没落令嬢は、モノノケ屋敷で借金完済目指します!
初投稿用に書いたもう1本です。 お目汚しになりますが、読んで下さると嬉しいです!
没落した貴族がどんな顔して生きてるか、興味がある?
知りたければ、私の顔をじっくり見ていくといいと思う。
私、アリス・ロザリンド・グレイシャルはかつては栄華を誇った
名門伯爵家の令嬢であった。
そう、過去形。
早くに父母を亡くし伯爵家に遺された一人娘であった母が
私が8歳の時に亡くなり、入婿だった父のストッパーが外れたのが
不幸の始まり。
折り合いの悪かった嫁が遺した遺児(つまり私)が邪魔になった父は、
私を即座に隣国の学校の寮に放り込んだ。
その時はまだ、国内だと流石に悪評が出るという頭はあったらしい。
迎えた後妻と散財につぐ散財を繰り返し、父はすっかり家を傾け
金を惜しんで修理代をケチった馬車で事故に遭って、
義母共々死んだのが二週間前。
8歳の時から伯爵邸には帰ることを認められなかった私は、
ギリギリ爵位が継げる18歳になっていた。
急遽帰国し、貴族院の職員に流されるまま葬儀を出して爵位を継くまで、
正直国内RTAの記録だった思う。
そして、めでたく伯爵として十年ぶりに帰宅し
呆然としながら実家を眺めているのが今である。
なぜ呆然としているかって?
いかんせん、屋敷がボロボロすぎるのだ。
没落って言ったって、度がすぎている。
「どうりで皆、教会に泊まれって言うはずだわ」
あまりの事態に、呆れはてた声が漏れる。
父母の訃報を隣国の私の元にもたらした使者と共にバタバタと帰国し、
その足でまず貴族院へ連れていかれたのだが
手続きのあれこれと共に、当座の滞在先として
父母の葬儀を出す教会を斡旋されたのだ。
自宅に戻ると言ったが、必死で止められた。
「教会に滞在して、葬儀を早く済ませろってことかと思ってたけど…」
可能な限りそーっと開いたのに、玄関の扉の蝶番がガタっと外れかけたので
慎重に戻しておく。
出迎えは一人もおらず、おそるおそる邸の中に入るがやはり人の気配はないので
だいぶ前に使用人すら雇えなくなっていたのだろう。
先ほど終わった父と義母の弔いに来たのも、取りはぐれを心配した債権者の商会のみ。
ちなみにそれぞれの借用書に書かれた金額を見て、私は父の死なんて
どうでもよくなるくらい気が遠くなった…。
「うちは領地を持たない宮廷貴族だから、使用人がいなかろうと
困るのは自分だけなのがまだ救いだわ」
ホコリがキラキラと舞っている、しばらく手入れのされていない邸内を見渡す。
それにしたって。
「普通の令嬢だったら、泣き崩れてるわこれ。」
というのも、薄らとだが私は28歳まで日本で生きた前世の記憶があった。
名前も思い出せないので、記憶というよりも
日本のブラック企業で働いていた社畜OL時代に、パワハラ部長の相手と
残業地獄で身につけた、逆境でも笑顔を保つスキルと
「まあ何とかなるっしょ精神」だけが魂に刻み込まれていて、
今世でも顔を出したと言っていた方が正しいかもしれない。
飲食とかコンビニとかでバイトしてると、バイト辞めたあとも
お店の自動ドアが開くタイミングで無意識に「いらっしゃいませ~!」
って言っちゃう、あの無意識の反射に似てると思う。
幼い日に思い出した、30歳手前の一般OLとして身に付けた
「なんとかなる」精神で、8歳で家から追い出され
異国の学校の寮に入れらた時も「ブラボー!家にいるより全然マシ!」と
すんなり受け入れた程度に、変わった令嬢に仕上がっている自覚があった。
くぐってよかった、前世の修羅場!と
気を取り直して誰もいない玄関ホールを見渡すと、
ホコリを被った壺やら絵が大量に配置されているのが目に入る。
「これは…歴代の当主が受け継いでいた美術品、よね…?」
客の目に1番最初に入る玄関には、貴族家が持つ最高の美術品があるはず。
「よし、手始めにここにある物を全部売ろう!」
借金額は占めて1億2000万ルク。
これが返済できなかったら、御先祖様には申し訳ないが爵位を返上するしかない。
素早く立ち直り、私はさっそく準備にとりかかった。
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即席の“古物入札市”が開けたのは、それから1週間後のこと。
まず葬儀の翌日に、私は伯爵家の債権者である商会すべてに手紙を出した。
「伯爵家の由緒ある品々を購入する最初の権利を、ご迷惑をおかけした皆様に。
1番高い金額をつけてくださった方に販売いたします」
これで、債権をもつ商会に〝貴族の家の品物を優先的に買う〟という
優越感をプラスした値段で品々を購入してもらい、購入金額を
借金から差っ引いてもらえば一気に借金が減るという完璧な作戦のもと
サンルームに屋敷中の美術品を集め、高見えするようにディスレイする。
「うん、これでバランスはいいはず…」
正直、正気を疑うようなゴテゴテした額装をされた裸婦の絵とか、
金のツボとか、「趣味悪っ!」というようなものしかなかったので、
ディスプレイにも限界があったが、このゴテゴテがこの国のトレンドなのだろう。
それに乗っかって売っていくしかない。
「そうだ!ちょっと練習しておこうかな?」
そろそろ手紙で指定した入札の時間が近づいてきたので、
競売の練習をしてみる。
「ご覧くださいこのお皿! かつて王族専用だったと噂される、たぶん
……ええと、誰の作ってことにするか…」
そんなことを言っている時、自分しかいない邸内に「バキっ」と
木が割れるような音がしたのを耳が拾った。
「やば!なんか家具とか壊れた…!?」
慌てて音がした玄関ホールに行くと、見知らぬ男が玄関ホールに佇んでいた。
正確には「玄関を開こうとして壊したノブを握った男」、だったが。
「これはこれは、伯爵。本日はこのような……
大変味わい深いお屋敷にお招き頂きまして」
黒髪に黒縁の眼鏡、高身長に合わせて作られたであろう
仕立ての良さそうな服を着た男は、
そう言ってゆったりと屋敷の中へ入ってきた。
今日は美術品を扱う商人を呼んだはずなのに、
目つきが異様に鋭いギャングのような男の登場に私は内心焦りまくる。
警戒度をMAXに引き上げ、なけなしの預金で買っていた
防犯用の魔道具を後ろ手にそっと握り込んだ。
(なにせ扉が見せかけに成り下がり、防犯のぼの字もない
家になっちゃったので念の為買っておいたのだ)
店のおっちゃんは、ボタンを押せば大音量が鳴ると言っていたので
なにかあったら、その音で男が怯んだ隙に逃げるつもりだ。
とりあえずの逃亡の段取りを脳内で確かめ、
驚きでカラカラに乾いた喉から、かろうじて声を出した。
「や、屋敷にはいるなり、扉を壊しながら
暴言を吐くのはやめてくださるかしら?」
精一杯、伯爵らしく威厳ある風で聞いてみたけど、
これまず言うこと間違えたかもしれない。
「貴方、お招きたかしら?」とかから入るべきだった気がする。もう遅いけど。
しかし男は気にしたそぶりもなく、ニッコリと笑顔を浮かべた。
「これは失礼。しかし奥ゆかしき歴史というものは、
時として建築物の耐久性を犠牲にするものですね」
「遠回しにボロいって仰ってる?」
「いえいえ。私ごときが伯爵家の由緒正しきお屋敷に意見するなど、
とんでもないことでございます」
男はこちらに歩み寄ると、壊したドアノブを私に渡してきた。
笑っているけど、目が全然笑ってない。
「私はバルトロメウス商会の会頭レオ・バルトロメウスと申します」
丁寧に頭を下げる動きに合わせ、埃っぽい屋敷の中でもわかる清涼感のある香りが男から漂う。
私は、あまりの胡散臭さに思わず一歩下がってしまった。
バルトロメウス商会といえば、一国の予算よりも多い資産を持っており衣食住、
生きていくための全てに彼らの商売が関わっていると言われているほど大きな商会だ。
ーー葬儀には、そんな大きな商会を名乗った人はいなかったはず。
なぜそんな商会の、しかも会頭自らが没落伯爵家に1人で来ると言うのだ。
胡散臭過ぎる。
「…今日、お招きした方の中にバルトロメウス商会はなかったはずですけれど」
「伯爵から招待状をもらった商会の債権は、すべてウチで買い取らせてもらいました」
ニッコリ笑った笑顔を崩さない男の顔は、前世でみた「メフィスト」を思い出させた。
「つまり、伯爵家が借金してるのはウチの商会にだけ。
ですので、私がこちらに伺ったという次第です」
本人は微笑んでいるつもりかもしれないが、目が笑ってないので不吉な香りしかしない。
「さあ、名門グレイシャル家の品…見せて頂けますでしょうか?」
今にも舌舐めずりしそうな悪魔が、こちらを見ていた。
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美術品を一同にあつめたサンルームへ、私はバルトロメウスを仕方なく案内する。
本当は男性と2人きりになるべきではないが、
まさか全ての債権をまとめてくる人がいるとは予想していなかったし、
その相手が従僕1人つれていないとも思わなかった。
(なんのメリットがあって、そんなことしたのかしら…?
正直、うちのものって買い占めたいと思うほどの品だとは思えなかったんだけど…)
サンルームの扉の前まできて、私はある可能性に気づく。
(もしかして、本当にこの国では価値が高いものの可能性が!?)
素人の私から見ると趣味の悪い品々にしか見えなかったが、
バルトロメウス氏の登場によってこの悪趣味さが
本当にこの国のトレンドである説が俄然確度を上げてきた。
少しだけ向上した気分のまま私は扉を開き、期待をこめてバルトロメウスを招き入れる。
「……いかがでしょう。
これらがすべて、由緒ある我が伯爵家の品でございます」
バルトロメウスは室内をグルッと見渡すと、下がってもいない黒縁の眼鏡を直す仕草をした。
「ほほう。確かにこれは、実に歴史と気品が腐敗しきった香りが充満していますな」
「褒めてくださって…ます?」
「褒めているように聞こえてたら、債権どころか
伯爵の頭の心配までしなければいけなくなるところです」
バルトロメウスは、眉をひそめながら全ての品を見ていく。
その様子を息を潜めて見つめていたが、
「…ここにあるのは、前伯爵がつかまされた偽物ですね」
メモをとっていた革の手帳を睨みながら、バルトロメウスが
大きなため息と共に言ったことに、私はガックリと項垂れるしかなかった。
「……やっぱり?
この国のトレンドかなーって思ってたんだけど…違いますよね?」
家中の美術品を集めたのだが、見るからに……だったのだ。
「前グレイシャル伯爵は、見る目もないのにコレクター気取りで
偽物を喜んで買ってくれると美術商の間ではカモで有名でしたから」
「やっぱり!?」
「正直、ここにあるものを売っても借金の十分の一にもならないと思いますよ」
バルトロメウスは、手元にあったカップを手に取ると
「例えばこのカップ。魔法銀製ですが、魔力が暴走して毒になってます。
取扱注意、というより回収対象」
「銀製で唯一高そうだったやつ……毒になってるの……」
「ですが、そういうものは逆に高く売れますので、これは騙されたにしては良いほうですね。
魔術師のコレクターには、リスク好きな方も多いので」
「コレクターって、だいたいろくでもないのね…」
「人は誰しも、少しだけ死にたがりなのですよ」
ひととおり査定を終えたバルトロメウスが、帳面を閉じた。
「値がつきそうなのは、これくらいですねぇ。
ざっと見積もりまして──全部で千二……いえ、一千万ルクですね」
「ちょっと減った! より減りましたよね⁉︎
先に“ざっと千二百万”って言いかけたじゃない⁉︎」
「タペストリーを持ち上げたら、ノミが三匹跳ねましたので」
「その程度でディスカウント!?」
「衛生的価値は重要です」
納得いかない値下げに食い下がろうとしたが、
ふと彼の目がサンルームの一点に注がれているのに気付く。
ぼろぼろの絨毯の上に置かれていた、古びた木箱をじっと
バルトロメウスは見つめている。
「……失礼、伯爵。こちら、開けてよろしいですか?」
「え? そんな箱あったかしら? どうぞ」
木箱には鍵穴などなく、蓋についた突起をスライドすると開く仕組みで
バルトロメウスが開けようとするが、蓋は全く動く様子がない。
数回、ガタガタと動かすと手をとめて──目を細めた。
「……これは、まだ〝死んでいない物〟かもしれません」
「は?」
こちらの疑問には答えず、小箱をズイッと差し出してくる。
「伯爵、こちらを開けてみてくださいませんか?」
「え、だって今開かなかったですよね?」
訝しみながら、差し出された箱を手に取り試しにスライドすると、あっけなく箱が開く。
意外にもお力が弱いのかしら、ぷぷぷ!と意趣返しに煽ろうかと
バルトロメウの方をみると、彼の眼鏡の奥が嬉しそうに輝いていた。
「この品には、まだ命が宿っている。
ーーこれだけで、私は今日来た甲斐がありました」
「……え、なにそれ。意味わかんないんですけど」
ニッコリ笑うバルトロメウが恐ろしい。
「私は、価値あるものには敬意を払う主義でして。
たとえそれが、埃にまみれた没落貴族の、崩壊寸前の家にでも、です」
「遠回しに貶してない?」
「まさか。私の仕事には常に誠意しかない。まぁそんなことは、どうでもよろしい。
早く中身をお手にとってみてください」
急にランランと輝きだした瞳のバルトロメウに促され、私は蓋を恐る恐る開いた。
はたして木箱の中身は、印章がひとつ入っていいるだけだった。
「……伯爵家の紋章が彫られてるわね」
「なるほど。前伯爵夫人は、ここに隠したんですね」
バルトロメウがボソリと呟いた。
「え、なにか仰いましたか?」
「いえ、なにも?」
ニコリと笑う商人の笑顔を胡散臭く思いながらも箱を眺めていると、
かつてその木箱を見たことがあったのを思い出す。
「そうだ。これ、お母様がもっていた小箱だわ。
ご病気になった後も枕元に置かれていた。こんなものが入っていたのね」
懐かしくなり印章を手に取ってみると、その瞬間不思議な感覚があった。
空気が静かにピンと張り詰め──屋敷の雰囲気が変わった気がしたのだ。
埃っぽくて重たかった空間が、なんというか────軽くなった。
バルトロメウがニンマリと微笑む。
「お見事です、伯爵。
やはりあなたが、グレイシャル家の正当な後継だ」
ーーーその時。
2階からリリリリリッ!という大きな音が響いた。
「次はなに!? 何が壊れたっていうの!」
2階にあって動かなかった魔道具が、故障で誤作動を起こしたようだ。
さっきもドアが壊れたばっかりなのに…と、かさむ修理費に
思いを馳せながら慌てて階段を駆け上がった私は、
その後ろでバルトロメウスがつぶやいた声は聞こえていなかった。
「これがなかったから、前伯爵は偽物を買い漁らねばならなくなったのか」
2階にあがると、奥の部屋の扉が開いている。
「あそこ…開かなかったのに」
骨董市開催のため家中の美術品を集めたかったのに、
2階の1番大きな部屋は鍵がかかっていて開かなかったのだ。
恐る恐る、真っ暗な部屋の中に足を踏み入れる。
ここは、かつては主の執務室だった。
しかしそれを偲ばせるのは大きな執務机だけで、室内は倉庫と見紛うくらいの量の
彫像、絵画、陶磁器など美術品が所狭しと収められていた。
「これ…見覚えがうっすらある。昔飾られてた美術品だわ」
呟いた瞬間、棚の上にあった持ち手部が鶏のモチーフになった金のベル型の呼び鈴が
「リリリリリリッ!」とひとりでに鳴り出した。
「…え、なに!?」
とっさに音を止めようと呼び鈴を手にとると、
持ち手部分の彫金の鶏のクチバシがカパッと開いた。
「失礼、お嬢様。私、リングと申します」
金の鶏がクチバシをパクパクと動かして、喋り出した。
「しゃべったあああああ!?」
「正当な当主の手に印章が戻ったのですね。ようやく屋敷全体の“封印”が解けます。
ああ、羽が伸ばせる…20年ぶりに動けるとは、ありがたい」
そういって、羽を広げるとバッサバッサと羽ばたきをした。
「……声、渋っ!」
まず突っ込むのはそこじゃないとは思うが、高音のベル音との落差に思わず呟く。
大塚明夫が喋ったかと思った。
「前任の執事の声真似をしてるんじゃないでしょうか?」
私が振り返ると開かずの間だった部屋の入り口にバルトロメウがいた。
「バルトロメウス様、いいところに!! に、鶏が喋ってるんです!」
「そうですね」
「もっと驚いてくださる!?騒いでる私が変みたいじゃないですか」
「伯爵だって、鶏の良い声に突っ込み入れるくらい余裕あるじゃないですか」
「私のは気が動転してて、思わず出ちゃったのよ!」
「それなら、私は動転する必要がなかったから驚かなかっただけですね」
飄々とした様子に、さらに文句を言おうとすると
「まぁまぁ、お嬢様。立ち話もなんですから、ゲストルームでお茶でもしながらお話されては?
私、ベルの部分が邪魔で座れないんですけど」
笑い声の変わりか、リングのベル部分からリンリンという楽しげな音が室内に鳴り響く。
「もー、わけがわかんない!!!!」
移動したゲストルームのカウチで、私はバルトロメウと差し向かいで座っていた。
間に挟んだ机には、楽しげに羽ばたく呼び鈴がひとつ。
「お嬢様。客人には紅茶のひとつも供するのが貴族というものですぞ」
「無機物は、とりあえずだまってて」
ピシャッと言うと、鶏から鳴っていたリンリンとした音が止む。
「ーーで。バルトロメウ様は、なにをご存知ですの?
先ほど、鶏が喋っても驚かないと仰っていましたが」
「その前に伯爵。お互いだいぶ化の皮が剥がれてるので、もう普通に話しませんか?」
「…そうね。そうさせてください。私のことはアリスと。
レオ様とお呼びしても?バルトロメウって舌かみそうで、言うたびに地味に緊張してたのよ」
商人らしい慇懃な笑顔を絶やさなかったレオが、唇の端をニッと上げた。
「それで結構だ。少し込み入った話をするから、そうさせてくれるとありがたい」
それから彼は、私の予想の斜め上の話をし始めた。
「貴方の継いだグレイシャル家は、
代々王宮の宝物庫の管理を任される宮廷貴族だったのは知っているか?」
「いいえ。私は8歳の時に家を出されたのもあるけど、それまでも父は
母と私を部屋から出したがらなかったから、正直あまりこの家のことは知らないのよ」
幼い日の私の世界は、主に母の部屋で完結していたのだ。
それにレオはうなずくと、
「貴方の父である前伯爵が宝物庫管理の職を馘になって以来、
その職はいま不在のままだ」
「はあ」
うちの鶏の話を聞きたかったのに、急に王宮の話をされて面食らう。
「それは、宝物庫の管理ができるのはグレイシャル家に限られているからと言われている」
「え? ああ、世襲的な役職だったのかしら?」
「そうであって、そうじゃない。グレイシャルの一族のもつ、
物を目覚めさせる力がなければ王宮の扉は開かないそうだ」
「! 物を目覚めさせる力って…」
喋る鶏に目をやった、その時。
「お茶をお持ちしました、アリス様!」
突然の声にゲストルームの入り口を見れば、さっき開かずの間の奥で見かけた甲冑が、
エプロン姿でワゴンを押して入ってきた。
「あなたがお茶を淹れたの!?」
またツッコミの順番を間違えた自覚はある。
まず、甲冑が動いたことに突っ込むべきなのはわかるが
いかつい甲冑がお紅茶を持ってきたギャップに、言わずにはいられなかった。
どう見ても、お前は厨房で働くタイプじゃないだろ。
「はい、お嬢様。私、グリム厨房守衛でございます。台所の霊的構造も修復され、
供給魔法陣も再稼働いたしました。茶葉の時間も止めておりましたので、
馥郁たる香りを楽しんで頂けますよ」
甲冑は、ガッチャンガッチャンと音を立てながらレオと私に紅茶をサーブする。
「あ、ほんとだ。美味しい…」
こうなりゃヤケだ!と口に含んだ紅茶は、思いの外美味しかった。
「ようございました。簡単な軽食も、すぐに持ってまいりますので」
気が利く甲冑・グリムさんは、ワゴンを押して部屋を出ていった。
(て、適材適所ってことを話し合わねばならないかもしれない…)
それを呆然と見送ると、鶏のリングは誇らしげに
「ようやく伯爵家らしいおもてなしができました。さあ、お嬢様。
こちらのお客様の説明、リングも聞きとうございます。続きを」
鳥胸を膨らませる。
「急がないと、次々と起きた面々がご挨拶に参りますぞ」
まずい。いそがねば。
「そもそも戦地に行くような役職ではなかった先々代が、戦地に行かされたのは
貴方の父親の生家、スリング侯爵家が
王宮の宝物庫の管理人の立場を欲したからだと噂されている」
「管理人って言っても、宝物庫の中身を自由にできるわけじゃないでしょうに。
そんなにやりたい職なの?」
「このマーデン王国は、魔術立国だからな。
宝物庫にある王家の秘宝も、ド級のものがある。
それがどんなものなのか情報を知れるだけで、とんでもない利益があるぞ」
「ふーん」
幼い頃から魔術のない隣国で暮らした私には、
魔術の施された秘宝の価値がいまひとつピンとこない。
「前の大戦の混乱に乗じて無理やり戦地に行かされた貴方の祖父は、
一人娘を遺して戦死された。そして、貴方の母の元に
スリング侯爵家の次男が婿入りすることで、この家は乗っ取られたんだ」
思い出す母は、いつも悲しそうな顔をしている。
なぜ父に会えないのか、なぜこの部屋から出てはいけないのか。
私が聞くと、困ったように微笑んでいた。その様子があまりにも悲しそうだったので、
それ以上詳しく聞けなかったのを思い出した。
「そりゃ、家を乗っ取った奴と暮らさなきゃいけないなんて、
地獄の生活だったよね…」
もしかしたら、自分がいたせいで…とも思え、知らず声が沈んでしまう。
「お母上の本当の気持ちは、本人にしかわからないが。
貴方しか開けられないように魔法を遺したそのの箱から、娘への愛は感じるがね」
私はレオの言葉に膝に抱え持っていた、母の遺品の小箱の蓋を撫でる。
蓋に彫られた花は、この家の庭にも咲くカモミール。
その花弁に触れるうちに、母と2人でその可憐な花を部屋から眺めて
楽しんでいたことも思い出した。
「そうね、私も、そう思う。……ありがとう、慰めてくれて」
「顧客のアフターサービスも、我が商会は充実しておりますので」
商人らしい笑顔を浮かべたレオに、私はさらに笑ってしまった。
「で、その最低な父はなんで、そこまでして手に入れた職を馘になったの?
ざまあないけど」
「当主を継いでしばらくは管理人を務めたんだが、貴方の母が亡くなって以降、
王宮の宝物庫はピタリと扉を閉じ、この家にあった価値のある年代物は
一夜にしてなくなったと聞く」
「私、母が亡くなってすぐに隣国の学校の寮に送られたから、
全然知らなかった…」
今回の事故すら、王国の貴族籍の管理する貴族院の官吏からの連絡で知ったくらいである。
「どうやら、消えた品々は当主の部屋にすべてあったようだが」
リングが納得したように何度もうなずき、それに併せてリン…リンと音が鳴る。
「先代が亡くなって、我らとグレイシャルの契約はいったん切れました。
しかし、先代が死の間際に娘のレイチェル様のことを頼むと仰られましたので
しぶしぶその場に残って、少し力をかしたまで。
レイチェル様が亡くなりアリスお嬢様も不在となれば後は知らぬこと。
正当なグレイシャルの後継がお戻りになるまで、
我々はあの部屋で眠りについたのです」
少し寂しげに響くリングの音を聞きながら、レオは紅茶をゆっくりと飲んでいる。
「当時は随分、騒ぎになった。
あたなの父親を始め、誰も王宮の宝物庫を開けられなくなり、
管理していたグレイシャルの家は家中の荷物がなくなった上に、
屋敷が一切の魔術を受け入れず、カマドに火すらいれられなくなったと噂がたった」
ここの国は、インフラにも魔術が大きく寄与している。
カマドにも上下水道にも魔術が用いられているため、
それが使えない家となると住むことは不可能だ。
日本で言えば、電気もガスも水道も開栓できない家みたいなもんだと思う。
「貴方の父親は、屋敷を増築して魔術が使える別棟をつくったり
王宮の宝物庫の扉も壊そうとしたりしたが…どれもうまくいかず職を解かれ
美術品で名を馳せた家名だけにすがり、家から無くなった美術品の変わりを
購い続け…あのガラクタの山をつくったってワケだな」
それを聞くと、リングは楽しげに笑った。
「レイチェル様は、残念ながら伯爵の位を継いではいらっしゃらなかった。
それでは、我々を動かすことも宝物庫を開けることは叶わない。
ましてやグレイシャルの血が一滴もないあの男に、
なにができるというのでしょうか」
リンリンとご機嫌な音色がする。
「血と印、王家の定めた契約と。
それが揃って、我々はこの国で力を持てる約束なのです」
正直、いろいろ一気に聞きすぎて脳内がフリーズしている。
私は冷めた紅茶を、グビッと一気に煽った。
「えーっと。色々聞きたいことあるんですが。さしあたってつまり、
やっぱりうちの家……これからも色々と動き始めるって…こと?」
「ええ。静かにしていたぶん、今からが“賑やか”になりますよ」
嬉しそうにリングが鳴く。
日本では100年を過ぎた道具には魂が宿り、物の怪と化すと言われていたけど
この世界では、血筋によって「それ」ができるらしい。
よりにもよってウチの家の血筋が。
「大量の付喪神が作れるってこと…?」
呆然と金の鶏のベルを眺めている時、ふとある事に私は気づく。
「ーーレオ様は、私が帰ってくるなら伯爵家の本当の『由緒正しきもの』が
見つかるかもしれないと思って、今日はいらしたということ?」
「ーーそうなりますね」
では彼は、仮にも我が家の当主だった父すら知らなかった
「付喪神化の条件」を知っていたということだ。
「先先代までは伯爵家にいっときでも収蔵された美術品といえば、
それだけで価値がつくと言われていた。それらが出てくるなら、
先代伯爵をしゃぶり尽くした3流の美術商なんかに渡すのは惜しい」
そう言って、またあの悪魔のように悪い笑顔を浮かべている。
「それで、まあちょおっとだけ強引に借用書を買い取ったが大正解だったな」
私はその顔を軽く睨む。
私の質問の意図に気づいているのに、彼はワザと答えていない。
「なぜ我が家の秘密をご存知だったかは、教えてくれないってこと?」
「商人のもつ情報は、値段がつきますよ?これ以上、借金を増やしたいのか?」
私がブルブルと首をふった時、廊下から
ガチャガチャとワゴンをひく音が聞こえてきた。
「さあ、難しいお話はそれくらいで!
このグリム厨房守衛が軽食を持って参じましたよ」
ワゴンには、サンドイッチにスコーンと
美味しそうな食べ物がたくさん積み込まれている。
「先代も、彼の作ったリンゴのジャムに目がなかった。
美味しいものを食べてこの屋敷の再出発を祈りましょう」
「あ、リングの言う先代はお祖父様のことなのね。
お父様は、たしかリンゴ好きじゃなかったもの」
リングが肯定の代わりにリンリインとベルを鳴らしている間に、
さっそく甲冑のグリムがサーブを始める。
まだ聞かねばならないことが山積みのような気がするが、
もういったん有耶無耶にすることにする。
なにぜ私は、お腹がペコペコだったから。
「食べられるときに、食べとけ!」
これも社畜時代に魂に刻まれた、大切な気付きなのである。
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こうして、私の没落屋敷の“ガラクタ”たちは順番に目を覚まし始めた。
そして気がつけば、レオが毎日のように現れて帳面を開いて、
付喪神たちに値段をつけている。
「この燭台は、しゃべる上に光の魔法まで使えるとは……。
三千万ルクでも引き取り手がつくでしょう」
「人身売買っぽくない!?だめでしょ 倫理的に!」
「本人の同意があれば、流通は合法です。シャンドル殿、いかがです?」
「給料とブラシ手当てが出るなら、問題ありません。
それが伯爵家のためになるならば…グスっ」
「やめて、私がちゃんと稼いで借金返すから!」
我が伯爵邸は、生き返り始めている。
目を覚ました道具たちが、少しずつ日常を動かし始める。
掃除に目覚めた彫像が手に持った水瓶の中の水で廊下を水拭きするのを見て、
レオが呆れたように言う。
「新しい主に併せて、大変味わい深いお屋敷になってきましたねぇ」
「それは、褒めてるの?」
「ただの感想だ」
頭の心配をされた初日に比べたら、大進歩である。
「前向きに借金返済にむけて動いてるんだから、
多少褒めてもいいと思うんだけど」
「……女主人の風格は多少出てきた、とは思ってるよ」
不器用な褒め言葉に私は、令嬢らしからぬ全開の笑顔を浮かべる。
少しずつでも、この家を甦らせていこう。
──亡き家族たちの思い出と一緒に、生きていくのは悪くない。
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今日も屋敷の前に、見知らぬ依頼人が立っていた。
「す、すみません。グレイシャル伯爵家の……
遺品解呪をお願いしたいんです!」
私は胸を張って応える。
「ようこそ、我が家へ。遺品はちゃんと供養しますので!」
私はその後、王宮の宝物庫官吏以外にレオの勧めで
借金返済のために「遺品の声を聞く」商売を始めた。
横でレオが、くすっと笑う。
「買いとれそうな品なら、金は正当に払いましょう」
「もちろんよ。早く借金返して、
この家の全部をちゃんと取り返してやるんだから!」
グレイシャル伯爵家は、物の話を聞いて適切な場所に引き渡す使命を帯びた一族で
行くべき場所にいけるので、物が輝き、
それゆえ、この一族に扱われた美術品は価値があがると評判になっていて。
かつて、レオの家に女神像を売りにきた祖父が孤独な少年だったレオのために、
女神像に彼の話し相手になってくれるよう頼んでいったこと。
それ以来、母のような女神像に励まされレオは励み商会を大きくしたが
しかし、女神像を事故で失ってしまい
その女神像を探し出すために、アリスに
グレイシャル家の力があるのかどうか試してたという感じになります…!