第5話 「小さな勇気」
村で迎える二日目の朝。
柔らかい陽の光がカーテンの代わりの布越しに差し込み、部屋の中がぽかぽかに暖まっていた。
ラテは丸まって寝ている。
私の腕を枕にして、ちいさく寝息を立てている姿が可愛すぎて、起こせなかった。
「ラテ、もう少し寝てていいからね」
そっと抜け出して、身支度を整えたころ。
外から、子どもの泣き声が聞こえてきた。
驚いて外に出ると、男の子と女の子が道の真ん中で向かい合っていた。
小さな男の子は大泣きしていて、女の子は困っている。
「う、ううっ……返せよ……!」
「返すよ! 返すから泣かないでってば!」
喧嘩……なのかな。
近づくべきか迷っていたら、膝のあたりをツンと突かれた。
ラテだった。
「行きなよ」と言うみたいに尻尾を振っている。
「うん……行ってみようか」
そっと二人のほうへ歩み寄る。
「こんにちは。どうしたの?」
女の子の手の中には、木彫りのクマのおもちゃがあった。
男の子のものらしい。
聞けば、女の子が少し冗談のつもりで奪って走り回っていたら、本気で泣かせてしまったのだという。
「でも、謝りたくて……でも泣いちゃうから、どうしたらいいのか……」
女の子の声も震えている。
怒っているわけじゃない。
ただうまく謝れなくて困っているだけ。
胸が痛くなった。
……昔の自分を見ているみたいだった。
私はしゃがみこんで、優しく話した。
「大丈夫だよ。泣いてるってことはね、すごく大切だったってことなんだよ。
大切なものを守りたい気持ち、きっとあなたにも分かるよね?」
女の子の目が揺れた。
そして小さく頷き、クマの人形を差し出した。
「ごめん……返す。大事なの分かってたのに……ごめん」
男の子はぐしゅぐしゅ泣きながら受け取った。
「……ありがと」
泣き声は完全には止まらなかったけど、ちゃんと優しさが伝わった。
その瞬間……。
ラテが小さく「きゅん」と鳴いた。
次の瞬間、さっきまでぎゃんぎゃん泣いていた男の子が、ぴたりと泣き止んだ。
「あ……泣き止んだ……?」
女の子もほっと表情を緩める。
もちろん私は知らない。
ラテが“見えない力”でちょこんと心の不安を撫でてあげたことを。
ただ、二人が笑顔になっただけで私は嬉しくなった。
「えっと、名前教えてほしいな。私、みるくっていいます」
すると子どもたちはニコッと笑った。
「ミルク? ミルクって飲むやつ?」
「可愛い名前ー!」
笑われてるのに、くすぐったくて嬉しかった。
今日の私は、ほんの少しだけ勇気が出せた気がした。
家に戻ると、ラテが胸を張っているみたいに尻尾をぶんぶん振っていた。
「ラテのおかげで、今日はちょっと頑張れたよ。ありがとう」
そう言って抱きしめると、ラテは顔を舐めてくれた。
……こんな穏やかな日が続いたらいいのに。
そう願った。
私はまだ知らない。
この小さな幸せを守るために、
ラテがすでに裏で“村の悪意”をほぼ全滅させかけていることを。




