6月3日 中央病院
《登場人物》
安田 将吾 大学生 20歳
鬼頭 美津音
河内 源 刑事 59歳
木村 賢介 刑事 24歳
安田 恵理
――― 6月3日 黒光市 中央病院 ―――
河内は、恵里に言われた病院に来ていた。その間に木村を電話で呼び、病院の待合室で待っていた。
最近は、待合室の喫煙スペースがない事に気付き、ヘビースモーカーの河内にとってキツいものであり、20年前の喫煙万歳時代を経験してきた懐かしさと悲しみを感じていた。
「すいませ~ん! お待たせしました」
木村が早足で河内に近づいてきた。
「ったく! おせぇんだよ。何やってんだよ」
「すいません。ちょっと野暮用が掛かってしまいました」
「もう、そろそろ来る」
そうしている間に一人の女性が河内に近づき、二人に会釈した。
「こんにちは。お待ちしてました。そちらの方は?」
「申し遅れました。津町署の木村です」
木村は、警察手帳を恵理に見せた。
「では、こちらです」
恵理は二人の先頭に立ち、ひき逃げ事件の被害者が眠っている病室へと案内していく。二人は一人の女性の後ろをついて歩く。
「あの? 今からどこへ向かうんでしょうか?」
「息子に会ってもらいたいんです」
「えっ!? でも失礼ですが、あなたの息子さんは、まだ意識が戻られてはいないですよね?」と木村は、恵理の顔をうかがいながら訊いたが、恵理の耳には木村の声は届いておらず、そのままエレベーターに乗り込んだ。
四辺の鉄箱に入って移動する間、沈黙が押し寄せている。
河内にとって刑事人生の約2、30年の中でも今日が一番、妙な気分だった。
エレベーターは停まり、再び、三人は歩き出す。恵理はあるところで立ち止まった。
《安田 将吾》
「こちらです」
恵理は指で示して中に入った。
そこには、一人の若い男性が呼吸器をつけて寝ている。
「これは……」
河内は寝ている男性の顔を見ていた。恵理は河内に若い男性について言った。
「息子の将吾です」
将吾は病室のベッドで呼吸器をつけたままベッドで眠っている。
恵理は将吾の容態について二人に言った。
「今も意識は戻っていません。ですが……」
「?」
「右手を見てもらえますか」
河内は恵理に言われるがまま、将吾のもとにゆっくりと近づいた。
将吾は、ベッドの上で呼吸器を経由して息を吸ったり、吐いたりしている。将吾の顔から次は右手の方に目線を当てる。
右の五本指がゆっくりとキーボードを押すように一本ずつ動いている。
「これは……彼の意識は今も?」
恵理は首を縦に降った。
「ええ、戻ってません」
「そうですか……」
木村は河内に近づき言う。
「やはりここに来るのはまだ……」
「いや、待ってくれ」
河内はもう一度、将吾の右手を見る。
親指で4回。
人差し指で6回。
中指で9回。
薬指で6回。
「ずっと、これの繰り返しだな?」
河内は、指の動きをそれぞれ見ていた。
「えっ? どうしました。源さん?」
木村は河内の一連の行動をずっと見ている。
河内はスーツの胸ポケットから手帳を取り出して、将吾の指の行動を記した。
「何か、わかりましたか?」
恵理は河内に訊いたが、訊かれた本人の答えは、一言。
「いえ、なんでもないことですよ」
「そうですか……」
河内は、手帳を胸ポケットにしまい、恵理に言った。
「もし何かありましたら、また、私の方にご連絡をください」
「……分かりました」
「我々は、これで失礼します。木村、行くぞ」
河内は一礼し、病室をあとにする。
「えっ!? あ、ハイ」
木村も恵理に一礼して、病室を後にした河内を追いかけていく。
河内の後ろ姿を追いかけた。
「源さーん! 待ってくださいよ! どうしたんですか、一体?」
河内は木村の顔を見ながら一言いった。
「考えてみろ。意識がないのに、指なんて動かすのか?」
「あ~あれは多分、無意識にやってるだけですよ~」
木村は、軽く笑みをこぼして河内に言ったが、その顔にも見向きもせず、さっきよりも表情は厳しい。
「そうか~? 俺にはそう思えなくてな。それにしきりに同じ指で同じ回数のリズムをとっていたし、まぁ、いい。とにかく署へ戻ろう」
そう言って、河内はエレベーターのボタンを押した。
第10話です。
今回も河内さんが活躍しますね。
話は続きます。
いつも読んでいただきありがとうございます。
これからも更新できるようにやっていきますのでよろしくお願いします。