第30話 帰る場所/ふたりと二匹の選択
森を抜ける小道は、夕焼けに染まっていた。
木々の間から差し込む橙色の光が、地面にまだらな影を落とす。
昼の緊張が嘘みたいに、空気は静かでやわらかい。
みるくは歩きながら、何度も隣をちらっと見ていた。
リオンはノアを腕に抱き、時々その背中を撫でている。
ノアはもう怯えた様子はなく、安心しきったように喉を鳴らしていた。
(……よかった……本当に……)
胸の奥が、じんわり温かい。
「みるくさん」
「えっ?」
急に名前を呼ばれ、みるくは肩を跳ねさせた。
リオンは、少し困ったように笑う。
「……改めて、ありがとう。ノアを……僕の大事な家族を、いっしょに探してくれて」
「そ、そんな……当たり前だよ……」
みるくは視線を落とし、指先をもじもじさせる。
「わたし……誰かの“大事”になれるの、嬉しくて……」
ぽつり、と零れた本音。
ラテがみるくの肩で、ぴくんと耳を動かす。
「みるく……それ、すごく大事なこと言ってるよ〜?」
「ラテ……いまは……!」
みるくの頬が赤くなる。
リオンは、少し驚いたように目を見開き……そして、ゆっくり、優しく頷いた。
「……僕も、です」
「え……?」
「みるくさんがいてくれて……誰かと“帰る場所”を考えられるようになりました」
胸が、きゅっと締めつけられる。
(……帰る……場所……)
やがて、村の灯りが見えてきた。
ぽつ、ぽつ、とともる橙色の明かり。
いつもなら、少し寂しく感じる光。
けれど今日は……違った。
「……あ」
みるくが足を止める。
「どうしました?」
「……なんか……この村……あったかい……」
自分でも不思議だった。
今まで、ただ“住んでいるだけ”だった場所。
帰ってきても、誰かに迎えられるわけでもなかった。
でも今は。
隣にリオンがいて、肩にはラテがいて、目の前には、ちゃんと居場所がある気がした。
ラテが、くるんと一回転する。
「みるく〜、それね……“居場所ができた音”だよ〜」
「音……?」
「うん。ここに帰りたいって思えたら……それが“帰る場所”なんだよ〜」
みるくの目が、少し潤む。
(……わたし……)
村の入口で、リオンが立ち止まった。
みるくも、つられて足を止める。
「……みるくさん」
リオンは、少しだけ視線を逸らしながら言う。
「僕……旅を続けるつもりでした。ノアを探すために……」
みるくの胸が、きゅっと鳴る。
(……やっぱり……)
「でも……今は……」
リオンは、みるくを見る。
その瞳は、迷いながらも、まっすぐだった。
「……この村に、少し……留まってもいいかな、と……」
「……え……?」
思わず声が裏返る。
「ノアも……落ち着く場所が必要ですし……それに……」
一瞬、言葉に詰まる。
「……みるくさんと……もっと……話したい」
みるくの思考が、止まった。
「は……話……?」
「……はい」
照れたように、耳まで赤くなるリオン。
ラテが、にやにやしながら囁く。
「ね〜みるく……これ……ほぼ告白だよ〜?」
「ラテーーーーッ!!」
しばらくの沈黙。
夕暮れの風が、二人の間を通り抜ける。
みるくは、深呼吸してから、勇気を出して言った。
「……じゃあ……その……村、案内するよ……?」
「……いいんですか?」
「うん……わたし……人見知りだけど……リオンさんとなら……がんばれる気がする……」
リオンの顔が、ぱっと明るくなる。
「……ありがとうございます」
その笑顔に、みるくの胸はとろけそうになる。
ラテが満足そうに頷く。
「よしよし〜。ふたりとも……ちゃんと、選んだね〜」
「選んだ……?」
「うん。“ひとりで生きる”のやめて……“いっしょに生きる”方」
その言葉に、みるくは小さく笑った。
ノアが、みるくの足元にぴょこんと降り、ちょん、と前足で触れる。
「……かわいい……」
自然に笑顔になる。
夕暮れの村に、ふたりと二匹の影が並んで伸びる。
まだ恋とは呼べない。
でも……確かに、始まっていた。
静かで、あたたかな、“帰る場所”の物語が。




