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似たもの同士

「わ、わあ……」

 

 狭く薄暗い小部屋を出ると、そこは広いお屋敷のようだった。

 まるで迷路のように、長く続いている廊下に圧倒される。

 

「あ、忘れてた。ちょっと待っててね」


 エルトはそういうと、さっきの小部屋に戻っていく。

 すぐに戻ってきた彼の手には、なにやら植物らしきもの入った小瓶が握られていた。


「君に驚いて本来の用事を忘れるところだったよ」


 そうお茶目にウインクを飛ばしてくるその顔があまりに眩しくて、アンはそっと目を逸らした。

 

 エルトに案内されて、長い廊下を歩きはじめる。

 窓から差し込む陽光は柔らかく、床に敷かれた絨毯は分厚くて沈み込むようだ。

 豪奢で、それでいて手入れが行き届いている。

 ここがどんな場所かはまだよく分からないけど、明らかに前の世界とは空気が違う。

 まるで物語の中みたいだな、と杏奈……いや、アンは思った。


 歩いていると、ふと自分の体の軽さに気づく。

 この体は前世の自分よりもかなり小柄だし、それに細身だからだろうか。

 念願のダイエット成功……なんて、思わずそんな冗談が浮かびかけた。


 廊下を曲がったところですれ違ったメイドがエルトに頭を下げながら、ちらりとこちらを見て眉をひそめた。

 アンの姿が珍しいのか、目の奥に訝しげな色が浮かんでいる。


 ——そりゃそうだよね。


 この整いすぎている容姿はあまりにも目を惹きすぎる。

 思わず自分の頬に触れてみると、やっぱりどこか他人の顔のような気がした。


 

「ここが僕の部屋だよ」


 通された彼の部屋は、自分のワンルームとは比較にならないほどに広かった。

 装飾品こそ少ないが、よく見れば家具は上質なものばかりに思える。

 ただここまでに見てきた整然とした屋敷の雰囲気とは少し違っていた。

 

 よれたままのベッドシーツ、何かを書いている途中で放置されたままの机、それから曇ってしまった鏡台。

 壁際の本棚には乱雑に本が押し込められていて、溢れた本が床に散乱している。

 つまり単刀直入にいって乱雑だったのだ。


「あはは、びっくりした? どうにも僕は片付けるのが苦手でね」


 こんな王子様みたいな人でも自分と似ているところがあるんだ。

 そう思ったら、エルトに妙な親近感を覚えた。


「いえ。でも……エルトさんはとても身分が高いのでは?」

「公爵家の人間だから一般的にはそうかもしれない。まぁ三男なんだけどね」


 拙い貴族知識に照らし合わせると、公爵という地位はかなり上位の貴族だったはず。

 高貴そうなその見た目はもちろん、先ほどすれ違ったメイドの恭しい態度にも頷ける。


「では、なぜ先ほどのメイドさんにやらせないのですか?」

「うーん彼女……ルーチェはどうにも口うるさくてね」


 エルトはそう言うと、少し気恥ずかしそうに頬をかく。

 

「実は僕、女性が苦手なんだよね……嫌いというわけじゃないんだけど。あ、これは内緒だよ」

「そう、だったのですね。それではなぜ私を連れてきたんですか?」

「うーん、アンは女性の見た目ではあるけど、機械人形だろう? だからかな、どうも()()()みたいなんだ」


 キラキラとした目で嬉しそうにそういうけれど、暗に〝お前は女じゃない〟と宣言されたようでちょっと複雑な気分だ。

 

「とりあえずアンが着られそうな服を持ってくるよ。サイズは……一番小さいやつがいいだろうね」


 そう言って彼は軽やかに部屋を出て行った。

 扉が閉まると、アンはくるりと部屋の中を見渡す。

 すぐに目が吸い寄せられたのは鏡台だった。やはり自分の姿がどうしても気になるのだ。

 恐る恐る鏡台の前に座り、姿を映してみる。


「……っ!」


 息を飲んだ。

 明るい場所で見るとより滑らかに見える肌、整った目鼻立ち。

 マスカラもつけていないのに睫毛は驚くほど長く、エナメルの瞳は宝石のように美しい。

 そんな彼女は瞬きもせず、ただ凛とした表情で鏡の中からこちらを見返してくる。

 背筋がぞくりとした。自分を見ているはずのになぜか緊張する。

 それなのに自分に合わせて鏡の中の少女が動くから。

 だからもう自分は〝杏奈〟じゃないんだ、まったく別のアンという存在なんだと認めるしかなくなった。


「はぁ……落ち着いたら元に戻る方法を探そう!」

 

 そう決意したアンは、床に転がっている本を何気なく拾った。

 知らない言語で書かれているはずのそれを、何故かアンは読むことができるようだ。

 首尾よくこの世界のことが書かれている章を見つけたので、ざっと目を通しているとノックが聞こえた。

 

「入るよ」


 自分の部屋だというのに、丁寧に声をかけて入ってきたエルト。

 その手には、さっきすれ違ったメイドが着ていたものとそっくりのメイド服があった。


 質の良さそうな黒いワンピースに、真っ白なエプロン。

 襟元には控えめに小さなリボンが刺繍されている。

 服飾が大好きなアンは可愛い服を見ているだけで心が躍ってしまった。

 この胸の中に心というものがあるのかは知らないけれど。


「これを私が着ていいのですか?」


 実のところ、前世の頃からメイド服には憧れがあった。

 でも自分には似合わないからと眺めるだけで諦めていたもの。それが、目の前にある。


「うん。ウチのメイドの予備服だけどね」


 アンは差し出されたメイド服を無意識に受け取っていた。

 手触りがとてもいい。素材は何だろう、それから縫製は手縫い?それとも……。

 危うく自分の世界に入りかけたところで、ギリギリ踏みとどまって礼を述べる。


「ありがとうございます」

「記録によれば君は古代文明時代の小間使い人形だったらしいんだよね」


 小間使いというと、主人の身の回りの雑用をする女性といったような意味だったか。

 

「本当なら王宮に献上されるはずだったんだけど、何をしても動かなくてね。そのまま献上したんじゃガラクタと間違われかねないってことで取りやめてさ。それ以来ずっとあの倉庫で眠ってたんだよ」


 あんな薄暗い場所でアンが埋もれていた理由が分かった。

 つまり私は何らかの理由で、古代文明時代の機械人形(アン)に魂みたいなものが乗り移ってしまったのか……ってなに納得しかけているんだ。

 

「それで私をどうするのですか? 改めて王宮に献上しますか?」

「いや……それより、僕の身の回りのことを手伝ってもらえないかな? ほら掃除とか整理整頓とか片付けとかさ」


 掃除、整理整頓に片付け。どれも大差ないような気がするけど。

 まあそれだけ綺麗にするのが苦手ということなんだろう。

 でも汚部屋の住人だった自分にできるのかな、とアンは不安で口ごもる。

 

「もしかして……嫌だった?」


 エルトは断られるんじゃないかと心配そうな顔で尋ねてくる。

 だからアンは思わず笑いそうになりながら、小さく首を振る。

 この人を喜ばせてあげたい、なんて柄にもなく思っちゃったから。

 それに、この体が保管されていたこの屋敷にいれば元の世界へ戻る情報が手に入るかもしれないという打算もあった。


「やってみます。ずっと眠っていたようなのでちゃんとできるか分からないですけど」


 アンの返事を聞いたエルトがぱっと破顔する。

 ああ、この人はそういう顔をして笑うんだな。

 まるで子供のような無邪気なその笑顔を見ると、なぜだかアンも嬉しくなってくる。

 

「ありがとう! じゃあ外にいるから着替えが済んだら呼んでくれ」


 そう言い残して再び部屋を出ていくエルトの背を見送り、アンはふうっと息を吐いた。

 

「よし、頑張れわたしっ!」

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