第25話 ノアの手がかり/小さな足跡
影が消え、静寂が戻った森の入り口。
みるくはまだ温かいリオンの手を握ったまま、ほうっと息を吐いた。
「……さっきの、ほんとに……リオンの“心”だったんだね」
「うん。でも……ただ怖い存在じゃなかった。むしろ……僕の大事な想いが、あそこまで形になるほど強かったんだって……思い知らされたよ」
リオンの言葉はどこか切なく、それでいて強かった。
ラテはみるくの肩に跳ね乗ると、小さくふんす! と胸を張る。
「でもね〜、影さんが最後に残した風……みるく、感じた?」
「風……?」
「うん! あれね〜、“道しるべ”だよ」
「道しるべ……?」
ラテは尻尾をふりふりしながら、森の奥を指差した。
「こっちの方……なにか落ちてるの。ノアちゃんのもの、かも」
「ほんと!?」
みるくとリオンは顔を見合わせ、同時に駆け出した。
月の光が切り株に落ちて、そこだけぽっかり明るくなっていた。
その中心に……小さな、小さな布切れが落ちている。
「……これ」
リオンが震える指で拾い上げた。
それは、淡いクリーム色の小さなリボン。
ほつれてはいるけれど、優しい色と手触りは今でも分かる。
「……ノアの首輪についてた飾り……」
リオンの声はかすれていた。
みるくの胸がじん、と熱くなる。
(ノアちゃん……ほんとうに、この世界に来てるんだ……)
リオンはリボンを胸に抱きしめたあと、そっとみるくに向き直った。
「みるくさん……ありがとう。ここまで来てくれて」
「そんなの……当たり前だよ。だって、リオンさんが大事にしてる存在なんだもん。わたしも……いっしょに見つけたい」
ラテがふわっと笑顔になる。
「みるく〜、その言い方ね〜……りおん、きゅんってしてるよ?」
「ラテぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
みるくが慌てて肩の上のラテを揺さぶると……
リオンは苦笑しつつ、少しだけ耳が赤かった。
「……うん。きゅん、してたかもしれない」
「ひゃっ!? えっ!? ちょ、今の無しで!!」
「え、なんで?」
「なんでって……なんでそんな素直に……!」
みるくの顔はトマトのように赤くなり、ラテはその上でころころ笑う。
そんなやり取りが、森の冷たさをほんの少しだけ和らげた。
リオンが布を確かめていると……ラテが急に耳をぴんと立てる。
「みるく!リオン! こっち、こっち〜!」
ラテが向かったのは、切り株の裏。
そこには、落ち葉を押しつぶしたような、小さな形状がいくつも続いていた。
「これ……!」
「……猫の足跡だ」
リオンが息を呑む。
足跡は小さく、軽やかで……でも、確かにここを歩いた証だ。
「ノアちゃん……昨日、ここに来てたんだね」
みるくの声が震える。
ラテがそっと近づき、足跡の匂いをくんくん嗅ぐと……尻尾をぱっと上げた。
「これね〜、ぜったいノアちゃんだよ!しかもね、方向が決まってる。こっちに歩いてる〜!」
「ラテ、追える?」
「うん! ラテ、ちっちゃいし鼻もいいからね〜!まっかせて♡」
ラテが胸を張ると、リオンも思わず微笑んだ。
「……本当に。心強いよ、ラテ」
「えへへ〜♡ りおん、もっとほめていいよ?」
ラテの調子に、みるくとリオンはつい同時に笑ってしまう。
(……あ、また……)
みるくの胸がちょっとあたたかくなる。
リオンと笑い合う瞬間が、最近ほんとうに増えてきた。
その時だった。
ざ……っ
足跡の先の茂みが、わずかに動いた。
みるくとリオンは息を呑む。
「ノア……?」
リオンが手を伸ばしかけた、そのとき。
ラテが鋭い声を出した。
「待って!」
空気が一瞬止まり、風すら動かなくなる。
みるくはもう慣れた“時間が止まる”感覚に背筋を強張らせる。
「ラテ……?」
ラテはまっすぐ茂みをにらんでいた。
その顔には、いつものふにゃりとした甘さは一切ない。
「これ……ノアちゃんじゃない。匂いもちがう……もっと……もっと深い森から来たやつ」
影ではない。
けれど、ただの動物でもない。
そんな気配が、茂みの奥に潜んでいた。
みるくはリオンの手をぎゅっと握る。
リオンは、その手を包むように握り返す。
「大丈夫。……僕が守る」
その声はもう震えていない。
守るべき存在が増えたからだろうか。
それとも……。
「みるくさんがいると、不思議と怖くないんだ」
「……っ!!」
みるくの顔が一気に熱くなる。
ラテはそんな二人をちらりと見て、にやり。
「はいはい〜♡ 甘いのはいいけど、気をつけてね〜?あそこにいるのは……“ノアを呼んでる誰か”とは別のものだよ」
「別……?」
みるくが茂みを見つめた瞬間──
黒い影が、ぬっと顔を出した。
今まで見た影とは違う。
生き物のようで……でも、どこか“形が変わり続けている”。
ラテの声が低く響いた。
「みるく。リオン。気をつけて……あれ、ノアちゃんの足跡をずっと、追ってたんだよ……」
森の奥で、何かが……動き出す。




