第46話 「満月まで、あと四日/ぎこちない優しさ」
朝の台所に、包丁の音が響く。
とん、とん、とん。
規則正しいはずなのに、どこかぎこちない。
(……切りすぎ……)
みるくは、刻みすぎた野菜を見つめて、そっとため息をついた。
ここ数日。
家の空気は、静かだった。
重いわけじゃない。
冷たいわけでもない。
ただ――
お互いに、やさしくなりすぎている。
「……みるくさん」
背後から、リオンの声。
振り返ると、彼はいつものように微笑んでいるのに、どこか遠慮がちだった。
「……火、強すぎますよ」
「あっ……ご、ごめん……!」
慌てて火を弱める。
その一瞬、指先が触れそうになって――
ふたり同時に、すっと距離を取った。
(……あ……)
胸が、ちくりとする。
ラテは棚の上で、その様子をじっと見ていた。
「……ふたりとも、やさしすぎ〜」
「ラテ……」
「“こわれないように”って思いすぎるとね〜逆に、さみしくなるんだよ〜」
みるくは、何も言えなかった。
———
昼。
リオンは、村の外れまで薪を取りに行くと言って、家を出た。
本当は、ひとりで考えたかったのだと思う。
みるくは、窓からその背中を見送った。
(……あと、四日……)
数字にすると、急に現実になる。
ラテが、みるくの膝にぽふっと乗った。
「……ねぇ、みるく」
「……なに……?」
「もしね……リオンが“かえる”って言ったら……みるく、どうする……?」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「……わかんない……」
正直な答えだった。
「……引き止めたいかも……でも……引き止めちゃ、だめな気もして……」
声が、少し震える。
ラテは、小さな前足で、みるくの手をぎゅっと押した。
「……それでいいんだよ〜」
「……え……?」
「“どっちもほんと”って気持ち。ちゃんと……みるくのやさしさだから〜」
みるくの目に、じんわりと涙が浮かぶ。
「……ラテ……」
「だいじょうぶ。まだ……“きめる日”じゃないもん〜」
———
夕方。
リオンが薪を抱えて戻ってきた。
「……ただいま」
「……おかえり……」
その短いやりとりが、妙に胸に残る。
夕食は、いつもより静かだった。
でも――
「……今日のスープ……」
リオンが、ぽつりと言った。
「……すごく、おいしいです」
「……ほんと……?」
「はい。……この家の味がします」
みるくの胸が、ふわっと温かくなる。
ラテが、くるっと一回転した。
「ほら〜。“ここにいる味”だよ〜」
夜。
布団に入ってからも、眠れない。
壁の向こうの気配が、近くて、遠い。
(……ちゃんと……話さなきゃ……)
でも、今はまだ――
この“ぎこちない優しさ”に、身を委ねていたい。
満月まで、あと四日。
決断の前の夜は、
静かで、少しだけ、甘かった。




