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「お嬢様ってばここは使用人部屋ですよ」
葵は屋敷の側に立つ使用人用建物の二階の一室に陣取っていた。
「しかたないじゃない、この屋敷天蓋付きベッドが無かったんだもん」
多少部屋が広くて豪華でも天蓋の中ならどうにか落ち着けたんだけど無かったんだから仕方ないでしょう。それにここワンルーム賃貸みたいな雰囲気で結構落ち着くよ。トイレとシャワーが部屋に無いのは不便だけど。
「お嬢様がいいなら別にいいですけど」
「ここで大人しくミサンガ作ってるから安心して。あと一応まだ読んでない魔導書も置いといて」
「私は屋敷の広間の方に居ますから」
ピアは広間で浚われた女性たちだけで無く、ここの使用人たちの中から手を上げた人たちにミサンガ作りを教えることになった。
適性を見てミサンガを作る人と浄化魔法のクリーンを付与する人に分けるらしい。あと水を作り出す魔法と光を灯す魔法を付与した物も作るそうだ。
随分と大がかりというか世の中便利で明るくなる事だろう。ついでに風魔法も作ればトイレは実質魔法タイプのウォシュレットにできるって事じゃ無いか?
「分かってるってば」
何度言ったら気が済むのよ。そう何度も言われるとそろそろウザいよ。
「それでなくてもお嬢様は悪人を引き寄せやすいんですから変わったことはしないでくださいね。一人の時に揉め事に巻き込まれたら大変ですから」
「何それ。その設定私にしたの?」
「他に誰にするんですか」
「ピア自身にしたのかと思ってたよ」
それに何で今言うの? まるで何かのフラグみたいじゃない。それでなくてもピアのトラブル引き寄せ設定ってかなり速攻効果があったよね。このままじゃ気が休まらないよ。折角のんびりできると思ってたのに。
「それじゃ私は行きますね」
「・・・・・・」
あっ。行ってらっしゃいって言えなかったよ。ピアが最後に妙なこと言うからつい考え込んじゃったじゃない。
まぁでも、不安になって考えててもしょうがない。要するにこの部屋から出なければいいんでしょう。ミサンガ作ってゴロゴロ惰眠を貪って、たまに魔導書読んで時間を潰すよ。他に何もしない。そうするよ。うん、予定通り!
「気にしない気にしない」
葵は結局ダラダラゴロゴロすることなく、ピアが作ったミサンガにクリーン魔法を付与することに没頭していた。
「あっ、ミサンガ無くなっちゃったよ」
ピアがご飯持ってきてくれるまでまだ時間あるしどうしよう。ちょっと休憩するか? でもピアがみんなにどうやって教えてるのかちょっと気になるし広間へ行ってみるか。水魔法のミサンガと光魔法のミサンガも気になるしそうしよう。
葵は三日目にして使用人部屋を出て屋敷の広間へと向かった。
「えっと、どっちだったっけなぁ」
屋敷に入る前に広間のある方角を屋敷を見て回った時の記憶と照らし合わせていた。
すると突然目の前が暗くなった。どうやら麻袋か何かをかぶせられたようだった。
あっ、やっちゃったよ。うっかりしてた。部屋を出ないようにって言われてたのに。それにしてもまたこのパターンかぁ・・・。
「それで私はどうして浚われるの? 私はここの子じゃないよ」
「そんな訳ないだろう、そんな身なりの良い使用人なんて聞いたことがないぞ」
あぁ服かぁ。ピアの再現力もそうだが素材もこだわったからなぁ。
「暴れないし逃げないからこの袋取ってよ」
「子供のくせに随分と落ち着いてんだな。だが俺たちの姿を見られる訳にはいかないからなそれは無理な話だ」
取り敢えずすぐに殺されるような心配はないって事だよね。でも時間を稼がないとな。ヴィオ、ピア、お願いだから気づいて。私が危険なの!
「お願いです。せめて浚われる理由くらい教えてください」
「仕方ねえなぁ。いいか妙なことしねぇで大人しく聞けよ」
良かった言ってみるもんだね。
「俺の弟が最近ここを解雇された。散々こき使っておきながら突然の解雇だ。弟は目が覚めたとかぬかしてたが絶対屋敷で何かあったんだ。弟がこの先も貰えるはずだった給金はしっかり貰わねぇとな」
要するに弟の稼ぎを当てにしてたんだ。やだね、家族だからって搾取当然みたいなその考え。なんだかこの人の弟も可哀想に思えるけどそうじゃないよね。ピアじゃなくても天罰を与えたくなってきた。
「それで私を使ってここの主からいくら貰う気なんですか」
「そんなの取れるだけに決まってるだろう!」
貰えるはずだった給金とか言いながらちゃんとした考えも無いってのも情状酌量の余地も無しだね。
どうして頭の悪い人ってちゃんと考えもせずに安易に犯罪に走るんだろうか。まぁ考えて無いからなんだろうけど。
それにしてもさっさと逃げずに暢気にここで話してたのがあなたの頭の悪さと運の尽きよ。
「ピア、居るんでしょう。さっさと済ませてよ」
「どうして分かりました?」
「さすがに最近はピアとヴィオの気配くらいは分かるようになったわよ」
悪魔と天使の気配は特別なのかな。それともかなり強いのちょっと注意していれば分かるようになったよ。
「これがあなたへの天罰です!」
コンコンーー!!
なんだかいつもより響きが良かった気がするよ。何でだろう? 空気が澄んでたのかな。
「お嬢様、部屋で大人しくしているんじゃなかったんですか?」
「ミサンガが無くなっちゃったんだよ。それにピアとみんなの様子もちょっと気になってね」
「ふぅー。もうこれだから・・・」
えっ、何? これ私が呆れられるところ? 違うよね。ピアが私に余計な設定さえしなかったらこんな事は起こらなかったんだよね。呆れるのも疲れてるのも私なんだけど!
「このトラブル引き寄せ設定今すぐ解除してよ」
「えぇー、それはちょっとぉ」
「もしかして一度設定したら解除できないって事はないんだよね」
「えっとぉ・・・」
「はっきり言って。この間は弱めの設定に直したんだよね」
この前はお米と大豆を交渉材料にされつい許したけど、こんなに疲れるなら今すぐ解除して欲しい。うっかり外へも出歩けない。
「実は今はまだ簡単に設定を直すことはできないんです。だからほら凶運を幸運や強運で相殺するみたいな方法をとってみたんですけど今が限界みたいなぁ」
「何それ!」
まったく、これだからピアのやる事って・・・。
「もう、ホント勘弁してよ」
葵はもうどうしていいかも思いつかず、肩をガックリと落としたのだった。