4
温かい香草茶を片手に、ルイはまたしても硬直していた。
こんなに薄い器は見たことがない。口をつけて歯を立てれば、そのままポキリと割れてしまいそうなほど薄いのだ。そのくせ熱を伝えず熱すぎないし、おまけに施されている装飾は何がなんだかわからないほどハイセンスだった。
「……あの、ナイゼルさん」
「なんだい?」
「その領主様がお探しの方は、やっぱり私じゃないと思います。だって私には親もいないですし……」
なんで、とナイゼルが首を傾げる。
「親の有無がその人のすべてを決める訳じゃないし。親がいたってぐうたらな木偶の坊だってごろごろいるよ」
だから心配するな、とでもいうかのように真っ白な歯を見せて笑う。なんでも、彼は王宮付きの騎士らしい。次元が違いすぎて笑えてくる。
その彼がルイに施した説明は、ルイの想像の範疇なんぞ軽く飛び越えていた。
なんのことはない。ここら一帯の地域を治める若き領主様が、お忍びで下町偵察に出た際にルイの絵を見かけ、以来心引かれているというだけの話だ。
言葉にしてみれば簡単だが、どう考えても信じられない。
「私の絵をお気に召すなんて、きっと美しいものに囲まれすぎて物珍しかったのでしょうね」
ここの庭はとても綺麗だ。この部屋に辿り着くまでに見た芸術品も、屋敷の主がかなりセンスがいいことを表している。
「君の描く絵は確かに珍しいけど、本当に美しいよ。どこか現実からかけはなれた次元のもののように思えるんだ。レニが……ここの領主が気に入るのも無理はない」
あいつは芸術が好きだからねえとにっこり笑うナイゼル。先程から笑顔すぎるぐらい笑顔で怖い。ルイは頷くしかなかった。