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「そういえばヴィオに聞きたかったことがあるんだけど今大丈夫?」
商人たちと話し合いが終わったタイミングで葵も身体強化魔法の練習を止めた。
「構いませんよ」
「ヴィオってさぁ人間や魔物を簡単に消滅させるじゃない、もしかしてこの世界で最強だったりする?」
目の前で多数の人間が霧になって消えたのはちょっと衝撃的で今でも信じられないけど、あれはまごうことなき事実なんだよね。だとしたらそんなことを簡単にできるヴィオはどう考えてもこの世界で最強だと思うんだ。
「何を定義づけているかにもよりますが、お嬢様をお守りするくらいはできると自負しております」
「簡単には負けないって事だよね?」
ほら、やっぱり誰にでも弱点ってあるじゃない。十字架とかニンニクとかって、あれはバンパイアの話か。銀の杭で心臓をぶち抜かれたら誰だって死ぬしね。
「何かご不安になることでもございましたか?」
「さっきちょっと強敵と戦う事を想定したら気になったって言うか、私も少しは自分で戦えるくらいには強くなる必要があるかなって」
ちょっと待ってヴィオ、私は抱っこをねだってないよ? そんなに優しい雰囲気で頭をなでないで、そんな風にされたら気持ちいいじゃない・・・。
「お嬢様がそうなさりたいのでしたら止めませんが、私が居ることをお忘れなく。この私を倒せる相手が居るとしたらそれは神の浄化の力を持った者だけです。何しろお嬢様には九文字にもなる真名を授けていただきましたからね」
「文字数って何か関係あるの?」
「九文字は神に近い者にしか許されていません。故に私はお嬢様の言うところの最強の力を得たのです」
召喚の契約相手に命名の文字数まで関係するなんて知らなかったよ・・・。ちょっと待ってピアは四文字だよ。知ってたらもっと色々考えたのに。って、ピアにちょっと残念な感じがあるのはまさかそのせいじゃないよね?
「知らなかったよ。今から名前を変えるってできるのかしら?」
「私のですか?」
「そうじゃなくて参考の為に知りたいだけ」
「真名は魂に刻まれるものですから無理でございます。それ故に私のような者は寧ろあまり広く知られないようにします」
「えっ、どうして?」
「真名に呪いを刻まれたら防げないこともございます」
「呪い?」
「例えばでございます。もっともよほど強い力を持った者でもなければそれも無理ですが、私の弱点と言われればそれですね」
なんか今ヴィオが霧になって消える絵が脳裏に浮かんだよ。嫌だ、考えたくもないのに。恐ろしい。
「本当に大丈夫なんだよね? 消えたりしないでよ」
「お嬢様。そやつを消し去るには私が神に近い力を得るかお嬢様が浄化魔法を覚え熟練させるかしか方法はありませんよ、悔しいことに」
そんな怖い顔しないでよピア。神に近い力を手に入れられる可能性はゼロじゃないだろうけど、多分ピアには無理だよ。あの時凄い勢いで止めに入ったのを忘れたの?
「じゃあ私が浄化魔法を覚えなければ良いんだね」
「お嬢様は私を消したいのですか? そうでないのなら習得するのは問題ないと思いますよ。それに寧ろお嬢様に消されるのなら私は本望です」
そうか、ヴィオを消すのは無しにしても魔族や魔物の類いを私でも消せるようになるのか。だとしたら覚えるのは全くの無駄にはならないって事だよね。でも、あれっ、ピアがヴィオを警戒し何か目論むなら私に一番先に教えるべき魔法じゃないの? って事はピアにはヴィオを消滅させる考えはないって事だよね。
「ちなみにだけどヴィオはピアを消せたりするの?」
「フフ、どうでしょう。でもご安心ください私はお嬢様が泣かれるような事はいたしません」
それってできるって言ってるよね? ほら、天使のはずのピアの表情がさらに怖くなってるよ。って、変なこと聞いた私のせいか・・・。
「ピア、お待たせ。そろそろ買い物に行こう。次はピアにゆっくり付き合うよ」
「本当ですか!」
だからそういうところだよピア。ちょっと騙したような気になっちゃうじゃん・・・。
葵はなぜかヴィオに抱っこされたまま露天や商店を見て回り、食材のあれこれを手に入れた。
「お嬢様のリクエストで作る物はどれもこれもとっても美味しいです。だから絶対にアイスクリームを食べたかったのにやっぱり牛乳はありませんね」
ああ、ピアはアイスを食べたかったのか。私も食べたいよ・・・。
「牛乳を使った美味しい物は沢山あるんだよね。酪農しているか牛が生息している所ってないのかしら?」
プリンにシュークリームにフレンチトーストなんかも食べたい! 是非ピアに再現して欲しい!!
「あっ、そうですよね。牛がいる地域を探せば良かったんですね!」
「それならば次に行くエルンスト国も盛んですね。年間を通して穏やかな気候と肥沃な大地が牛や山羊を健康に育てています」
それはいろんな意味で楽しみだ。検索能力はピアの方が上だと思ってたけど、ヴィオが詳しいのはそもそもの知識欲の違いなのかな。
「やったねピア。国境を越えるのが楽しみになったね」
「ええ、今すぐ行きましょう!」
「ちょっと落ち着いて。一度帰って馬車で出発でしょう。それに今からじゃすぐに夜になっちゃうよ」
「そこはヴィオも居るから大丈夫でしょう」
驚いた、ピアが初めてヴィオを名前で呼んだよ。下心満載だからか?
「お嬢様がお辛くなければ私は構いませんよ」
おお、あえてスルーで大人の余裕だねヴィオ。
「じゃあそうしようか」
ヴィオとピアの収納能力のお陰で支度の必要がないのがありがたいね。
「ありがとうございますお嬢様~」
えっ、何涙ぐんでるの? そんなにか? そんなに嬉しいのか? もしかしてピアはかなり抑圧されてたのかも・・・。悪魔との共存はストレスもたまるだろうしね。
ごめんねピア、今まで気づかずに。これからはもう少しピアのことを大事にするよ。