表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/47

拾われ伯爵



「――!――、――――!!」


少年の右腕が振り上げられる。その手に握られている物を見て、アリシアは恐怖に震えた。組み敷かれた時の、固く冷たい床の感触。髪の毛を掴まれた痛み。


「――――――!!」


少年がひと際大きく叫び、そして――


「いやああああああ!!」


アリシアの背中に、鋭く、それでいてジワジワと侵食してくるような痛みが走った。涙がボロボロと零れ、床に飛び散る。

辺りに充満し始めたのは

――自分が焼かれていく、酷く醜悪な臭い。






「――シア様っ! アリシア様っ!!」


ハッとアリシアは目を覚ました。


「アリシア様、大丈夫ですか!? 何やらうなされていたようでしたので」


「……私、何か言っていた?」


「い、いいえ。特には」


アリシアはホッと息を吐いた。どうやら今回は叫ばずに済んだらしい。


「ちょっと悪い夢を見たの。……起こしてくれて有難う」


「あんな事件に遭われたのですもの、お疲れなんですわ。もう少しお休みくださいませ。朝食は遅めに用意いたします」


オレイアが出て行き、アリシアは大きく深呼吸する。ふとした瞬間に思い出すのは、自分の為に怒ってくれたリカルドの顔と、それから、まだ感触が残るくらいに長い長い――


ボンッと真っ赤に染まった顔を、アリシアは布団に埋めた。


「……何て単純なのかしら」


ピンチを救ってもらったから、好きかもなんて。それでも最近あの夢を繰り返し見るのは、リカルドにこの背中を隠し通したいという自分の心の現れなのだろうとアリシアは思った。

そっと部屋着の裾をまくり、背中に触れる。固くなった皮膚の、凹凸とした感触。決して治る事の無いものが、アリシアの背中に広がっているのが分かる。


――好きにはなってもらえない。

それに、どうやら彼はベルジェ家を嫌っているらしい。本当に、報われる事の無い恋だとアリシアは自嘲気味に笑った。




アリシアに言い渡されたのは、当分の間の自宅謹慎だった。屋敷内であれば好きにして良いとのことだったので特に不自由も感じず、アリシアは書庫の整頓でもしようかと腰を上げる。


「あの、もしよろしければ、お屋敷をご案内致しますわ」


「……オレイアさん」


「ね、そういたしましょう、アリシア様! きっと気分転換にもなりますわ」


オレイアのアリシアを気遣う気持ちがひしひしと伝わってきて、アリシアは、はい、と頷いた。そういえば嫁いでひと月になるというのに、この屋敷について最低限の事しか知らないのだと気付く。屋敷内で迷子になる妻など恥ずかしいと、アリシアはこの期間を通じて徹底的に屋敷を探検し尽くすことに決めた。







生まれ育った家とは違う、見栄ではない華やかさ。決して華美ではないのに気品が伝わってくる意匠のこらされた装飾に、アリシアは目を奪われた。数々の客間やビリヤード台が並ぶ遊戯室。お茶会に最適な広々としたテラスからは、どこまでも広がる田園が見渡せる。

屋敷の中心には屋内庭園があり、色鮮やかな花々が咲き誇っていた。


「温室になっているんですね。亜熱帯植物が綺麗」


「流石アリシア様ですわ。よく御存知で」


「偶々先日、植物図鑑と睨めっこする機会があったので、それで」


言って、アリシアは庭園内を奥へと進む。と、そこには開けた場所があり、備え付けの真っ白なテーブルには読みかけの経済書が無造作に置かれていた。


「リカルド様のお気に入りの場所なのです。良く此処で息抜きされているんですよ」


成程、とアリシアは頷き、そっと椅子に座る。これがリカルド様が安堵なさる景色なのかと辺りを見渡して、そして大きな絵が飾られている事に気付いた。湿気に負けないよう幾重にも透明な素材で包まれたその絵には、にこやかな、とても幸せそうに笑う男女が描かれている。


「あれは?」


「先代御夫婦の肖像画ですわ」


リカルドは先代が亡くなって爵位を継いだと聞いた事がある。彼の前にこの屋敷を守ってきた方々か、とアリシアは感慨深くその肖像画を眺めた。




「……アリシア様は、拾われ伯爵という名をお聞きになったことがありますか」


「拾われ、伯爵?」


「リカルド様が齢16で伯爵位を継がれた10年前、呼ばれていた二つ名です」


アリシアに聞き覚えは無く、彼女はふるふると首を横に振った。オレイアはアリシアの前の席に腰掛け、そして少し遠い目をする。



「そもそも、リカルド様がこのお屋敷にいらしたのは、17年も前の事になります」


「屋敷に、いらした……って」


まさか、という顔をしたアリシアに、オレイアは少し寂しげに笑った。


「はい。リカルド様は、先代様の御子ではないのです。最初は、先代様が拾われた、身分も無い子どもでした」


「!?」


「リカルド様はこのお屋敷の使用人として働かれていました。爵位を継がれる前は、私の同僚だったのです」


それで妙に使用人と仲が良いのか、とアリシアは少し外れた方向で納得した。しかし拾った子どもを当主に据えるなど、聞いた事も無い話だ。


「先代様は、とても人の良い方々でした。しかし不運な事に子どもに恵まれず、相当お気に病んでいらっしゃったようです」


「それで、リカルド様を?」


「ええ。実際には、当時爵位を継承する事になっていたのは、甥のルイス様でした。しかし先代様は、お世話係として使え、息子のように可愛がられていたリカルド様を養子にされたのです」


「そんな、ことが……」


それだけ、先代がリカルドを愛していたという事だろうか、とアリシアは不思議に思った。血の繋がりも何もない、しかし偶然出会っただけの少年を? アリシアにとっては、想像もつかぬことである。


「でもオレイアさん。既に継承候補者が居る中で、しかもブラン家に由縁のないリカルド様を当主に据えるというのは、相当な風当たりがあったのではないですか?」


ええ、とオレイアは頷く。それから少し誇らしげな顔をした。


「勿論周りからは、人並み以上の成果を求められました。それでもリカルド様は、それに足るだけの手腕をお持ちでした。今では誰も拾われ伯爵などとリカルド様を馬鹿にする事はありませんわ」


「そういう所も、先代様は見抜いてらっしゃったのかもしれませんね」


「そうですわね。それにリカルド様は先代御夫婦を本当に愛しておいででしたから。この家と領土を守る為の努力は、苦にならないようですわ」


スマートに見えるリカルドの、意外な一面。けれどそれがリカルドの強さの根源だと思ったアリシアは、素直に羨ましいと思った。



「リカルド様は、本当に御立派な方」


「ふふ。私共の自慢の主ですわ」


「……ありがとう、オレイアさん」


「え?」


「いいえ、なんでも」


アリシアは肖像画見上げた。この夫婦がリカルドに与えた物を、今度は自分が与える事が出来るのだろうか。それでもオレイアがこの話をしたという事は、そう期待されているという事かもしれないとアリシアは思った。


「私も、お二人の墓前に挨拶に行けるくらい、立派な妻にならねばなりませんね」


「僭越ながら協力させていただきますわ」


二人は顔を見合わせて笑った。想い合っていなくたって、パートナーとして支えて行く事ならできる。ベルジェ家に縛られた自分に自由をくれたリカルドに、尽くしていこうとアリシアは誓った。





「そういえば、アリシア様。今度晩餐会があるそうですわ」


「晩、餐会?」


聞けば、このブラン邸のダンスホールを使用して行われるパーティらしい。客人はリカルドの知人かブラン家に縁のある顔ぶれだから気を張らなくても大丈夫だと言うが、アリシアは不安で一杯だった。

何せ社交の場に片手で数えるくらいしか顔を出した事の無いアリシアである。ダンスやマナーには自信が無いでもないが、箱入りと噂されている自分に好奇の視線が集まるのは必至と思われた。


「実質、アリシア様のお披露目会ですわね。気合いを入れて参りましょう!」


勿論、ドレスも新調しなくてはなりませんわね! と気合いを入れるオレイアに、アリシアは負けていられないと笑った。




ここまで読んでくださった皆様、本当に有難うございます。

なろうさんに投稿してまだ1日も経っていませんが、既にお気に入り登録してくださっている方がいると知り、嬉しい限りです。


筆の早い方ではないのですが、精一杯書いていこうと思います。

しかし本当にいちゃいちゃが無くてごめんなさい(笑


感想や誤字脱字、ルビを振った方が良い所の指摘でも構いませんので、お気軽にお寄せ下さいませ。


これからもお付き合いいただけますと幸いです


2012/08/13 有本

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ