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甘い嘘を吐く男



「あまり自分でやって、侍女達の仕事を取り上げてはいけないよ」


書斎にある二人掛けソファ。並んで座るアリシアに、久しぶりに会ったリカルドはやんわりとした笑顔を崩さずそう言った。申し訳ありません、と小さく縮こまるアリシアに、更に可笑しそうに笑う。


「まあ、私も君の境遇については少し聞いているからね。落ち着かないのだろう?」


「……はい」


「そう小さくなる事は無いさ。自分で何でも出来るというのは、素敵なことだからね」


言って、リカルドはアリシアの頭にそっと手を乗せる。そのまま髪をゆっくりと梳かれて、アリシアは真っ赤な顔を隠すために更に俯くしかなかった。女性の扱いに慣れている、と思うのに、侍女の話を聞く限りでは浮いた話の一つもない主人らしい。やはり苦手意識を拭えず、男性と部屋に二人きりとなると身構えてしまうアリシアだが、この優しさは嫌いではなかった。




「……リカルド様は、どうして私を選ばれたのですか?」


ポロリと口を吐いて出た疑問に、リカルドの手が一瞬止まった。


「不思議に思うかい?」


コクリ、とアリシアが頷く。


「リカルド様がベルジェ家にお求めになるのは、侯爵位くらいです。でも、リカルド様ならば、もっと良い侯爵家と縁を結ぶ事もできたのではないかと思います」


借金にまみれ、領民から嫌われるベルジェ家と関わるメリットなど、幾分もない。だからアリシアは、この婚姻に最初から疑問を持っていた。リカルドは少し困ったような顔をして、それからアリシアをぎゅっと抱きしめる。



「――君が、欲しかったから。その理由だけでは不十分かな」


心地いいテノールで、甘すぎるほどの言葉が耳元から身体に流れ込んでくる。ドクリ、とアリシアの鼓動が弾んだ。一瞬目の前がくらりと揺れる。

急な展開に固まるしかなかったアリシアは、しかし次第に落ち着きを取り戻していた。自分の奥底から湧き上がる、全てを委ねてしまいたくなるような衝動に翻弄されながらも、しかし何処か冷静な自分が居る事を自覚する。


――愛される事はない。

アリシアにとってのその事実が、彼女を情熱に溺れさせてくれない。

いつこの慈しむような瞳が、侮蔑を孕んだ物に変わってしまうのか。優しく包んでくれる腕が、アリシアの頬を打つ事になるのか。

その考えに怯えながら、しかしアリシアは腕をリカルドへと伸ばしていた。この温もりの儚さを知っているからこそ、アリシアは今だけでもそれを強く感じていたくて、極めて冷静な思考を残したままその身体にぎゅっと腕を回した。






「何、やってるんだろう」


自室に戻って、アリシアは扉の前で小さく蹲った。先程のはしたない自分を思い返す度に、何処かへ逃げたくなってしまう。出会ったばかりで良く知りもしないリカルド・ブランという男のことを、しかしアリシアは確実に求めていた。先程の甘言が、適当にはぐらかす為の言葉だと知っていながらも、身を委ねたいと思っていた。


「……意地汚い」


愛されたい、と全身が叫んでいる。それはきっと、リカルドでなくても良いのだ。ただ、自分が必要とされている事を実感したいだけなのだとアリシアは自己分析していた。

先程のやりとりを、ぼんやりと思い返す。リカルドの言葉も表情も、とても甘いものだった。けれど、何処か胡散臭さの抜けない態度でもあった。

抱きついて気付いたのは、アリシアとは違い、至って通常運転な彼の鼓動だ。ならば何故、私を選んだのか。結局疑問の答えは得られぬまま、アリシアは深い眠りについた。



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