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ナハスブータトド







乾いた大地に容赦なく照りつける太陽。それが懐かしくも感じる男ではあったが、


「うへー、ぺっぺっぺ」


吐いても吐いても不快なザラつきは無くならない。


「かはっ、ちくしょう。運が悪い。なにも、かはっは、こんな時に…」


ようよう立ち上がると、頭に巻いた布を解き、それで全身を払った。


「砂嵐なんて計算してねえ。死ぬとこだった…」


手鼻をかんで、鼻の砂を交互に出すと、そこでやっと人心地がつき、大きく深呼吸を繰り返した。


「いいや、運はいい。俺は賭けに勝ったんだから。勝ったんだっ、俺は勝者、勝者だーーーーっ」


男は両手を太陽へと突き出し、雄叫びをあげた。






◇◇◇◇◇







「あ、おねーさん、『知文』ある?」


トレーを片手の娘は、男の問いに首を傾げるのみ。

男は慌てて言葉を足す。


「え、えとさ、その、最近起きたことが紙に書いてあって、一部いくらで売ってるやつ」


娘は人懐こそうな瞳をきょろっと向け、「おにいさん、異邦人? そうは見えないけど」


男の肌は褐色で、毛髪は色素の抜けた薄い紅色だ。このような容姿はここナハスブータトドでは珍しくもない。この国の民の毛髪は、生まれた当初は鮮やかな色彩だが、成長するにつれ、薄灰色、薄茶色、薄紅色等になり、やがて真っ白になる。だから男は、ごく標準的なナハスブータトド人だと言える。


「出身はここだよ。長いこと旅をしてて、最近帰ってきたんでね、流行に遅れちゃってんだ」

「ふーん、まあ、いいけど。最近のことを知りたいのなら、王立図書館に掲示されてるから見に行けば? もっと詳しく知りたいのなら、受付の文官に言うと資料を見せてくれるよ」

「やっぱ、紙は貴重品なのか?」


娘は怪訝な顔をし、「ぜんぜん」と首を振った。


「じゃ、なんで『知文』がないの?」

「なんでって…それなに?」

「え…あ、そう。ないのか。じゃあ、新しい情報はどうやって入る? 紙以外でどうやって伝えるんだ? みんないちいち図書館まで行くのか?」

「うーんと、行く人と行かない人が居て、もうすぐすると宰相さまが、図書館のをもっと大きくしてくれるから行かなくても見えるようになるって…どうやってと言われると説明できない」


困った、と娘は辺りを見回した。


「おい、にいちゃん。あんた王都は初めてかい?」


そんな娘に助力するためだろう、店の奥に居た髭面の男性が、質問攻めする男へと声をかけた。


「いや、初めてじゃ…、うん、まあ、似たようなもんだ。以前ここに居た時は仕事ばかりで、外を出歩かなかったから」

「そうか。ああ、フーちゃん、俺、水割り、もう一つ頼むわ」


そう言って髭面の男は、さりげなく娘をカウンターへ追いやり、自分は男の横の椅子に陣取った。


「あんた、他国のスパイかなんかか?」


ニヤリと笑いながら問われ、男はいくぶんか気分を害した様子で、


「俺はこの国の者だ。見りゃわかるだろ、この白髪」と自分の髪を引っぱり、「世間に疎いのは、ついさっき戻ったからだ。スパイじゃねえよ。証明なんかできないけどな」

「ついさっき、ねえ」


髭面は、まあいいか、と息を吐いて、


「俺だっておまえさんがスパイだなんて思ってねえ。居酒屋で集められる情報なんかクソみてえなもんだ。俺のじーさんの代ですらやってなかっただろうよ。ま、悪いことは言わねえ。この国の最近のことが知りたきゃ、フーちゃんに言われた通り、素直に図書館に行きゃいい。百聞は一見にしかずだぞ」


男はバツが悪そうに頭を掻き、

「そうだな。すまん。焦ってたようだ。図書館は、王宮の隣だったな…」

「それは旧館だ。あそこはめったなことじゃ入れてくんないぞ。新館は、この店出たら、真正面を見上げてみな。でかい時計のついたヤツがそれだ」

「…そうか。ありがと。世話になった」


立ち上がる男に、

「世話ついでに言っとくが、今日はもう中には入れねえ。情報板は外にあるから見えるけどよ」

髭面は親切ごかしに言った。


「重ね重ね悪いな」

男は、肩を竦めて、『フーちゃん』に自分のお代+髭面のお代+フーちゃん迷惑料を渡し、もう一度髭面に軽く目礼してから店を出た。そこで目線をあげれば、言われた通り、時計台を擁した建物はすぐに見えた。


「まるで、学校みてえ」


歩きながら男は思わず呟いていた。歩いても歩いてもなかなかたどり着かないところなんかも学校みたいだ。すぐに見えたわりに、意外に遠い。


「へえ、奇遇。俺もそう思った」


後ろからの声に、男はびくりと肩を揺らしたが、振り向く衝動には必死に抗った。さっきの髭面の男なら良い。でもこの声音は初めて聞く。


「始業は鐘が鳴る? 違う?」


なおも話しかけられるが、男は足を止めなかった。


「もしかして、『給食』もあった? 俺は、豆が苦手で、つまんで窓から放ってた。鳥が食ってくれるんじゃないかと期待して」


なおもかかる声に男は早足となり、


「ガキは浅はかだから…って、……待てよ」


とうとう駆け出していた。


「待てってば」


ぴたりと止まった。いや、止めさせられた。今まで後ろから聞こえていた声が目の前から聞こえたからだ。そこには目深に被ったフード、全身を覆い隠す生成りのマントが見えた。砂地が多いこの国ではいたって普通の身なり。一見して異常さは見受けられないが、男は用心深く身構える。


「警戒するな。俺は敵じゃないぞ、たぶん」


たぶんってなんだ?と男が不審がっていると、不審な声の主は、警戒を解く為にか、フードをあげ、マントを外す。

晒されたその全身に男は驚き、声をあげた。


「お、女?」


途端に、男の頭はスコーンとハタかれていた。


「どこに目をつけてる」


不審者は、因縁をつける与太者のようにばんばんと男の胸を叩くが、態度とは裏腹に、その姿は、出る所も引っ込む所もない。やはり細くしなやかで女性的だった。白面に濡れ羽色の髪、切れ長の黒い瞳。引き結んだ唇は薄桃色。顔は女性とは言い難いが、男性と言い切っていいものかどうか。


男は小首を傾げ、「……女じゃねえの?」


否定のスコーン再び。


「図書館に行くだろう?」


男女の別はあっさり流して不審者の話題が他へと移った。拍子抜けに、


「あんた、さっきの居酒屋に居たんだな? 俺は怪しいもんじゃないし、スパイでもなんでもねえって」


相手の不審はひとまず置いて、まずは己の身の潔白からと男は申し開く。


「いや、そんなことはどうでもいい。ついでだから俺も一緒に行こうと思っただけだ」

「そりゃ何のついでだ?」


よくわからないまま男は質問をしてみた。


「見ればわかるだろ。俺こそ異邦人だ」

「威張って言う事か?……俺も詳しくないぞ」

「いいや、俺より詳しいはず」

「それにしたって、さっきの居酒屋にいたのなら、あの髭面の親父に訊いたほうが良いってわかりそうなもんだ。なんでわざわざ俺なんだ?」


怪しいと思いつつも男は目の前の人物に興味もあった。時計台の建物を学校だと同調したのだ。だからつい突っ込んだ。


「ああ、何かを知ってて隠してるから、わざわざおまえだ」


男の顔がぴしっと強ばる。やっぱり関わったらイカン奴だったかもしれない、と。


「おかしな言いがかりをするな。もし、俺が何かを隠しているのだとしても、あんたになんの関係もねえ」

「もちろんだ。関係はない。俺はほんの少しのことを知りたいだけ」


男はつき合いきれないと背を向けた。やっぱりマズイ奴だ。


「あれ、行かないの? 図書館」

「どうせ入れないんだろ。日も暮れたし。俺は宿に戻る」

「へー、宿取ってるんだ? じゃ、俺もそこに泊まろう」

「ずうずうしいヤツだな。宿ぐらい自分で探せ」

「空いてなきゃ他のトコ行くよ」


しつこい。これはますますマズイ。


「……どうしても付いて来る気か」

「どうしてもってほどじゃない。放っておこうかと思ったんだが」不審な異邦人は、しばらく言い淀んだ後、「換金所で気になったんだ。こいつは危ないってさ」


 そこから付いて来たのか。金目当てだと自ら暴露したようなものだ。


「他当たれよ。俺は金持ちじゃねえ」

「それは知ってる。金持ちはあんなやり方しない」

「…っ、どういう」

「でも、そうは思わない輩もいる。とりあえず、走ろうか」


腕を掴まれ走らされる。その手はやっぱり細くたおやかだったが、予想外に力強く、こいつは男に違いないと、ようやく納得したのだった。


 そんな場合じゃないっていうに、と心で突っ込みながら。






◇◇◇◇◇







「で?」


男は、早速とばかりに荷解きを始めた異邦人に胡乱な目を向けた。


「なに?」


彼は手を止めずに応えている。頭陀袋からは、その袋に似合わない上等な布地の服が取り出されていた。よく見れば、着ている服も上等だ。


「俺の何が目的? 結局あやしいヤツなんか現れなかった。あんたはまんまと俺と同部屋だ。疑うのが普通だろ?」


異邦人は、はっは、と軽い笑い声を立てて、

「もし怪しいヤツが現れて、俺が助けたとしても、俺がひと芝居打ったと疑うだろう? どっちみちおまえは俺を信用なんかしないから。でも、とりあえず自己紹介しとく」


異邦人はその黒い瞳をまっすぐに男に向け、

「俺はミズキ。国は…長い、めんどくさい。ほら、これ見ろ」


男のベッドに身分証が放られた。


そこには、ランカワンマクスラルクの王家の証印。


「…王族?」


男の声がひっくり返る。


「違う。みんな似たような反応するんだな。どこの国の誰の印鑑とか、すぐにわかるほうが不思議だ」

「そりゃ、これはわかる。大国だ。寄らば大樹の陰ってんで、この国もランカワンマクスラルク語だろが? 話してて気づかなかったのかよ?」


「言語ね…」ミズキは片眉をあげて、


「ところでおまえの名前を聞いてないけど、俺はこれからどう呼べばいい?」


呼ぶ? これから付き合う気なんかないのに? とは思ったが、いつまでも『おまえ』呼ばわりされても腹がたつので、


「俺の名はグラベル、グラベル ハン マヨルージャ」


しぶしぶ答えた。


「年は?」

「二十八だ。あんたは?」

「二十一」

「随分下だな。言葉遣いに気をつけろよ」

「嘘だろ? 二十八って」

「嘘なもんか。来月で二十九だ。よく若く見られる」


ミズキは鼻で笑って、「嘘だ。もっと上だ。じじいクラス」


グラベルが顔を顰める。年上とわかってもこの態度か。


「嘘じゃねえ。髪を見りゃわかるだろうが、そんなに白くねえし」


この国では髪の白さがすなわち年齢。しかし、ミズキはまたも鼻で笑う。


「世界言語統一は三十年前。多少の方言は残っているがどの国もみな同じ言語だ。旅に出ていたのなら尚の事わかるはずのものだが? しかも、二十八なら、統一後の生まれだよな?」


グラベルが息を呑んだ。その顔を堪能して、満足げにミズキは続ける。


「ま、明日図書館に行くまで、おまえは何も喋らないほうがいいってことだ。さっさと寝ろ」


そうしてまた素知らぬ風体でミズキは荷解きを始めた。





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