みが叶う時が来たのだと、緊張の涙が感動の涙に変わりそうな、そんな時だった。


 ――グサッ。


「…………え?」


「…………魔王、みーつけた」


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