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3話 真実

 クラウスは、その後の決闘にはもはや興味はなかった。ただ帰る気力もなく、隅でうなだれていた。興奮で眠ることさえできなかったのが、最大の苦痛だった。

 訓練が終わって、再び全員が中心に集められた。


「皆ご苦労だった。良い決闘だったぞ……! 特にグラン。素晴らしい詠唱速度と精度だった」


 学生の集団からは悔しさや諦めの混じった息が漏れる。「やっぱりかよ!」「グランには敵わないか……」そんな声も上がったが、誰一人として異を唱える者はいなかった。

 当のグランは満足気に鼻を鳴らし、微笑んでナズニアの目を見た。しかし、彼女が目を合わせることはなかった。そのかわりに、


「私からもいいでしょうか?」


 軽く手を挙げる。


「私……気になったことがあるんですけど……クラウスくん、でしたっけ。どうして能力を使わなかったのでしょうか」


 まさか自分の名前が出ると微塵も予想していなかった彼は、驚きで固まった。


「大魔導師様……僭越ながら代わりに申し上げます。彼は……【無職】なのです。それ故能力を使うことなどとてもとても……」


 グランが【無職】の部分をたっぷりと強調し、代わりに答えた。生徒たちからクスクスと笑いが上がる。


 その嫌味たっぷりな言い方に普段なら怒りを覚えていたはずのクラウスも、自分の最も知られたくないことが英雄の一人に事細かに知られたという事実へのショックのほうが大きく、もはやグランには何も感じなかった。


 視界が揺らぎ、ぼやけていく。ナズニアが一瞬こちらを見て、再びグランに好奇心の視線をやるのを感じた。



「無職……ですか。それは職明書に何も記されていないということですか?」

「いえ、記されたのが判読不能な文様なのです。誰も読めず、そういう意味では何も書かれていないに等しいかと」

「へぇ……」


 私はあなたに質問したわけではないのですが……と小さな声が響いた。グランの瞳孔が開く。空気が一瞬にして氷のように冷たくなる。


 ナズニアが顎に手を当て思案している。数秒が経った。その雰囲気を打ち破ったのは、ほかでもない本人だった。明るい声で言う。


「ではクラウスくん、この後職明書を持って私のところまで来ていただけますか? ここで待っているので……。私からは以上で──」

「ちょっ、ちょっとお待ち下さい!」


 話を終えようとしたナズニアをグランが遮る。

 その顔には焦りが浮かんでいた。


「有望な生徒がいれば弟子にしてくださるはずでは──」

「ええ、そうですよ」


 今度はナズニアが遮った。


 グランは、自分が選ばれず無能だと思っていたクラウスが選ばれたというその結果に対して、惨めさに顔を真っ赤にしている。


 教師が訓練を終わらせるために言った。


「それでは。大魔導師様もよろしいでしょうか?」

「はい」

「これで決闘訓練を終わる。解散!」


 

 ──クラウスは少し期待していた。


 だが、裏切られたときに辛いと知っていたクラウスは、その期待を無視して、教室の自分の机にある職明書を取りに行った。


 流石に英雄が関わっていることもあって、普段彼を虐げる者たちも職明書を隠したり、クラウスを殴ったりすることもなかった。


 ただ、再び彼女の元へ向かう道中で一度グランに足をかけられたが……そんなもの、普段されていることに比べればあってないようなものだ。



 決闘場に着くと声がした。


「ここですよ、クラウスくん」


 ギャラリーにナズニアがいて、手を振っている。クラウスは階段を登り、そこへ向かった。


「こんにちは……」

「こんにちは──って、今朝私を案内してくれた……! さっきは気づかなくてすみません……!」


 ナズニアはクラウスのことを至近距離で見て初めて思い出したようで、顔を赤くして恥じらいを見せていた。


「本当に、私人のことを覚えるのが苦手で……」

「いやいや、こちらこそ知らなかったとはいえ、あんなに馴れ馴れしくしちゃって……」

 

 軽い沈黙が場を支配して、それをナズニアが破った。  


「あっ、でも! クラウスくんのことはもう覚えましたからね!」

「あっはは、それなら良かったです」



 今クラウスが目にしているのは英雄の一人だ。

 例えその姿が若く、仕草がどれだけ可愛らしいものだとしても。

 

 もし彼らが悪の道に走れば、最強だと言われるこの王国ルノーリアすらもひっくり返すことができると言われている。


 その姿こそ公の場に出ることは少ないものの、王を代理するギルドの公表によって国民は英雄の活躍を認知し、慕っている。


 信じられなくても、目の前の少女がそれほど強力な力を持っているということは事実だった。



「では、早速。職明書を見させていただけますか?」

 

 彼は恐る恐る自分の右手が持っていたそれを手渡した。


「さぁ、やり直しましょう。あなたの──『継承の儀』を!」


 ナズニアが職明書を受け取りながら、クラウスの目を見つめて言う。

 その自信に満ちた表情は、この世に存在する何者も彼女を否定できないと思えるほどのものだった。


 風が吹いて、ナズニアの長い銀髪が靡き、クラウスの胸ははち切れそうになる。


 そして眼前の少女が職明書に目を落とした瞬間、表情を明るくした。


「クラウスくん、これ……古代文字ですよ……! 古代文字で書かれた職明書なんて初めて見ました……!」


 古代、文字……。聞き慣れない言葉だったが、何となくすごいことだというのはクラウスにも伝わった。


「古代文字を読める人なんて滅多にいませんからね……【考古学者】か、私くらいです」


 ナズニアは表紙の文字を人差し指でなぞりながら、読み上げる。


「えぇと、これは……道化師。あなたの職業は【道化師】です! 無職なんかじゃなかったんですよ!」

「どう……けし?」


 なんだ……それ。

 道化師なんて笑われるための存在だ。

 

 馬鹿にされているといえば今も同じだが、古代文字で書かれているという期待からの落差に、クラウスは落胆を隠せなかった。

 彼のそんな思いも気にすることなく、ナズニアは続ける。


「道化師なんて初めて聞きました……能力も見てみましょう」


 呆然とするクラウスをよそに、彼女は書を開いた。


「能力は一つ……これから訓練をしていくうちに増えると思いますが。この文字の発音は……裏へ至る」


 裏へ至る。その意味は二人には分からなかった。


「能力は基本、声に出すことで効果を発揮します。クラウスくん、さあ言ってみて」


 これはどうせ外れの能力だ、期待などしないつもりでクラウスは言った。


「分かりました。『裏へ至る』」


 瞬間クラウスが消えた。


「クラウスくん! どこですか?」


 ナズニアは驚いたが……それより好奇心が勝った。


 もしこれが透明化、あるいは瞬間移動の能力だったのなら彼は。

 一つ目の能力がそれなら前代未聞……彼は──『英雄』になりうるかもしれない。


 彼女の胸が高鳴る。


 そして直後、少し離れた場所に、戸惑った様子のクラウスを認めた。

 ナズニアの顔は、訓練時の落ち着き払った様子とは違い、喜びと興奮に満ちた表情で走り寄ってきた。髪が乱れる。


「やはり私の目は間違っていませんでした……! クラウスくん! 君はきっと英雄になれますよ! 初めての能力が瞬間移動なんて……規格外です。成長にも期待できます」


 

 ……英雄になれる? 


「もっと君が成長したとき、どんな能力が使えるようになるのか楽しみですね……!」


 ナズニアが喜びを隠しきれない様子で笑顔を浮かべる。

 クラウスはその余りにも甘い現実と、彼女が宣告した輝かしい未来を受け止めることができなかった。


「【道化師】として。これからは誰かに笑われる存在ではなく、人々を救って笑顔にさせる英雄になりましょう、クラウスくん」

「は、はい……!」


 クラウスが見下ろした自分の両手は、震えていた。

 人生が変わった瞬間、そして実現に近づいた夢。

 体という器に収まりきらない興奮や喜びが、溢れ出している。



 そんな状態の彼に近寄り、クラウスより身長の低いナズニアが上目遣いで言った。


「ところで本題ですが……私の弟子になってくれますか……?」

「も、もちろん……! 僕で良かったら!」


 二つ返事だった。両親にも勘当され、寮で暮らす彼にとって許可を取る必要のある保護者はいなかったからだ。


「では、さっきの炎魔法を使う少年……ええと……」

「もしかしてグラン?」

「あぁ、そうです。彼に決闘を挑んでください」

「…………どうしてですか?」


 思いがけないことを言われたクラウスは戸惑った。


「まず何よりも大切なのは、自信です。彼に打ち勝つことでこれまでの弱いあなたを捨てるのですよ」

「自信、ですか?」


 クラウスは戸惑った。確かに、強者に共通する特徴として、いつも堂々と胸を張っているというものがある。しかし、それは自分の強さからくる自信ではないだろうか? つまり、順序が逆なのでは?


 困惑するクラウスに、ナズニアは少し目を逸らして言った。


「まあ本当のところを言うと、彼の態度や君への侮辱が許せないというのもありますが……」


 クラウスは、会ったばかりの彼女がそう思ってくれていることに妙に感動した。


 ……しかし、今能力を知ったばかりの僕が、あのグランに勝てるだろうか。

 クラウスはこれまで虐げられてきた日々を回想する。


「もし、負けたら……」


 弱気な言葉が口をついて出る。間髪入れず、ナズニアは毅然とした態度で答えた。


「いいえ、あなたは絶対に勝ちます。私の言葉が信じられませんか?」


 グランの存在と先程の惨敗はクラウスにとって、ある種のトラウマになっていた。ただ、それで自分を高められるなら……。


「分かりました」


 彼は、一か八かやってみようと思った。


「でも決闘を受け入れてもらえるでしょうか?」

「それは簡単です。私が言うことを彼にそのまま言ってみてください」


 ナズニアはいたずらっぽく笑った。

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