第2話 「ラテと一緒なら、どこでも」
それは、なんでもない休日の昼下がりだった。
買い物帰り、スーパーのエコバッグを両手に持って、横断歩道を渡っていた。
ラテはスリングの中で、眠そうにまぶたを閉じていた。
あと数歩で向こう側に着く……その瞬間。
眩しい光が、真正面から迫った。
クラクション、悲鳴。
世界が白く染まった。
「ラテッ!!」
反射的に胸のスリングを抱きしめた。
守らなきゃ、それしか頭になかった。
次の瞬間。
世界が止まった。
風も車も、すべての音が消えた。
白い光の中、私の腕の中でラテだけが、はっきりと輝いていた。
「……みるく」
ラテが喋った。
耳がおかしくなったのかと思った。
でも、確かに私の名前を呼んだ。
小さくて、優しくて、ずっとそばにいてくれたあの声のままで。
「泣かないで。怖くないよ。僕がいるから」
ラテはゆっくり立ち上がり、私の顔を舐めた。
「ラテ……どうして、しゃべ……」
問いを最後まで言えなかった。
ラテの光が強くなり、体がふわりと宙に浮いた。
胸の奥が温かく、でも少し切ない。
まるで大切な思い出に包まれているみたいだった。
「みるく。僕は君の味方だよ。ずっと」
触れた額が熱くなる。
涙が零れた。
「……うん。ラテがいるなら、どこだっていいよ」
あのとき、本当にそう思った。
恋もできず、ひとりぼっちで、ただ耐えて生きてきた私を、ラテだけは愛してくれていた。
だから……
世界が変わっても、きっと大丈夫だと思った。
光が弾け、落ちる感覚。
地面に倒れ込む前に、ラテが私の体を支えた。
気が付くと、草の感触。
空は青いのに、街のビルも車もどこにもない。
「ここ……どこ?」
見たことのない風景。
小川のせせらぎ、鳥の鳴き声、澄んだ空気。
でも……
腕の中のラテは、もうしゃべらなかった。
表情もいつもの可愛い小動物のまま。
スリングの中から、じっと私を見ている。
「……さっきのって、夢? 幻覚?」
頭が混乱する。
でも、ラテの前では取り乱したくなくて、笑顔を作った。
「ラテ、ここ……知らない場所だけど、いっしょに帰ろうね」
ラテは小さく鳴き、私の手を舐めた。
ただそれだけなのに、心が落ち着いた。
このときの私はまだ知らない。
ラテが“しゃべらなくなった”のではなく、
私に不安を与えないため、元の姿に戻っただけだということ。
そして……
ラテはすでに気付いていた。
この世界は、みるくを“幸せにしないように設計された世界”だということ。
ならば逆に、
この世界ごとねじ伏せて、みるくを幸せにしてみせる。
小さな瞳の奥で静かに燃える金色の光に、私はまだ気づいていなかった。




