止まらない苛立ち※
アリシアが意識を取り戻したと聞いて、リカルドは彼女の部屋へと向かった。丁度部屋から出てきたオレイアに問えば、面会しても問題ないだろうとのことだ。
ノックも早々に返事すら待たず入ってきたリカルドに、目を見開いたのは頭に包帯を巻いたアリシアだった。
「リ、リカルド様!」
頬を仄かに染めて慌てて佇まいを直すアリシアの様子に、苛立ちが止まらない。
「……痛む所は」
「あ、頭が、少々」
頭、と聞いて思いだすのは、壁にギリギリと抑えつけられたアリシアの姿。大事には至らなかったものの、少しでも見つけるのが遅かったらと、頭から血を流して意識を失って行く彼女を抱いた時背筋を凍らせた自分。
「あんな所で何をしていた」
「え、ええと……街で、噂を聞いて……それで」
「一人で行ったと!? お前はなんだ、探偵にでもなったつもりか!?」
思わず声を上げると、アリシアがビクリと肩を震わせた。アリシアが居た所は、会員制のバーが集う一帯だった。件の症状が現れるのが男だけだと聞き、そういった女人禁制の場所をあたっていた最中だったのだ。
「……怒って、らっしゃるのですね」
「当たり前だ!」
反射的に答えれば、アリシアは目を伏せて寂しそうな顔をした。
「……私が、他の男に触れられたから」
ポツリと零れたのは、そんな訳の分からない言葉。何故お前が他の男に触られただけで怒らねばならないのだと、自意識過剰にも程があると、リカルドは俯くばかりのアリシアの顎を掴み、無理矢理自分に向けさせた。しかし対面したのは傷ついたような表情で、リカルドはそのまま固まってしまう。
「……申し訳ありませんでした。お手をお放しくださいませ。リカルド様まで汚れてしまいますわ」
手をそっと払われて、リカルドの怒りは爆発した。
「お、前は!!」
「ひゃっ」
バランスを崩したアリシアが、ベッドに倒れこむ。リカルドはそのまま彼女を抑えつけるように身を寄せた。
「ベルジェ家の娘だろう! どうして傲慢でいない!? どうして自分の利益だけ考えて行動しない!! 余計な事で傷つくな! お前は……お前は、本当に俺をイライラさせる」
言いながら、リカルドは徐々に自分が冷静になっていくのを感じた。何を言っているのだ、と思う。適当に甘い言葉をかけて利用するだけの筈の女に、何をこんなにムキになっているのだろう。何だか余計な事まで言った気もする。
黙りこんでしまったアリシアを、リカルドはそっと伺う。目が合うと、アリシアはふわりと笑った。
「いつもと、違いますね、リカルド様」
「……だから何だ」
「嬉しい、です。いつものリカルド様は、お優しいですけれど。でも、全然お心が見えなかったから」
てっきり怒るか泣くかすると思っていたアリシアは、本当に嬉しそうに笑っていた。
「――本当に馬鹿だな、お前は」
「ば、馬鹿、ですか?」
「ああ、本当に、馬鹿すぎる」
そう言って、リカルドはもうアリシアに何も言わせまいとその唇を奪った。
抱きしめたアリシアは驚きから一瞬その身を固まらせたようだったが、抵抗は無かった。長い長い口付けだった。
真っ赤な顔で固まったままのアリシアを置いて書斎に戻れば、いつの間にか側にいた執事がアリシアが眠った事を告げた。
「そう言えば、アリシア様から伝言が」
「……何だ?」
「最近この界隈を賑わせている事件についてだそうですよ」
持っていた資料を机に置いて、リカルドは眉を顰める。アリシアとの騒ぎで尻尾を掴み損ねたと思っていたが。
「念の為聞いておこう」
リカルドの言葉に頷いた執事は、ではこれを聞いたら少しお休みくださいませね、と念を押して続けた。
「例の症状は、ある薬を用いた時の副作用だそうです」
「ほう?」
「そしてその原料となるのは極寒の地でしか咲かない植物だそうで。ですから大きな冷凍室を所有する精肉業者が怪しいのではないかと」
「……そうか」
これをあの少女が調べ上げたというのか、とリカルドは内心驚愕していた。書物が好きだという話を聞いていたから、国から資料を取り寄せたと報告を受けた時も別段疑問には思わなかったのだ。しかもこれが、自身の役に立ちたいが為だと言う。
「本当に、余計な事ばかりする女だな」
「おや、それでも嬉しいとお感じになっているのではないのですか」
「馬鹿を言うな」
「あんなにもアリシア様の為に怒っていらしたのに」
「……」
違う、そんな感情ではないと、リカルドは必死で否定した。彼女に怒りをぶつけたのは、自分がアリシアとしか結婚できない理由があるからであり、跡継ぎを残せなくなる可能性に肝を冷やしたからだと自分に納得させる。
その姿は、老齢の執事から見れば微笑ましいものであったが。