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予想外の候補人

クラウス・ドゥーケの訪問があったのは、そんな慌しい時期も佳境を超え、後は心の準備を整えるだけの割合ゆったりとした時だった。リカルドに呼ばれ応接室へと入ったアリシアは、そこにクラウスの姿を認めて軽く会釈をする。状況を飲みこめない内にリカルドは退室してしまい、用事があるのはアリシアにだけなのだと悟った。


「お久しぶりです、クラウス様」


「ああ。突然の訪問、失礼した」


「少しお(やつ)れになりました?」


アリシアの言葉に、クラウスはややこけた頬を照れくさそうに撫でた。


「お恥ずかしながら、ライラの件で忙しくてね。ああ、アリシア嬢にも迷惑を掛けたそうで。重ねて礼を言いたい」


「その件は……その、お気の毒でした」


自分が幸せなだけに、アリシアは訳も無く申し訳なくなってしまう。そんなアリシアに、クラウスはふと真剣な表情をした。


「実は今日お伺いしたのは、その話にも関係があることなんだが」


「ライラさんの?」


アリシアの不思議そうな顔に、クラウスはコクリと頷く。


「ディートハルト・バーデンという男を、紹介して欲しいんだ」


突然飛び出した名前に、アリシアは目を丸くした。そもそもどうしてアリシアと彼の限りなく細い繋がりを知っているのだろうかと思う。


「バーデン様、をですか?」


「ああ。ライラの新しい婚約者を探していてね。リカルドに相談していたんだが、候補者として良い人材じゃないかと言ってきたんだ」


「……」


それはまさか、アリシアに近づけさせない為の施策ではないのだろうか、と、そんな事を考えられるようになったのも、アリシアがリカルドの気持ちを素直に受け入れられるようになったからかもしれない。そこまで考えて、アリシアは複雑な気持ちになった。


「アリシア嬢から見て、バーデン氏とはどういう男だ?」


真剣なクラウスの視線を感じながら、アリシアは顔半分を黒い布で覆った男を想い浮かべる。


「そう……です、ね。私も一度しかお会いしていないので、ハッキリした事は言えないのですが。少し、不思議な感じのする方、でしょうか」


「不思議な?」


「はい。とても気の付く方、だとは思います。けれど偶に相手を煙に巻くような所があるような……」


そうして肝心な所をはぐらかして尚、相手に反論の余地を残さないような隙の無さがあったように感じた。頭のキレる方だと思う。新入りだという話だったが、陛下の傍に仕えているのなら相当に優秀なのだろう。


「ライラには向いてないと思うか?」


心配そうな顔をするクラウスに、アリシアは慌てた。バーデンにとっても決して悪くはない話なのだ。もし彼がミジェ鉱山の件に口添えしてくれているのなら、恩返ししたいという思いもあった。


「ライラさんは……こう言って良いのか分かりませんが、意地を張ってしまう所があるように思えます。ですから、そういった所を上手く読んで下さるかもしれません」


必死でフォローするアリシアに、クラウスは少し表情を和らげる。


「勿論、直ぐに婚約者にすることは無いから、アリシア嬢がそこまで気を張る必要は無い。また失敗するのは御免だからな。ただ、向こうが快諾してくれるのであれば、ライラと一度会わせても良いかと思ってな」


クラウスの言葉に、アリシアは大きく頷く。何よりも、自分が力になれるのが嬉しかった。自分に出来る事は協力したいと思っても、アリシアに出来る事など少ないのだ。だから、アリシアを頼ってくれたクラウスの想いに応えたいと強く思う。


「バーデン様にコンタクトを取ってみます。まずは、先方のお考えを伺ってみませんと」


「……そう、だな。任せても大丈夫か?」


「はい! 頑張ってみますわ」


クラウスに直接申し込まれれば、断れないに違いない。無理矢理話を押しつけたいのではないことを、きっとクラウスも納得してくれたのだろう。アリシアに全て一任すると言って出て行った。

やらねばならない事が出来ると、どうしてこんなにも力が湧いてくるのだろう。よし、と気合を入れて、それからアリシアはふと思った。


「そういえば、バーデン様は、独身でいらっしゃるのかしら」






けれど結局、バーデンとの約束を取り付けられたのは、それから1カ月も後の事だった。送った手紙はその他多くの手紙と紛れてしまったのか返信が無く、焦れたアリシアがミジェ鉱山の開拓現場まで赴いて勝ち取ったものだ。バーデン本人は現場に居なかったが、その部下の兵士に本人を呼び出してもらえるようお願いしてきたのだった。バーデンがアリシアに目を掛けているのはどうやら他の兵士にも伝わっているらしく、分け知り顔で詳細も聞かずに了承してくれたのには、アリシア自身も助かった。リカルドが居ればややこしくなりそうだからと、当日はアリシア一人で会う事にしている。


「アリシア様、体調をお崩しですか?」


水差しを取り換えに来たオレイアが、アリシアの顔を心配そうに覗きこんだ。その言葉に、アリシアは曖昧に笑う。


「少し食欲が無いだけだから、心配しないでください」


体調が悪いからと止められれば、バーデンと次に会えるのがいつになるのか分からない。クラウスにも迷惑を掛けてしまう。それだけは避けたいと思った。


「ですが……なんだか熱っぽくてらっしゃる気も」


「……季節の変わり目だからかしら。でも、本当に大丈夫です! ほら、こんなに元気だし」


ぶんぶんと腕を回して見せるアリシアに、オレイアは漸く表情を和らげて笑う。何かあれば呼んでくださいと言って出て行った彼女の後姿を見送ってから、アリシアはホッと肩で息を吐いた。

実際の所、体調の悪さは少し前から継続して感じていたことだった。食欲も無く、吐き気の強い日にはこっそり食事を減らしてもらう事も少なくない。

式の準備で忙しく気を張り過ぎたのだろうか。それとも、これがマリッジブルーというやつの一環なのかもしれない。不安に思いながらも、我慢していれば過ぎる事だろうとアリシアは思っていた。



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