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普通におさんどん



「起きろよー。飯、出来たぞー」


寝起きの悪い兄の耳元で鍋をぶっ叩いて起こす。妹はきちんと起きている。起きているだけで役に立たない。兄を起こそうともしないから。


「ってーなあ。もう少し優しく起こせ」


不機嫌満載だ。ここで身を引かないと、鍋を奪われて反撃に遭う。


「さっさと来いよ。先に食ってるからな」


逃げるように階段を下りた。

ミズキの足音がのったりくったり付いてくる。


「男のくせに、テイケツアツなんだから」


スープを飲みつつ、澄まして言うサユ。それが何かわからないが、寝坊の意味ぐらいに捉えてグラベルも食卓に着いた。


「今日は予定がたくさんなんだぞ。まず、草取りだ。風呂も使えるようにしなきゃいけないし、井戸も調べなきゃ」


のそーっと席に着いたミズキが、ぼんやりとグラベルを見、


「…おまえはお母んか。家事に予定なんか立てなくていい。サユ、おまえは一度図書館に行っておけ」

「身分証、要る?」


サユは言いつつ、じと目で兄を睨んでいる。


「閲覧するだけなら要らない…そうか、持って来なかったか」

「誰のせいだ、誰の! 着替えさえ無いんだよ。取りに帰ってもいい?」

「ダメだ。行くなら俺が行く。おまえは要領が悪い」

「……いいよね。ミズキ兄ちゃんは移動が楽で」

「そういう意味じゃない。兄貴に掴まったらおまえじゃ説明できないだろ。とにかく今日は図書館だ」


サユは諦めたように一つ息を吐く。


「そこで何を見ればいいの?」

「漠然と見学して来い」

「……兄ちゃん」


困惑しているサユを見かねて、

「なんつー指示だよ、それ。この国の歴史と成り立ちだったか? あんたがこの前見てたの」


しぶしぶミズキは頷く。


 なぜ渋々なんだ。


「ミズキの兄貴って? もう一人兄さんがこの国に居るのか? サユちゃん、そこから来たのか? 着替えぐらい取りに行けばいいだろ? 俺が送ってくからさ」


「それは無理だ」ミズキは一言で切り捨て、

「おまえは今日は俺と一緒。サユ、後で思ったことを聞かせてくれ。ああ、この国の地図は見て頭に叩き込んでおけよ」

「地図ったって、山野図しかないぞ」


グラベルも地図を見て、落胆したのは昨日ことだった。王都の道は単純で、どこでも時計台が見えるようになっている。だから迷うこともないのだが。


「それでいいんだよ、山にぶつからないようにしないとな」


ミズキはどうでも良さげにいって、皿に乗った果物を一つ口に放り込む。


 意味わかんねえ。


わからない時は黙るに限る。


「私、地理、苦手」


ぼそっとサユが言う。


「歴史もダメだったろ? でも、生死をかけた知識なら話は違ってくるものだ」

 

 二人の会話がぼんやりとグラベルの背景になっていく。


 歴史、地理、そんな授業も昔にあったなあと。ランカワンマクスラルクには今もあるのだろうか。国として衰退の一途を辿っていたナハスブータトドは最初に教育が切られた。一番最後まで残さなきゃいけないものを一番最初に切ったのだ。


 ナハスブータトドは、細々とした貿易で分相応に過ごす国民が大半の、小さな国だ。国土の半分が砂に覆われ、しかもその砂の国土は数時間後には海底に沈む。全ては妖艶に輝く月のせい。沈む場には街も作れず、資源も掘り起こせなかった。ところがある時、新型の掘削機がそれを可能にした。海流の変化が起きるほど、どこもかしこも穴だらけになったが、財を手に入れた国は活気に湧いた。人も金も物資もこんな小さな国に満ち溢れていた。息苦しいほどの飽和だった。


 だから揺り返しも酷かった。この国の潮の満ち干きのように。


「おい、出かけるぞ。いつまで飯食ってるんだ」

「え、どこに?」


過去の残像と草取りの段取りしか、今のグラベルの頭には無い。


「街だ、街。王宮も見たいし、旧図書館も見たい」


この国の生活に慣れたいのかと、グラベルは微笑しかけた。意外と真面目な男なのか、と。


「あと、仕事も探す」


これにはサユが反応した。


「働くの? 兄ちゃんが? 無理だよ」


バッサリ言うサユに、グラベルも賛成の瞳を向ける。働くことが無理ではなく、人に使われる事が無理だと思う。


「金が欲しくて働くわけじゃない。社会を知るには働くのが一番近道だろ。できれば真っ当じゃないところがいい。色街の用心棒とか」


 それはシャレにならないからやめておけ。


グラベルは心で言うだけにした。


「兄ちゃんが娼婦に見られないように気をつけなきゃね、っていたーい」


グラベルの心を代弁したサユにごちんとゲンコツを落とすミズキ。


「俺はそういう冗談が嫌いだと知ってるだろ」

「じゃあ、私も用心棒やる」


手を挙げて晴れやかに言うサユにまたごちんと鉄拳が落ちる。懲りない妹である。


「兄貴はまだしも、姉貴に知られたら俺がヤバいだろうが」


姉も居るのか。またもやの新情報。この姉が一番の権力者、こいつらの胴元だとグラベルは見当をつけた。古いとは言え、王都に庭付き一軒屋を借り、働かずとも不自由のない生活を送れるのだ。予測として、この姉が大国の王家に嫁ぎ、活動資金を出している、と。何の為かは追々探る。探って身の危険を感じれば逃げれば良いし、得になるのなら黙って享受すれば良い。兎にも角にも様子を見なくては。






◇◇◇◇◇







「随分整備されてるよな。まっすぐだ、この道」


ミズキが視線を走らせている。


「金があったんだろ」


その時だけ。


「街並も揃ってる。軒先が一直線だ」


そして、とミズキが屈み、「この下に水路もある。が、これは使ってない。使うつもり…いや、使っていたんだな」


グラベルは怯んだ。


「なぜわかる?」


「なぜって」ミズキは立ち上がりながら不敵に笑い、「そうだなあ。この王都には袋小路がない。単純と言えば単純なんだが、水路は街路に沿わせるのが効率的かと」

「はぐらかすな。あんた図書館でも似たようなこと言ってた」


だからこのミズキという男に興味と畏怖が湧いた。


「怖い顔するなよ。攻め込まれたら一発アウトの直線街路を王都に採用した理由を考えただけだ。推理ってやつ」

「それで俺が納得すると思うか?」

「じゃ、こう言えば満足か? 俺はこの石畳の下を透視できる、特殊な魔法を使ったんだと」


はん、とグラベルは鼻息を荒くし、

「ほら、またはぐらかす。あんたは知識として知っている。この下に何があり、この国が伏せたい歴史も全部ココにあるってことを」

地面を指差し言った。


ミズキは、グラベルとは対照的にゆったりと微笑むと、

「安心した。そこで魔法を信じたら、おまえとはここで縁を切るつもりだった」

 

 なんという勝手な男だろう。


腹立ち紛れに、けしかける。


「魔法ってのは、信じるものじゃない。自らの手で造り出すものだ。そして造り出したのなら、それはもう魔法とは呼ばない。科学だ」


ミズキは途端に声を立てて笑い出し、

「それはいい。夢追う科学者だ」


グラベルの心をひやりと触る言葉だった。


 今度こそ間違いなくひっかかったのか? 俺は。


「じゃ、金物屋に行こうか。バケツが欲しいとサユが言ってたから」

「話が繋がってない。水路はどうした、水路は!」


苛々しつつ、グラベルは話を戻そうとした。ひっかかりついでだ。


「だって井戸が直ってもバケツがなきゃ始まらないし」

「それはもっともだ。が、だから、水路はどうした?」

「ま、バケツの方が俺には大事ってことだ」


そうして歩き出す柳腰を、グラベルはやはり黙って追うことしかできなかった。





◇◇◇◇◇






「兄ちゃん、私も頭をぐるぐる布で巻きたい」


家に戻って早々にサユが泣き言を漏らした。目の下になぜかクマもある。たった一日でこのやつれよう。


「サユちゃん、女の人はそれはしない。男の人も最近は殆どしない。帽子かフードだよ」

「最近、ねえ」


ミズキの茶々に、内心冷や汗をかきながら、

「何があったんだい?」

ミズキには素知らぬ顔で、サユには優しくグラベルは尋ねた。


「この真っ黒の髪が目立つらしくて、いろんな人に話しかけられた。地図どころの騒ぎじゃない」

「え、そう? ミズキも真っ黒だけど図書館で話しかけられてないよな?」


心底不思議という顔を晒したグラベルに、

「男の人と一緒の女の人には、フツー話しかけないよっ。兄ちゃんはグラベルさんと一緒だから無事だったんだよ。女だって思われてもねっ」


言ったサユではなく、グラベルの頭にゲンコツが落ちた。


「いってー、なんだよ、俺のせいかよ、女に見えるのはあんたのせいで俺のせいじゃ、っててて」


そしてまた落ちた。懲りない男である。



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