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仕返しのダンスパーティ※

晩餐会は、立食形式の食事から始まり、休憩を置いてダンスパーティへと移行することになっていた。

次々とホールに入ってくる来客と言葉を交わしながら、リカルドは内心疲弊しきっている。毎度のことながら従兄と繰り広げる舌戦は、何も生まない上に体力を削る。こんなことなら呼ばなきゃよかったと、リカルドは出来もしないのに悔いていた。


「本日はお招き有難うございます、ブラン伯爵」


そう妖艶に微笑むのは、ドゥーケ侯爵の娘、ライラだ。流石社交界で話題に上るだけあって、随分と美しい娘であることはリカルドにも分かる。周囲の目を楽しむような笑みは、昔から変わらない。


「こちらこそ。楽しんで行ってください」


「勿論ですわ。兄も後から来るようですし――ああ、そうそう。御結婚おめでとうございます」


女に興味がないのかと思っていましたわ、と付け加えられた言葉を敢えて無視して、リカルドはにっこりと微笑み返した。


「ありがとう。後で紹介する」


「結構ですわ。一度拝見したこともありますし。本当に、この私を無碍になさったくせして、どうしてベルジェの娘なんて」


不機嫌な理由はそこか、とリカルドは溜め息を吐いた。ライラの兄とは良き友人であり、ライラ自身とも昔から頻繁に顔を合わせていたリカルドは、以前彼女から想いを打ち明けられたことがある。それでも随分と前の話で、もう時効かと思っていたがそうではなかったらしい。


「私は変わり者らしいからね。君には理解できないかもしれない」


「あらそうね。でも本当にお気の毒。――まさか犯罪者の娘だなんて、ブラン家の品格を疑うわ」


無遠慮極まりないライラに多少苛立ちつつ、リカルドはそっと目を伏せた。



「アリシアは確かにあのルーベン・ベルジェの娘だけれどね。随分と虐げられていたらしく、父親とは似ても似つかない可憐な人だよ」


リカルドの浮かべた寂しそうな顔に、ライラも悲しそうな顔をする。


「まあ、……お可哀想に」


「だからライラも」


「――って、なるんでしょうね、皆さんは。成程、そうやって自分のイメージを上げる作戦でしたの」


本当に捻くれてる娘だ、と思いつつ、リカルドは肩を竦めて観念した。


「ま、そういうこと」


分かったら会場内の男の目でも楽しませて来いとリカルドが送りだそうとした、その時

――ざわっ、と、周囲の雰囲気が変わった。



「なにかあったのかしら」


ライラが人垣の中心へと入って行く。それを追って進んだリカルドは、次の瞬間言葉を失った。



海のように鮮やかなブルー。最近流行りだと言う淡色のドレスの中で、彼女はひと際存在感があった。

ゆるく巻かれた美しいブロンドの髪。そして、惑わされそうな菫色の瞳。



「アリ、シア」


凛とした表情が、自分の声を聞いて此方へ向けられ、そして花が咲いたような笑顔に変わる。


「リカルド様」


たたっとアリシアはリカルドの元へ駆け寄る。先程まであちらこちらで囁かれていたアリシアへの陰口は、彼女への称賛に変わってしまった。元々整った顔はしていたが、幼さのせいであまり目立つものではなかった。化けるもんだなとリカルドはただ関心してしまう。


「遅くなってしまい、申し訳ありません」


「ああ……いや」


「内輪のパーティだと聞いていたので、まさかこんなに大勢いらっしゃるとは思っていませんでした」


予想の3倍はいらっしゃいます、と照れたように笑うアリシアに、リカルドは、そうか、と返した。

“ルーベン・ベルジェに虐げられた可哀想な少女”を救ったというイメージ付けの為だと自分に言い聞かせて、リカルドは彼女の肩をそっと抱く。触れた金のストールの滑らかな肌触りが、至極心地よかった。






食事の時間は何事も無く過ぎ――強いて言えば挨拶回りで忙しく碌に食べられなかった事が残念と言えば残念だが――ホールは使用人達によって手際よく片づけられた。広々とした空間ができ、客人たちが自然と決まったパートナーと組になる。



「私達も行こう、アリシア」


主賓の自分達が居なければ始まらない。アリシアの手を取って中心に進み出たリカルドを、多くの視線が追う。

侮蔑、羨望、嫉妬。自分がブラン家当主を名乗る事に本当は納得できていない者だって、少なからず居る事も知っていた。

あくまで晩餐会での余興として行われる為、ダンスは最初の一曲だけ踊れば後は自由参加だ。ゆったりとしたワルツから始まり、徐々に難易度が上がるよう選曲してあった。

静かにBGMを奏でていたオーケストラが一端手を止め――そして、ワルツが始まった。



「今日は随分とめかしこんだな」


ダンスは得意なようだと意外に思いながら、リカルドはアリシアに話しかけた。この距離ならば、他の人間に聞かれる事もないだろうと堅苦しさは捨てる。


「へ、変ですか?」


「いや。――どういう心境の変化かと思ってな」


慌てた顔をするアリシアを可笑しく思いながら、リカルドは近付いてきたペアとぶつからないようアリシアをそっと抱き寄せた。すると、アリシアが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ふふ。リカルド様は、あの日以来甘い囁きをくださいませんね」


突然の言葉に目を丸くしながら、リカルドは不機嫌そうに顔を顰めた。


「欲しいのならやるが?」


あらあら、とアリシアは笑う。


「必要ありませんわ。そんな事をなさらなくても、リカルド様は十分お優しいですから」


「……ふん」


どうして今日はこんなにも好戦的なんだと不快に感じながら、リカルドはこういうアリシアは苦手だと思った。



「あ、めんどくさいって思いました?」


「そんな事は無い」


「もしかして、疲れていらっしゃいます?」


「そんな事は無い」


「ルイス様の事、お好きではないでしょう?」


「……そんな事は、無い」


思わず目を逸らしたリカルドに、アリシアは浮かべていた笑みを消した。



「私は、嫌いです」


「……は?」


「嫌いだなって、思いました」


「――そうか」


丁度曲が終わり、アリシアの手がするりとリカルドのそれを離れた。それを待ちかねたように次の曲へと誘われるアリシアを見ながら、リカルドは不思議と穏やかな気持ちでいた。




アリシアの先程の言葉の意味を知ったのは、ダンスが終盤に差し掛かった頃だった。

社交界にも滅多に顔を出さないアリシアと交流する機会とあって誘われ続ける彼女は、休憩なしに踊り続けている。しかしその優美な振る舞いは変わらず、こんな一面もあったのかとリカルドは内心驚いた。そこだけは侯爵家の令嬢らしさと言えるかもしれない。

曲の難易度は最高レベルまで達し、殆どの客人が脇に用意された椅子に腰かけ歓談を楽しんでいる。それだけ、多くの視線がダンスを続ける人々に集中しているということでもあった。



「踊っていいただけますか、ルイス様」


最後の曲となり、数人しか残っていないホールの中央で、アリシアがルイスに声を掛けた。

リカルドを始め、リカルドとルイスの確執を嫌なくらいに知っている面々は、驚きつつもその成り行きを興味深げに追う。ルイスは一瞬迷う様に顔を歪めたが、しかし直ぐに了承した。アリシアの笑みが一層深まる。

そして――

バイオリンの音が、場内に美しく響いた。リカルドが選曲したのは、ここ数年普及してきたもので、ダンス好きの為にあると言えるような曲だ。上級のステップがふんだんに盛り込まれた構造をしており、ダンスパーティとしてはメジャーではない。アリシアがここまでダンスを得意としているのを知らなかったリカルドは、この曲を昔から世話になっているダンス好きの子爵夫婦に送ったつもりだった。

だが、一番注目を集めているのは誰かと問われれば、間違いなくコバルトブルーのドレスを煌めかせてクルクルと回って見せるアリシアである。

ステップは素早い上に激しい。しかしアリシアはそれを華麗に見せていた。



序盤・中盤と、二人は間違える事無く踊り続けた。観客と化した客人達も、感嘆の溜め息を吐く。

しかし次第にルイスの表情が苦しそうなものに変わるのが、遠目にも分かってきた。どう見ても、アリシアにリードされている。それは周囲の人間にとっても同じに感じられるようで、女にリードされる彼を面白半分、そして戸惑い半分に見つめる視線が多かった。

ジャンッという管弦楽器の大きな一音が響いて、曲が終わった。ポーズを決めた者たちに、大きな拍手が贈られる。

それを聞き終わって静まった瞬間を見計らったように、アリシアがルイスに声を掛けた。



「ルイス様、お相手頂きありがとうございました」


「……」


忌々しそうなルイスの視線を物ともせずに、流石に少し弾んだ息を整えながら、アリシアは二コリと微笑む。


「うふふ、ルイス様ったら。リカルド様をあんな風に仰るから、どんなに凄い方かと思えば、実は」


そこでアリシアは、ルイスの手を取り無理矢理握手をした。そうして、ルイスの顔をじっと見つめ、愛らしい声で告げた。


「実は――大した事、ないんですのね」



ざわり、と周囲の空気が揺れた。普通なら礼儀知らずと言われそうなアリシアの言葉。しかし、当主であるリカルドに対する日頃のルイスを知っている人々にとっては、そう映らなかった。

リカルドを支援する者にとっては小気味良い仕返しであり、そうでない者にとっては黙って目を逸らすしかない光景。


「リ、リカルド様、笑っては失礼ですぞ」


「わ、笑ってなどない」


執事に嗜まれ、建前上表情を作りなおしたリカルドは、シンと静まるホールの中心へと足を向けた。固まったままのルイスの傍に立ち、そしてアリシア達を始めとする踊り続けた客人達に笑顔を向ける。


「いやはや、皆様お見事でした」


その言葉に、何人かが頭を下げる。続いて観客達に向き直ったリカルドは、声を張り上げた。


「さあ、最後まで素晴らしいダンスで楽しませてくださった方々に、拍手を!」


そうして会場は拍手に包まれ、軽食が使用人によって運ばれてくれば、徐々に喧騒を取り戻し始めた。



長らくお待たせいたしました……


次の話は、明日更新できればと思っております

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