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足ヒレは歩き難いと思うけど



「騎士団長が善人っぽくて良かったな」


ミズキの気軽さにグラベルは閉口する。


 ぽいってなんだ、ぽいってのは。


そうは思ってもグラベルは口を開かない。情が勝って己が負けて、騎士団詰所までのこのこ付いて来てしまった。助言はしたいが、失言はしたくない。下手を打つと自分まで後ろに手が回る、かも。捕まる罪なんか無いが、それでも、万が一にも捕らえられたくない。まだ中枢を探ってない。何がこの国を動かし、あれほどの技術力を誰が持ち得ているのか。それを知るまでは。


 こんな国、とっくに滅びていると思っていた。


そんなグラベルをよそに、兄と妹、こそこそとよそ事を言い合っている。

「サユ、しつこいってのはあいつのことか?」

「そこまで思ってないけど、私、実在の人物に当て嵌めないとボロが出るから」

「迷惑なら目の前ではっきり言ってやったらどうだ?」

「それほど思ってないってば…私のせいでもあるし」

「兄ちゃんは、罪悪感や同情で好きでもない男とつき合って欲しくない」

「……こんな時ばっかり兄になるんだよね」

「そうだ、サユ、賭けないか? 『カツ丼』が出てくるかどうか」

「えー、じゃあ、私、出てこない方に賭ける」

「賭けにならないな…」

「やっぱりね。じゃ、賭けないよ。で、何を賭けるつもりだったの?」

「当然、あいつを綺麗さっぱりフること」

「兄ちゃんって時々どうしようもない『泥縄』作るよね」

「おまえ、それ、意味、わかって使ってるか?」

「え、役に立たないのに画策することの例えじゃないの? 泥で縄を作ることの意味で」

「おまえ………。や、もういい。小学生が良く間違える百選に入りそうだ」

「やだ、教えて。すごく恥ずかしいことだったらやだ。特に下ネタだったらやだ。私、何回も使ったよ、たぶん。どんな意味があるの? ねえ、妹が恥ずかしい思いしていいの?」

「こんなときばっかり妹になるんだな…何回も使って誰も注意しなかったのか。そっちのほうが問題のような」


「ちょっと、あんたら」


じっと我慢していたグラベルだったが、やっぱり辛抱堪らず口を出した。


「いったい、この状況をどう考えているんだよ、ええ?」


ミズキ達に対する尋問は一通り終わって、騎士団長以下全員が部屋から退出した。おそらく現在協議中だ。全てが速やかに進んでいるのは、身分証に王家の証印があることが一番の理由だろう。彼らの対応もより慎重かつ丁寧だったそれはグラベルに対しても同様。グラベルの身分証は、ナハスブータトド南端、アースィジャラン村の証印が押してある。一見しただけで返された。図書館で調べた限りでは、村はまだあったが、全く心配してなかったわけでもない。だが、この手はまだ有効だと、確認できたことは収穫だった。


「なんだ、腹減ったのか? おまえは自由なんだから、帰っていいぞ」

「ちがうっ、っていうか、こうなったら俺だって自由には帰れねえよ」

「なぜ?」

「当たり前だろう」


説明するのもバカバカしい。少し頼まれただけだから俺は関係ありません、身分証と現在の住処はここですとやって、あの場でさっさと帰れば問題なかったかもしれない。騎士団長もそんな雰囲気だった。それをわざわざしばらく一緒に居ました、ほぼ関係者ですとやってしまったのだ。


「身分証の偽造でもバレたのか?」

 

 こいつは、言うに事欠いて。


「アースィジャラン村の身分証なんか偽造するバカは居ねえよ。それを突っつく間抜けも居ねえ」

「どんな権力者が住んでいる村か知らんが、当たらず触らずでは、身分証なんか偽造し放題になるだろ?」

「ちげえよ。証はこの身だ」


言って、グラベルは靴を脱ぎ、足首の紐を解き、まるで袋のようになっている靴下から足を引っこ抜いた。


「ほら」


持ち上げられた足の裏はかなり横幅が広く扁平。そして足指はとても細く長く間には水かきのような薄い膜があった。


「俺たちは流砂の上を歩くことが出来るんだよ。波を被らなきゃ水上も歩ける。が、これがあっても、歩けないヤツも居るし、逆に海を走れるほどのヤツもいる。そこんとこは人間だから、出来不出来あるってことだ」

「へ…え…」


ミズキの瞳が驚愕に見開かれた。グラベルは、誇らしいというより気恥ずかしく、

「潮流と広大な砂丘と月の引力が、長い年月をかけて俺たちを作り変えた。『進化』なんだか『退化』なんだかわからん」


そして足をごそごそと仕舞う。


「それで、砂に埋まる資源を掘っていたんだな」

「そーゆーこと。人力だから、たいした量にはなんねえ。もともとは資源を採るためでなく、あの地で生き残るために必要な能力だろうから」

「上手に泳ぐ事もできるの?」


サユの問いに、グラベルは軽い笑い声をたてて、

「多少はね。でも、水かきがあってもエラがないから、上手に泳げても息が続かない。これはもっぱら歩いたり走ったりする方に活路があると思ってる」


「それがナハスブータトドの奇跡、か。なるほど」

呟くように言うと、ミズキは目を伏せて思いに沈む。


グラベルはまた気恥ずかしさを覚え、取り消すがごとくあわてて言う。

「あんたたちの国じゃそんな風に言われてるんだ? ここじゃフツーのことなのに」


「グラベル」ミズキはその双眸をグラベルにぴしりと合わせ、

「確かに、水かきがあればアースィジャラン村出身の証拠になるだろう。が、現在の村民が持つのはただの名残。進化は遅いが、退化は速い。そんなに立派なものは誰にも見せるな。迂闊が過ぎる」


グラベルから血の気が引いた。


恐れていたことだ。だが、楽観の方が大きかった。せいぜいが水かきをうまく使えなくなった程度かと。


「あんた、アースィジャラン村に行ったことがあるのか? 他の村民に会ったことが?」

「いいや、行ったのは旧図書館。だが、海を歩いて渡る奇跡の人々の話も、伝説の形を破ってなかった。『津波に乗って来た人々は津波に乗って帰っていった』『唯一人残った男がアースィジャラン村に住み着いた』で、今あの村に居るのはその男の子孫だと」

「旧…図書館? 伝説? 帰っていった?」

「千年も経てば事実も神話もごっちゃになる。過去だからこそ、奇跡は伝説になる。現在進行形ならただの事実だ。これは姉貴の受け売り」


ミズキは自嘲気味な笑みを浮かべた。それはグラベルを慄かせるには十分な威力を持っていた。


「あんたいったい何を知ってる? 俺のなにを…」


ミズキは人差し指を唇に当ててグラベルの言葉を止めた。


「カツ丼まだかなあ」


そのタイミングで、サユが声を出した。さきほど「カツ丼なんか出てこない」と言ったその口で。


「食べたいのか?」

「兄ちゃんが思い出させるからいけない。無性に食べたくなった」

「この国にあるとは思えない」

「だよね。串カツでもいいけど。ねえ、グラベルさん」


急に振られたグラベルは、


「食べ物はランカワンマクスラルクと似たようなものだよ、たぶん。魚介が多くなる程度……だと思う」


二人に合わせて、会話を繋ぐ。


「だったら串焼きもいいなあ。この国、魚を串に刺して焼く? 貝は火で炙る?」

「どんなものでも火は通すよ、サユちゃん。泥を吐かせた後に…」


ノックの音に、三人がドアを注視するが、返事をする間もなく開かれた。





◇◇◇◇◇






かりそめの我が家。それでも足が浮き立つ帰路。


「帰っていいっておかしいだろ」


小声で言うグラベルに、


「おかしくない。監視はつける条件だ。俺たちが詰所にいる間に家捜しも済んだんだろ」

「えっ?」

「相当なお人好しだな? 監視なんか、この黒髪を晒した時から付いてるさ。やぶへびにならない程度に調べるだけは調べて、満を持して騎士団長様のご登場。仕上げは家捜し。だから俺たちの国元には使者を出さない。穏便にこの王都から出て行ってもらえばいいんだから」


ミズキ達の王都侵入を許したという崩れた城壁を見て、騎士団長は絶句していた。細い兄妹なら通れる隙間がそこにあった。試しにグラベルがすり抜けようとしたが、無理だった。いつの間に、との騎士団長の問いに、ミズキもサユも「そんなことを私たちが知るはずありません」の応え。この二人に城壁を破壊できる力があるとは誰も思わず、敵襲ならばもっと大きく開けるだろうとも。非常に不自然だが、自然に崩れた可能性が高いとの結論になり、ともかく今から城壁の一斉点検をするとのことで、三人は帰されたのだ。


「でも、ここから出て行かない。俺の用事は済んだけど」


ニイっとミズキが笑い、

「宰相に辿り着くまではね、出て行かない。王宮に忍び込んででも会う」

などと物騒なことを言う。


「あんた、宰相って…」

「だってさ、こんなにウロチョロしたのに。騎士団長様ともお知り合いになれたのに、無駄にしたくないだろ」

「…え?…なにそれ」

「ま、おまえのおかげで済んだから、今度は、おまえの用事を俺が手伝ってやる」

「どうして俺のおかげ?」

「ナハスブータトドの奇跡を調べに来たんだ。だから済んだ」


ミズキは実にあっさりと白状した。


「奇跡って、このこと?」


グラベルは自身の足を指差し、ミズキが頷くのを見ると、


「どうして、そんなこと調べてるんだ?」

「旅には目的が必要だ。特に結論は要らないが、今回は結論が出た」

「……。」

「ところで、おまえ、嘘ついただろ? やっぱ相当なじじいだったな」

「……。」

「二十八歳ねえ。三千と、が前に付く?」

「んな、そんなに昔じゃないぞっ、俺はっ」


にやあとミズキが笑う。


「そんなに昔ではない、ね。どのくらい昔?」

「………。」


 もう腹を括った方が良いだろうか。


誰かを追求したかったわけでもない。罪があったわけでもない。ただ、確かめたかっただけなのだ。選ばれた道が正しかったのか間違っていたのか。それを知るためには数十年では遥かに及ばない。百年でも無理だ。せめて千年は欲しい。


 何の保証も無い、ただの賭けだった。


「カツ丼!」


サユの声にビクっと背筋が伸びた。


「食べたい。お腹すいたー」


城壁の確認に時間を取られた。夕飯でもおかしくない時刻だ。


「そ、そっか、サユちゃん、何が食べたい? どこかに寄っていこっか?」

「魚がいい。貝もいい。カツ丼も食べたい」

「いろいろ食べたいんだねえ」

「じゃ、酒場だな」


あっち、とミズキが指差す。


「俺に異論はないけど、サユちゃんは…」

「行く行く。いかたこえびかに」

「……魚? 貝?」

「なに? グラベルさん」

「いや、いいんだ。海に住んでるから、みんな仲間だ。俺らも仲間!もう、どんと来い」

ヤケになって言い放つ。





◇◇◇◇◇






「あれ、街で噂の異邦人さん達だ。すごい真っ黒な髪だからすぐわかるね。お友達になったんですか?」


グラベルに笑いかける娘の名は『フーちゃん』。


「有名人になってんな」


ミズキに嫌味まじりで言う。


「当り前だ。そうでなきゃ困る」

「…意味が」

「黙ってても、情報が勝手に寄って来るだろ?」

「居酒屋で情報収集なんてじーさんの代でもやってない、集められる情報はクソだと聞いたぞ、ここで」

「ほら、十分じゃないか。それを言ったヤツはどいつ?」

「……どいつって」


見回しても居ない。そんなに毎日自分たちに都合の良い時に居るはずない。


「髭面だった。年は……ええと、うーん」

「年なんか聞いてない。どっちかっていうと特徴もどうでもいい」

「はあ?」

「会いたいんだよ、その男に。算段をしろってことだ」

「あんたさあ……」


がっくり肩を落とすグラベルを横目で見て、

「おねえさーん、カツ丼くださーい」

サユが大声で呼んだ。


「あら、異邦人のお嬢ちゃん、カツ丼ってなに?」


にこにこしながら、素早くフーちゃんが来た。


「これぐらいの器に、ごはんと揚げた肉が一緒に入ってる料理です」

「うーん、似たようなものも無いわねえ」

「おねえさん、この前、このおにいさんと喋ってた髭のおじさん知りませんか?」

グラベルを差しながらサユが言う。


「知ってるというほどじゃないけど、たまに来るよ」

「え、親しそうだったよね?」


急にグラベルが顔をあげて言った。


「やだ、親しくないよ。軽口なんか誰でも叩く。ここはそういう場所でしょ」

「それで、その人って、どのぐらいの頻度でここに来ますか?」


サユはグラベルを無視して話を進める。


「どうしてそんなことを聞くの? お嬢ちゃん」


あはあ、とサユは笑って、

「私、りっぱな髭って見た事がないんです。見てみたいなあと」


フーちゃんは途端に破顔して、

「三日置きぐらいに来るけど、そんなにかっこよくないよ。いい年のおじいさんだし」

「それはそうと、サユ、カツ丼は、さっきの説明では通じないだろ。飯の上に、揚げた肉が乗っていると言わないと。あれでは飯とぶつ切りのカツが混ざっているように聞こえる」


横からミズキが口を挟んだ。


「え? 私の説明がいけないの?」


フーちゃんは笑顔を崩さず、

「だいたいわかりました。揚げた魚を乗せたものはありますよ。卵を乗せるかどうかも選べます」

「それそれ、それくださいっ。卵も乗せて」


元気よく言うサユに、

「ご注文ありがとうございます」

フーちゃんはぺこりと頭を下げ厨房へと伝えに行った。


 フーちゃんの髭面への興味を薄れさせるために、ミズキが口出しをしたのだとグラベルは思った。さすがというべきかもしれない。


「提灯はおまえのせいだったんだな。あれじゃ伝わらない。ヤツが気の毒だ」


じろりとサユを睨むミズキ。


「そんなことない。私はちゃんと言った」

「カツ丼の良さも全く伝わらなかっただろ。肉と飯が混ざったらもう別物だ。カツ丼への冒涜だ」

「混ぜるだなんて言ってない」


ミズキは純粋にカツ丼の良さを説明したかったようだ。さすが、は取り消そうとグラベルは思った。

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