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訪問と帰還※

目を覚ませば、全身が酷くだるかった。どれだけ眠っていたのか。そもそも自分は、いったいいつ自室に戻ったのだったか。ぼんやりとした頭でそんな事を考えながら、リカルドはゆっくりと身体を起こした。


「――仕事をしなければ」


良く分からないが、取り敢えず書斎に向かおうと乱れた服を直す。けれど立ち上がろうとした所でフラついて、結局ベッドの上に逆戻りしてしまった。


「お目覚めですか、リカルド様」


いつの間にか、アロイスが側に立っていた。再び立ち上がろうともがくリカルドに近づき、そして無理矢理寝かしつけられてしまう。


「……何をする」


「まだお休みください。疲労がたまり、お倒れになったのですよ」


淡々としたアロイスの声に、リカルドは自分の置かれた状況がやっと理解できた。


「どのくらい眠っていた?」


「2日程です。ですが、一週間は休養が必要だと医師が仰っておりました」


一週間とはまた大げさに判断されたものだと、リカルドは溜め息を吐く。


「心配ない。今日から仕事に戻れる」


「いけません」


リカルドの言葉をバッサリと切り捨てて、アロイスはベッドの側に置かれた椅子に腰を下ろした。


「事務的な作業は、私がいたします。幸い急を要する仕事はありませんので」


「しかし」


「リカルド様」


「お身体を大事になさるのも、当主の役目ですよ。ここで無理をしては、同じ事を繰り返す事になります」


「……分かった。だが、せめてあと3日にしてくれ。一週間は長すぎる」


大人しくなったリカルドの言葉に、渋々アロイスは頷いた。それ以上の妥協は無理だと、長い付き合いで悟ったのかもしれない。


「では、私は隣の部屋で書類を整理してまいります。何かあればお声掛けください」


そう言って、アロイスは立ち去った。あくまで隣室に控えるのは、見張りも兼ねてだろうとリカルドは思う。先代から当主に仕えて来た執事だ。事務的な作業は任せておいて問題ないと考え、リカルドはぼんやりと天井を見上げていた。こうして寝転がりながらも、頭は勝手に仕事を始める。幸い考える時間はたっぷりと貰えたようなので、彼はブラン領の安定した財源獲得の為に自分ができる事を考え始めた。


様々な可能性を検討する為に、まずは情報収集が必要だと、参考人リストを頭の中で作成している時だった。そっと扉がノックされ、入ってきたのはオレイアだった。まだリカルドが眠っていると思っていたのか返事を待たずに入室した彼女は、リカルドと目があった瞬間、少し固まる。


「お、起きてらっしゃったんですか」


「水を替えに来てくれたのか」


はい、と頷くオレイアが新しい水差しをサイドテーブルに置くのを眺めながら、ふとリカルドは疑問に思った。


「しかし、何故アリシア付きのお前が?」


ビクリ、とあからさまにオレイアは動揺した。聞いて欲しくなさそうに視線を逸らすオレイアに、リカルドは何かあったのかと無言で問いかける。


「ア、アリシア様は、その……」


「なんだ」


「い、いなくなってしまわれました」


「っ、どういうことだ!!」


それから数十分に渡り、最近のアリシアの様子まで洗いざらい吐かせたリカルドは、額に手を当ててベッドに倒れこんだ。もういいと言えば、オレイアも暗い顔を隠さずに去って行く。話によればアリシアは3日程で戻ると残して行ったらしいから、ちょっとした旅行のつもりなのかもしれない。夫が倒れて監視の薄い間に遊びに行ったのだという噂が流れているらしく、オレイアはそれを信じないで欲しいと必死になって言っていた。


「……本当に、アリシアに忠実になったもんだ」


少し笑って、やがて表情を戻したリカルドは、ぼんやりとアリシアの事を考える。最近は気まずくてきちんと彼女と接していなかったから、何を考え過ごしていたのか全く想像がつかない。けれどこのタイミングで、しかも侍女も付けずに居なくなったのだから、もしかしたら此処での生活に――いや、リカルド自身に愛想を尽かしたのかもしれなかった。

仕方ないのかもしれない。そう思って、リカルドは目を閉じる。急に現れた男に流されるまま娶られたと思ったら、その男は自分の父親を牢獄に送るわ、婚約話を破談にした原因だわと散々だったに違いない。別に愛しいと思って妻に迎えたわけじゃない。だから自分が気落ちする事はないじゃないかと思いながらも、リカルドは何か満たされない気持でいっぱいだった。

ルイスに対するコンプレックスを見抜いたアリシア。そうして自分の為に何ができるのかを一生懸命考えて、行動していた。晩餐会の夜、二人きりのテラスでそっと抱きしめた身体はとても華奢なのに、凛とした瞳は力強かった。それが、どうしてか堪らなかったのを覚えている。


「馬鹿じゃないのか、俺は」


情が移ったのだろうか。そうでなければ、この感情はなんだと言うのだろう。アリシアは、跡継ぎを残すのに必要だと判断したから迎えた女だ。そうでなければ、一生関わりたくも無い程に恨んでいた時もあった程、側に置きたくない存在だった。けれどイライラともやもやした気持ちが治まらず、リカルドはやるせない気持ちにさせられた。





「アリシアは」


「まだお戻りになりません、リカルド様。――それと、その質問は既に本日4回目です」


「……うるさい」


別に何か意味があるわけではない、とリカルドはムスッとした。ただ、一日中ベッドに縛り付けられているのが暇すぎて、他に気にする事がないだけである。

アリシアが屋敷から居なくなって、既に5日が経過していた。『3日程留守にします』の“程”とは一体どの位までを指すのかと、リカルドは落ち着かない。もしかしたら何か事件に巻き込まれたのではと街の警備にあたっている者達に定期連絡をさせているが、今の所情報は掴めなかった。


「リカルド様っ、たった今連絡が!」


バタバタと駆けこんできたのは、アリシアの捜索隊に駆り出されていた使用人だ。リカルドはガバリと起き上がり、直ぐに彼を傍まで呼んだ。


「っ、見つかったのか!」


「はい、少し前に馬車に乗り込んだアリシア様らしき女性を見たとのことです。此方に向かっているようで、あと半刻程で着くかと」


「そ、そうか。ああ、有難う。戻って良いぞ」


帰ってくる。アリシアが、此処へ。


「良かったですね、リカルド様」


「別に……どうでもいいがな」


にこにこと笑いかけるアロイスにオレイアにも伝えるよう命じ、リカルドは立ち上がった。せめて屋敷に戻って来た時、一番に怒鳴りつけてやろう。そうでもしないと、後で今まで貯めこんだイライラともやもやを、全て彼女にぶつけてしまいそうだった。





エントランスホールで階段に腰掛けながら大きな扉が開くのを待ちわびていると、外から馬の嘶く声が聞こえた。来たか、と腰を挙げ、思い切り叱ってやると気合を入れていると、呼び鈴が鳴らされる。リカルドは取っ手をガシリと掴み、そして思い切りそれを開け放った。


「お前っ、……、……!?」


「あら? 御当主自らお出迎えだなんて」


しかしそこに立っていたのは、アリシアではなかった。彼女にぶつけようとしていた罵声は、直ぐに萎んで消えて行く。


「……ライラ、クラウス」


「そんなに勢いづいてどうしたんだ?」


「上がっても良くて? 私、アリシアさんに会いに来たのだけれど」


首を傾げるクラウスと固まるリカルドを置いて、ライラはズカズカと屋敷内に入ってしまう。


「……」


「リカルド?」


「あ、ああ。取りあえず中へ」


まだ状況についていけていないリカルドは、不思議そうなクラウスの声に我に帰り、誤魔化すように笑った。




「ところで、その袋はなんだ」


通した応接室(ドローイングルーム)で、リカルドは二人の相手をする事にした。報告通りなら、アリシアももう少しで到着するはずだ。


「これか? 母が趣味で育てているハーブだ。アリシア嬢に渡す約束をしていたのだが」


「そういえば、アリシアさんは未だなんですの?」


ライラに問われて、リカルドはもう少し待てと窘める。しかし、クラウスはいつの間にアリシアと仲良くなったのだろう。以前アリシア宛てに手紙が届いたという報告を受けはしたが、それは晩餐会でアリシアに興味を持ったライラがクラウスの名を使って出したものだとばかり思っていた。しかし彼の口ぶりでは、クラウスはアリシアと直接そのような約束をする仲にまで発展しているようだ。

けれど何となく聞きにくくて、リカルドはその疑問を胸の内に閉まった。


「そうだリカルド。これから、市街地に繰り出そうとライラと話していたんだが、良いか?」


「俺の許可は必要ない。アリシアに直接聞けば良い」


「そうか」


言って、クラウスは頷く。何故だか治まらない胸のいらいらが増すような気がした。


「お前も行くのか?」


「女二人で行かせるのも心配だからな。リカルドはどうだ?」


問われて、リカルドは首を振った。今この状況で、アリシアと楽しめるかと問われれば、答えは否だ。


「俺は良い。仕事が残っている」


「相変わらずの仕事人間ね。つまらない男」


ライラのボヤキを無視しながら紅茶の入ったカップに口を付けた、その時。バタン! と応接室の扉が開かれた。ぎょっとする3人の視線の先には、肩で息をする一人の少女がいる。


「……アリ、シア」


「リ、カルド、さまっ、ただいま、戻りっ、ました!」


ぜーぜーと言いながら呼吸を整えようと苦戦するアリシアの格好は、酷いものだった。そもそも着ているのは街娘が着るようなワンピースで、泥だらけな上、所々破けている。

まるで山道を追われて逃げて来た盗人のようだとリカルドは自分の妻に対して思った。

それなのにどうしてか自分の身体は勝手に動き、アリシアをそっと抱きしめている。いったい何をしているんだ俺は、と思いながらも、アリシアの乱れた髪を右手で梳いた。


「リカルド様、あの、お身体は?」


「……問題ない」


「あ、あの、汚れてしまいますので」


恥ずかしそうにそう言われ、リカルドはハッとして彼女を離した。自分達を見つめる二人の視線から逃げるように、窓の外を見る。そうだ、今は来客の前だった。問い詰めたい事は山ほどあるが、それは後にしようとリカルドは思った。


「アリシア嬢、その格好は?」


クラウスに問われて、やっとアリシアは二人に気付いたらしかった。暫く固まった後、此方が心配になる程慌て、それから転びそうになり、そうしてガバッと頭を下げる。


「クラウス様!! あの、えっと、申し訳ありませんでした!」


「ア、アリシア嬢?」


「そうですよね、お約束した日ですよね、もう少し待っていただけますか!? 着替えて参ります!」


言い残して風のように去って行くアリシアを、3人はぼんやり見守った。


「な、なんでしたの、今の」


ポツリと呟いたライラの言葉に、リカルドは激しく賛同したい思いだった。


クラウス&ライラ、本格始動です(笑


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