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「ところでさ、肝心の召喚紋章がある場所まであとどのくらいかるの?」
「近い所だと隣国フランベルだからまだまだです」
「まだまだって・・・。距離だったり日数だったりそこのところを詳しく知りたいのよ。私はそろそろ他のことをしたい気分なの」
旅は順調に続いていた。ヴィオもピアも寝ずに活動するので、葵が寝ている間にヴィオは商人との打ち合わせやそれに関しての活動、ピアはミサンガ作りに精を出していた。
なので街に寄る日はピアと買い物を楽しむこともあるが、馬車での移動中はひたすらピアと二人でミサンガにクリーン魔法の付与を続ける日々。もうすでに完全に手慣れた作業で、多分六桁台に近い数を作り上げていた。
数えてないけど・・・。そんな気分って事よ。
「この世界を変える計画第一歩、人々に衛生観念を植え付ける計画の為にも続けるよ勿論。自分で決めたことだしこれからもやるよ。でもさぁ、ずっと同じ事をしてると飽きるというか、気分転換に別のことをしたくなることもあるでしょう。私にとってそれが今なの」
「飽きたんですか?」
「そうじゃなくて、これじゃ毎日仕事をしてるのと変わらないのよ。それも不便な過去へタイムスリップして他にやることがないからみたいな」
「お嬢様が何を言いたいのかまったく分かりません」
そんなに分かりづらい? 別に遠回しに話しているつもりはないけど。
「娯楽がなさ過ぎるの! スマホもパソコンもテレビも雑誌もないのよ。暇を潰す為に仕事をしているみたいで心に余裕が無くなってるの。娯楽が欲しいの。娯楽が! ピアのお陰で地球に居た時と変わらない食事はできるよ。それに欲しい日用品雑貨も手に入る。でもさぁ、ほとんど馬車の中での生活だよ? これじゃ冒険でも旅でもなくてただの移動だよ。さすがに飽きるよ」
多分だが魔物にも盗賊にも襲われることがないのはヴィオが気づいた時点で消滅させているのだろう。お陰で異世界転移小説の定番イベントも起きないよ。
「それで私に何を望んでるんです?」
「スマホを再現して貰っても使えないのは理解できるから諦める。でも雑誌はどう? そろそろ雑誌や小説の新刊が出てるはずなの」
「無理に決まってるじゃないですか。私はお嬢様の記憶にあるものを再現するだけなんです」
「でもさぁ、ほら。私は地球から召喚されてるんだよ。同じ方法で地球にあるものを取り寄せるってできないものかな?」
「無断で取り寄せるのは犯罪なのでは?」
万引きと何ら変わらない犯罪なのは理解できるよ。だからもしできるなら代金分の何かを置いてくれば許されたりしない?
「ピアに無理だったとしてもあの召喚紋章をちょっと応用したらできたりしない?」
「ふぅ・・・。お嬢様、そもそも私にそんなことができるならお嬢様を地球に戻してますよ」
そうだった。もうすでに帰るの諦めてたから思いつきもしなかったよ。
「こんな話しながらでも手が止まらない自分が悲しいよ」
「それは良いことなのでは?」
良いことなのか? 気分的には話に聞くブラック企業の社畜になった気分だよ。
「お嬢様、イベントをお望みならこの私と盗賊のアジトでも潰しにでもまいりますか?」
ヴィオ、何そのイベント。なんか野蛮じゃない? でも犯罪撲滅的にはアリなのか?
「そういうのは私にお任せください。私の新たな真天罰を炸裂させましょう」
炸裂って・・・。ピアもやる気満々だよ。でも・・・。
「それって私必要ないよね?」
「何を仰っているのですお嬢様。私たちはお嬢様が居るから存在できているのですよ。お嬢様の意思なくお嬢様から離れてまですべき事は何もありません」
「そんなこと言いながら結構好きに魂を奪ったりしてるんじゃないの?」
「お嬢様をお守りする為にする事はあっても自分から雑魚を歯牙にかけるほど飢えてはいません」
そ、そうなの? そんな怒ったような言い方しなくても・・・。
「お嬢様、だから私と天罰を与えに行きましょう!」
何でそんなに前のめりなの? 実はピアも退屈してたの?
「それじゃまるで水戸黄門の悪者退治行脚みたいになっちゃうじゃない」
「良いじゃないですか。この世界から悪人がいなくなればスッキリしますよ」
ピア、世の中そう上手くはいかないんだよ。大団円なんて物語の中だけだよ。
「私はそれより美味しい物を食べる為の食材探しの方が楽しくて希望があって良いと思うけどな」
「そ、それも大事ですが・・・」
何そんなにがっかりしてるの? ピアってばあの村での騒ぎ以来何かに目覚めちゃった?
でも、まぁそうだね。折角特訓したのに真天罰の機会が無いのは可哀想って言えば可哀想なのかな。
「分かったよ。これからは近くにいる悪人はなるべく成敗するって方向で行こうか」
「本当ですか!」
「お嬢様、でしたら早速ですが近くで馬車が襲われますが向かいますか?」
「えっ、そんなに早くおあつらえ向きに起こるの馬車の襲撃って?」
「ええ、かなり頻繁に起こってますよ。今までは無視していましたけれど」
へぇ、さすが異世界。本当にそんな場面に頻繁に出会うんだ。って言うか、今まで無視してたってどういう事? 何度も襲撃現場に近づきながら通り過ぎてたの?
「なんで助けなかったの?」
「興味ありませんでしたから」
「興味なかったって・・・」
「お嬢様、人助けは慈善事業ではないのですよ。私が守るべきはお嬢様だけです。こちらに何の利も無い事に手を出すのはどうかと思われます」
えっと、そういえばヴィオは前にもそんな事言ってたような・・・。でもさ、地球で培われた道徳観念がそれじゃダメだって言ってるんだよ。
「慈善事業結構よ。それにこのミサンガで得た利益は孤児院なんかに寄付したいって言ったよね。それと同じだと思って」
「お嬢様、過ぎた助けは人間をダメにする場合もあるのですよ。それでもですか?」
「悪魔なのに何神様みたいな事言ってんのよ。分かってるつもりだよ。完全に自分の気持ちを楽にさせたいが為の自己満足だよ。だから何?」
良い事したって気分になれるだけでもいいじゃない。偽善者で結構よ。それで本当に助かる人もいるかもしれないでしょう。それにピアの天罰炸裂欲求も解消させてあげたいし。
「分かっていらっしゃるならよろしいのです。では向かいますよ」
「では向かいますって、今からで本当に間に合うの?」
「勿論です」
こうして葵はほとんど勢いで悪者退治行脚に手を出すことになったのだった。