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男達の晩餐会※

「晩餐会の方は良いのかい?」


「執事に任せておけば何とかしてくれる」


問うローレンにそう返して、リカルドはワインの封を開けた。注がれた年代物のそれを口にしながら、3人は硝子製のローテーブルを囲むようにして腰掛けている。

夏の夜は蒸し暑く、堅苦しい場でもないので全員がジャケットを脱いでいた。開け放った窓からは遠く、微かにホールの喧騒が聞こえる。




「……怖がらせてしまったかな」


「気にするな」


アリシアの事を気にかけているらしい悪友に、リカルドは何でもないように言う。と、先程から気になっていたようにクラウスが二人に問いかけた。


「ローレンは奥方と知り合いなのか」


「ん? ああそうか。お前と会ったのは、あの後直ぐの事だったな」


リカルドは言いながら思い返す。一人身になったローレンと二人で紳士クラブを渡り歩いていた際、偶々ポーカーをしたのが縁で、クラウスとつるむ様になったのだ。


「アリー……レディ・ブランと僕は、婚約者という間柄だったんだよ。一時期ね」


掻い摘んで説明するローレンに、クラウスは目を見開いた。しかし何ともこういった類の話に似合わない男だ、とリカルドは可笑しく思う。自分達と何故気が合うのか不思議な程、クラウス・ドゥーケという青年は随分と生真面目な性格をしていた。


「――しかし、まさか君が彼女と結婚するなんてね」


「何だ? まさか未練があるわけでもないだろう」


フン、と鼻で笑うリカルドに、ローレンは肩を竦める。


「そりゃ無いけどさ。でもあの時だって、元々は君が原因とも言えるだろう?」


「どういう事だ」


すかさずクラウスが訪ね、リカルドは気まずそうに黙り込んだ。


「僕が彼女と別れるキッカケになったのは――リカルドからある話を聞いたからなんだ」


「ある、話……とは?」


「――よせ。過ぎた事だろ」


リカルドの険のある言い方に、ローレンはふぅん、と含みのある笑いを浮かべる。


「まあ、そうだね。おいそれと人に話して良い事でもないし」


クラウスはまだ知りたそうにしていたが、しかし破談となる程に重いだろうアリシアの話を、無理に暴こうとはしなかった。




「でもリカルド、それならば何故奥方を選んだんだ?」


クラウスに問われて、リカルドは返答に窮した。アリシアにそれ程の秘密があるのを知っていて娶った理由など1つしかないのだが、しかしそれだけは親友にも打ち明けられない、彼が持つ最大の秘密だ。およそアリシアの抱えている闇など比べものにならないネタであることは、リカルド自身が一番知っていた。


「……」


黙り込むリカルドに、ローレンの表情がからかうようなそれに変わる。


「そうだね、例えば、僕が破談しようと思った程のそれを、君は大して重大に感じない、とか」


「というと?」


食いついたクラウスに、ローレンは笑いを堪えたように続けた。


「だから、そんな欠点気にならないくらいに、アリシア嬢しか見えていない! ってことだよ」


もうだめ、と結局腹を抱えて笑うローレンを、リカルドはキッと睨み付ける。もしもアリシアに絆されている自身の姿を想像しているなら、その頭を思いきり殴ってやろうかと思った。生まれてこのかた、女っ気のなさなら社交界で1、2を争うかというリカルドだ。一時期は男色家という大変不名誉な噂まで流れた彼が盲目な恋などと、あり得るわけがない事は、ローレンは勿論リカルド自身も承知していた。しかしローレンの戯言を真面目に受け取ったクラウスは、大きく頷く。


「なるほどな」


「そんなわけあるか!!」


怒るリカルドに、クラウスは、違うのか? と言いたげな顔をしていた。


「なんだ。もし君が当時横恋慕していて、僕と彼女をなんとか引き離したかった、って言うんなら、結構ロマンチックな話だと思ったんだけど」


残念、と軽口をたたくこの男を、誰かどうにかしてくれとリカルドは本気で思う。


「大体、お前らの破談は、秘密云々の前にお前自身にも大きな欠陥があっただろうが」


「まあね。今はマシになったけど、あの頃は酷かったもんなぁ」


“楽しい事”と“美しい物”に、執拗なまでの拘りを見せていた頃のローレンを、リカルドは思い出した。今も本質は変わっていないとも思うが、確かに対応はマシになっていると言えなくもない。そもそもリカルドとローレンの関係も、“拾われ伯爵”という上流階級に突然現れた異端児に興味を持って近付いてきたローレンと、意気投合したのが始まりだった。


少し冷静さを取り戻そうと、リカルドは椅子に深く腰掛け、それから背もたれに体重を預けた。吹き込む生温い風を額に浴びていると、不思議と他の二人も無言になる。リカルドがそっと窺えば、それぞれが体を休めているようだった。





「なあ、リカルド」


「なんだ」


ゆったりと流れる沈黙を破ったのはローレンで、リカルドとクラウスの視線だけが彼に向かう。


「ルーベン・ベルジェ逮捕の件。あれ、君がやったんだろ?」


「……どうしてそう思う」


流石に体を起こしたリカルドを、ローレンは珍しく真剣な表情で迎えた。


「だってタイミングが良すぎるじゃないか。彼女を娶って、実質肩代わりしなくてはならなくなった借金が、今回の逮捕劇で責任を負わなくて良くなる」


「しかし、ベルジェ家との婚姻が爵位目的だとするならば、それは破綻していないか?」


その指摘に、ローレンは頷いた。


「そこだよね、クラウス。僕もそこが解せない」


「ならば俺がやったとは言い切れんだろう」


馬鹿馬鹿しい、と一蹴しようとしたリカルドを、しかし阻んだのはローレンだけではなかった。


「だが私も、お前の仕業だと思う」


「……クラウスまで何を」


「もしアレが他の誰かの策略なら、お前が気付かないわけがないだろう? 密告文書には相当に詳細な内容が書き綴ってあったという話だし、その為の調査はコソコソ嗅ぎまわっていただけなら膨大な時間が必要となる。かと言って少しでも大胆な動きを見せれば、何らかの手を打っておくのがお前のやり方だ」


言いきられて、結局リカルドは何も言い返せなかった。なんだか今日はアリシアの話ばかりだと思えば、それは急に相談なく結婚などした彼への仕返しなのかもしれないとリカルドはぼんやり考える。ありのままを打ち明けられない後ろめたさもあって、結局はこの状況を甘んじて受け入れる事にした。





「なにはともあれだ」


「……」


次は何を言われるのだろう。そう身構えたリカルドを目の前に、ローレンとクラウスは一瞬互いを見遣り――そして、急に表情を和らげた。



「「結婚おめでとう、リカルド」」


リカルドは脱力した。なんて素直じゃない祝い方だ、と思いつつも、一番胸に響いていると感じる自分がいる。してやられたという感が強いのに、どうしてだか笑いが漏れた。


「あんなに面白そうな娘、きっと飽きないよ」


「俺は中々芯の強い女性だと思ったがな」


ローレンが彼らしい見解を述べ、クラウスは慣れないのかややぎこちなく言った。


「……普通に祝えないのか、お前らは」


呆れるリカルドに、ローレンは首を振る。


「そんなの僕ららしくないじゃないか」


「一生に一度の事だからな。これで忘れられないだろう」


生真面目だが、やはりリカルド達と一緒にいるだけあって、どこかズレているクラウスだった。

隠し事をしていても、この二人ならそれを含めて自分と向き合ってくれるだろうと、リカルドは思う。ブラン家に拾われる前の自分には想像もできなかった事だなと、リカルドは亡き両親に改めて感謝するのだった。





なにやら知らないうちにお気に入り件数が物凄く増えていて恐縮です。

ご期待に添えるよう、精進して参りたいと思いますっ!!



リカルドの秘密も、小出しにしつつ完全に明かされるのは未だ少し先の話となりそうなので、あれこれ想像しながら楽しんでいただければ幸いです。


それにしても本当にこの二人イチャイチャしないなぁ、とじれじれする方もいらっしゃるとは思いますが、お付き合いいただければと嬉しいです。


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