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今更だけど君たち城門通ったの?


「起きろよー」グワンと鍋を叩く。「今日こそは草取りだぞー」


 どうして、俺が毎朝こんなことを?


グラベルがそう思っていたのは三日目までだった。


「サユちゃん、好き嫌いはダメだよ。ほら」


端に避けてあるニンジンをまたパイの中に戻してやる。


「ニンジンなんか食べなくても大丈夫だよ、ニンジンが無い国の人が皆死んじゃったら食べてもいい」


 辛辣なのか言葉を知らないのか。


サユに構っている間に、ミズキが不審な行動。


「ミズキ、起きろ。そこに皿は無い」


テーブルクロスに突き立てられるフォーク。


 この兄妹、どうやって今まで生きてきたのだろうか。


「兄ちゃん、今日は何するの?」


毎朝、妹は兄に訊く。昨日は王都食べ歩きをしていた。一昨日は手織りを見学していた。サユは結構楽しかったらしく、自分も参加し、ミズキはそれを見守って一日が終わった。


「寺院に行く。建造物が見たい」

「ええー。寺なんか行きたくない。私、お留守番でいい」

「ダメだ。不測の事態が今日こそ起きる、予感がする」

「うそばっかり。昨日も一昨日もそう言った」

「いや、今日は本番だ、準備はいいな? サユ」

「にーちゃーん、いかにも打合せ通りですって顔はやめて。何も聞いてないから」


グラベルは、この隙に、皿の隅に追いやられたピーマンとニンジンをまたサユのパイの中に放り込み、ミズキの手元、零れたスープを一拭きする。


「おまえはお母んか」

「なんとでも言え。机の上は綺麗にしておきたいタチなんだよ」

「へえ…。俺、そういう人種よく知ってる。混ざるとマズイんだよな?」


ちらっと流し目。妙に色っぽいが、問題はそこではない。慌てて言い募る。


「人種もなにも几帳面ってヤツだろ。ほら、サユちゃん、中身だけほじらない。見なかった事にして、ぱくっと食べればいい」

「タツキ兄ちゃんは机くっちゃくちゃだよね」


話を逸らしたのに、サユがまた机に話を振る。


「兄貴の仕事は頭の中だけで済むからな」


しかもこんな時ばかり、ちゃんと話が戻る。


「さて、俺は草取りを……」


立ち上がろうとするグラベルのシャツの裾が引かれた。


「おまえもつき合え。それと、出かける時は、貴重品は身につけていろ。大事なものは残すな。今日は特に」

「大事なもんなんかこの体ひとつしかねえよ」

「そうか。じゃ、その体、忘れるな」


ミズキは真顔でそれだけ言うと、グラベルを解放した。


「どこからが冗談?」


切り返しが思いつかなかったので、訊いてみた。


「俺は冗談なんか生まれてこの方言ったことはない」

「なんだ、全部か」


グラベルはやっと安心して、シャツをズボンに突っ込むと、

「草を100本抜くまで待っててくれ」






◇◇◇◇◇






「うわあ、天井たかーい。これだけ高かったら提灯を何個付けても気にならないのにー」


荘厳な礼拝堂にサユの声が響き渡る。幸い人の気配がないので、グラベルはサユを野放しにすることにした。


「三千年前に建てられた割に、全く傷んでない」

「国の象徴だから補修に補修を重ねて、もはや三千年前のものなんかなんも残ってねえよ」


肩を竦めてグラベルは言った。


「ここ、初めてか?」


ミズキの問いに頷いてから、

「入ったのは初めて。外からなら何度でも見た」


「象徴にしては人が居ない。神父とかシスターとか坊主とか居ないわけ?」

「それは……」

「ただの観光物件?」

「いや……」

「案内人も居ないもんな。入場券も売ってなかった」


ミズキは祭壇前まで進んで、場内をぐるりと見回した。


「立派だな、ほんと。なんだろうな、これ。こんなのが国中の至る所にあるんだろ?」

「…らしいな」


グラベルの声は小さく、自分でも聞き取れるかどうか。


「そんなにたくさんの物件をご丁寧に全部補修してるのか。へえ、モノズキだね。誰も使ってないのに」

「使ってないことは、なかった、と思う」

「過去形か」

「見ればわかるだろ?」

「国の象徴が過去形かと訊いてるんだ」


グラベルはステンドグラスの天窓を見上げた。間を持たせるためでもあっただろう。


「物事は思った方向へは転ばなかったんだなあ」


そして誰に聞かせるでもなく呟く。


「夢追う科学者の言葉とは思えないね。そこは転ばせられなかった、だろ?」

「知らねえよ。こんなの俺の思惑じゃねえし」

「肯定するんだ?」

「肯定してねえだろ」

「いや? 夢追う科学者のほう」


 こいつ、やっぱり…。


「ランカワンマクスラルクの大国様がこんな小国相手に何を企む?」

「企んでるのはこんな小国だろう? おまえじゃない。ちなみにランカワン…は関係ない」

「じゃあ、あんたの姉貴が何を企んでるのか教えろよ」

「姉貴が?」


ミズキは腕を組んで、いかにも考えるフリをしているように見える。


「黒幕は姉貴だろ? 兄貴かもしれんが」

「確かに、姉貴以外に黒幕の名が相応しいヤツは居ない。しかし、今、企んでることなど知らん」


サユが走ってくる。それはやっぱり小リスのようで、グラベルには自然と笑みが浮かぶ。


「兄ちゃん、外、兵士だか騎士だかがいっぱい居る」

「そうか」


サユのどこか楽しげな雰囲気にグラベルの眉が寄る。ミズキも落ち着いたもので慌てた様子はない。


「まさか、あんたら、この国とグルだったのか?」


グラベルの問いに、ミズキは手荷物チェックをしつつ、

「あのな。俺たちは異邦人なんだ。グルにはなれない。おまえも巻込まれたいのなら俺たちの仲間の顔をしてればいいが、お勧めはしない」

「どういうことだっ」

「案内を頼まれたとでも言え。サユ、身分証」

「あ、取って来てくれたんだ。ありがと……って、礼なんか言わないよ。当然じゃない」

「ミズキ、サユちゃんどうするんだ? このままじゃ連行される」


ミズキは、ゆっくりとグラベルの両肩に両手を置いた。


「あのさ、おまえの頭の中、俺たちが捕まる想定しかしてないのはなぜ?」

「違うのか?」

「違わないが」


グラベルはもんどり打って倒れそうになった。


「こんな時に、なに冗談を…」

「だからさ、俺たちが何をしたと思ってる? 何もしてないだろう」

「じゃ、どうして兵士が来るんだ、おかしいじゃねえか」

「おかしくても、おまえは口を挟まないほうがいい」

「………。」


黙る以外に、グラベルは何もできない。


礼拝堂の扉は両開きで、ドラゴンでも通れるほどの大きさだ。その扉がゆっくりと陽の光を伴って開かれた。


「話を伺いたい。よろしいか?」


歩みよる騎士は、丁寧な物腰と丁寧な物言いだった。続く騎士の一団も足音静かに近づいて来る。


「はい。お手数をおかけします」


ミズキは騎士ににこりと微笑んだ。


「身分証を見せてもらえないか?」


騎士の催促に、ミズキとサユ、二人ともがおとなしく身分証を差し出す。


騎士はそれに目を通すと、

「さて、詳しい事情は詰所で伺おう」


ミズキはそれにも素直に頷いた。


「ちょ、ちょっと、待ってくれ。その二人がいったい何をしたって言うんだ?」


グラベルが堪らず口を出した。出すなと言われても、そこはやっぱり情が勝つ。こんなわけわからんヤツでも庇いたい。


「不法入国だ。この二人は申請されていない」


 え?


「貴殿は知らなかったようだな、その顔では」


騎士の気の毒そうな顔に、グラベルは頷く事も首を振る事もできずに固まったまま。


「申し訳ありません」と謝ったのはミズキ。


「妹が縁談を嫌って家出しまして」サユを見遣って、

「追いかけて、追いついたまでは良かったのですが、私も世間知らずの身で、すっかり道に迷い、気づいたらこの街に。親元へ知らせば連れ戻される。このお国に届ければまた同様。もうどうしたら良いのやらで、いけないとは思いつつ、そのまま……」


心細げに目を伏せる。


「そういう理由か。あいわかった。しかし娘子、よくもまあこんなに遠くまで家出などしたものだ」


サユはぺこりと頭を下げ、

「ごめんなさい。相手の人がとてもしつこくて、少しでも遠くとそればかり思って」


 ミズキ、女優? いや、役者? 実は旅芸人? サユ、アドリブ? 打合せはなかったよな。いや、そんな素振りもなかったし、確認もなかったし。兄貴はどうしたんだ。姉貴は? というか、不法入国って?


「あの、騎士さん、身分証もあるんだし、手続きすれば、すぐに解放してくれるんだよな?」


グラベルは混乱しながらも、押さえるところは押さえねばと思った。


「貴殿は王都の者ではないな。辺境の地からならば無知なのも致し方ないが、我国は現在、異邦人の滞在は特別な許可が要る。この身なりで王都へどうやって入ったかも聞かねばならんのでな」

 

 「え?」


そういや、サユはここに来たときに身分証を持ってなかった。さっきミズキから渡されたばかり。


 おまえら、ほんと、どうやって入った? 俺が聞きたいよ、それ。





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