第27話 ノアの残した道しるべ/森の深層へ
翌朝。
みるくは眠れないまま夜を越した。
胸の奥にまだ昨日の“影”の気配が残っていて、目を閉じると黒い揺らぎが浮かんでしまう。
それでも……。
「……行かなきゃ」
ノアのことを思うと、怖いより先に“助けたい”が勝った。
玄関を開けると、すでにリオンが待っていた。
「みるくさん。おはようございます」
「お、おはよう……」
朝日を受けたリオンは、昨日より強い決意を宿した目をしていた。
(リオンさん……一晩中、考えてたんだ……きっと)
ラテはみるくの肩でふわふわと揺れながらあくびをする。
「ふぁ〜……みんな早いね〜。ラテまだねむいのに〜」
その声だけはのんびりしていて、みるくの緊張が少しほぐれた。
「行こう。ノアちゃん、絶対まだ森にいるよ」
「うん……!」
森に足を踏み入れた瞬間、みるくは鳥肌が立った。
空気が……重たい。
まるで森全体が息をひそめているようだ。
「…………」
リオンはじっと地面を見つめ、足跡を探している。
「昨日のノアの足跡……ここから、急に走り出してるみたいですね」
地面の柔らかい土に、小さな足跡がいくつも続いていた。
ラテはその跡をくんくんと嗅ぎながら進む。
「ノアちゃん……すっごく焦ってたみたい。でもね……途中から、足跡の“調子”が変わるよ?」
「調子……?」
「うん。“だれかに導かれてる”みたいに、まっすぐになってるの」
みるくとリオンは顔を見合わせた。
「導かれて……?」
「うん。ノアちゃん、どっちかっていうとさ……迷子になるタイプだよね?」
「……否定できないですね」
なのにこの足跡は、まっすぐ一本道のように森の奥へ続いている。
足跡の先は、村の人が「立ち入り禁止」と言っていた森の深層へ続いていた。
大きな木々がうっそうと重なり、陽の光がほとんど差し込まない。
そんな場所なのに、足跡はためらいなく奥へ奥へ。
「ノア……どうして……」
リオンが苦しげに呟く。
みるくはそっと彼の手に触れた。
「行こう……。ノアちゃん、きっと待ってる」
「……はい」
リオンはみるくの手をぎゅっと握り返す。
熱が伝わってきて、みるくの胸が少しだけ強くなる。
ラテがピタッと立ち止まった。
「みるく、リオン……ここから先、気をつけてね」
「なにか……あるの?」
「うん……ノアちゃんの足跡ね、ここから“二つ”に分かれてるの」
「え……?」
地面を見ると……確かに。
一方は昨日の小さな足跡。
もう一方は同じ形だけど……少しだけ深い。
踏みしめる力が違う。
「足跡が……二つ……?」
「ひとつは“ノアちゃん自身の足”。でももうひとつは……“ノアちゃんの力”だけが歩いてる足跡だよ」
「力だけ……?」
みるくは思わず息を呑んだ。
ラテは尻尾を揺らしながら、深刻な顔で続ける。
「昨日の“影のひと”はね……ノアちゃんのなかの“光”を追ってたでしょ?ノアちゃん、あれに呼ばれて……力の方も、引っ張られちゃってるの」
「じゃあ……ノアは……」
「うん。本当のノアちゃんは、きっと“細い足跡”の方。“力のノアちゃん”は、向こうに行ってる」
ラテが示した先……それは深層のさらに奥、空気がねじれて見えるような暗がり。
みるくの胸がきゅっと締めつけられた。
「リオンさん……」
みるくが見上げると、リオンは地面を睨みつけるように見つめていた。
「……昨日の影が追っていた光……あれがノアの“力”だとしたら……」
リオンの声は震えていた。
「ノアは……ひとりで怯えているかもしれない。自分でも知らない力に引っ張られて……」
「リオンさん……」
みるくはそっと彼のそばに寄る。
「ノアちゃんの“本体”を追う?それとも“力”の方?」
ラテの問いは重い。
二つの足跡は反対方向に進んでいく。
選ぶ必要があった。
みるくは深呼吸して、答えた。
「……ノアちゃんの“本当の足跡”を追おう。だって……ノアちゃん自身が、いちばん怖い思いしてるはずだから」
リオンは息を呑み……みるくをまっすぐ見つめた。
「……ありがとう。みるくさんの言うとおりです。ノアを……迎えに行きましょう」
その眼差しは強く、優しく、そして決意に満ちていた。
みるくの胸は、きらりと甘く光った。
「いくよ、みるく〜! リオン〜!」
「「うん!」」
3人は細い足跡の方……ノア “本人” の跡を追って走り出した。
葉の隙間から一瞬だけ光が差した。
その光の中央。
小さな白い影が震えながらうずくまり、誰かを見つめていた。
ノアだった。
その、ノアの前に……“もうひとつのノア”が立っていた。
光でできたノアの姿が。
そしてその背後には……影の揺らぎが、大きく脈打っていた。




