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キナ臭い噂



その日から、再びリカルドに会えない日が続いた。アリシアは少しホッとしながらも、相変わらずの手持無沙汰ぶりにいい加減辟易していた。何かリカルドの役に立つことをしなければと思う気持ちばかりが急いて、形にならない。こんな時、古くからの友人でも居ればと思うのだが、生憎家事労働ばかりの生活でそんな機会にも恵まれなかった。


「アリシア様、領内を散策してみませんか」


そんな彼女のややピリピリとした気持ちを推し量ってか、そう提案してきたのはオレイアだった。彼女は代々ブラン家に仕えるボドワン家の人間で、一番信用できるからとリカルドが取り計らってくれたアリシア付きの侍女だ。


「領内を、ですか?」


「ええ。アリシア様は領主の奥方様なのですから、民と仲良くなって損はありませんわ」


それは、リカルドの役に立つ事だろうか。そういった付き合いを重視しないベルジェ家で育った彼女にはピンとこない事であったが、何となく良い案に思えてアリシアは直ぐに支度に取りかかった。





「……アリシア様、まだ私は信用していただけていないのでしょうか」


屋敷の門をくぐり公道へ出た所で、後ろからオレイアのしょんぼりとした声が追いかけてきた。


「そ、そんな事ないです! オレイアさんは、私にとても良くしてくださるじゃないですか」


慌てて首を振るアリシアに、オレイアのじとーっとした視線が絡みつく。


「……では、いつになったらお着替えを手伝わせてくれるのです?」


アリシアが着ているのは、この屋敷に来てから作ってもらったモスグリーンのドレスだ。ただし一人で着られるような簡素な作りであり、上等な生地をふんだんに使っていると言っても華やかさに欠けるのは仕方の無い事だった。


「そ、そうね。その、私、まだ素肌を人に見られることに慣れていなくて」


「……はい、承知しております。我が儘を申しました。お許しくださいませ」


やはり肩を落とすオレイアに、アリシアの良心はチクチクと苛まれた。

偽りの愛情だろうと、リカルドから優しさを受けたいのならば出来るだけ隠し通さねばならないこの身体。オレイアの仕事ぶりが完璧なだけに、アリシアは申し訳なさでいっぱいだった。







ブラン領は、上質な米が特産の、土と天候に恵まれた領土である。中心に大規模な市場があり、他領から来る商人も多い。その周りには広大な農地が広がり、アリシアが住んでいるブラン伯爵邸は、北西にある農地の中にあった。


「アリシア様! 私行きつけの雑貨店に行きましょう。きっと気に入っていただけますわ」


市街地は、アリシアにとって新しい世界だった。道には様々な露店が並び、客を呼び込む元気な声が飛び交う。多種多様な茶葉、見た事も無いような装飾品。人気の無い道には、何やら怪しげな店もある。



「おやおやオレイア、良く来たね」


オレイアに連れてこられた雑貨店は、文具から装飾品まで幅広く雑多に並ぶ店だった。店主は人の良さそうな女性で、快活に笑うその姿に、商売人らしい逞しさをアリシアは感じた。


「今日は香辛料を少々と陶器のカップを2つ。それとシルバーを幾つか見せて欲しいのですが」


「あいよ。さすが領主様、毎度のことながら羽振りが良いねぇ!」


女店主は店内の商品を全て把握しているようで、オレイアの要望通りの品をさっと揃え始める。しかしそこでようやくアリシアに気付いたようで、おや? と首を傾げた。


「……ところでそちらさんは?」


「あら、紹介が遅れてしまいました! 此方はアリシア様です。我が主人の最愛の方、アリシア・ブラン様ですわ」


「まあまあまあまあ! 奥方様でしたか!!」


パアッと輝かせた顔で両手を握りしめる店主にややたじたじとしながら、アリシアはペコリと頭を下げた。


「こ、こんにちは。良いお店ですね」


「あらあら、有難うございます! 是非に御贔屓くださいませね、と。オレイア、これで良いかい?」


卓上に揃えられた品は、全て屋敷で見た事のあるものだった。どうやらブラン家御用達らしいと知り、アリシアはもっと面白い物はないかと店内を見回す。



「最近どうです? この界隈は」


「見ての通り、順調さ! ……と、言いたいんだけどねぇ」


言い淀む女店主に、アリシアも彼女の前へと進んだ。


「何か、気になる事でも?」


アリシアに問われて、女店主も真剣な表情になる。


「いやね、ちょっと噂に聞いたもんで。最近、急に暴力的になる人が増えてるって話さ」


「暴力的、に?」


「原因は分かんないけどね。決まって男だって聞くよ」





街は相変わらず活気づいている。けれど先程聞いた話のせいか、アリシアには少し薄気味悪く思えた。


「リカルド様は、知っていらっしゃるのかしら」


「あの話ですか? ご存じかもしれませんが、どうやら解決策は未だ見つかっていないみたいですね」


大きな袋を両手で抱え込んだオレイアの後ろを歩きながら、アリシアは考え込む。これは、リカルド様のお役にたてるチャンスではないだろうか。


「オレイアさん、先に帰っていてくださいませんか。私は、その……そう! 友人に! 友人に会おうと思いまして」


「え、え? アリシア様っ!?」


「遅くはなりませんから。では、また後ほど!」


駆けだしたアリシアを、しかし荷物を抱えたままのオレイアは追いかける事ができなかった。






聞き込みをして回るアリシアに得られた情報は、最初の雑貨店で聞いたものと大差なかった。

リカルド様でも苦戦してらっしゃるんですものね、とアリシアは挫けそうになる気持ちを奮い立たせ、日の暮れ始めた市場を歩く。と、その時だ。



「あれは、何かしら」


商店街からやや外れた、民家の一角。そこにざわざわと人混みができていた。何やら事件らしいと思い、アリシアはそこに近づく。


「あの、何かあったのですか?」


「いやあね、そこに倒れてる男、見えるかい?」


見れば、人で出来た輪の中心で、ぐったりと倒れこんだ年若い男が居た。


「あの男がねぇ、急に暴れ出して、それから倒れちまったらしいんだ」


暴れていた名残なのか、辺りに壊れた椅子と食器が散らばっている。


「お、お医者様は?」


「今呼んでいる所さ。本当に、最近はこうした暴力沙汰が多くて困る」



集まっている大多数は、ただの野次馬らしい。医師が来る頃には殆ど残っていなかった。応急手当なら一通り知識のあったアリシアは、結局男を手当てして診療所まで付き添っている。


「取りあえず、安定したようです」


「そうですか」


ホッと息を吐くアリシアに、医師は意味ありげな視線を寄こした。


「お姉ちゃんの、恋人かい?」


「ち、違います! あの、通りがかっただけで。えと、帰ります」


外はもう日が暮れている。そろそろ戻らねば、屋敷の皆に迷惑を掛けかねない。


「そうかね。しかし、手当の知識はどこで?」


「独学です。父と二人暮らしだったもので、いざと言う時に役に立つかと」


二コリと笑って、アリシアは診療所を後にした。






翌日から、アリシアは屋敷の書庫に籠っていた。リカルドはあまり使用しないが、書物集めを趣味としていた前ブラン伯爵のお陰で、相当量が部屋に詰め込まれている。


「あれは、何の症状なのかしら」


昨日付き添った際に観察した男は、指先が黄色く、唇は紫色に変色していた。人々の話によれば、数日前から寝付きも悪く、嘔吐も繰り返していたらしい。医師も良く分からないと言っていたから、もしかしたら病の類ではないのかもしれない。

そうなると、アリシアにはちょっとした心当たりがあった。数年前、父ルーベンに持ち寄られた怪しげな話の1つに、同じような症状の出る依存性の強い薬があったはずだ。違法性の強い薬は儲けの割にリスクが高いとベルジェ家は関与を拒否したが、その類の物がこの領土にも流れて来たのかもしれない。

ブラン領のような活気に溢れ暗い影の薄い領土ならば、その存在すら知らない人が多いだろう。となれば、今後も気軽に手を出してしまう人が多いかもしれないと、アリシアは思った。


「急いで特定しなくてはいけないわね」


外からの荷馬車には、厳重な検査が入る。ならば、この領内の何処かで生成している可能性が高い。まずは薬の元となる植物を特定しようとアリシアは考えていた。



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