第3話 「優しい人ほど食い物にされる世界」
川沿いの獣道を歩きながら、私は必死に状況を理解しようとしていた。
スマホは圏外どころか圏そのものがない。
車も電線も標識もない。
思い浮かぶのは……異世界もののドラマ。
「そんなわけ……ないよね」
口に出して笑ってみた。
怖いと口数が増える癖、昔から変わらない。
ラテはスリングから顔を出し、じっと前を見つめていた。
森を抜けると、木造家屋の立ち並ぶ小さな村にたどり着いた。
「すごい……映画みたい」
感動より先に、助かったという安堵が胸を占めた。
人がいる。それだけで心強かった。
「すみません……ここはどこですか?」
畑仕事の女性に声をかけると、彼女は目を丸くして私を見た。
「まぁ……なんてボロボロな服。ずいぶん大変な思いをしてきたのねぇ」
“服が変わっている”とは言わなかった。
「よかったら、少し休ませてもらえますか?」
女性はにっこり笑い、私の手を握った。
「もちろんよ。きっとみんなも喜ぶわ」
……その言葉だけで、泣きそうになった。
“喜ぶ”と言われたのなんて、いつぶりだろう。
会社では都合よく仕事を押しつけられるだけの“便利な人間”なのに。
村の家へ案内され、パンとスープをご馳走になった。
身体の芯にあった不安が少しずつ解けていく。
「ひとりなの?」
「えっと、その……はい。ひとりです」
「辛かったねぇ。でももう大丈夫よ。この村はみんないい人だから」
その言葉を信じたかった。
優しくされることに飢えていたから。
だけど……。
私の足元でラテがわずかに低く唸っていることに、私は気づかなかった。
やがて日が暮れ、村長宅で雑談をしていたときだった。
「みるくさん。あなた、働き口がなくて困っているのでしょう? だったら……」
村長はやけにゆっくりした口調で続けた。
「病人の世話をしてくれないかい?簡単ですよ。寝たきりの老人ですから」
嫌な予感がした。
でも顔に出さないように笑った。
「大変じゃないですか?」
「いえいえ。世話を始めたら半年~一年で亡くなりますので」
……なんてことを平然と言うの?
怖くて声が出なかった。
でも優しさを裏切れない弱さが、私の返事を止めてくる。
「私……役に立てるなら、やります」
村長の顔が、ゆっくりと歪んだ笑みに変わった。
その瞬間……。
家の外で、何かが弾ける音がした。
バンッ!
村長が慌てて席を立つ。
村人たちがざわめく。
何が起こったのかは誰にもわからなかった。
ただひとつ確かなのは……
私は気づけなかった。
“老人の世話”という名目で、みるくから金品と労働力を奪い続ける罠が仕組まれていたことを。
そして……それを仕掛けた張本人が、今まさに家の裏で意識を失って倒れていることを。
足元を見ると、ラテは何事もなかったようにあくびをしていた。
「……ラテ、ねむいの?」
優しく撫でると、いつもの可愛い顔で目を細める。
知らない。
気づかない。
……私の幸せを誰より願うこの小さなペットが、
たった今、村の闇を“排除”したことに。




