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少女は絵を描く  作者: 栗原糸
少女とお迎え
3/4

2

 そんな彼女が何故だか、豪華な装飾で煌めく馬車に乗って、地域一帯の領主の屋敷に向かっている。頭ではわかっているのだが、その理由は未だに納得できないでいる。


 目の前の金髪の男性をそっと上目で窺うと、相手もこっちを見ていたようでばっちり目があってしまった。戸惑って視線を外すと、整った顔が微笑んで綺麗に包装された包みを取り出した。

「お腹すいてない? チョコレートがあるんだけど」

 慌ててルイは首を横に振る。


 この国では金髪は貴族の証。たまに突然変異か何かで赤毛や銀髪の庶民もいるが、金髪は貴族にしかいない。ルイのような茶髪も本当に稀少な例である。少なくとも、ダウンタウンに住む自分が気安く言葉を交わしていいような相手ではない。自分の立場はわきまえているつもりだ。

 その上、ダウンタウンの住民には手を出せないような高価な食べ物をもらうなんて。


 細い膝の上で組んだ手にぎゅっと力を込めると、彼は明るく言った。

「そんなに警戒しなくても大丈夫、毒なんて入ってないし、この先も君に危害は加えないよ。まあ、いきなり信じろって言われても困るだろうけどね」

 初めて会った時にナイゼル・ブレイアンと名乗ったその青年は、特に気を悪くした風もなく言った。確か家位はデノーマ。国王一族を最上位としたときに、上から2つめの家位だ。いくら教養がないとはいえ、それぐらいは全国民が知っている。

「本当は嫌だった? 僕と来るの」

 嫌、というわけではない。恐れ多いという気持ちはあるけれど。それは嫌だという事になるのだろうか。

 答える事ができずにいると、無理に言わなくていいよと言ってナイゼルは窓の外を見た。

「ほら、着くよ。しばらくここが君の家だ」



 場違いすぎる世界にルイはすっかり臆していた。外門を通ってからしばらく経つが、屋敷の大きさに驚きを通り越して言葉が出ない。ルイの知る世界とは規模が違いすぎるのだ。


 夢を見ているのではないかと何度も自分の頬を抓ったが、その度に襲う痛みが現実であることを知らせ、立ち眩みで倒れてしまうのではないかと思う。

 ルイは心の中で、これは夢だ、何かの間違いだと何度も呟いた。するとせりあがるような吐き気は薄れ、馬車が止まる頃には庭に咲いた綺麗な薔薇を見て、もしも許されるのならこの風景を描いてみたいと思えるまでになった。



 ようやく馬車が止まると先にナイゼルが降り、続けて降りようとしたルイに手を差し伸べる。

「ルイ様、お手をどうぞ」

 にっこりと笑っておどけたように言われた台詞に頭が真っ白になる。


 美形で女顔、しかも長躯痩身、そんな青年に甘い声で微笑みかけられたらこの世のほとんどの女は一瞬で落ちるだろう。しかしルイは違った。


「嫌っ!」

 今まで一言も喋らなかったのに、悲鳴に近い声で鋭く叫んだ。驚いたナイゼルが目を見開く様を見て、はっと我に返る。馬車の中にも関わらず、頭を低く下げて縮こまるように謝る。

「失礼致しました。ご無礼をお許しください」

 けれど、我慢ならなかったのだ。

 自分のような存在が、ナイゼルのような上流の者に丁寧に扱われることが。

「顔を上げて。ごめんね、僕、そんなに君に嫌われるようなことしちゃったのかな」

 少し翳った笑顔で彼が問うと、ルイはぶんぶんと首を横に振る。

「・・・・・・じゃあ、もしかして呼び方が気に入らなかった?」

 ルイが首を縦に振って肯定すると、「じゃあルイちゃんならいいかな」と頭の低いルイに合わせて腰を折って尋ねた。


「ルイと呼んでください。私のような者に敬称など必要ございません」


「どうして? ルイちゃんはルイちゃんでしょう?」ナイゼルの言葉に、ルイは虚を突かれた。「君の名前はルイだ。そして女の子。だから、ルイちゃん。何か変かな?」

 「そんなに自分を卑下しないでよ」と彼は言い、まだ頭を下げたままだったルイの手を取って立ち上がらせる。

「僕はね、女の子は大事にしないと気が済まない主義なんだ。できればその敬語も止めてほしいけど、それは流石に君の気が引けるでしょ。悪いけど、この扱いに関しては少しだけ我慢してもらえる?」


 明らかにおかしな主張をしているのはルイの方なのに、文句ひとつ言わずそれを受け入れた上で彼女が気を遣わないよう気遣われたその言葉に、ナイゼルの性格と知的さが窺えた。


 それでもルイはエスコートされることに気が引け、ナイゼルの後ろをついていこうとしていたが、それに気付いた彼が説得し、彼の隣に並んで歩くというところで妥協させた。



 ようやく屋敷の玄関に辿り着いた頃には、ルイはなんとなくナイゼルと会話ができるようになってきた。自分に害を与えないということがようやく信じられ始めたのだ。

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