09.私の気になること
この地にやってきて、あっという間に一年が過ぎた。
ここでの暮らしは、本当に最高だった。
あれからもアルノルト様は私に〝好きなこと〟をさせてくれている。
私はこれまで我慢してきたことを、思い切りやらせてもらっている。
あの日拾った犬の名前は『シュネー』にした。
白くてふわふわの雪のような毛並みにぴったりの名前だ。
シュネーは私にとても懐いてくれて、夜も同じ部屋で眠っている。
晴れた日には広い庭を一緒に駆け回り、私が芝生に寝転がると、シュネーも隣にごろりと寝転んで、幸せそうに目を細める。
おやつの時間になれば、私は焼き立てのスコーンを食べ、シュネーには犬用のビスケットをあげる。
「美味しいね」と声をかけると、シュネーはしっぽをぶんぶん振って、嬉しそうに鼻を鳴らす。
好きなものを食べて、好きなものを飲んで。
大好きなシュネーと思い切り遊んだり、川で魚を釣ったり、木登りをしたり。
森の中を歩けば、鳥のさえずりや風のざわめきが心地よく響き、まるで世界が私を歓迎してくれているようだった。
乗馬を習って駆け回ったり、アメリアと一緒に街で演劇を見たりもした。
市場では、初めて見るような色とりどりの果物や香ばしい焼き立てのパンに心を弾ませ、時には見知らぬ人々と世間話をすることもあった。
今の私に怖いものは何もない。
これまでの十八年間より、この一年間のほうが、よっぽど〝生きている〟ことを実感している。
こうして過ごす日々は、まるで夢のように輝いている。
こんなふうに笑って、楽しく生きるのは初めてだった。
私はこれまでの人生で、一番の幸せを感じている。
大きな口を開けて、たくさん笑った。
感動的な本を読んでは、思い切り泣いたり、アメリアと感想を言い合ったりして、とても充実した日々を過ごしている。
時々、それらを目にしたアルノルト様が「甘いものばかり食べていては身体に悪いぞ」とか、「木登りは危険だ」なんて言ってくるけれど――。
そういうときは、決まってこう答える。
「大丈夫ですよ。どうせ私はもうすぐ死ぬのですから!」
すると彼は、切れ長の目をわずかに細めて、静かに言う。
「……そうだな。では、好きにしろ」
彼の声はいつもと同じ冷静なものだけれど、その瞳の奥に一瞬だけ宿る影を、私は見逃さなかった。
彼が部屋の窓から、庭にいる私とシュネーを見つめていたこともあった。
遠くからでもわかるその眼差しには、少しの呆れと……何か別の感情が滲んでいる気がした。
――そんな私には、一つだけ気になることがあった。
アメリアや他の使用人たちは、私のお願いを快く受け入れ、一緒に食事をしたり、一緒に出かけたりしてくれる。
笑い合いながら冗談を言ったりして、まるで家族のように楽しい時間を一緒に過ごしてくれる。
それなのに、アルノルト様だけはいつも部屋に引きこもっている。
私と結婚したのに、一緒に食事をとることもなければ、寝室をともにすることもない。
私が「一緒に食べましょう」とお誘いしても、彼はいつも「仕事がある」と言って、自室で一人、食事をとる。
その言葉が嘘ではないのはわかる。彼の机の上はいつも書類の山で埋め尽くされているから。
でも、本当にそれだけだろうか……?
使用人と仲が悪いわけでもないようだし、私のことが嫌いというわけでもなさそうなのに……。
彼がふいに見せる優しさを思い出す。
寒い日、庭から戻ってきた私にそっと毛布を持ってきてくれたこと。
庭で木登りをする私を見つけて、小さく溜め息をつきながらも、静かに「落ちるなよ」と言ってくれたこと。
そのどれもが、私を遠ざける言葉とは思えなかった。
それなのに、どうして彼はこんなにも距離を取るのだろう?
これでは、本当に彼がどうして私と結婚したのか、まったくわからない。
私が自由で幸せに生きることを許してくれるのなら、彼もまた、幸せになってもいいはずなのに。
彼の本質は冷たい人ではないはずなのに、まるで私たちをあえて避けているようだ。
屋敷の廊下を歩くたびに、彼の部屋の前を通るたびに、どこか胸がざわつく。
扉の向こうには、いつも一人きりのアルノルト様がいる。
書類に目を落としながら、ただ静かに時間を過ごしているのだろう。
一年間も同じ屋敷で暮らしているのに、私は彼のことを何も知らない。
けれど、時折すれ違ったときにふと向けられる視線が、妙に引っかかる。
それは冷たいわけでも、ただ無関心というわけでもなく……まるで、何かを堪えているかのような、そんな眼差しだった。
彼はいつも一人きりで――本当は寂しいんじゃないかしら?