第41話 「村人の気づき」
村の朝は、井戸から始まる。
「……ねぇ、気づいた?」
「え? なにが?」
水桶を置きながら、おばあちゃんのひとりが家の並ぶ方角をちらりと見た。
「あの家よ、あの……みるくちゃんの」
「ああ……あそこね」
別のおばあちゃんが、にやりと笑う。
「なんか最近……更にあったかくない?」
「わかるわかる。煙の出方が違うのよねぇ」
「そうそう。今は……二人分の朝って感じ」
そこへ、通りがかりのパン屋の娘が首を傾げた。
「え? あそこって、誰か増えたんですか?」
「旅人の青年よ」
「優しい目の子」
「声も柔らかい」
「あと……猫も増えた」
全員が一斉にうんうん頷く。
「犬もいるでしょ?」
「え、犬?」
「見たことないけど……いる気がするのよねぇ」
――なぜか、そこだけ曖昧になる。
「でね……」
おばあちゃんのひとりが、声を潜めた。
「最近、みるくちゃん……歩くのが、ちょっと軽いの」
「わかる!前より、空を見てる時間が長い」
「笑う回数も増えたわ」
「恋よね」
「恋ね」
即断。
そこへ、ちょうど当の本人が通りかかる。
籠を抱えたみるく。
その少し後ろを、荷物を持ったリオン。
「お、おはようございます……!」
みるくはぺこっと頭を下げる。
リオンも、少し遅れて同じように頭を下げた。
「おはようございます」
――その距離。
近すぎない。
でも、離れてもいない。
村人たちは、目を細めた。
(ああ……)
(これは……)
(もう……)
誰も口にしないが、答えはひとつ。
みるくが歩き出すと、リオンは自然に歩調を合わせる。
段差では、さりげなく手を差し出す。
「あ……ありがとう……」
「いえ……」
その会話だけで、井戸端は静まり返った。
「……尊い」
「……尊いわね」
「……あの二人、世界を壊さない?」
「村が先に溶けるわ」
去っていく背中を見送りながら、誰かがぽつりと呟いた。
「……幸せって、音がするのね」
「音?」
「うん。あの家から、朝と夜……人の気配の音がする」
別の誰かが、ふふっと笑う。
「独りの音じゃないってことよ」
そのころ――。
家の中では。
「……あれ? 塩、どこだっけ……」
「棚の……あ、そこです」
「ありがとう……」
足元では、ノアが丸くなり。
見えない場所で、ラテがしっぽをふりふり。
「みるく〜、今日も外から“しあわせ”観測されてたよ〜?」
「えっ!? な、なにそれ!?」
「ふたり、光ってるって〜」
「光ってない!!」
ラテはころころ笑う。
その笑い声は、誰にも聞こえない。
けれど――
村全体が、もう知っていた。
あの家は、更にあたたかい。




