第23話 「影の気配と、みるくの胸の痛み」
翌朝。
村はいつもと変わらぬ朝の光に包まれていたはずなのに……みるくの胸は、どこかざわついていた。
(ノアちゃん……どこにいるんだろ……)
考えるたびに、昨日のリオンの泣きそうな顔が浮かび、胸がぎゅっと縮まる。
「みるく〜、そんな顔してるとね……胸の中が、しゅん……って音してるよ?」
ラテがパン屋の裏口で、みるくの膝にちょこんと座って見上げる。
「しゅん……?」
「うん。リオンのこと、きになってる音〜」
「う、うう……そりゃあ、気になるよ……」
ラテは尻尾をゆるっと揺らしながら言った。
「みるく、すきなんだよ〜」
「ま、まだ、好きって決まってないもん!!」
「ううん、決まってるよぉ~。ラテ、心の音きこえるし!」
むぎゅっ!
「ラテーーーっ、声おっきい!!」
みるくは慌ててラテの口を両手で塞ぐ。
すると……。
「……みるくさん?」
「ひゃっ!?」
振り返ると、入口にリオンが立っていた。
柔らかい朝の光を背負って、微笑んでいる。
みるくの心臓がばくん、と跳ねた。
「今日……一緒に森へ行く前に。少し、お話したいことがあって……」
「は、はいっ!」
返事が大きすぎた。
リオンが少しだけ目をぱちぱちさせる。
「ふふ……元気ですね、みるくさん」
「う、うぅ……!」
ラテはというと、みるくの肩の上でくすくす笑っている。
(ラテ……あとで覚えてなさい……)
⸻
村の外れを歩きながら、リオンはふと深刻な顔になった。
「……昨日、ノアを追おうとしたとき……みるくさんが止めてくれたでしょう?」
「う、うん……危ないって、ラテが……」
「助かりました。あのときみるくさんの言葉がなかったら、僕……冷静じゃなくなってたと思います」
リオンは胸に手を当てる。
「ノアが怯えた顔をしていた理由……あれは、ただ僕を忘れていたからじゃない」
「……どういうこと?」
リオンは静かに言った。
「ラテが言っていた、呼ばれているって言葉……あれ、ずっと引っかかっていて」
みるくの喉が小さく鳴る。
ラテは肩から飛び降り、ふわっと宙を泳いでリオンの前に降り立った。
「リオン〜、たぶんね……ノアちゃんには、まもりがついてるの」
「守り……?」
「うん。みるくの、「時間がとまる」みたいなのじゃなくて……もっとつよい、かみさまのやつ」
その瞬間、リオンの眉がわずかに震えた。
(神さま……?ラテみたいに……?)
「ノアは……ただの猫じゃなくなった、ということですか?」
「ちょっとだけね〜。でもね……ノアちゃんの心のまんなかには、ちゃんとリオンがいるよ?」
みるくはリオンの表情に息をのんだ。
胸を押さえ……まるで抱きしめるように、ぎゅっと拳を握る姿。
(リオンさん……そんな顔……)
切なくて、苦しそうで……だけど、ノアを想う優しい気持ちがまっすぐ伝わってくる。
(こんなふうに……誰かを大切にできる人なんだ……)
その気持ちに触れた瞬間……みるくの胸に、また痛みが走った。
(……まただ……この気持ち……)
ラテがみるくの袖を引っ張る。
「みるく……胸の音、いま、きゅぅ〜……ってなってるよ。いたいの?」
「ち、ちが……!」
「ちがわないよぉ~。これはね〜、すきに近いやつ〜」
「ラテ!!」
⸻
そんな甘くて気まずい空気を吹き飛ばすように……
森の方から突然、冷たい風が吹いた。
みるくは思わず身震いする。
(また……昨日と同じ冷たい風……)
リオンも空を見上げ、表情を険しくした。
「……ノア……今、どこに……」
そして、ラテがすうっと空気の匂いを嗅いで、ピタリと動きを止めた。
「……きた」
「ラテ?」
ラテが振り返った目は、いつもののんびりした光とは違う。
真剣で、そして……少しだけ怯えていた。
「みるく。リオン。あのね……ノアちゃんを呼んでる「影のひと」、こっちに近づいてきてるよ……」
「え……?」
みるくの心臓がどくん、と跳ねた。
「ちょっとずつ……ちょっとずつ……ノアちゃんだけじゃなくて、みるくとリオンの方にも……」
ラテの尻尾がふるえる。
「これ……あんまりよくないやつだよ……」
みるくとリオンは、自然と手と手が触れた。
その一瞬のぬくもりに……みるくの胸は甘く跳ねたけれど……(こわい……でも……)
その手を、離したくなかった。




