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プロローグ
「ここが君の部屋だ。分からない事があれば、そこの侍女に聞いてくれ」
紹介を受けて、隣にいた女性が頭を下げた。まだ状況に取り残されているアリシアは、何も言えずに目の前の男を見る。やや短めの黒髪に、同じく吸い込まれそうな黒色の瞳。背は高い方で、細身だが案外しっかりとした体躯をしている。小柄なアリシアと並べばそれはより際立った。
「少し疲れたかい? 夕食は遅めの時間にするから、ゆっくり休むと良い」
人の良い笑顔がアリシアを捕え、彼女は少し恥ずかしくなって俯く。それから小さく頷くと、男は満足したような顔をして出て行った。今日からアリシア付きになった侍女も気を利かせたのか部屋を辞し、一人になったアリシアはまだぼんやりとしか働かない脳で考える。
そもそもアリシアは、数時間前まで自宅で皿洗いをしていた筈だった。それが終われば昼食の用意のついでに夕食の下ごしらえもしてしまおうと考えながら、のんびりとお皿を擦っていたのである。
それが、どうしてこうなってしまったのか。