目覚め
《登場人物》
安田 将吾 大学生 20歳
鬼頭 美津音
河内 源 刑事 59歳
木村 賢介 刑事 24歳
安田 恵理
― 集中治療室 ―
河内と恵理はやっとの思いで、病室にたどり着き、将吾の安否を確認しに、病室では、医者や看護師達が集まっているのが分かる。
「先生!」
恵理は急いで走り、担当医の先生に近づいた。
「ああ、将吾君のお母さん」
「将吾は!? 将吾は!?」
医者は、必死な母親の視線を少し外しながら、答える。
「ご安心ください。彼は大丈夫です」
「本当ですか? 良かった!」
「ですが、実を言うと不思議なことが起こりまして……とにかく中に入っていただいて、見ていただきたいのですが」
「は、はぁ」
恵理は医者に言われて、恐る恐る病室に入った。
将吾が寝ているベッドに目をやると、そこには、今まで目をつぶり寝ていた将吾が目を開けて、呼吸をしている。
「将吾!?」
背後から医者の声が聞こえる。
「まさか、こんな事が起きるとは……。我々が緊急蘇生を行った後で、目を覚まされたらしくてですね」
「将吾!!」
ここは? どこなんだろう?
恵理はベッドに近づいて将吾の元気な姿である事を、確認して、思わず涙をこぼす。
将吾自身、何が起きたのか理解できなかった。疲れのせいか、ずっと寝ていたせいなのか、そんな事は、将吾にとって単なる疲労でしか感じ取れなかった。今は喋る気力もない。
担当医の先生が恵理を落ち着かせる。
「まぁまぁ、落ち着いてください。助かったんですからね」
河内は、2人の親子の姿に、内心温かい空気と安堵を感じていた。
― 1週間後 ―
河内と木村の2名の刑事は、隣の青山市の捜査員、数名を連れて、ある場所に来ていた。あの数字の本当の意味を知り、調べて向かった場所である。
幸い黒光市と隣の青山市の近辺で、《4696》という数字は、1つしかなかった。いや、1台しかなかった。
河内が先導し、その場所へと歩いていく。
「ここがそうですか?」
と木村の声が河内の耳を通り抜けた。
「ああ、そうらしい。ここだろうな所有者の家は。行くぞ」
数名の部下を従えて、河内たちは家の玄関に立つ。表札には《伊藤》と表示されている。インターホンを押して、相手が反応するのを刑事達は待った。
『はい?』
反応したことが分かり、河内は笑顔で返す。
「あの~すいません。我々、警察の者ですが。お時間ちょっと宜しいですか?」
『はぁ。ちょっと待ってくださいね』
呼び声は切れて、赤くなっていた反応部分が黒へと変わっていく。
インターホンの隣で黒のドアが開いて、1人の若そうないかにも今時な女性が出た。
女性は怪訝そうに、河内達の表情を見つめながら訊く。
『なんですか?』
警察手帳を軽く見せた後で、単刀直入で話に入る。
「すいませんね。お忙しいところ。ちょっと最近起きた、ひき逃げ事件について協力を今、他の家などでもあたっているんですがね。《4696》の車、ご存知ないですか?」
河内の話している内容に女性は、少々嫌な顔をしながら答えた。
「さぁ、知りませんね」
「そうですか。ガレージの車を見せていただいても宜しいですか?」
「え……ええ。どうぞ」
女性はそう答えたが、刑事達のとっては、内心何か焦っていると感じとった。
「では、失礼しますね。ガレージだそうだ」
河内を置いて、他の刑事はガレージへと向かう。1対1、河内は女性に心配をかけない様に話す。
「ああ、ご安心ください。今から写真とナンバープレートを撮るので、持ち主はあなたですか?」
刑事の質問に女性は、口を出さないまま首を横に振った。
否定。
「なるほど、あなたじゃないと。そうですか……おかしいですねぇ」
「?」
河内は、1枚の紙を取り出して、彼女に見せた。
「ここで嘘つくのは良くないですよ。このリスト見ていただければ分かるんですけどね。このナンバープレートと車種と所有者の持ち主のリストがあるんですよ。《4696》のナンバープレートは、1台だけでした」
女性は河内の言葉を聞いて、反論する。
「ちょっと待ってください! 待って。それは他の市にもその車があるかもしれないじゃない!!」
河内は女性の言葉を否定する。
「いえ、あの交差点から半径20Km圏内で自動車の所有リストを一から調べあげましたが、《4696》のナンバープレートがあるのは、あなただけなんですよ。リスト見ますか?」
女性は視線を河内からそらす。
河内は、やっとの思いで犯人を追い詰めた。
「やっとでした。あの交差点、実は、黒光市と隣の青山市の市境になっていたんですね。どうりで黒光市の車のリストを調べても出ないわけですよ。まさか、その車が青山市に住んでいる方の車だったとはね」 ガレージで調べていた木村が走ってこっちに向かってくる。
何かを掴んだか?
「河内さん。ビンゴです! この車ですね。ボンネットと前ライトの部分に修復痕がありました。あと、血痕を洗い流した部分もあります。これは限りなく……」
「ああ、そうだな」
女性の額から微量の汗が見えた。彼女は沈黙を通しているが、もうすぐ崩れるだろうと感じていた。
その後は警察署に戻って彼女から話を聞いてからになる。
「伊藤 美沙希さんですね」
周りの場は沈黙し、夏場なのに冷たい空気を感じる。河内は女性に一言告げた。
「ちょっと署までご同行願えますか?」
― 3週間後 ―
将吾は、ずっとベッドの上で、起きている。
あれからというもの全く眠れなかった。
不眠症である。
それにしても寝過ぎたという事もあってずっとベッドの上は退屈だったが、そんな中で大きく俺の周りで変化があったらしい。
時たま、ひき逃げの事件を追っていた河内という刑事が報告に来てくれたり、お菓子を持ってきたりと見舞いに来てくれる。
とうとうひき逃げの犯人を捕まえる事ができたらしい。どうやら俺がヒントを与えていたらしくて、それが逮捕のきっかけとなるナンバープレートと一致していたそうだ。
犯人は若い女性。
写真を見て、どこか夢で見ていた女性と似ているところがあったが、その女性とも俺との面識は全くなかった。
全く無関係である。
夢の中で起きた事も夢の中で出会った女性の顔は覚えていても、実質、彼女の名前なんて覚えていなかった。顔写真を見た時、どこかで見たような顔だったが、覚えていないし、思い出す事もできていない。
正直、自分自身に何があったのか、全く覚えていない。なんだったんだろう?
あの黒い光もなんだったのかよく分からなかった。陽が眩しい。
すると自分が手で太陽の光を遮ろうとしているのが見えたのか、1人の女性が言った。
「将吾、眩しいの? カーテン、閉めるわね」
うっすらベージュ色が混ざったカーテンで、女性は窓を覆う。この女性の声も夢で聞いた記憶があったが、よく覚えていない。
嫌な夢。
何故、自分の体をナイフで刺して死ぬ夢を見ないといけないのか。本当に怖かった。
孤独な状態だった気がする。そして死に直面していたらしい。医師の先生が言うにはそうだったが確かなんだろう。勿論、夢の中では、本当に死ぬのではなかろうかという思いでもあった。
でも、もう過ぎた事。今は、少し休んでいよう。
そういえば、最近、頻繁に思うことがある。
それはだいぶ前に起きた事も、自分の身に何が起きたのかも全く分からず、何故、病室で入院着を着て、横になって寝ている事。目覚めてからまだ、誰に対しても一言も発していない悩みだった。
目と首で反応している。
いま将吾の病室の前に女性がいる。思い切って将吾は、声をかけてみた。
「あの~。すいません」
恵理は、将吾の声に反応して、微笑みながら返した。
「何? 将吾?」
彼は少し、沈黙を通した後で、自分のタイミングで一言告げた。
《僕は誰なんでしょうか?》
END
月一投稿孤独都市でございました。
いかがでしたでしょうか? 約1年と4ヶ月ぐらいかな。ここまで読んでいただきありがとうございました。 最初の辺り、こういうパニックものも書いていけたらなと思って書いていった物でした。
拙い文章、幼稚さあふれる表現で、読者の皆様にご迷惑をおかけしましたことお詫び申し上げます。すいませんでした。
本当に読んでいただきありがとうございました。
いや~長かったですね。 完結できましたこと。読んでいただいた事、そして何より応援してくださった方々に心ながら感謝とお礼の言葉をさせていただきます。
本当にありがとうございました。