第11話 「あなたの教室を、手伝わせてくれませんか」
子ども教室の初日。
私は家の前で深呼吸をしていた。
「だ、大丈夫……大丈夫……」
胸の前で手をぎゅっと握りしめる。
ラテは横で“いつものみるくだね”と言いたげに尻尾を振った。
今日から毎週一回、子どもたちと遊んだり、絵を描いたり、読み聞かせをしたりする教室が始まる。
村の広場の一角を使わせてもらえることになっていた。
荷物を抱えて歩き出すと、
広場にはすでに子どもたちが集まっていて、みんな手を振ってくれる。
「みるく先生!おはよー!」
その声に少し緊張がほぐれ、私は自然と笑顔になれた。
「じゃあ、今日は紙芝居を……」
そう言いかけたときだった。
「……すみません。見学、してもいいですか」
静かでよく通る声がした。
振り返ると、旅人風の青年が立っていた。
柔らかな栗色の髪、少し日焼けした肌、控えめに笑うと目元に優しい影が落ちる。
背は高いけれど、威圧感はまったくない。
私は慌てて会釈した。
「あっ、えっと……はい。見学なら……ど、どうぞ……」
青年は胸に手を当てて丁寧に頭を下げた。
「ありがとう。僕は リオン です。行商の途中で立ち寄ったんだけど……村長さんに聞いた “子どもたちの教室” を見てみたくて」
え……?
そんな大げさなものじゃないのに。
でも、子どもたちは大喜びでリオンを取り囲み……。「紙芝居読んで!」
「剣の技教えて!」
と騒ぎ始めた。
私は慌てて止めようとしたが……
リオンは子どもたち一人ひとりの目線にしゃがみ、
優しく笑って応えていた。
「紙芝居は先生が読むのを聞こう。剣は危ないから、木の枝で“真似だけ”しような」
言い方も、距離感も、驚くほど自然だった。
“……むむ”
ラテがリオンをじっと見ている。
耳がかすかに横に倒れ、尻尾がゆっくり揺れている。
(あ……ラテ、少し警戒してる……)
私はそっとラテの頭を撫でた。
「大丈夫、怖くない人だよ」
そう囁くと、ラテは目だけで
“ほんとぉ?”
と言いたげな顔をした。
紙芝居が始まると、子どもたちの反応は過去一番だった。
リオンがうまく盛り上げ役をしてくれたおかげだ。
読み終えると、大人の見学者たちまで拍手してくれた。
その中で、リオンだけが最後まで静かに私に視線を向け、ふっと穏やかな笑みを落とした。
「みるくさん。あなたの声は温かい。子どもたちが集まる理由が分かるよ」
ひゃっ……。
な、なんでそんなストレートに褒めるの……。
胸の奥がくすぐったくて、息がうまく吸えない。
「そ、その……ありがとう……ございます……」
青年は首を傾け、少し照れたように話題を変えた。
「もしよかったら……この教室、僕にも手伝わせてもらえませんか」
「えっ……」
思わず声が裏返る。
リオンは真剣そのものの眼差しで続けた。
「僕は行商の仕事をしてるからいつもは旅だけど、
しばらくこの村に滞在する予定なんだ。もし人手が足りてないなら、手伝わせてほしい」
その言葉に、子どもたちが一斉に歓声をあげた。
「やったー!リオンお兄ちゃん先生だー!」
「みるく先生と二人だと心強いね!」
ラテは喜んでいない。
むしろ、“距離を測っている時の顔” をしていた。
私は思わずラテを抱き上げ、小声で囁く。
「リオンさん、手伝ってくれるって。どう……?」
“……ふむ。悪い人ではなさそう。でもみるくを任せるにはまだまだ”
そんな顔だった。
私は苦笑しながら、リオンに向き直った。
「……お願いします。手伝ってもらえると、とても助かります」
リオンは柔らかく笑い、胸に手を当てた。
「こちらこそ、よろしくね。みるく先生」
……それは、
私の毎日がまた少しだけ賑やかになる合図だった。




