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真面目すぎる告白

懐妊した高揚も、5カ月目となると落ち着いてきた。結婚式を翌週に控えたアリシアは、大幅に寸法を変更した純白のドレスをぼんやりと見つめる。リカルドからは式を延期しようかという提案があったが、胎動の盛んになる前に挙げられるなら挙げてしまいたいと思い断った。気持ちの問題かもしれないが、きちんと夫婦としてのスタートを切ってから子どもを産みたいという想いが強い。


「アリシア、こういうのはどうだろう」


リカルドが平たく大きな箱を持って部屋に入ってきた。カパリと開いたその中の物を見て、アリシアもオレイアも目を見開く。


「まあまあ、リカルド様! こんな大切な物、一体どちらに?」


「母の寝室だ。大切に取ってあった、という事は、こういう使い道を考えていたのかとも思ってな」


オレイアとリカルドがそう会話をしている間、アリシアはじっとそれを見つめていた。繊細な銀細工の美しいその箱にふわりと収められていたのは、純白のベールだった。小さな花飾りがとても素敵だと、見入ってしまう。けれどそれ以上に感じるのは、それが前伯爵夫人の物だったという重さと、不思議な喜び。思わず緊張してしまうアリシアに、リカルドは首を傾げる。


「アリシア、気に入らなかったか?」


「い、いいえ! 何と言いますか……とても、その。感動してしまって」


ほんのりと頬を染めてそう言うアリシアに、リカルドもはにかんだ。

そもそもどうしてこんな話になったのかと言えば、サムシングフォーを揃えましょう! というオレイアの提案がきっかけだった。花嫁は、結婚式に身につけると幸せになれるという、新しい物、古い物、借りた物、青い物を揃えるのだという。そんな慣習を、アリシアは初めてそこで知った。

新しい物には、白いサテンの手袋を、青い物にはガーターに結ぶ青いリボンを用意した。けれどどうしても、古い物が思い浮かばなかったのだ。アリシアは母の事を何も知らないし、祖母の存在なんて考えた事もなかった。やむを得ずリカルドに相談した所、心当たりがあるという事でここに至る。


「あの……本当に、これを使っても、良いんでしょうか」


肌触りのよい滑らかなレースをそっと撫でながらアリシアが不安そうに問うと、リカルドは小さく笑う。


「お前以外の誰かが、これを使うのか?」


「なっ、いけませんわアリシア様! これはアリシア様の物で、私もこの家もアリシア様の物なのですっ」


そう息巻くオレイアに、「そうね」とアリシアも笑った。


「それにしてもアリシア様、サムシング・ボローは如何いたします?」


借りる何かは、仲の良い夫婦からが良いそうだ。けれど、生憎アリシアにはそのような知人に心当たりが無かった。


「この際だから、ライラさんに借りてしまおうかと思うのだけれど、いけないかしら?」


「そうですね……まあ、幸せを分けてもらう物ですし、そういう意味ではライラさんはとっても幸せそうですものね」


結局ライラは、バーデンとの交際を続けている。この頃は根負けしたのか、バーデンもライラの元へ訪れる事が多くなった。その噂を聞いてなんとか彼女を横から攫おうと考える殿方も多いそうだけれど、何しろバーデンの素性があまりに知られていないので、適当にあしらってしまえるらしい。バーデンはいつ会っても困惑した様子だけれど、ライラはとても幸せそうで、良かったとアリシアは思っていた。





「……では、そのように伝えておこうか?」


「クラウス! どうして家に?」


いつの間にか、開けっ放しだった戸から部屋を覗きこんでいたクラウスに、リカルドは驚き半分、喜び半分で部屋へと招いた。彼はアリシア達の座るソファに向かい合うように腰掛ける。


「実は仕事が立て込んでしまったんだ。式に出られそうにないと、せめて自分の口で伝えておきたいと思って来た」


本当にすまない、と、開口一番に飛び出した残念な報告に、アリシアはしょんぼりと肩を落とした。


「……そうか」


リカルドも苦笑しており、けれどそれ以上は何も言わなかった。


「それと、アリシア嬢にも話が」


「俺達は席を外した方が良いか?」


「いや、そのままで構わないさ」


腰を浮かせようとしたリカルドは、その言葉にもう一度深く座りなおす。何の話かしら、とクラウスを見つめていたアリシアは、彼が返してきた思いの外強い眼差しに、ごくりと唾を飲んだ。


「アリシア嬢、その、あまり改まると言い難くなるだろうと思うから、率直に言ってしまうけれど」


「は、はい」


ぎゅっとワンピースの裾を掴んで、次の言葉を待つ。


「……私は、アリシア嬢のことが好きだ」


「……へ?」


そこからアリシアが先ずしたことは、リカルドの様子を窺い見る事だった。けれど彼は、あまりの急展開にぽかんと目を丸くしたまま呆けている。そんなリカルドに、クスリと笑ったのはクラウスだった。


「怒らなくて良いのか? リカルド」


「……っ、」


ハッとして顔を歪めたリカルドに、今度は「まあ、落ち着け」とクラウスが手を振って座るよう促す。


「最後まで聞いて欲しい。私は、多分最初からアリシア嬢に好意を持っていた。出会いが衝撃的な日だったからね」


「そ、それは、忘れて頂いても……」


ルイス・ブランに喧嘩を売ったあの晩餐会は、もう遠い昔の事のように感じられる。


「そんな事、一言だって聴いてなかった」


ぼそりとしたややふてくされたリカルドの呟きに、クラウスは呆れたような顔した。


「リカルド。私が出会ったアリシア嬢は、始めから既にお前の物だった。既婚者だった。分かるか? ……それに、これでも私にだって結婚話は多くあるんだ。そんな簡単な物ではないし、好きだからと言って恋人になりたいとか結婚したいという想いじゃない。今日はそれもきちんと伝えたかった」


「どうして今更」


「私はこれからもアリシア嬢と友達として付き合っていきたいと思っている。けれどこういう想いを秘匿にしたままというのは、どうにも下心があるような気がして気持ちが悪かったんだ」


なんと言えば良いのか、クラウスらしいと言えばらしい義理堅い理由で、アリシアは思わずおかしくなってしまう。


「それに、こうして気持ちにケリを付けておけば、毎回リカルドに妙な警戒をされなくても済むかと思ってな。私が自分の言葉を違えるような性格じゃない事くらい、分かるだろう?」


「……まあ、確かに」


それからもゴニョゴニョと言葉を濁すリカルドだったが、やがて諦めたかのようにふぅ、と息を吐いた。


「で、そろそろアリシア嬢に返事を頂いても良いのかな?」


「えっ、あ……」


そうだった、告白されたのだったと、アリシアはまるで実感が無かっただけにあたふたとする。そんなアリシアのことを、クラウスは楽しげにただ眺めていた。


「お気持ちは、とても嬉しいです。クラウス様には、面倒も掛けましたし、とてもお世話になりました。でも、その……」


どうしよう、と、それだけが何度もアリシアの胸の内を駆け巡っていた。申し訳ない、と思うだけでは足りない程、アリシアはクラウスを無神経に頼ってきてしまったのではないかと思う。寧ろそんな覚えが幾つも浮かんでは消えた。

あまりに青い顔をしていたのだろうか。ふっ、と笑ったクラウスは、よしよしとアリシアの頭を撫でた。


「良い、その答えは知っている。私が聞きたいのは、これからも友達として付き合ってくれるかって事だ、安心して」


頭上に温もりを感じながら、アリシアはまた気を遣わせてしまったのだと痛感していた。けれどどうもできなくて、結局コクリと頷く。


「私から、お願いしたいくらいです。これからも、お願いしますっ」


「ああ、素敵な返事だね。……リカルド、そう睨むのはやめてくれ。大体アリシア嬢をそういう対象に見せたのはお前だろう?」


「なっ」


「あの晩餐会の夜も、その後も、お前はまるで彼女を嫌悪しているかのようだった。けれどそんな酷い言いようを受けるような女性に見えなかったから、興味を引かれたんだ、と言ったら、反論できないんじゃないか?」


「……」


ぐっと、悔しげにリカルドが唇を噛んだ。アリシアは少しでも安心できれば良いと思い、そんなリカルドの手にそっと自分のそれを重ねる。


「でも最近のお前はとても彼女を大切にしている。それが分かったから、私はきちんとケジメを付ける事にしたんだ。昔からの友情を壊すつもりもないからね」


「……クラウス」


リカルドのずっと顰められたままの顔が、ふっと緩んだ。もう帰るよ、とクラウスが立ち上がる。それにつられて、二人も立った。そこで、アリシア達に背を向けていたクラウスが、ふと振り返る。


「ああ、忘れていた」


「!!」


頬に、チュッと軽い音を立てて、クラウスの唇が当たった。突然の事過ぎて何も考えられない内に、クラウスが口を開く。


「今のような事をライラに話したら、これくらいは当然の報酬だそうだ」


「……」


至極、真面目な顔だった。


「ああ、サムシング・ボローの事は、ライラにきちんと話をしておくよ、心配しないで」


2人の沈黙をどう取ったのか、クラウスはそんな見当違いの言葉を残して去って行った。



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