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「お嬢様ー。大変です~」
カップを拝借しに行ったはずのピアが慌ただしく戻ってきた。
「どうしたの?」
「お屋敷の使用人がみんな辞めて行くみたいです」
王都から知らせが来たと言ってたし考えてみればそうなるよね。きっと主が居なくなって先行きが不安になったんだろう。世の中そんなもんだよ。
「それで?」
「給金代わりだと言って屋敷内の物をみんなが好きに持ち出しているんです。もしかしたらこの部屋まで押しかけてくるかもしれません」
「それは大変だ」
給料もちゃんと満足に払ってなかったのかよ。レガリスの横暴ぶりは使用人に対してもだったんだな。悠長にお茶をしている暇なんて無いじゃない。奪う方は当然の権利と言い張るだろうし、この部屋の物が無くなるのは良いとしても巻き添えで暴行されたらたまらない。急いで避難しよう。
「ご安心ください。お嬢様に不便はおかけしません」
「ヴィオ。出かけていたんじゃ無いの?」
あれっ、確かピアが使用人を抑えてたって言ってなかったっけ。もしかしてこの状況はヴィオの差し金?
「荷馬車に積んでいた荷物を処分して参りました。もう必要ありませんからね」
「こんな夜中に?」
「もう夜は明けてますよ、お嬢様」
いつの間に?
ヴィオがカーテンを軽々と開け放つと朝の光が部屋中に溢れ出す。
ああ、カーテンを開け忘れていたんだ。気づかなかったよ・・・。
「使用人がみんな辞めたらこの屋敷はいったいどうなるんだろうね」
「どうもなりませんよ。あやつは王都に呼ばれたようですし、この街に滞在中はありがたく使わせていただくだけです」
って事はレガリスは馬車を使うのよね。それは困るわ。
「馬車はどうなるの?」
「ご安心を、もうすでに私たちの物です」
「じゃあレガリスはどうするの?」
「あやつがどういう手段で王都へ行くのかまで面倒見切れません」
ごめんレガリス。ちょっと罪悪感があるけどヴィオの言うことに納得してしまったよ。やっぱり歩きも荷馬車での移動も辛いんだよ。私の可愛さに免じて許して。そもそもあなたが私たちに因縁を付けてこなければこんなことにはならなかったんだよ。恨むなら自分を恨んで。
「レガリスを僕にしたんじゃ無いの?」
「ただの僕です。眷属契約もしていません」
「それって何が違うの?」
「使い捨てるか捨てないかでしょうか」
えっと・・・。それって信頼度が違うって事なのかな。
「まさか私も捨てられるって事は無いよね?」
「何をおっしゃるのですかお嬢様。お嬢様は私のマスターですよ。お嬢様が私を切り離そうとしても私が側を離れることはありません」
「そ、そうなの?」
「契約関係で言えばお嬢様が主でこの私が僕となるのです。その辺をよくご理解ください」
その辺をよくご理解っていってもさぁ、私の人生で悪魔や天使と仲間になるなんて考えても居なかった事態だよ。物語の中での奴隷契約みたいなのは知ってるけど、それとはまた違うんでしょう? 召喚された私のこの先が見えないのと同じくらい召喚した相手がどうなるかなんてよく分からないよ。
「うん・・・」
「そもそも私とお嬢様はすでに魂と魂での結びつきとして契約がなされているんです。どちらかの魂が消滅するまでこの契約は続くのですよ」
「えっ・・・」
そんな重大なことだったのという言葉は口から出ては来なかった。ヴィオがあまりにも真剣な顔をしていたからだ。
つい今さっきまで心強い仲間ができたと気軽に考えていた自分が恨めしく、言ってみればヴィオやピアの人生を縛り付け背負ってしまった責任を感じ始めていた。
例えば自分が行きたいと言った道をヴィオもピアもこの先ずっと一緒に付いてきてくれるのだろう、それがたとえ間違った道だったとしても。だとしたら尚更道を踏み外す訳にはいかない。
葵は改めてそう思うのだった。