落とし物。
とある駅前に、
一人の少女がいました。
何かを探しているようで、キョロキョロとあたりを見渡しています。
そこに、面倒見の良さそうな男性が通りがかりました。
男性は少女に気付くと、
「何を探してるんだい?」
と聞きました。少女は
「落とし物」
とだけ答えました。
「どんな物?」
と男性が聞くと、
「…お財布?」
と少女は返します。
男性は少女と一緒に財布を探してあげました。
やがて、一つのやけに高そうな財布が見つかりました。
男性が
「これ?」
と聞いて
「それ」
と少女は答えます。
その後、少女は礼を言ってぺこりと頭を下げました。
男性は、『良い事したなあ』と満足して帰って行きました。
帰りの道中、
(やけに高そうな財布だったけど…訳ありだったのか?)
などと考えましたが、意識はやがて今日の夕食の事へと変わっていきました。
次の日。
少女は、またも駅前で何かを探してあっちをコソコソ、こっちをガサガサ。
如何にも探し物をしている、といった様子でした。
そこへ恰幅の良い中年の男が近づいていき、声をかけます。
「何をしているんだい?」
少女は
「落とし物を探してるの」
と答えました。
男が
「どんなものなんだい?」
と聞くと
「キラキラしたやつ」
と少女は言いました。
「キラキラ…か…もうちょっと詳しく言えない?」
「うーん……」
「そっか…」
男はその後も一緒に探してあげましたが、自分の仕事の時間もあるので帰ってしまいました。
帰り際に
「見つけられなくてごめんよ。代わりにこれでジュースでも飲みな」
と言って千円を渡していきました。
少女は、何度も頭を下げて礼をいいました。
その次の日。
抜け目のない、それでいて誠実そうな顔をした青年が駅前にいました。
そして、少女もやっぱりそこにいました。
今日は視線をあげて、色んなところを見渡しています。
「……お嬢ちゃん、いったい何をしているのかな?」
聡明そうな青年は、暇つぶしの意もあり、
女の子を観察しながら声をかけました。
「落とし物を探しているの」
毎度の受け答えを少女はします。
(嘘は吐いていないようだな…)
青年はそう考えてから、
何でも疑ってしまう自分にかぶりを振りつつ、
少女に手伝いを申し出ました。
「手伝おうか?
何を探しているのかな?」
少女は困った顔をして
答えません。
青年はまたかぶりを振り振り、
それらしき物を探し始めました。
捜索すること十分あまり、
青年は再び少女を観察していました。
やはり情報が無いと
探すものも探せない。
そんな言い訳を心にしまいつつ、少女を眺めます。
少女は道の端を探したかと思うと、
狭い路地に入ったり、
それまた次の瞬間
反対側にある塀の上を探ったりと
様々な場所を探しています。
(……おかしい)
青年は、ある事に
気がつきました。
(普通、落とし物をしたときには、
『自分が通った道』を
探すものじゃないか?
それをあの子は、あっちこっちと
手当たり次第に……)
青年は、そこまで考えーー
上着のポケットから
財布を取り出すと、
地面に投げ捨てました。
さらにそれを拾い上げつつ、彼は少女に声を掛けました。
「君、探していたのはこれじゃないかい?」
少女は、答えました。
「……はい」
青年はそれを聞くと、
にんまりと笑ってこう言いました。
「実はそれ、
僕のなんだけど…
君、『何を捜して』
いたんだっけ?」
少女は苦虫を噛んだような顔をしたあと、
「……騙しましたね」
と苦々しく言いました。
青年は、
「人は疑わなくちゃだめだよ、お嬢さん。
さて……
交番、行く?」
と、それはそれは悪い目つきで言いました。
しかし少女は何の躊躇いもなく了承し、
青年は拍子抜けしながらも、
交番へと連れて行きました。
*
青年と少女は、
交番の前まで来ました。
「お巡りさん、今日は。
今空いてます?
ちょっと立て込んだ話をしたいんですが…」
青年の声に、
交番の警察官は怪訝な顔を向けて、
そこにいる青年を見、
そして少女を見て――――
にや、と笑いました。
「やあ、嬢ちゃん。
またなのかい?」
それを聞いた少女は
するりと青年の前へ出て、
「ええ、人を信じない
哀れな現代社会の犠牲者よ」
と言い放ちました。
青年があまりの豹変(?)ぶりとその言葉に戸惑っていると、
警察官はにや、と笑いながら聞いてきました。
「で、あんたは何でこの子をここに
連れてきたんだい?」
青年は事態の収集がつかないながらも説明を行いました。
「――つまり、
この子は『他人の落とし物を捜していた』んだ。
つまり、ネコババ。
まさか未成年だから見逃せ、とでも?」
にや、という表情を崩さない警官に問うと、
警察官は答えました。
「残念だけどね、
彼女を見逃せ、なんて言うつもりはないよ。
なにせ、彼女は無実だ。
……おっと、反論は後だ。1つ聞かせてくれや。
なぜ、彼女がネコババをしたと思うんだ?」
反論を押さえつけるような
問いに青年は、不満そうに答えます。
「それは、私の財布を
『自分の落とし物』
だと嘘を――――」
「『嘘』か。この子は……」
そこで少女がずい、と前にでて言いました。
「言ったでしょう?私はね、
『落とし物を探してる』、
のよ!」
青年が呆気にとられて、
何故か得意気な笑みを浮かべている少女を。
「ま、待ってくれ。
それがなんで無実ってことに――」
「解っちゃいないね、
兄さん」
警察官まで得意気ににや、と笑いながら言います。
「この子は、
騙すための嘘は吐いていないし、
ネコババなんてしていない。
何故なら……
この子は『落とし物』を
此処に届けるからさ」
「は?」
「ああ、解っちゃいない。
だからねぇ、この子は
『交番に落とし物を届けるため』に
落とし物を拾ってるんだ」
青年はまたも呆気にとられつつ反論します。
「し、しかしそれなら
落とし物を自分の物だと言わず、直接交番に――」
「もし兄さんが――――
いや、一般人が財布をそのまま
交番に届けるかい?
疑り深い兄さんのことだ、
他人なんか信じちゃいないだろ?
だから自分で届ける。
まあ『嘘』かもしれねぇが――――
『嘘も方便』
そういうこった」
しかし、青年は納得せずに
言い張ります。
「だが、そんな事をして
何になると言うんだ?
君になんの得がある?」
すると、少女は
胸を張って答えました。
「お兄さん知らないの?
落とし物はねぇ…
半年間落とし主が現れなければ
私のものになるのよ!!」
唖然とする青年とは
対照的に、
言い切った少女はさっぱりしたのか、満足げです。
それでも青年がまだ言い返したそうにしていると、少女は笑って言いました。
「それにね、私が落とし物を探しているとね、沢山の人が手伝ってくれるの」
それから少し困った顔で、
「見つからないから、ってジュースをくれたりする人もいるのよ?……まあ、悪いとは思うけど」
と言い、ばつの悪そうな表情になりながらも、
「でも、困ってる人に施しをする。した側は善いことをしたと思えるし、された私は施しを受けられる。
ほら、良いことずくめでしょ?」
やはり笑顔に戻って、
悪戯っ気な微笑みを浮かべました。
「ドラマなんかじゃ『渡る世間は鬼ばかり』なんてあるけれど、人って意外と優しいのよ?」
そこで一拍おいてから、
少女は笑みを濃くして言い放ちました。
「だから、私はあなたに言うわ。
『人は、信じなきゃだめだよ、お兄さん』!」
青年さんが少女にやり込められる話。
ホームズを読んで
外国のホームレス?物乞い?が儲かるよ、
と聞いて思いつきました。
警官のおじちゃんはきっと保護者。
まあ、適当におまけを。
「お嬢さんには騙されたよ。
『信じて』たのにな」
「知らないんですか?
どっかの誰かは言いました。
『人は疑わなくちゃ駄目だよ』と!」
「……嘘吐きだと信じろと?」
「まあ、そうなります」
……蛇足でした。はい。
ではこのあたりで挨拶を。
読んでいただき、本当にありがとうございました!