無謀で大胆
「……これだわ」
アリシアは植物図鑑と国から取り寄せた資料を見比べながら、そう呟いた。
「と、なると、随分限られてくるわね」
街の地図を取りだしながら、アリシアは目ぼしい場所に印をつけていく。
「オレイアさん、ちょっと街へ出てきます!」
さっと外出着に着替えたアリシアは、大慌てで屋敷を出て行った。
「ア、アリシア様!! 私もお供いたしますわ!」
オレイアは直ぐに後を追ったが、そこには既にアリシアの姿は無い。何て淑女らしくない女主人だろうと呆れながらも、オレイアは、ふふ、と笑みを零した。
「それでも、前よりは断然輝いてらっしゃいますのね」
アリシアの向かう先は、市街地の外れにある。しかし地図を見ながら近道を進む内、いつの間にやら人通りの少ない道を歩んでいる事に彼女は気付かなかった。
その時、擦れ違った一人の男に、アリシアはバッと振り向く。じっと目を細めて確認すれば、間違いなくその男の指先は黄色く変色していた。
「あの人……まさか」
進路を変更して、アリシアはその男の追跡を始める。その危険性なんて、考えずに。
男はどんどんと薄暗い道を進んでいく。足音を隠すのに、靴はとっくに捨てていた。と、男が歩みを止めた。着いた先は、一件のバーであるようだ。後について入ろうと歩みを進めた、その時。
「おやぁ? お嬢さん、何をしておいでで?」
背後から突然掛かった呼びかけに、アリシアはビクリと肩を震わせた。振り返れば、ニタリと怪しげな笑いを浮かべた男達がアリシアを囲むようにして立っている。数は5人。逃げられないと悟って、アリシアは必死で冷静を装う。
「あ、あの。散歩を、していた所、でして」
その時、アリシアは気付いた。男達の唇が皆、紫色に変色していることに。続けて確認すれば、案の定指先の色も変わっている。薬の常用者なんだわ、と思った時には、じりじりと壁際に追い詰められていた。
「お嬢さんさー? あのお兄さんをつけてただろ」
示されたのは例のバーの扉で、アリシアは真っ青になる。
「な、なんのことで」
「見てたんだぜ? 俺達。結構前から後ろに居たの、気づかなかったカナ?」
ん? と顔を近づけられて、ようやくアリシアは恐怖に包まれた。両腕を壁に抑えつけられ、ジタバタともがくが、全く歯が立たない。
「お嬢さん、あれだな。随分と上等な服着てんじゃん。もしかしてイイトコのお嬢さん?」
下卑た笑いと共に、アリシアの身体がひと撫でされる。全身に立つ取り肌に、アリシアは泣きそうになった。
「ふうん。幼い顔の割に、結構良い身体してんね。髪も綺麗な蜂蜜色。瞳は中々そそる紫じゃねーの」
アリシアの正面に居る男が、その肌の若いのを確かめるように、アリシアの頬に触れた。何度も何度も上下する手。身を捩っても少しも緩まない拘束。ガッと胸襟が掴まれる。
「――っ、!」
ビリッと音がして、肩から胸にかけての布地が破ける。隠そうにも隠せないアリシアを笑うように、白いシュミーズが覗いた。
「おお、震えちゃって。大丈夫大丈夫。暴れなきゃ優しくしてやるからさ」
ガクガクと震え力の入らない腕に、アリシアはありったけの気力を込めて動かす。
「暴れんなっつってんだろ!」
頭を鷲掴みにされ、アリシエは頭を思い切り壁にぶつけた。クラリと意識が遠のいていくのを感じ、意識を失ってはお終いだと彼女は必死で痛みに集中する。力が緩んだのを好機と見て、ドレスが一気に破かれた。ああ、私は――
――結局、お役には立てないんだわ
「アリシアっ!!」
頬を伝う涙。遠のく意識の隅で、誰かがアリシアを呼んだ気がした。
「ん……ぅ?」
「お気づきになりましたか!? アリシア様!!」
「オレイア、さん?」
アリシアは身を横たえたまま、そっと横を見た。どうやら自室らしいと気付き、何故かズキズキと痛む頭でどうして自分が寝ているのかをぼんやりと考える。
「ああ、アリシア様! 本当に、御無事で何よりです!!」
オレイアの涙声に、アリシアは困惑する。そうして、やっと自分が危険な目に合ったことを思い出した。
「私、どうして?」
「巡察中だったリカルド様が、偶然現場に居合わせたそうですわ」
「リカルド様、が」
では、見られてしまったのだ。見知らぬ男に、触れる事を許してしまった、愚かな私を。
ハッとして、アリシアはオレイアを見る。
「その……着替えは、オレイアさんが?」
アリシアが懸念する所を察したのだろう。オレイアは二コリと笑って頷いた。
「はい。ですが、シュミーズはそのままに致しました。お嫌かと思い、腕と足以外の素肌は見ておりませんわ」
なんて自分に過ぎた侍女だろうと思いながら、アリシアはほっと息を吐き、感謝した。