第45話 「選択の影/帰れる道が示される日」
昼下がりの村は、穏やかな音に包まれていた。
洗濯物が風に揺れる音。
遠くで子どもたちが笑う声。
いつもと変わらない、のどかな午後。
――けれど、リオンの胸の奥には、重たい予感が沈んでいた。
「……そろそろ、行かないとですね」
ぽつりと呟くと、みるくが振り向いた。
「え……どこに……?」
「村長さんのところです。昨日……“旅人に関する古い話”が見つかったそうで」
ラテが、みるくの肩でぴくりと反応した。
「……あ、それ……たぶんね、“かえれるみち”のおはなしだよ〜」
「え……?」
みるくの心臓が、きゅっと鳴る。
リオンは、うなずいた。
「……はい。僕も、そうだと思っています」
———
村長の家は、少しだけ丘の上にあった。
木の匂いが染みついた書斎。
年代物の本と、羊皮紙の地図。
村長は、ゆっくりと言葉を選びながら話し始める。
「この村にはな……昔、“異界の旅人”が滞在した記録がある」
リオンの背筋が伸びる。
「その旅人は、ある“条件”を満たしたとき……元の世界へ戻る道を見つけたそうじゃ」
「……条件、とは?」
村長は、古文書を指でなぞった。
「“心の拠り所が定まったとき”」
部屋の空気が、静まり返る。
みるくは、息をするのも忘れていた。
「……拠り所、ですか」
リオンが、低く問い返す。
「うむ。“帰る場所を選んだとき”とも書かれておる」
ラテが、小さく呟いた。
「……やっぱり〜」
みるくは、胸の奥で何かが、すっと冷えるのを感じた。
(……選ぶ……)
それは、リオンが“帰るか、残るか”決めなければならない、という意味。
村長は、さらに続ける。
「そして……その道は、長くは開かれぬ」
「……どれくらい……?」
リオンの声が、かすれる。
「満月まで……あと五日」
言葉が、胸に落ちる。
五日。
短すぎる。
けれど、確かに“猶予”がある。
———
村へ戻る道すがら。
誰も、すぐには口を開かなかった。
足音だけが、並んで響く。
ラテが、そっと空気をほぐすように言う。
「……ね〜。まだ“きめる日”じゃないよ〜?」
「……分かっています」
リオンは、ゆっくり答えた。
「でも……知ってしまった以上、
考えずにはいられません」
みるくは、ぎゅっと拳を握る。
(……五日……)
何を話せばいいのか、分からない。
何も言わない方が、いい気もする。
でも――
「……リオンさん」
気づけば、声が出ていた。
「……今日は……一緒に、夕ごはん……作ろう……?」
とても、小さな提案。
でも、精一杯の言葉。
リオンは、驚いたように目を瞬かせてから、微笑んだ。
「……はい。ぜひ」
ラテが、ほっとしたように尻尾を揺らす。
「うんうん〜。“いつもどおり”って、いちばん強いからね〜」
夕方の空が、少しだけ赤く染まっていく。
迫りくる“選択”の影の中で――
ふたりは、まだ“日常”を手放さない。
それが、今できる唯一の、勇気だった。




