第15話 「止まった世界で重なる声」
片付けが終わった夕暮れの広場。
みるくは荷物を抱え、小さく息をついた。
「今日も、みんな元気だったね……ラテ」
その足元で、ちょこんとラテが尻尾を揺らす。
“みるく、おつかれ。いっぱい頑張ったね”
みるくはふふっと微笑み、ラテの頭をなでようとして……ふと手を止めた。
(……あれ?)
子どもたちが広場を走り回っているのに、ラテの方を見ている子はひとりもいない。
いつもそうだった。
ラテが転がっても、吠えても、誰も反応しない。
(もしかして……ラテって、わたし以外には……見えてない?)
胸がひやりとする。
不安でラテを見ると、ラテは気まずそうに目をそらした。
「……気づいちゃった?……」
「え……ラテがしゃべった?!」
「まあ……そのへんは、後で説明するよ」
ラテが言い終える前……。
ひゅるり、と風が吹いた。
次の瞬間、みるくは思わず息をのんだ。
「……え?」
広場にいた子どもたちが……ピタリと止まっていた。
走る途中の姿勢のまま、まるで写真。
さっきまで聞こえていた木々のざわめきも、鳥の声も、全部消えている。
(……動いてるの、わたしとラテだけ?)
ラテは肩をすくめた。
「みるくが僕と話してる間は、周りの時間が止まるんだよ。みるくが変な人に見えないように、っていう……まあ、保護機能みたいなもの?」
「ほ、ご……?」
「そういう仕組み」
みるくは凍りついた広場を見渡した。
驚きよりも、怖さよりも……どこか切ない気持ちが胸に広がる。
(わたしだけが、動いてて……わたしだけが、聞いてて……)
(なんていうか……ちょっと、孤独……)
そのとき。
カサッ、と砂を踏む音がした。
……動いた音。
みるくはビクリと振り向く。
リオンが立っていた。
いつもどおりの表情で、広場の真ん中に。
時間の止まった世界で。
「リ、リオンさん……?」
驚きの声は、自分でも分かるほど震えていた。
リオンは困惑して、でも優しく問い返す。
「みるくさん……どうしてそんなに驚いてるの?」
(だって……だって……)
みるくは信じられなくて、リオンと止まった子どもたちを何度も見比べた。
「リオンさん……動けてる……?」
ラテがぴょこんと現れて、リオンの足元に座った。
「ほらね、みるく。リオンには見えるし、聞こえるし、動けるよ」
みるくは固まった。
(……え。え?)
(リオンさん……ラテが、見えてるの……?)
リオンは苦笑して肩をすくめた。
「うん……実は、僕……ラテと話もできるみたいで……」
「っ……!」
みるくの胸がぎゅっと締めつけられる。
(わたしの“特別な世界”に……リオンさんが入ってきてる……)
ラテが優しく尻尾でみるくの足をトントンと叩いた。
「みるく。これはね、あなたがリオンに心を開き始めたからだよ。あなたの『世界』が、ちょっとだけ広がったの」
「……わたしの……せかい……?」
「うん。前は扉が固かったけど、今は少し開いてる。だからリオンがここにいる」
みるくは言葉を失い、俯いた。
胸がくすぐったくて、苦しくて、でも温かい。
そんなみるくの肩に、そっとリオンが近づいて声を落とした。
「みるくさん。僕……その扉の前で、ずっと待ってたのかもしれない」
顔を上げると、リオンが優しく笑っていた。
「だから……ありがとう。僕を、入れてくれて」
ぽたり。
みるくの目から、涙が一粒落ちた。
「……わたしの方こそ……」
「え?」
「こんな世界に……ひとりでいるのが、ちょっと怖かったから……リオンさんがいてくれて……嬉しいの……」
時間の止まった夕暮れの広場。
ふたりの声だけが響く、不思議であたたかい世界。
ラテが尻尾を揺らして、満足そうにつぶやいた。
“はいはい、今日のところはこのくらいで。続きは……また後でね”
みるくは涙の中で小さく笑った。
世界が、ゆっくりと動き始める。




